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41 不死者とゼベシュの街

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 俺とフレキの背に乗ったリリイは、王都に向かって走った。
 俺は走りながら考える。
 
「敵は領主か、面倒だな」

 領主は辺境伯、大貴族だ。
 それも後ろに不死神の使徒が付いている大貴族である。

『何か策はあるのかや?』
「ないよ」
『…………大丈夫かや? 不安になるのじゃ』
「とりあえず、仮面つけて突っ込んで、不死者どもを天に還そうかなって」
『単純すぎるのじゃ』

 フレキは呆れたように言う。

「作戦は単純な方が良い。よくわからない状況では特にそう。でしょ?」

 緻密な作戦を立てられるほど、情報は揃っていない。
 だが、悠長に情報収集している時間も無い。

「千体の不死者を天に還したからね。奴等は動くでしょ?」
『それは、動くであろうが……』

 千体の不死者を率いていた不死者の王も天に還った。
 死神の使徒がいることに気付いてもおかしくない。

「俺が不死神の使徒なら、作戦を前倒しにすると思うし」

 今までのように地下に不死者を集めたりして、少しずつ増やしたりはしないだろう。

『敵は動くであろ。だが、そなたの想定通りに動くとは思わない方が良いのじゃ』
「うん、気をつける」


 ゼベシュに付いた頃には、日の出から既に数時間経っていた。
 いつもならば、人々が起きて、露天が出始め、ゼベシュ全体に活気が出てくる時間帯である。

 それにしても、
「……騒がしいな」
 いつもとは違う喧騒だ。

「悲鳴? でしょうか?」
「悲鳴に戦闘音だな」

 ゼベシュからは大量の不死者の気配を感じた。
 数百体はいるだろう。

 どうやら、不死者がゼベシュの街で暴れているらしい。

「墓地の死体を片っ端から叩き起こしたのか?」

 ゼベシュの墓地だけでは足りないだろう。
 各地から死体をかき集めているようだ。

 俺はゼベシュから少し離れた場所に移動する。
 街からは直接見えない平原だ。

「フレキはここで待機して」
『わかったのじゃ』

 俺はリリイに向けて言う。

「俺は不死者を天に還すから、それが終わった後、リリイは民に説明して落ち着かせてくれ」
「わかりました」
「やり方は任せる。が、人神の力だとアピールした方が民は落ち着くだろうな」
「フィルさんの手柄を、私がとるようなことは……」
「いや、それは気にしなくていい。えっとだな……」

 俺は簡単にリリイに説明する。

 不死者が暴れたあとに、死神の使徒が来たと聞いたら民は怯えだろう。
 普通の民は、神についての知識も無いのだ。

 死神の使徒が不死者を操っていたのだと大半の民が思うだろう。

「だから、死神の使徒はいなかったことにした方が良い」
「……わかりました」
「うん。頼んだ」

 会話を終えようとしたのだが、リリイは決心した様子で言う。

「あの……もし、不死神の使徒に捕らえられたら」

 不死神の使徒に祝福されれば、リリイは傀儡になってしまう。

「わかっている。そうなったら、リリイは俺が天に還す」

 俺はそう言ってから、仮面をつけた。
 俺の髪は銀色、目は赤いままである。


 そして、俺は門へと向かった。

「中に入れて――」
 俺は門番に声を掛けたが、
「GUAAAA」
 不死者と化した門番が、俺を殺そうと襲いかかってくる。

 俺は神器でその門番の首をはねた。
 門番は不死神の祝福をうけてしまっていたようだ。

「安心して天に還るといい」

 門番には外傷はなかった。
 恐らく、毒殺されて、不死神の使徒に祝福されてしまったのだろう。

「……この状況だと、騎士や兵士は、全員不死者になっているかもな」

 俺は門をくぐってゼベシュの街の中へと入る。
 門に入ってすぐのところに、不死者と化した兵士たちが五人いた。
 その兵士たちは、ゼベシュの内側を見つめている。

「民を外に逃がすなと命令を受けているんだろうな」

 民を守るべき兵士が、民に刃を向けさせられているのだ。

 俺は背後から、兵士たちに声をかける。

「安心しろ。もう苦しむことはない」

 俺は神具の大鎌を振るう。五体の首が地面に転がる。
 綺麗な赤い血が噴き出した。血からは、不死者独特の腐臭がしない。

 まだ、死んでからさほど時間が経っていないのだろう。

「天はいいところだ。安心しろ」

 神器で斬られたことで、魂は天へと還っていく。

『……アリが……ト』
 天に還る直前、地面に落ちた兵士の首の一つ、その魂が呟いた。


 ゼベシュの街中では至る所で戦闘が繰り広げられていた。
 戦っているのは冒険者たちと不死者である。

 不死者と戦っている騎士や兵士はいなかった。 
 騎士や兵士の全員が、不死者にされている可能性もあるだろう。

「さて、権能を使って一気に天に還したいが、不死神の祝福を受けているだろうし」

 一体ずつ不死者を天に還さなければならない。

 俺は一人で走り出す。
 目に見えた不死者に氷の魔法を放ち心臓を貫く。
 すれ違いざまに、神器を振るって首をはねる。

「数が多いな」

 不死者たちは腐臭をまき散らしながら、家々の扉を破ろうとしていた。
 目に入るだけで三十体ほどいた。

 恐らくは不死者の総数は数百体。
 そして、街中は先ほど千体を天に還した平原とは違う。

 ゼベシュには多くの民がいて、建物が沢山並んでいるのだ。
 思いっきり魔法を放てないし、神器を振り回すのにも気を使う。
 非常に厄介だ。

 俺は慎重に、魔法を放ち、不死者の首を神器で刎ねていく。

 そして、扉を破られた家の住民に言う。
「神殿まで走れ!」

 人神の神殿が最も安全だろう。
 神殿には領主の指揮下にない門番たちもいる。

「は、はい!」
「付いてこい、護衛する」

 俺の銀髪も赤い目も怪しげな仮面も、民は気にしている余裕はないらしい。
 大人しく、俺に付いてくる。

 助けた民は五人。父母と十歳から五歳ぐらいの子供三人だ。

「あっ、うぇぇぇ」
 一番小さな五歳ぐらいの子が転んで泣いた。

 俺はその子を抱えると、
「すぐ神殿につくよ」
 そういって、神殿目がけて走っていく。

 途中、いくつもの扉を破られかけている家が目に入った。
 破ろうとする不死者を天に還した後、住民を連れて神殿へと走った。

「避難誘導か、手伝おう!」
「助かる」

 冒険者たちも手伝ってくれる。
 神殿に到着する頃には、護衛している住民は三十人を超えていた。

「おにいたん、ありがと!」
 途中で抱えた五歳ぐらいの子供がお礼を言ってくれる。

「うん、泣かないで偉いね」
 俺はその子供の頭を撫でた。

 俺と一緒に民の護衛をしてくれた冒険者の一人が言う。

「貧しい民は神殿に集めた方が効率よく守れそうだな」

 金持ちの家は、壁や扉がしっかりしているから、家の中で引きこもっていれば安心だ。
 だが、貧しい民の家は、扉を破られかねない。

「仮面の君、助かったよ」
 
 冒険者の一人にお礼を言われる。

「いや、気にするな。民の誘導と護衛、任せて良いか」
「もちろん。君はどうするんだ?」
「俺には他にやることがある」
「他に?」
「不死者の発生源を潰す」
「そんなことが?」
「ああ。ここは任せた」

 まだ何か聞きたそうな冒険者を置いて、俺は走りだす。
 目的地は領主の館だ。

 その途中にいる不死者を神器の大鎌で斬りながら、走って行く。

「死んでからかなり時間が経っている不死者が多いな」

 先ほど天に還した兵士とは全く様相が違う。

 恐らく墓地から暴かれた死体だろう。

 白骨化しているスケルトンも少なくない。
 肉が付いているものも、腐敗がひどい。

 みな苦しそうにうめき声を上げている。

「魂を取り憑かせたか?」

 墓の下で白骨化するまで時間が経った死体に魂が残っているとは考えにくい。
 死体に、浮遊している魂を取り憑かせたのだろう。
 その魂は、人のものとは限らない。

(被害は……多いな)

 そこここに不死者に喉を食い破られた人の死体が至る所に転がっている。
 見えるだけで死体は二十人いた。

 放っておいたら、彼らも不死者になりかねない。
 不死神の使徒が死んだばかりの死体に目をつけたら、状況は悪化する。

「天はいいところだ。安心して天に還れ」

 周囲に転がる死体にむけて、まとめて権能を行使する。

 まだ殺されたばかりの死体から、魂が天に還っていった。
 放置すれば、不死者になりかねないし、不死神の使徒の餌食にもなりかねない。
 天に還すしかないのだ。

「……ぅ」
 不死者になりかけていた魂も天へと還る。

「話しを聞いてやれなくてすまない」
『ロミを……タス……けテ』

 ロミが誰かわからないが、その魂の大切な人だろう。

「わかった。全力を尽くそう」

 俺がそういうと、魂は少し微笑み天へと還っていった。

(すまない)

 俺は心の中で謝った。
 こんな状況でなければ、ロミを探し、無事を確認し、安全を確保して、未練を無くし天に送り出してやりたかった。
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