盲目的な献身

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宿業と執念

10. 記録官 - 2

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「……あの事件が、仕組まれたものだと考えているのですか」

久世くぜはじめは、探るように 東雲しののめみおの目を見た。

「ええ。最近起きている怪奇事件もそうだけれど……何より、十四年前――は、メディアが謳っているような死に方はしていないと思っているの」

「累」という名が落とされた瞬間、久世くぜはじめの呼吸がわずかに詰まった。
東雲しののめみおは、同じ児童養護施設で育った、家族のような存在だ。開祖の際に名を 久世くぜはじめへと改めてからも、彼女だけは頑なに本名で呼び続けていた。

遅れて、補足するように 東雲しののめみおが言う。

「ああ、久世くぜはじめの本名は、 久世くぜるいよ」

久世くぜはじめは小さくうなずいた。

「あの火災事件のとき、警察は言ったわ。遺体は焼け落ちて、骨と炭化した肉片しか残っていないって。そう言って、遺体を渡してきた。でも、私は気づいたの」

東雲しののめみおは指先で珈琲カップの縁をなぞりながら、言葉を続ける。

「累は左足の薬指と小指を、昔、児童養護施設で失っている。でも、その遺体には――薬指と小指の骨が、揃っていたの」

瞳の奥に、静かな憎悪が灯る。
当時の警察対応を思い返しているのだと、久世くぜはじめには分かった。

「何もかもが出鱈目だった。警備員のタバコの不始末だなんて……でも、あの警備員には妊婦の妻と幼い子供がいて、禁煙していたのよ」

一拍置き、東雲しののめみおは吐き捨てるように続けた。

「私には、こんなことが出来るのは――累と裏でやり取りしていた金持ちたちしか思い当たらなかった」

久世くぜはじめは、黙って聞いていた。否定も肯定もしない。

「累は、私に裏で何をしているのか教えてくれなかった。でも、危ないことをしていたのは分かっていた。だから事件のあとすぐ、当時、裏取引に関わっていた教義責任者、真壁まかべみのるに献金者リストを出すよう頼んだの」

そこで、東雲しののめみおの声が低く沈む。

「でも、あのクソ野郎――その日の夜に、献金リストごと失踪した」

怒りが制御を失ったのか、拳がテーブルに叩きつけられる。
反動で珈琲カップが揺れ、微かな音を立てた。

彼女の言葉は、正しかった。
久世くぜはじめの裏取引を知っていたのは、教義責任者の真壁まかべみのると 財務管理者の鷹宮たかみやひさしの二人だけだ。
同じ開祖メンバーで現教主あるひいらぎ恒一郎こういちろうも、記録官である東雲しののめみおも、取引の中身までは知らされていなかった。それほど、秘匿性の高いものだった。

「その後、私はすぐに真壁まかべみのるを追ったけど。見つけることは出来なかった。そして同時期に財務責任者だった鷹宮たかみやひさしが今回の事件のように死んだ」

淡々とした語り口とは裏腹に、復讐の熱が内側で燃え続けているのが伝わってくる。

「それから四年後、鷹宮たかみや ひさしと同様の事件が、定期的に起こるようになった」

沈黙が落ちた。
久世くぜはじめは、その重さを一度飲み込んでから口を開く。

「……どうして、そんな重要なことを僕に話したんですか」

問いは静かだったが、内側では揺れていた。

「どうしてって……ちん慈恩じおん導師が、貴方は信頼できる人だって言ったからよ」

久世くぜはじめは、ちん慈恩じおんを見つめた。
ちん慈恩じおんは腕を組んだまま、冷えた表情の奥でこちらを観察していたが、すぐに視線を逸らした。
憑霊前のひいらぎ伊織いおりちん慈恩じおんは犬猿の仲だったはず。
彼がどうして、久世くぜはじめを信頼における人物と評したのか分からなかった。

東雲しののめみおは、少しだけ声を落とす。

「……貴方は、累のことをあまり覚えていないかもしれないし、首を突っ込めば危険に晒される。だから、無理に手伝ってほしいとは言えない。ただ――ちん慈恩じおん導師の助手だから、知っておいてほしいと思っただけ」

久世くぜはじめは、ゆっくりと息を吐いた。

しばらく沈黙が続いた後、久世くぜはじめは覚悟を固める。

「……実は、真壁まかべみのると会ったことがあります」

二人の視線が集まる。

「そのとき、彼には僕と同い年の娘がいると聞きました。名前は、真壁まかべ 透子とうこ 。精神病院に入院しています」

ひいらぎ伊織いおりが実際に真壁まかべみのると会っていたかは分からない。
だが、久世くぜはじめは 真壁まかべ 透子とうこ の存在を知っていた。

当時十歳だった彼女は、重い心臓病を患っていた。
真壁まかべみのるは何度も 久世くぜはじめに 恩寵供与おんちょうきょうよ を懇願した。この薬を使えば、心臓は回復する。だが依存性が高すぎる。最終手段として考えるよう、移植手術を勧め、念を押した。

しかし、ドナー適合までの時間に耐えきれず、日に日に弱る娘を前に、真壁まかべみのるはある夜、恩寵供与おんちょうきょうよ を盗み、娘に与えた。

心臓は回復した。
だが、十歳の身体には副作用が大きすぎたのか、真壁稔が服用方法を誤ったのか。
真壁まかべ透子とうこは一瓶丸々飲み込んだあの金持ちのように一日目は恍惚とし、二日目で血を欲した。真壁稔はこの発作にいち早く気づき彼女の四肢を拘束して自害させないようにした。
それ以降、真壁まかべ 透子とうこ の精神は壊れてしまい、彼女は精神病院に転院し、四肢を拘束され何年も収容されることになったのだ。

真壁まかべみのるに、娘が……知らなかった」

東雲しののめみおは顎に手を当てる。
ちん慈恩じおんも低く頷き久世くぜはじめに確認する。

「その精神病院が、どこにあるか、貴方は知っているのか」

「確か、真壁まかべみのるの実家が鳥取にあるので、因幡精神医療いなばせいしんいりょうセンターです。でも、あれから十四年も経っているので真壁まかべ透子とうこが今も入院しているのかわかりません。」

東雲しののめみおちん慈恩じおんにアイコンタクトをとる。

「では私が向かおう」

ちん慈恩じおんが口を開いた。
それに続けて久世くぜはじめも口を開く。

「僕も行きます」

ちん慈恩じおんは目を細めた。

「貴方にこの話をしたのは東雲しののめみおも言った通り、危険を冒して欲しいからではない。ただ、知って欲しいと思っただけだ」

ちん慈恩じおん久世くぜはじめの同行に乗り気ではなかった。
しかし、久世くぜはじめの意思は強かった。

「ええ、分かっています。
でも今の僕は貴方の助手なので、ついていきます」
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