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4章 生意気な中学生
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後ろ髪は引かれるが、十羽はそう心を決めて口を開いた。
「心配してくれてありがとう。でも明日、公園へ行ってイチョウの神様に、未来へ帰してくださいってお願いしてみるよ」
「明日!? そんなに急がなくても」
焦ったように肩を掴まれた。
「だけど……」
「引き留めたら、迷惑か?」
蓮也の凜々しい顔には寂しげな色が浮かんでいる。
兄のように慕ってくれているのだろうか。十羽も彼を弟のように思っている。一緒にいる時間は心地よく、離れがたいと感じている。
「僕もここにいられるならいたい。でも現実的に無理だ。できるだけ早く帰らないと」
蓮也が、名残惜しそうに掴んでいた肩を離した。
「そっか……」
十羽は離れたばかりの彼の手を取り、握手をした。
「2日間、本当にありがとう。進一さんにも、くれぐれもよろしく」
「えっ……。今すぐ帰るみたいなこと言うなよ!」
「いつ消えるかわからないから、言えるときに言っておこうと思って」
「そうかもしれないけど!」
ううっと唸った彼は「なあ、俺にできることはないか?」と尋ねた。手を握ったままで。
「十羽さんをこのまま、嫌なことがある未来へ帰したくない。心配なんだ」
彼の優しさに胸を打たれる。誰かに大切にされるというのは本当にありがたい。2021年の世界には頼れる人がいないので、余計に。
「じゃあ、ひとつだけお願いしてもいいかな」
遠慮がちに問うと、彼が「何? なんでも言えよ」と言った。
「また嫌なことがあってタイムスリップしたら、そのときは……蓮也君に会いに来てもいい?」
「ああ、もう!」
蓮也がガリガリと頭を掻く。
「だから、きのうも遠慮すんなって言っただろ! 絶対に、遠慮せずに俺のところに来てほしい」
「うん……ありがと」
「そうだ! 俺に会いに来て、俺の木工の自慢話を聞いてくれよ。俺、周りに木工の話ができるやつがいないからさ。そういう交換条件ならいいだろ?」
十羽が遠慮しないための気づかいだ。十歳の頃から変わらず大人びたところがある。
「蓮也君は優しいね。僕は助けられてばかりだよ」
「別に、俺がそうしたいからやってるだけだ」
ぶっきらぼうに言ってそっぽを向いた彼は「いや、まあ、とにかく」とばつが悪そうに十羽に向き直った。
「十羽さんが、不幸になるのは嫌だ」
蓮也は本当に優しい。まだまだ一緒にいたいと思ってしまう。だけど迷惑をかけたくない。こちらが大人なのだから、冷静に別れの言葉を告げなければ。
「本当に、お世話になりました。元気で」
「十羽さん……!」
困り顔で唇を噛みしめた蓮也が、意を決したように十羽の手を引いた。十羽の細い体が彼の胸板に、とんっと軽くぶつかる。
「れ、蓮也……君?」
逞しい腕が背中に回り、十羽は力強く抱きしめられた。
密着した体からボディソープの香りと体温、高鳴る鼓動、緊張が伝わってくる。十羽の心臓が大きくドクンと鳴り、頬が一気に熱くなった。
「え、えっと、あのっ」
「やっぱり帰らないでほしい。俺と……一緒にいてくれ」
頭の中がクラクラする。体中に様々な感情が渦巻いた。
驚き、嬉しさ、それらを大きく包む、甘いときめき──。
弟のようにかわいいと思っていたはずなのに。
中学生の彼に恋のときめきを感じている。
胸のドキドキが止まらない。
大人として、あってはならないだろう。十羽は慌てふためき「そ、そんなに心配してくれなくても大丈夫。僕はこれでも大人だから」と言って彼から離れた。
「十羽さん、俺……」
「そ、そうだ! お風呂、借りるよ」
動揺したまま逃げるように廊下へ出て、リビングのドアを閉めた。
はあっと大きく息を吐く。だが胸のときめきが消えない。自分で自分の気持ちが信じられなかった。これまでの人生でまともに恋愛をしてこなかったからか、思いがけないときめきに激しく動揺している。
(やばい、これじゃ、僕のほうが中学生以下だ。理性的になれ!)
「心配してくれてありがとう。でも明日、公園へ行ってイチョウの神様に、未来へ帰してくださいってお願いしてみるよ」
「明日!? そんなに急がなくても」
焦ったように肩を掴まれた。
「だけど……」
「引き留めたら、迷惑か?」
蓮也の凜々しい顔には寂しげな色が浮かんでいる。
兄のように慕ってくれているのだろうか。十羽も彼を弟のように思っている。一緒にいる時間は心地よく、離れがたいと感じている。
「僕もここにいられるならいたい。でも現実的に無理だ。できるだけ早く帰らないと」
蓮也が、名残惜しそうに掴んでいた肩を離した。
「そっか……」
十羽は離れたばかりの彼の手を取り、握手をした。
「2日間、本当にありがとう。進一さんにも、くれぐれもよろしく」
「えっ……。今すぐ帰るみたいなこと言うなよ!」
「いつ消えるかわからないから、言えるときに言っておこうと思って」
「そうかもしれないけど!」
ううっと唸った彼は「なあ、俺にできることはないか?」と尋ねた。手を握ったままで。
「十羽さんをこのまま、嫌なことがある未来へ帰したくない。心配なんだ」
彼の優しさに胸を打たれる。誰かに大切にされるというのは本当にありがたい。2021年の世界には頼れる人がいないので、余計に。
「じゃあ、ひとつだけお願いしてもいいかな」
遠慮がちに問うと、彼が「何? なんでも言えよ」と言った。
「また嫌なことがあってタイムスリップしたら、そのときは……蓮也君に会いに来てもいい?」
「ああ、もう!」
蓮也がガリガリと頭を掻く。
「だから、きのうも遠慮すんなって言っただろ! 絶対に、遠慮せずに俺のところに来てほしい」
「うん……ありがと」
「そうだ! 俺に会いに来て、俺の木工の自慢話を聞いてくれよ。俺、周りに木工の話ができるやつがいないからさ。そういう交換条件ならいいだろ?」
十羽が遠慮しないための気づかいだ。十歳の頃から変わらず大人びたところがある。
「蓮也君は優しいね。僕は助けられてばかりだよ」
「別に、俺がそうしたいからやってるだけだ」
ぶっきらぼうに言ってそっぽを向いた彼は「いや、まあ、とにかく」とばつが悪そうに十羽に向き直った。
「十羽さんが、不幸になるのは嫌だ」
蓮也は本当に優しい。まだまだ一緒にいたいと思ってしまう。だけど迷惑をかけたくない。こちらが大人なのだから、冷静に別れの言葉を告げなければ。
「本当に、お世話になりました。元気で」
「十羽さん……!」
困り顔で唇を噛みしめた蓮也が、意を決したように十羽の手を引いた。十羽の細い体が彼の胸板に、とんっと軽くぶつかる。
「れ、蓮也……君?」
逞しい腕が背中に回り、十羽は力強く抱きしめられた。
密着した体からボディソープの香りと体温、高鳴る鼓動、緊張が伝わってくる。十羽の心臓が大きくドクンと鳴り、頬が一気に熱くなった。
「え、えっと、あのっ」
「やっぱり帰らないでほしい。俺と……一緒にいてくれ」
頭の中がクラクラする。体中に様々な感情が渦巻いた。
驚き、嬉しさ、それらを大きく包む、甘いときめき──。
弟のようにかわいいと思っていたはずなのに。
中学生の彼に恋のときめきを感じている。
胸のドキドキが止まらない。
大人として、あってはならないだろう。十羽は慌てふためき「そ、そんなに心配してくれなくても大丈夫。僕はこれでも大人だから」と言って彼から離れた。
「十羽さん、俺……」
「そ、そうだ! お風呂、借りるよ」
動揺したまま逃げるように廊下へ出て、リビングのドアを閉めた。
はあっと大きく息を吐く。だが胸のときめきが消えない。自分で自分の気持ちが信じられなかった。これまでの人生でまともに恋愛をしてこなかったからか、思いがけないときめきに激しく動揺している。
(やばい、これじゃ、僕のほうが中学生以下だ。理性的になれ!)
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