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スマホの中から俺を呼ぶ
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『モンスターの攻撃を回避して、スキルを発動しつつ……でやぁっ!』
『こんぱる~☆ 今日はパリピ配信でテンアゲだべ~!』
ダンジョンから帰ってきた俺の数少ない楽しみは、他の配信を見ることだ。
部屋のPCで複数のタブを開いて、コーヒーを飲むのがまたいとをかし。
『ここで肉食えるんで』
「すごいな、ダンジョンの深層でハムの塊なんか焼けるのか」
凄まじい戦闘能力でモンスターを屠る配信、チームを組んでわいわいとダンジョンを探索する配信、なぜかダンジョン奥地で肉を焼いて酒を飲む配信。
どれも視聴者や同時接続者数が万単位で、俺には遠い夢物語。
だけど、夢ってのは遠くて届かないから楽しめるんだって、今日俺は悟った。
「くーちゃん、お風呂湧いたよーっ」
「オッケー、すぐに入るよ」
ぼんやりと配信を眺める俺に、一階から声が声をかけられた。
ちなみに俺が暮らしているのは、姉の紫苑が借りている家の一室だ。
どうして姉の家に住んでるのか、両親はどこにいるんだって?
両親なら少し前に離婚して、俺がついて行った母親は他に男を作って消えました。父親は養育費その他諸々を送ってくれますが、「二度と俺たちの顔を見たくない」らしいです。以上です、ご清聴ありがとうございました。
そんなわけで、既に独り立ちして一人暮らし、それなりにいい生活を送ってる姉のもとに俺が転がり込んだんだ。
姉は俺がここで生活するのも、ダンジョン探索も許してくれた。
たまに俺の方を見て「可愛く育ってきた」「血の繋がりとか関係ないよね」「寝てる間にブチ(自主規制)やる」と呟いているのは気のせいだ、うん。
「……で、俺の配信者生活は今日で終わり、か」
さて、風呂に入るとは言ったけど、部屋の外に出たい気分じゃなかった。
なぜなら今、俺の指には動画配信サイト『Yо!tube』の自コンテンツ、『ダンジョンゆるゆるチャンネル』の削除ボタンがかけられてるからだ。
あの後、どうやったって取れない軟体とどうにもパッとしない自分の実況を見返しているうちに、やる気がすっかり削がれた。それなりに練習もしたつもりだったんだけど、やっぱりできないものはできないし、才能がなかっただけだよ。
今までの人生、あきらめてきたものは多い。これもその一つってだけだ。
「うじうじしてても仕方ないし、散り際は潔く行け、俺!」
さらば、スパチャに投げ銭で送る不労所得のウハウハ生活。
俺はひときわ大きなため息を吐いてから、静かに『削除』ボタンを押そうとした。
『――そのボタンを押すのは、少し待ってくれないか』
ところが、どこからか聞こえてきた男の声が、俺の指をすんでのところで止めた。
部屋には俺しかいない。姉は独身だし、ここに男なんているはずがない。
「……空耳か」
チャンネル削除をためらう俺の心の声ってことにして、もう一度削除ボタンを押そうとした。
『待ってくれと言ったはずだ。君のチャンネルがないと、僕が困るんだ』
「えっ!?」
今度は間違いなく、空耳なんかじゃない。
確実に誰かが、俺に話しかけた。しかも今度は、もっとはっきりした声だ。
「だ、誰だよ!? 幽霊だったらお祓いするぞ、さっさと出てけ!」
思わず椅子から立ち上がって叫ぶ俺の視界には、なんにも映らない。そりゃそうだろ、部屋には絶対に俺しかいないはずなんだから。
なのに、認めたくないけどこの部屋には誰かがいる。絶対にいる!
『僕は幽霊ではない。実体がない相手を存在しない概念に当てはめて思考から排除しようとするのは、人間の良くないところだ』
しかも相手は、随分と面倒くさいしゃべり方をする。
その声はどうやら、俺のスマートフォンの中からするみたいなんだ。
よくよく見ると、スマートフォンはずっと見慣れたいつもの姿から大きく様変わりしてた。どこのメーカーでも見たことのない、鋭角的なフォルムだ。
正直カッコいい……じゃなくて、もう訳が分からない。
「……スマホから、声が? 気のせいか?」
恐る恐るスマホを手に取って、俺は冗談交じりに声をかけてみた。
返事が返ってくるはずがない。暗い画面に映るのは、俺の顔だけなんだから――。
『――気のせいではない。僕は確かにスマートフォンの中から君を呼んだ』
――違った。
スマホの画面が急に明るくなって、顔が浮かび上がったんだ。
子供の落書きみたいな目と口だけど、間違いなく電子イラスト調の顔だ。
「どわああああっ!?」
思わずスマホを壁に投げつけて、俺は叫んだ。
そりゃそうだ。スマホが意志を持って俺に声をかけて、しかもチャンネル削除をやめろなんて言ってきたんだぞ。悪い夢ならいいのに、しりもちをついた痛みが現実の証拠だ。
『痛いぞ、少年。もう少し優しく扱ってくれ』
スマホに痛いとか言われても分かりません。
「どうしたの、くーちゃん!? どこかぶつけたの!?」
「え、あ、何でもない! 何でもないから、大丈夫だから!」
心の中でツッコんでいた俺だけど、一階から聞こえてきた声に慌てて返事した。
紫苑はそれ以上言及してこなかったけど、もしもこれ以上騒げば階段を上ってくるに違いない。俺は屈みながら、小声でスマホに声をかけた。
「……お前、何なんだ? 俺のスマホに、何したんだ?」
わずかな沈黙の後、スマホが喋った。
『何者か答えよう。僕の名前はライド。金属生命体だ』
『こんぱる~☆ 今日はパリピ配信でテンアゲだべ~!』
ダンジョンから帰ってきた俺の数少ない楽しみは、他の配信を見ることだ。
部屋のPCで複数のタブを開いて、コーヒーを飲むのがまたいとをかし。
『ここで肉食えるんで』
「すごいな、ダンジョンの深層でハムの塊なんか焼けるのか」
凄まじい戦闘能力でモンスターを屠る配信、チームを組んでわいわいとダンジョンを探索する配信、なぜかダンジョン奥地で肉を焼いて酒を飲む配信。
どれも視聴者や同時接続者数が万単位で、俺には遠い夢物語。
だけど、夢ってのは遠くて届かないから楽しめるんだって、今日俺は悟った。
「くーちゃん、お風呂湧いたよーっ」
「オッケー、すぐに入るよ」
ぼんやりと配信を眺める俺に、一階から声が声をかけられた。
ちなみに俺が暮らしているのは、姉の紫苑が借りている家の一室だ。
どうして姉の家に住んでるのか、両親はどこにいるんだって?
両親なら少し前に離婚して、俺がついて行った母親は他に男を作って消えました。父親は養育費その他諸々を送ってくれますが、「二度と俺たちの顔を見たくない」らしいです。以上です、ご清聴ありがとうございました。
そんなわけで、既に独り立ちして一人暮らし、それなりにいい生活を送ってる姉のもとに俺が転がり込んだんだ。
姉は俺がここで生活するのも、ダンジョン探索も許してくれた。
たまに俺の方を見て「可愛く育ってきた」「血の繋がりとか関係ないよね」「寝てる間にブチ(自主規制)やる」と呟いているのは気のせいだ、うん。
「……で、俺の配信者生活は今日で終わり、か」
さて、風呂に入るとは言ったけど、部屋の外に出たい気分じゃなかった。
なぜなら今、俺の指には動画配信サイト『Yо!tube』の自コンテンツ、『ダンジョンゆるゆるチャンネル』の削除ボタンがかけられてるからだ。
あの後、どうやったって取れない軟体とどうにもパッとしない自分の実況を見返しているうちに、やる気がすっかり削がれた。それなりに練習もしたつもりだったんだけど、やっぱりできないものはできないし、才能がなかっただけだよ。
今までの人生、あきらめてきたものは多い。これもその一つってだけだ。
「うじうじしてても仕方ないし、散り際は潔く行け、俺!」
さらば、スパチャに投げ銭で送る不労所得のウハウハ生活。
俺はひときわ大きなため息を吐いてから、静かに『削除』ボタンを押そうとした。
『――そのボタンを押すのは、少し待ってくれないか』
ところが、どこからか聞こえてきた男の声が、俺の指をすんでのところで止めた。
部屋には俺しかいない。姉は独身だし、ここに男なんているはずがない。
「……空耳か」
チャンネル削除をためらう俺の心の声ってことにして、もう一度削除ボタンを押そうとした。
『待ってくれと言ったはずだ。君のチャンネルがないと、僕が困るんだ』
「えっ!?」
今度は間違いなく、空耳なんかじゃない。
確実に誰かが、俺に話しかけた。しかも今度は、もっとはっきりした声だ。
「だ、誰だよ!? 幽霊だったらお祓いするぞ、さっさと出てけ!」
思わず椅子から立ち上がって叫ぶ俺の視界には、なんにも映らない。そりゃそうだろ、部屋には絶対に俺しかいないはずなんだから。
なのに、認めたくないけどこの部屋には誰かがいる。絶対にいる!
『僕は幽霊ではない。実体がない相手を存在しない概念に当てはめて思考から排除しようとするのは、人間の良くないところだ』
しかも相手は、随分と面倒くさいしゃべり方をする。
その声はどうやら、俺のスマートフォンの中からするみたいなんだ。
よくよく見ると、スマートフォンはずっと見慣れたいつもの姿から大きく様変わりしてた。どこのメーカーでも見たことのない、鋭角的なフォルムだ。
正直カッコいい……じゃなくて、もう訳が分からない。
「……スマホから、声が? 気のせいか?」
恐る恐るスマホを手に取って、俺は冗談交じりに声をかけてみた。
返事が返ってくるはずがない。暗い画面に映るのは、俺の顔だけなんだから――。
『――気のせいではない。僕は確かにスマートフォンの中から君を呼んだ』
――違った。
スマホの画面が急に明るくなって、顔が浮かび上がったんだ。
子供の落書きみたいな目と口だけど、間違いなく電子イラスト調の顔だ。
「どわああああっ!?」
思わずスマホを壁に投げつけて、俺は叫んだ。
そりゃそうだ。スマホが意志を持って俺に声をかけて、しかもチャンネル削除をやめろなんて言ってきたんだぞ。悪い夢ならいいのに、しりもちをついた痛みが現実の証拠だ。
『痛いぞ、少年。もう少し優しく扱ってくれ』
スマホに痛いとか言われても分かりません。
「どうしたの、くーちゃん!? どこかぶつけたの!?」
「え、あ、何でもない! 何でもないから、大丈夫だから!」
心の中でツッコんでいた俺だけど、一階から聞こえてきた声に慌てて返事した。
紫苑はそれ以上言及してこなかったけど、もしもこれ以上騒げば階段を上ってくるに違いない。俺は屈みながら、小声でスマホに声をかけた。
「……お前、何なんだ? 俺のスマホに、何したんだ?」
わずかな沈黙の後、スマホが喋った。
『何者か答えよう。僕の名前はライド。金属生命体だ』
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