獅子隊長と押しかけ仔猫

トウリン

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SS:旅路にて~その時、隊長は~

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 ロンディウムからバルベリーまでは、かなりの距離がある。
 休みながらの馬車の旅だし、ブラッドのように体力がある者であれば別にたいして苦があるものではないが、ケイティのように華奢な女性にはさぞかし難儀なものになるだろう。
 そう思って、ブラッドは念には念を入れて旅支度を整えたのだ。
 毛布やら何やらで完全防備をさせたケイティは微妙に微妙な顔をしているが、まあ、良しとしよう。
 しかしそれにしても、ケイティがこの道を辿るのはこれで三往復目になるわけだが。
 特に最初にバルベリーからロンディウムに出てきたときは、独りきりだったと聞いている。去年、実家に帰ろうと決意したケイティにティモシーを同行させようとしたとき、彼女にそう言われて正直ゾッとした。
 治安がいいとされているロンディウムの街中でさえ、非力な女性一人がうろついていれば何が起きるか判らないというのに、外見年齢十代半ば、実際の年も成人したかどうかというケイティが何日も独りで旅をするなんて。現に、馬車が走り出して早々に、にやけた男が彼女に近づいてきていた。あれは、完全に良からぬ下心があった目つきだったし、ブラッドがひと睨みしただけですごすごと引っ込んだのが、疚しいことがあった何よりの証拠に違いない。

(本当に)

 ブラッドは、今さらながらに、独りきりで上京したケイティに何もなくて良かったと胸を撫で下ろし、今後は二度とそんな無謀なことは許すまいと決意を新たにした。
 そして今、ケイティが知ればまた髪を膨らませて怒り出しそうなことを考えているブラッドの隣で、彼女は得々と家族のことを話している。
 両親のことから始まり、上の弟から下の弟まで。
 誰の話をするときにも、ケイティの顔は喜びに輝いている。その緑の瞳の煌き一つで、彼女がどれほど家族を愛しているのかが、ひしひしと伝わってきた。きっと、家族の方もさぞやケイティのことを大事に想っていることだろう。
(オレは、そんな人たちを相手に、彼女をこの手に委ねて欲しいと頼みに行くのだ)
 今回の旅の目的を思い出し、ブラッドは気を引き締める。だが、何はともあれ、まずはケイティを無事に家族の元へ連れていくことが最優先だ。

 馬車中に油断なく目を走らせながらその可愛らしい囀りに頷きながら耳を傾けていたブラッドだったが。
 不意にケイティのおしゃべりが途切れたことに気付き、ブラッドは隣を見下ろした。と、彼女はコクリコクリと舟を漕いでいる。ガタンと少し大きめに揺れた拍子に前のめりに座席から落ちそうになったケイティを、サッと腕を伸ばして受け止めた。
 取り敢えず、座席に戻してはみたものの。
 ふらりふらりと揺れるケイティは、どこからどう見ても危なっかしい。
 ブラッドは眉間にしわを寄せて考えて、再び彼女に手を伸ばした。
 背中を支え、膝裏に手を回し、そっと持ち上げる。力を込めた瞬間、ケイティはため息めいた小さな声を漏らしたが、目は覚まさなかった。
 ブラッドの膝の上にのせるとケイティは束の間モソモソと身じろぎをしてからおとなしくなる。華奢な身体を包み込むように回した彼の腕の中で丸まった彼女は、綿か何かでできているかのように、軽い。そして、ブラッドの為に作られたかのように、彼の中にすっぽりと収まる。
 温かくて小さなものを胸に抱くのは、とても、心地良かった。
 懐かしいような想いが込み上げ、ブラッドは、喉の辺りに何かが詰まったように感じる。

 ブラッドは、丁度顎の下辺りにあるケイティのつむじに触れるだけの口づけを落とした。フワフワの巻き毛が優しく彼の頬をくすぐる。
「君のことが好きだ」
 衝動的にこぼれた囁きに、応えがあるとは思っていなかった。

 しかし。

「あたしも、ですよ」

 もぞもぞと、ほとんど眠りの中にあるのが明らかな不明瞭な声で、ケイティはそう言った。そして、ふふ、と、小さな笑い声が続く。
 思わず彼女に回した腕に力を込めてしまいそうになったが、ブラッドは自制心を総動員してグッとこらえる。

(クソ、何だこれは)
 この、愛らしい生き物は。
 ブラッドは、もう一度、彼女の巻き毛に頬を寄せる。
「君のことは、一生この手で守るから。どうか、オレに守らせてくれ」
 その懇請に今度は何も返ってこなかったが、構わない。これは彼自身の中の誓いなのだから。
 ブラッドはもう一度だけケイティの丸い頭のてっぺんに口づけて、満ち足りた気分で目蓋を閉じる。

 ――その後、ブラッドの腕の中で目を覚ましたケイティは、自分が公衆の面前で抱き締められ続けていたことを知りたいそうご立腹とはなるのだが、それは想定内のことだった。
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