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愛猫日記
幕間~めいていのひと時
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孝一が真白を見上げて、真白が孝一を見下ろしている。
いつもと違う構図だけれども、真白にはそれを意識する余裕などなかった。
彼を受け入れているその場所は、もうこれ以上はないというほどピタリと密着している。彼女の中にいる彼はとても張り詰めていて、少し息苦しいほどだ。
時折、真白はつい腰を浮かしそうになってしまう。そのたびに組み合わせるようにしてつながれた彼の両手に力がこもって、引き戻された。
真白は唇を噛んで、目蓋もきつく閉じる。
は、と息をつくと、ほんの少し身体が上下した。ただそれだけで、真白は身体の奥深くを満たしている彼の存在を強く感じさせられる。そうすると、お腹の底の方が痺れるように疼いて身をよじりたくてたまらなくなるのだけれど、微かな身じろぎだけで疼きが増して、今度は全身から力が抜けてしまう。
結局少しも動けずにいる真白に、孝一が小さく笑った。
「お前が待ってくれというから、好きにできるようにしてやったんだぞ? 自分のいいようにしろよ」
「そんなこと、言われても……」
真白は閉じていた目を無理やり開けて、孝一を見る。
その顔は少し強張っていて、からかうような台詞ほど彼にも余裕はないのだということが見て取れた。
孝一はじっと真白を見つめていて、その視線に、何故か彼女は泣きたくなる。
(違う、泣きたいっていうか……)
彼と目が合う度に胸の中に溢れてくる感覚をどう表現したらいいのか、彼女には判らない。それにどう応じたらいいのかも。
孝一は、とても積極的に真白に関わろうとしてくる。まるで、彼女の全てを自分の中に取り込んでしまいたいかのように。
毎日毎日、会社から帰ってくると真っ先に真白を抱き締めてキスをして、夕食になると、その日何をしていたのかを聴きたがる。彼女の日常なんて代わり映えしないのに、少しもうんざりしたそぶりも見せずに。
孝一に目を向けられると、真白は何故か彼に包まれているような心持ちになる。どこにも触れられていなくても優しく抱き締められているような、不思議な温もりを感じるのだ。
(コウと他の人とは、何が違うんだろう)
真白は、ずっとたくさんの人と暮らしてきた。
施設の子ども達も職員もしょっちゅう入れ替わっていたから、一緒に寝食を共にしていても、名前も顔も覚えていないような人がほとんどだ。
けれど、出会った人の数は、多分同年代の誰よりも多いに違いない。
それほどたくさんの人と出会ってきたのに、彼らの中に、孝一のような眼差しで真白を見る人は一人もいなかった。そして、目を向けられた時、孝一にそうされた時のように感じる人も、一人もいなかった。
(コウだけが、特別)
そう思った瞬間、きゅんと身体の奥が縮まった。それと同時にそこからじわりと心地良い痺れが走り、全身がふるりと震える。
と。
「! おまえ……ったく……」
何故か孝一が唸って、顎を食い締めた。
「コウ?」
「何でもない。……不意打ちされるとこっちがヤバいな」
「ヤバい?」
真白は快感でぼんやりしている頭をはっきりさせようと瞬きした。けれど、そうした矢先に孝一に微かに腰を揺すられて、思わず息を詰める。
目を見張って固まった真白に、孝一はニヤリと笑った。
「お前の中は蕩けるようなのに、すごくキツイ」
「それ、いけないこと?」
自分の中で脈打つ彼の昂ぶりに、真白の声はかすれた。不安そうに孝一を見る彼女に、彼は苦笑する。
「違う。良すぎるんだよ。うっかりすると、お前を置いて俺だけ終わってしまいそうになる」
そう言うと、彼は繋いでいた手を解いた。
「来いよ」
その一言共に、孝一は真白に手を差し伸べる。誘われるままに身体を倒すと、近付いてきた唇が重なった。
真白が口を開くとするりと孝一の舌が入ってきて、優しく彼女の中を探り始める。
(きもちいい……)
真白と同じ温度になった孝一の舌は、からかうように彼女の舌をもてあそび、柔らかな粘膜を隅々まで辿った。
いじられているのは口の中なのに、彼とつながっているもう一つの場所が疼いてならない。ぴったりくっついて穏やかに揺さぶられているだけだから、真白の中の孝一はほとんど動いていない。それなのに、自分の中に彼がいるということを、真白ははっきりと感じられる。
「ふ、ぅ」
キスを続けたいのに、真白の身体は強張って、勝手に背中が反りそうになってしまう。
唇が離れかけて、真白は首の後ろを温かな孝一の手で包まれた。彼のもう片方の手が、ギュッと真白の腰を押さえ付けてくる。もう充分にしっかりとつながっていると思ったのに、いっそう深くに孝一を感じる。
(わたしの中は、コウでいっぱいだ)
身体も、頭も、心の中も。
もっと、近付きたい――コウと、一つになりたい。
真白は大きな身体に懸命に腕を回して彼にしがみついた。
細かく震える真白の背中を、宥めるように孝一の手が撫で下ろしていく。
「シロ、つらいか? 深すぎる?」
「ちが……」
彼の肩口に顔を埋めてかぶりを振ると、耳元で小さな笑い声がした。
耳たぶが優しく噛まれる。
「んんッ」
「お前の頭の中は未だに謎だらけだけどな、身体は、解かり易い」
そう言いながらそっと孝一が腰を揺さぶって、真白の身体の一番奥に電気が走った。
「く……ぅん」
思わず、孝一の肩に爪を立てる。
孝一はまた真白の唇を求めてきて、口の中を探る舌と同じペースで彼女を揺すり続けた。
それはゆったりと、波に揺られているような動きだった。その一波ごとに、真白の中ではいつもの感覚が高まっていく。潮が満ちるように、密かに、確実に。
痺れるような快感と、孝一と融け合っているのではないかと錯覚しそうなほどの深いつながり。
揺さぶられるたびそのつながりが強く感じられた。
きゅんきゅんと、孝一を受け入れているその場所が何度も何度も縮むのが解かる。そのたびに、彼が微かな呻き声を漏らすのも。
「や、ぁ……コウ、コウ」
名前を呼んで彼にすがり付くと、抱き締めてくれている腕に力がこもる。
頭がボウッとして、身体中が熱くて、フワフワして。
まだ飲んだことはないけれど、お酒に酔ったら、こんな感じになるのかもしれない。
ふと、そんなふうに思った。
(わたしは、コウに酔ってるんだ)
膨れ上がっていく快感。
真白が求めてやまないものに、もう少しで手が届く。
けれど、それを手に入れてしまえば、この心地良さが終わってしまう。
早く満たされたいけれど、ずっと終わって欲しくない。
「だめ、だめ……」
キスの合間に、吐息と共に囁きをこぼす。
もっと、続けて。
もっと、欲しい。
そう願っていたのに。
膨らみ続けるそれがはじけたのは、突然のことだった。
「ん、く、ぅ」
最後のひと揺すりと共に、真白は一瞬身体がふわりと浮き上ったような気がした。次の瞬間、身体の奥から溢れた快感が、痛みにも似た感覚をまじえながら手足の先まで走っていく。
「ふ、ぁあ、ん」
高い声が出そうになって、思わず真白は目の前にある孝一の肩に噛み付いた。勝手にガクガクと身体が震えてしまって、奥深くに埋められている孝一をきつくきつく締め上げる。
「ぐぅ」
咽喉の奥から漏れた低い呻き声と共に、彼の身体も震えた。真白の中で、ビクビクと彼が激しく跳ね回る。
(あ……感じる……)
真白は、自分の中に熱い何かが放たれるのを感じてうっとりとする。快感の波が遠のいて一瞬空っぽになってしまったように感じられた真白の中を、溢れんばかりに孝一の熱が満たしていく。
「コウ……」
好き、大好き、一緒にいたい、傍にいて欲しい、ずっと。
溢れる想いは言葉にならない。
だから、真白は精一杯彼にしがみつく。
重ね合わせた胸から伝わる孝一の鼓動は、真白のものに負けず劣らず、速かった。耳をくすぐる呼吸も、荒い。
孝一の腕はしっかりと真白を抱え込んでいるけれど、目を閉じた彼の顔は、どこか無防備な感じだった。
(可愛い)
真白よりも大きくて、力も強くて、いつも自信たっぷりな彼をそんなふうに感じるのは、おかしいだろうか。
実際には、『可愛い』とは違うのかもしれない。
けれど、孝一を見ていると、抱き締めたいような、守ってあげたいような、そんな気持ちになってしまうのだ。
それは、施設で幼い子ども達をみていた時と同じような気持ちでいて、やっぱりどこか違うような気がする。
(なんだろうな)
胸の中で首をかしげながらふと彼の肩に目を落とすと、薄らと小さな歯形がついていた。真白は手を上げて、指先でそっとそれをなぞる。
(とりあえず、噛まないようにしよう)
真白が噛んだり引っ掻いたりした痕を見ると孝一は何故か嬉しそうな顔をするのだけれど、やっぱり良くないと思う。
(ごめんね)
声に出さずに囁いて、真白はそっとそこに唇を寄せた。
*
さわさわと、髪がくすぐられている。
真白はぼんやりとそう思った。
髪から、そして耳たぶ。
その柔らかさを確かめるように触れてくる温もりは、何だろう?
今まで閉じていたのだということにも気付かず目蓋を上げると、世界が横向きに見えた。
(あれ? 寝てた?)
真白は二、三度目を瞬かせる。
あれからお風呂に入って遅めの夕食を摂って、確かソファで孝一とテレビを観ていたはずなのだけれども。
孝一の隣に座ってニュースが始まって――どうやらそこで墜ちたらしい。
「起きたのか?」
不意に上から声がして、真白は自分の頭が孝一の腿の上に乗っていることに気付いた。いや、頭というか、上半身が。
孝一の左手が真白の肩を支えていて、右手は彼女の耳をいじっている。
「ごめん」
さぞかし重かっただろうと起き上がろうとしたけれど、孝一の左手が許してくれなかった。
「コウ?」
首を巡らせて彼を見上げると、なんだか渋い顔をしている。
「どうかした?」
怒っている、というわけではないと思うのだけれど。
怪訝な顔で彼を見つめていると、何となく渋々という感じで切り出した。
「一つ言い忘れていたことがあるんだけどな」
「何?」
「お前、俺がいないところでは絶対に酒を飲むなよ?」
「はい?」
突然、何を言い出すのだろう。
思わず真白はキョトンと彼を見つめてしまう。
「わたし、まだ十九だから飲めないよ?」
「二十歳になっても、だ。間違っても、バイト仲間とかと飲みに行くなよ? まあ、百歩譲って行くのはいいが、酒は一滴たりとも口にするな」
そう言った孝一の目は、やけに真剣だ。
「別に、コウがそうして欲しいならそうするけど……」
「そうして欲しい。心の底から」
孝一の様子はあまりに鬼気迫る感じで、真白はコクリと頷いた。
「なら、コウがいないところではお酒は絶対飲まない」
きっぱりとそう言った真白に、孝一はホッとしたような顔になる。
「……でも、コウと一緒ならいいの?」
その問いには、何故か彼は複雑な顔になった。頷いていいのか悪いのか、迷っているように見える。
「まあ――俺と一緒ならな」
「ふうん?」
その違いはなんなのだろう?
疑問を口にしようとした真白だったけれど、近付いてきた孝一の唇に阻止される。
「真白、愛してる」
キスの合間に、囁かれた。
(わたし……わたしも)
答えようとした真白の唇は、しっかりと塞がれてしまう。
甘く攻め立てられて、彼が再び身体を起こした時には、自分が何をしようとしていたのかすっかり判らなくなっていた真白だった。
いつもと違う構図だけれども、真白にはそれを意識する余裕などなかった。
彼を受け入れているその場所は、もうこれ以上はないというほどピタリと密着している。彼女の中にいる彼はとても張り詰めていて、少し息苦しいほどだ。
時折、真白はつい腰を浮かしそうになってしまう。そのたびに組み合わせるようにしてつながれた彼の両手に力がこもって、引き戻された。
真白は唇を噛んで、目蓋もきつく閉じる。
は、と息をつくと、ほんの少し身体が上下した。ただそれだけで、真白は身体の奥深くを満たしている彼の存在を強く感じさせられる。そうすると、お腹の底の方が痺れるように疼いて身をよじりたくてたまらなくなるのだけれど、微かな身じろぎだけで疼きが増して、今度は全身から力が抜けてしまう。
結局少しも動けずにいる真白に、孝一が小さく笑った。
「お前が待ってくれというから、好きにできるようにしてやったんだぞ? 自分のいいようにしろよ」
「そんなこと、言われても……」
真白は閉じていた目を無理やり開けて、孝一を見る。
その顔は少し強張っていて、からかうような台詞ほど彼にも余裕はないのだということが見て取れた。
孝一はじっと真白を見つめていて、その視線に、何故か彼女は泣きたくなる。
(違う、泣きたいっていうか……)
彼と目が合う度に胸の中に溢れてくる感覚をどう表現したらいいのか、彼女には判らない。それにどう応じたらいいのかも。
孝一は、とても積極的に真白に関わろうとしてくる。まるで、彼女の全てを自分の中に取り込んでしまいたいかのように。
毎日毎日、会社から帰ってくると真っ先に真白を抱き締めてキスをして、夕食になると、その日何をしていたのかを聴きたがる。彼女の日常なんて代わり映えしないのに、少しもうんざりしたそぶりも見せずに。
孝一に目を向けられると、真白は何故か彼に包まれているような心持ちになる。どこにも触れられていなくても優しく抱き締められているような、不思議な温もりを感じるのだ。
(コウと他の人とは、何が違うんだろう)
真白は、ずっとたくさんの人と暮らしてきた。
施設の子ども達も職員もしょっちゅう入れ替わっていたから、一緒に寝食を共にしていても、名前も顔も覚えていないような人がほとんどだ。
けれど、出会った人の数は、多分同年代の誰よりも多いに違いない。
それほどたくさんの人と出会ってきたのに、彼らの中に、孝一のような眼差しで真白を見る人は一人もいなかった。そして、目を向けられた時、孝一にそうされた時のように感じる人も、一人もいなかった。
(コウだけが、特別)
そう思った瞬間、きゅんと身体の奥が縮まった。それと同時にそこからじわりと心地良い痺れが走り、全身がふるりと震える。
と。
「! おまえ……ったく……」
何故か孝一が唸って、顎を食い締めた。
「コウ?」
「何でもない。……不意打ちされるとこっちがヤバいな」
「ヤバい?」
真白は快感でぼんやりしている頭をはっきりさせようと瞬きした。けれど、そうした矢先に孝一に微かに腰を揺すられて、思わず息を詰める。
目を見張って固まった真白に、孝一はニヤリと笑った。
「お前の中は蕩けるようなのに、すごくキツイ」
「それ、いけないこと?」
自分の中で脈打つ彼の昂ぶりに、真白の声はかすれた。不安そうに孝一を見る彼女に、彼は苦笑する。
「違う。良すぎるんだよ。うっかりすると、お前を置いて俺だけ終わってしまいそうになる」
そう言うと、彼は繋いでいた手を解いた。
「来いよ」
その一言共に、孝一は真白に手を差し伸べる。誘われるままに身体を倒すと、近付いてきた唇が重なった。
真白が口を開くとするりと孝一の舌が入ってきて、優しく彼女の中を探り始める。
(きもちいい……)
真白と同じ温度になった孝一の舌は、からかうように彼女の舌をもてあそび、柔らかな粘膜を隅々まで辿った。
いじられているのは口の中なのに、彼とつながっているもう一つの場所が疼いてならない。ぴったりくっついて穏やかに揺さぶられているだけだから、真白の中の孝一はほとんど動いていない。それなのに、自分の中に彼がいるということを、真白ははっきりと感じられる。
「ふ、ぅ」
キスを続けたいのに、真白の身体は強張って、勝手に背中が反りそうになってしまう。
唇が離れかけて、真白は首の後ろを温かな孝一の手で包まれた。彼のもう片方の手が、ギュッと真白の腰を押さえ付けてくる。もう充分にしっかりとつながっていると思ったのに、いっそう深くに孝一を感じる。
(わたしの中は、コウでいっぱいだ)
身体も、頭も、心の中も。
もっと、近付きたい――コウと、一つになりたい。
真白は大きな身体に懸命に腕を回して彼にしがみついた。
細かく震える真白の背中を、宥めるように孝一の手が撫で下ろしていく。
「シロ、つらいか? 深すぎる?」
「ちが……」
彼の肩口に顔を埋めてかぶりを振ると、耳元で小さな笑い声がした。
耳たぶが優しく噛まれる。
「んんッ」
「お前の頭の中は未だに謎だらけだけどな、身体は、解かり易い」
そう言いながらそっと孝一が腰を揺さぶって、真白の身体の一番奥に電気が走った。
「く……ぅん」
思わず、孝一の肩に爪を立てる。
孝一はまた真白の唇を求めてきて、口の中を探る舌と同じペースで彼女を揺すり続けた。
それはゆったりと、波に揺られているような動きだった。その一波ごとに、真白の中ではいつもの感覚が高まっていく。潮が満ちるように、密かに、確実に。
痺れるような快感と、孝一と融け合っているのではないかと錯覚しそうなほどの深いつながり。
揺さぶられるたびそのつながりが強く感じられた。
きゅんきゅんと、孝一を受け入れているその場所が何度も何度も縮むのが解かる。そのたびに、彼が微かな呻き声を漏らすのも。
「や、ぁ……コウ、コウ」
名前を呼んで彼にすがり付くと、抱き締めてくれている腕に力がこもる。
頭がボウッとして、身体中が熱くて、フワフワして。
まだ飲んだことはないけれど、お酒に酔ったら、こんな感じになるのかもしれない。
ふと、そんなふうに思った。
(わたしは、コウに酔ってるんだ)
膨れ上がっていく快感。
真白が求めてやまないものに、もう少しで手が届く。
けれど、それを手に入れてしまえば、この心地良さが終わってしまう。
早く満たされたいけれど、ずっと終わって欲しくない。
「だめ、だめ……」
キスの合間に、吐息と共に囁きをこぼす。
もっと、続けて。
もっと、欲しい。
そう願っていたのに。
膨らみ続けるそれがはじけたのは、突然のことだった。
「ん、く、ぅ」
最後のひと揺すりと共に、真白は一瞬身体がふわりと浮き上ったような気がした。次の瞬間、身体の奥から溢れた快感が、痛みにも似た感覚をまじえながら手足の先まで走っていく。
「ふ、ぁあ、ん」
高い声が出そうになって、思わず真白は目の前にある孝一の肩に噛み付いた。勝手にガクガクと身体が震えてしまって、奥深くに埋められている孝一をきつくきつく締め上げる。
「ぐぅ」
咽喉の奥から漏れた低い呻き声と共に、彼の身体も震えた。真白の中で、ビクビクと彼が激しく跳ね回る。
(あ……感じる……)
真白は、自分の中に熱い何かが放たれるのを感じてうっとりとする。快感の波が遠のいて一瞬空っぽになってしまったように感じられた真白の中を、溢れんばかりに孝一の熱が満たしていく。
「コウ……」
好き、大好き、一緒にいたい、傍にいて欲しい、ずっと。
溢れる想いは言葉にならない。
だから、真白は精一杯彼にしがみつく。
重ね合わせた胸から伝わる孝一の鼓動は、真白のものに負けず劣らず、速かった。耳をくすぐる呼吸も、荒い。
孝一の腕はしっかりと真白を抱え込んでいるけれど、目を閉じた彼の顔は、どこか無防備な感じだった。
(可愛い)
真白よりも大きくて、力も強くて、いつも自信たっぷりな彼をそんなふうに感じるのは、おかしいだろうか。
実際には、『可愛い』とは違うのかもしれない。
けれど、孝一を見ていると、抱き締めたいような、守ってあげたいような、そんな気持ちになってしまうのだ。
それは、施設で幼い子ども達をみていた時と同じような気持ちでいて、やっぱりどこか違うような気がする。
(なんだろうな)
胸の中で首をかしげながらふと彼の肩に目を落とすと、薄らと小さな歯形がついていた。真白は手を上げて、指先でそっとそれをなぞる。
(とりあえず、噛まないようにしよう)
真白が噛んだり引っ掻いたりした痕を見ると孝一は何故か嬉しそうな顔をするのだけれど、やっぱり良くないと思う。
(ごめんね)
声に出さずに囁いて、真白はそっとそこに唇を寄せた。
*
さわさわと、髪がくすぐられている。
真白はぼんやりとそう思った。
髪から、そして耳たぶ。
その柔らかさを確かめるように触れてくる温もりは、何だろう?
今まで閉じていたのだということにも気付かず目蓋を上げると、世界が横向きに見えた。
(あれ? 寝てた?)
真白は二、三度目を瞬かせる。
あれからお風呂に入って遅めの夕食を摂って、確かソファで孝一とテレビを観ていたはずなのだけれども。
孝一の隣に座ってニュースが始まって――どうやらそこで墜ちたらしい。
「起きたのか?」
不意に上から声がして、真白は自分の頭が孝一の腿の上に乗っていることに気付いた。いや、頭というか、上半身が。
孝一の左手が真白の肩を支えていて、右手は彼女の耳をいじっている。
「ごめん」
さぞかし重かっただろうと起き上がろうとしたけれど、孝一の左手が許してくれなかった。
「コウ?」
首を巡らせて彼を見上げると、なんだか渋い顔をしている。
「どうかした?」
怒っている、というわけではないと思うのだけれど。
怪訝な顔で彼を見つめていると、何となく渋々という感じで切り出した。
「一つ言い忘れていたことがあるんだけどな」
「何?」
「お前、俺がいないところでは絶対に酒を飲むなよ?」
「はい?」
突然、何を言い出すのだろう。
思わず真白はキョトンと彼を見つめてしまう。
「わたし、まだ十九だから飲めないよ?」
「二十歳になっても、だ。間違っても、バイト仲間とかと飲みに行くなよ? まあ、百歩譲って行くのはいいが、酒は一滴たりとも口にするな」
そう言った孝一の目は、やけに真剣だ。
「別に、コウがそうして欲しいならそうするけど……」
「そうして欲しい。心の底から」
孝一の様子はあまりに鬼気迫る感じで、真白はコクリと頷いた。
「なら、コウがいないところではお酒は絶対飲まない」
きっぱりとそう言った真白に、孝一はホッとしたような顔になる。
「……でも、コウと一緒ならいいの?」
その問いには、何故か彼は複雑な顔になった。頷いていいのか悪いのか、迷っているように見える。
「まあ――俺と一緒ならな」
「ふうん?」
その違いはなんなのだろう?
疑問を口にしようとした真白だったけれど、近付いてきた孝一の唇に阻止される。
「真白、愛してる」
キスの合間に、囁かれた。
(わたし……わたしも)
答えようとした真白の唇は、しっかりと塞がれてしまう。
甘く攻め立てられて、彼が再び身体を起こした時には、自分が何をしようとしていたのかすっかり判らなくなっていた真白だった。
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