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 屋敷は警察と報道陣で固められていた。
 磯山は車を戻し、路上に停めると、小春に残るように言い、外へ出た。

「ねえ、若」

 小春が話しかけてくる。

「若が知らないこと、まだまだ、たくさんあるよ。小春も海里もそう。吾朗ちゃんも慶ちゃんも。そして、亮輔ちんも。みんな、それぞれ理由を持って生きているの。でもね、若。トップの素質って言うのは、その理由を知って、なお、指針を決める決断力があるか、どうか、だよ。若がふらふらしていたら、鬼門会は潰される。みんな、なくなっちゃう」

 小春の頭に手をのせ、抱き寄せた。

「チビのくせに、心労を重ねてんじゃねえよ」
「また、チビって! 小春、チビじゃないもん」
「チビだろ、どこから、どう見ても」

 体を離し、ゴリラのぬいぐるみに「なあ?」と、同意を求めてやる。

「馬鹿! 若の馬鹿!」
「そんだけ元気がありゃ、駐車禁止の見回りが来ても、撃退できるな」

 ドアを開け、竹刀を持って外に出る。

「お利口さんにしてるんだぜ、小春」

 俺はドアを閉め、振り返らずに、磯山の後に続いた。

「裏道があるんだ」

 そう胸を張った男についていくと、マンホールの穴を開けられた。

「誰の案だ?」
「俺だ」

 いや、親指立てられてもなあ。
 薄暗い闇の中は、じめつき、下水の匂いが立ち込めていた。
 磯山が懐中電灯を点ける。
 鼠が通路を逃げていった。

「若、見たか? 今の鼠、太っていて美味そうだったな?」
「食うなよ、くれぐれも。腹、壊すぞ」

 それは洒落になんねえだろ、いくらなんでも。

* * *

 午後七時三十分。
 林吾朗の屋敷は、スーツを着た男達で埋め尽くされていた。
 俺と磯山は、下水道から屋敷の台所にある貯蔵室へと入り込み、そこから天井へと上がった。
 磯山は、日曜大工が趣味なのだと、なぜか照れて話した。
 天井を這って、話し声のする位置で止まる。
 俺と磯山は、顔を付き合わせる形で、耳を澄ませた。

「どうしても、傘下に入るのは嫌なんですね?」

 親父の声じゃない。
 永岡の人間か。

「くどい」

 親父だ。

「今じゃあ、そこにいる部下以外、あなたにつく者はいません。あなたが生ぬるい商売をしているから、こうなるんです」

 若く、冷静で冷淡な声。

「そうやって、あなたは全てを失くす。過去に囚われた罰です」
「組長」

 低い声が男を呼ぶ。
 成る程、親父としゃべっていたのは、鳴海伸哉なるみしんやか。

「どうした?」
「向井から連絡が入りました。任務を遂行したとのことです」
「ほう」

 向井の名に心臓が痛む。

「どうやら、今日は帰らないといけないみたいです。あなたが捨てた息子が、あなたの大切な継承者に報復をしました。誰かの命をとれば、誰かが代わりに傷を負う。あなたはその当たり前のことを、まだ理解しきれないんですね。そんな人間には誰もついては来ません。あなたの中途半端な正義と優しさでは、誰も救われない」

 親父は鳴海に言い返さなかった。
 俺は磯山に下を指差した。
 男は首を振って、否定を表してきやがった。
 ことを荒らげるな。
 そう言いたいのは分かっている。
 だが、納得がいかねえんだ。
 その時、頬に風を感じた。
 そちらへと這うと、磯山が追いかけてきた。
 風は板の下から吹いてくる。
 空洞があるのだろう。
 軽く板を叩くと一箇所だけ、高い音が出た。
 その音の辺りを撫でたなら、指を引っ掛けられる、へっこみがあることに気付いた。
 後ろで「あっ!」と小さな声があがる。
 これもお前の仕業か。
 日曜大工、万歳だな。
 板は、いとも容易く外れた。
 下は、射光が入り込む長方形の空間だ。
 床を高く上げているのか、足をつけられそうだ。

「若っ」

 磯山が非難してきたが、俺はその空間へと入った。
 正面に掛け軸が飾ってある。
 そういや、以前、親父と話をした時、親父の後ろに掛け軸があった。
 指をつけ、押すと、ギッと木が軋んだ。
 押せる。

「林さん、いずれ、あなたは俺にひれ伏す。そう決まっているんです」

 俺はグッと、掛け軸がかかった壁を押した。

「ああああ!」

 磯山が叫ぶ。
 壁が回転し、上手く、脱出できなかった俺は、回ってきた壁にどつかれて、手足をばたつかせながら、親父達の前へ出るはめになった。
 畳に、顔面からへばりつく俺。
 戦く一同。

「大輔?」

 親父に呼ばれて、俺も状況の把握ができた。
 コントじゃねえんだからさ。
 もっとこう、まともな登場をしたかったぜ。

「大輔? お前が」

 鳴海がくすくすと笑い出す。

「何か不満でも?」

 体を起こして、眉を吊り上げる。

「いや、双子なのに、似ていないと思っただけだ。死ななかったんだな」
「おかげさまで、ピンピンしてるぜ」

 立ち上がろうとし、腹部の痛みに傷に手を当て、膝をついた。
 手がべとつく。
 どこの藪医者が治療したんだ、くそが!
 
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