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028 それくらいの苦労はするべきよ*
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シルフィスカ達が居なくなった部屋では、王達とジルナリス達が向かい合って座っていた。
「話を聞かせてもらえるか……」
色々あり過ぎて、王は一気に老け込んだように見える。
「私が話そうかしら」
「そうだな。あの子のことに関してはジーナの方が良さそうだ」
隣に座った夫である侯爵も、ジルナリスが説明することに同意する。
「先ず、あの子は確かにベリスベリーの娘ですけれど、両親にも姉にも使用人達にさえ疎まれていたと聞きました。自身で稼いできたお金はすぐに取り上げられ、日常的に暴力を振るわれ、食事も与えられなかったと」
「……そんなことが……あるのか?」
「ええ。嘘はないでしょう。会うと体に痣を作っていたし、食事は稼いだお金で冒険者が使う安い食堂に行って食べていましたから」
「……」
今の姿を見てしまった後だ。あれほど美しく肌も荒れてはおらず、きちんと着飾ったシルフィスカからは、それほどまでにおざなりにされていたというのは想像し難い。
そこで、第二王子が手をあげる。
「失礼、彼女が稼いでいたというのは?」
「冒険者よ。シルフィという名で冒険者をしていたわ。私がはじめて見たのはあの子が十才になる前。見習いの時よ。たった一人で仕事を受けて、ほんの少し食事を取って帰っていく……そんな子だったわ」
「仮にも伯爵令嬢ですよ? そんなこと……」
「あのベリスベリー家よ? 分からないかしら。だいたい、こちらに嫁いでくるのでも、姉の方のはずだったのが、直前で押し付けたり、持参金を連れてきた使用人達が全員で持ち逃げするような家よ? そうでもしなければ生きられなかったのよ。仕方がないわ。
「っ……」
剣で刺されても声一つ上げず、痛みに呻くことすらしなかったシルフィスカを見ている第二王子には、信じられないと思いながらも、それが想像できてしまった。
「まだ幼かった頃、あの子は実の姉の手の者によって呪術をかけられたわ。それを解くため、死にものぐるいで迷宮に潜り続けていたの」
「呪術……彼女が?」
第一王子が目を丸くする。
「シルフィは天才的なまでの治癒魔法の才能があったのよ。それを妬んだのね。あの子は『教会に目を付けられなくて良かった』と笑っていたけれど……」
魔法師長とマリエス侯爵も眉を寄せて呪術というものに対する嫌悪感を見せていた。
「それは『治癒魔法が使えなくなり、効かなくなる』というものだったらしいわ。無理に使おうとすれば死ぬというのもあったと……それをシルフィは書き換えたの」
「書き換えた!? 呪印をですか!? 不可能です!」
魔法師長が声をあげる。それだけ信じられないことなのだ。
「シルフィは呪印を読み解くことができるわ。必死で勉強したんですって。魔法大国のマルジェに通いつめて。まあ、あの子はそうは言っても天才だから、それほど時間はかかってないでしょうけどね」
マルジェに住む少々変わり者の学者と知り合い、そこでシルフィスカは資料を手に入れていた。片手間に近くの迷宮に潜っていたりもする。
「……あの国で……」
最も魔法や呪術についての研究が進んでいるマルジェならばあり得ると魔法師長も認める。
「できれば解呪の方法まで突き止めたかったらしいけれど、呪解薬以外での解呪の方法はないってことを最終的に確認できただけだったと言っていたわね」
「信じられない……」
魔法師長は言葉をなくした。
「ただ、書き換えるのも色々と制限があるらしくて、結局『自身にのみ治癒魔法が効かなくなる』という所までしか無理だったのね。それも、後遺症で痛みが感じられなくなったの。シルフィは未熟だったからと言っていたけど、それだけ書き換えるのも難しいことのはずよ」
それはそうだろうと魔法師長は納得するように頷いた。
「では……体質というのは……」
「そう。呪術を受けたからよ。痛がっているように見えなかったでしょう?」
「はい……だから、縛り具合の確認を……」
「ええ。ミィアちゃんやフランちゃん達は分かってるから」
「……そうでしたか……」
謎が解けたというのもあるが、自分の治癒魔法に欠陥が出たわけではないと知り少し安心したようだ。
そこで次に口を開いたのはマリエス侯爵だった。
「フランとビスラは彼女を師匠と呼んでいたように思うのですが……」
「そうね。フランちゃんもビスラちゃんも、元は冒険者だもの。分かるでしょう? そこでシルフィに出会って、稽古をつけてもらっていたみたいね」
「……暗部の長も……」
「あら。ミィアちゃんってば長やってたの? さすがね。あの様子を見れば分かるでしょう?」
「……はい……」
どう見ても、どう聞いても、師弟関係の師がシルフィスカの方だというのは分かってしまった。これはあくまで確認だ。
「そうだ! 冒険者ギルドが機能しなくなるというのはっ」
それが一番大事だったと王が覚醒する。
「それはあなたのこれまでの行いが原因よ」
「わ、わたし……?」
王に呆れたように、少々嫌そうにジルナリスは説明を始める。
「あなたはシルフィが必死で、何年もたった一人で頑張って手に入れた呪解薬を取り上げさせたでしょう」
「呪解薬……っ」
第一王子の方をちらりと見てジルナリスの横に座る侯爵へ目を向ける。
「冒険者達だけじゃなくて、ギルドもシルフィがそんな、途方も無いことを成し遂げようとしているってことを見て、ずっと応援してたわ。それでようやくシルフィが報われるって喜んでいた所に、王家の命令だってことで取り上げたわよね? 怒るに決まってるでしょう?」
「っ……」
王は真っ青になった。既にその時点でギルドを敵に回していたことを察したのだ。
「あなた達、知ってる? 呪解薬の元になる呪解石を手に入れる条件」
「条件……?」
そんなものがあることすら知らなかったようだ。これは侯爵も知らない。
「『三十五以上の迷宮を各三百回まで周回し、合計一万回以上にならないとドロップしないというクソ設定』だそうよ。それも、途中で仲間と組んだらその時点でやり直し。逆に仲間が減ってもやり直し。だからあの子、たった一人で一日に何十周としてたわ。まあ、普通は一日で一周できればいい方ね。はっきり言って、上級の冒険者が一生かかったとしても成し遂げられないわ」
「っ……そ、そんなっ……」
途方もない挑戦。それをやり切ってしまうシルフィスカはとんでもない。
「それほどまでの苦労を……っ、私は……どう償えばいいのか……っ」
侯爵は改めて自身のやったことについて頭を悩ませる。
「迷宮を周回していた? そんなこと、可能なはずが……」
マリエス侯爵は、若い頃に迷宮にも入ったことがあるらしく、不可能だと確信を持っていた。
「普通は無理よ。そうねえ聞いたことないかしら『殺戮の黒き聖女』最近は『武神』って呼ばれることもあるわ」
それを聞いてマリエス侯爵と魔法師長は目を見開く。
「か、彼女が『武神』……最年少の特級冒険者……っ」
「ソロで最強のっ……彼女が……っ」
彼らが驚愕するほど、シルフィスカの二つ名はよく聞かれていた。
「っ……なるほど……どれだけギルドに掛け合っても渡りを付けられないはずだ……」
王は納得がいったとため息をついて頭を抱えた。他国の王家も懇意にする特級の冒険者。評判も良いその冒険者に、この国の王も繋がりを持とうと考えていた。だが、ギルドがそれを拒否していたのだ。
「あの子、貴族関係の依頼も、直接頭下げに来ない奴とは話もしないわよ? ヘスライルの王家も、王直々にシルフィに会いに来てたわ」
「……そうか……それなのに私はベルタに頼み、命をかけ苦労して手に入れた物を奪わせたのか……嫌われても当然だな……」
ようやく分かったかとジルナリスは鼻で笑った。ベルタ・ゼスタート。ジルナリスの夫を名前で呼ぶほど信頼していた王。落ち込むベルタの気持ちが理解できたようだ。
誰もが言葉を失くす中、第一王子が恐る恐る尋ねた。
「彼女は……私を恨んでいるのか」
何を今更と、表情に出してジルナリスが答える。
「当然でしょう? もうこの国も出ることになったし良いわ。全部教えてあげる。あなたを恨んでるのは、正確にはシルフィではないわ。呪うほど恨んでいた人を知ってるってだけ。はっきり言って、シルフィがあなたに対して思うのは『バカ姉と一緒に潰せて一石二鳥』って所よ。許す許さないもないわね。『もしもアレを次の王にとか言い出したらブチまけてやる』とか言っていたし、破滅は決定してたけど」
「っ……な、なぜ……」
「なぜ?」
「っ……」
ジルナリスは少々殺気立つ。本来ならば、暗部の者が王族の守りに入るタイミングだが、ミィアが再起不能にしたため、そんな助けも入らない。
「はっきり言うわ。あなた……結婚が決まって退職しようとしていたメイドに手を出したことがあるでしょう」
「っ!! メ、イド……っイーサ……っ?」
「あら。覚えてはいたのね。あなたを呪ったのはその人よ。別の男の子どもを孕んだ妻を許す夫がどれだけいると思うの? 婚約が決まっていたのにそういう裏切りをしたっていう娘を許す両親がどれだけいるかしら」
「ま、まさか……っ」
察しはそれなりに良いようだと、ジルナリスは少しばかり感心する。
「そのまさかよ。王子のと関係を持ったなんて、例え一方的な被害者であっても口にできるわけないでしょう。誤解されたままお腹の子と放り出されて、それでも子どもに罪はないからって苦労して、たった一人で育ててたらしいわ。私も会ってみたかったわね……」
「……っ、子っ、どもっ……私を呪ったのは……」
ジルナリスの隣では、夫のベルタがキリルの母親のことだと知り、顔を歪めていた。
「そうよ。自分が病で長くないって知って最期にって踏み切ったのですって。あんたなんて死ねば良かったのに」
「っ!!」
これには、誰も何も言えなくなっていた。本来ならば不敬罪ものだが、内容が酷すぎる。
「まあ、シルフィが呪解薬を取られた腹いせにそっちの保護に回ったから、呪術師になった人特有の悲惨な死にはならなかったのは良かったわね。穏やかな最期だったらしいわ」
「っ……そんな……っ」
死んでしまったと聞いても、第一王子は信じたくなさそうに首を振っていた。
「あの言葉は……イーサの……っ」
受けていた伝言がイーサのものであったと、ようやくここで理解したらしい。
「さてと、そろそろ良いかしら。国を出る準備をしないと。あ、言い忘れていたわ。冒険者ギルドの撤退は決定よ。冒険者達は完全にこの国を見限るわ。特級の冒険者であるシルフィを冤罪で牢に入れて、暴行を加えたのですもの。恩を仇で返すって言うのかしら。もう、誰もついてこないわよ」
「っ、そ、それは本当に……」
「冗談じゃないわよ? 民達や冒険者にはきっちり事情も話して撤退するでしょうから、あなたたちは恨まれるわね~。それこそ、魔獣の集団暴走があって助けてもらえないわ。兆候が見えた時点で冒険者の関係者は速攻で国を出るレベルよ」
「そんなっ……」
絶望しかない。それらの兆候を最も早く察するのが冒険者なのだ。国が気付いた時にはもう遅いという時期になってしまうだろう。
そんな王達の前で、ジルナリスは存分に言ってやったとスッキリしている。温度差がすごい。
空気も重いし、さっさと帰ろうとジルナリスが立ち上がる。それと同時にベルタも立ち上がり告げた。
「貴族章など、明日には届けさせます。発表についてはお任せいたしますので」
「ベルタっ、ま、待ってくれ」
「……失礼いたします」
「っ……」
もう決めてしまったのだ。ベルタには引く気はなかった。結局、シルフィスカどころかジルナリス達にさえ謝罪の言葉がないのだから。歩き出したベルタとジルナリスを止めようとマリエス侯爵が弱った表情で立ちはだかる。
それを一度睨みつけながら、ジルナリスはもう一つ思い出したと言って振り向く。
「そうだわ。今回のことについて、ヘスライルからも抗議が来ると思うわ。戦争も覚悟するのね。あそこの王家は特にシルフィを大事に思っているから」
「っ、ど、どういうっ」
「これ以上は自分達で調べなさいな。それくらいの苦労はするべきよ」
冒険者ギルドの撤退に、更にヘスライルとの戦争と聞いて、マリエス侯爵はこの国を守る騎士団長として危機感を覚えた。ベルタは多くの騎士達に慕われていた。そんな彼らがマリエス侯爵の方に素直に移るとは考え難い。その上、最大の戦力であったビスラとフランが抜けたのだ。戦力がごっそり削られてしまう。
そんなことを考えている間に、ジルナリスとベルタは部屋を出て行ってしまった。
残された王達は、事の重大さに震えながら、これからのことを必死に考える。
「あの……お父様? あのお怪我をされていたお姉様が……黒の聖女様だったのですか?」
王女が恐る恐る口を開く。
「……そのようだな……」
「お母さまとメイルの病気を治してくれたかもしれないという……」
「っ……そうだ……」
シルフィスカと繋がりを持とうと考えていた理由の一つがそれだった。第二王子とリア王女の母である第二王妃と早くに亡くなった第三王妃の息子の第三王子のメイルは長く病床にある。
どの国にも所属しない聖女。それも、聞くところによるとどの国の聖女よりも治癒魔法の力が強い。薬学の知識も持ち、病さえもどうにかできるという唯一の希望だった。
「では、わたくし、お母さまとメイルにお話しして参ります。お母さま達が頷けば、私達を王家から……国から追放してくださいませ」
「っ、なに!? なにを言っている!?」
「リア……っ」
第二王子は驚きながらも察した。王女は先程の、国を出ると決意をしたベルタと同じ顔をしていたのだ。
***********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、18日の予定です。
よろしくお願いします◎
「話を聞かせてもらえるか……」
色々あり過ぎて、王は一気に老け込んだように見える。
「私が話そうかしら」
「そうだな。あの子のことに関してはジーナの方が良さそうだ」
隣に座った夫である侯爵も、ジルナリスが説明することに同意する。
「先ず、あの子は確かにベリスベリーの娘ですけれど、両親にも姉にも使用人達にさえ疎まれていたと聞きました。自身で稼いできたお金はすぐに取り上げられ、日常的に暴力を振るわれ、食事も与えられなかったと」
「……そんなことが……あるのか?」
「ええ。嘘はないでしょう。会うと体に痣を作っていたし、食事は稼いだお金で冒険者が使う安い食堂に行って食べていましたから」
「……」
今の姿を見てしまった後だ。あれほど美しく肌も荒れてはおらず、きちんと着飾ったシルフィスカからは、それほどまでにおざなりにされていたというのは想像し難い。
そこで、第二王子が手をあげる。
「失礼、彼女が稼いでいたというのは?」
「冒険者よ。シルフィという名で冒険者をしていたわ。私がはじめて見たのはあの子が十才になる前。見習いの時よ。たった一人で仕事を受けて、ほんの少し食事を取って帰っていく……そんな子だったわ」
「仮にも伯爵令嬢ですよ? そんなこと……」
「あのベリスベリー家よ? 分からないかしら。だいたい、こちらに嫁いでくるのでも、姉の方のはずだったのが、直前で押し付けたり、持参金を連れてきた使用人達が全員で持ち逃げするような家よ? そうでもしなければ生きられなかったのよ。仕方がないわ。
「っ……」
剣で刺されても声一つ上げず、痛みに呻くことすらしなかったシルフィスカを見ている第二王子には、信じられないと思いながらも、それが想像できてしまった。
「まだ幼かった頃、あの子は実の姉の手の者によって呪術をかけられたわ。それを解くため、死にものぐるいで迷宮に潜り続けていたの」
「呪術……彼女が?」
第一王子が目を丸くする。
「シルフィは天才的なまでの治癒魔法の才能があったのよ。それを妬んだのね。あの子は『教会に目を付けられなくて良かった』と笑っていたけれど……」
魔法師長とマリエス侯爵も眉を寄せて呪術というものに対する嫌悪感を見せていた。
「それは『治癒魔法が使えなくなり、効かなくなる』というものだったらしいわ。無理に使おうとすれば死ぬというのもあったと……それをシルフィは書き換えたの」
「書き換えた!? 呪印をですか!? 不可能です!」
魔法師長が声をあげる。それだけ信じられないことなのだ。
「シルフィは呪印を読み解くことができるわ。必死で勉強したんですって。魔法大国のマルジェに通いつめて。まあ、あの子はそうは言っても天才だから、それほど時間はかかってないでしょうけどね」
マルジェに住む少々変わり者の学者と知り合い、そこでシルフィスカは資料を手に入れていた。片手間に近くの迷宮に潜っていたりもする。
「……あの国で……」
最も魔法や呪術についての研究が進んでいるマルジェならばあり得ると魔法師長も認める。
「できれば解呪の方法まで突き止めたかったらしいけれど、呪解薬以外での解呪の方法はないってことを最終的に確認できただけだったと言っていたわね」
「信じられない……」
魔法師長は言葉をなくした。
「ただ、書き換えるのも色々と制限があるらしくて、結局『自身にのみ治癒魔法が効かなくなる』という所までしか無理だったのね。それも、後遺症で痛みが感じられなくなったの。シルフィは未熟だったからと言っていたけど、それだけ書き換えるのも難しいことのはずよ」
それはそうだろうと魔法師長は納得するように頷いた。
「では……体質というのは……」
「そう。呪術を受けたからよ。痛がっているように見えなかったでしょう?」
「はい……だから、縛り具合の確認を……」
「ええ。ミィアちゃんやフランちゃん達は分かってるから」
「……そうでしたか……」
謎が解けたというのもあるが、自分の治癒魔法に欠陥が出たわけではないと知り少し安心したようだ。
そこで次に口を開いたのはマリエス侯爵だった。
「フランとビスラは彼女を師匠と呼んでいたように思うのですが……」
「そうね。フランちゃんもビスラちゃんも、元は冒険者だもの。分かるでしょう? そこでシルフィに出会って、稽古をつけてもらっていたみたいね」
「……暗部の長も……」
「あら。ミィアちゃんってば長やってたの? さすがね。あの様子を見れば分かるでしょう?」
「……はい……」
どう見ても、どう聞いても、師弟関係の師がシルフィスカの方だというのは分かってしまった。これはあくまで確認だ。
「そうだ! 冒険者ギルドが機能しなくなるというのはっ」
それが一番大事だったと王が覚醒する。
「それはあなたのこれまでの行いが原因よ」
「わ、わたし……?」
王に呆れたように、少々嫌そうにジルナリスは説明を始める。
「あなたはシルフィが必死で、何年もたった一人で頑張って手に入れた呪解薬を取り上げさせたでしょう」
「呪解薬……っ」
第一王子の方をちらりと見てジルナリスの横に座る侯爵へ目を向ける。
「冒険者達だけじゃなくて、ギルドもシルフィがそんな、途方も無いことを成し遂げようとしているってことを見て、ずっと応援してたわ。それでようやくシルフィが報われるって喜んでいた所に、王家の命令だってことで取り上げたわよね? 怒るに決まってるでしょう?」
「っ……」
王は真っ青になった。既にその時点でギルドを敵に回していたことを察したのだ。
「あなた達、知ってる? 呪解薬の元になる呪解石を手に入れる条件」
「条件……?」
そんなものがあることすら知らなかったようだ。これは侯爵も知らない。
「『三十五以上の迷宮を各三百回まで周回し、合計一万回以上にならないとドロップしないというクソ設定』だそうよ。それも、途中で仲間と組んだらその時点でやり直し。逆に仲間が減ってもやり直し。だからあの子、たった一人で一日に何十周としてたわ。まあ、普通は一日で一周できればいい方ね。はっきり言って、上級の冒険者が一生かかったとしても成し遂げられないわ」
「っ……そ、そんなっ……」
途方もない挑戦。それをやり切ってしまうシルフィスカはとんでもない。
「それほどまでの苦労を……っ、私は……どう償えばいいのか……っ」
侯爵は改めて自身のやったことについて頭を悩ませる。
「迷宮を周回していた? そんなこと、可能なはずが……」
マリエス侯爵は、若い頃に迷宮にも入ったことがあるらしく、不可能だと確信を持っていた。
「普通は無理よ。そうねえ聞いたことないかしら『殺戮の黒き聖女』最近は『武神』って呼ばれることもあるわ」
それを聞いてマリエス侯爵と魔法師長は目を見開く。
「か、彼女が『武神』……最年少の特級冒険者……っ」
「ソロで最強のっ……彼女が……っ」
彼らが驚愕するほど、シルフィスカの二つ名はよく聞かれていた。
「っ……なるほど……どれだけギルドに掛け合っても渡りを付けられないはずだ……」
王は納得がいったとため息をついて頭を抱えた。他国の王家も懇意にする特級の冒険者。評判も良いその冒険者に、この国の王も繋がりを持とうと考えていた。だが、ギルドがそれを拒否していたのだ。
「あの子、貴族関係の依頼も、直接頭下げに来ない奴とは話もしないわよ? ヘスライルの王家も、王直々にシルフィに会いに来てたわ」
「……そうか……それなのに私はベルタに頼み、命をかけ苦労して手に入れた物を奪わせたのか……嫌われても当然だな……」
ようやく分かったかとジルナリスは鼻で笑った。ベルタ・ゼスタート。ジルナリスの夫を名前で呼ぶほど信頼していた王。落ち込むベルタの気持ちが理解できたようだ。
誰もが言葉を失くす中、第一王子が恐る恐る尋ねた。
「彼女は……私を恨んでいるのか」
何を今更と、表情に出してジルナリスが答える。
「当然でしょう? もうこの国も出ることになったし良いわ。全部教えてあげる。あなたを恨んでるのは、正確にはシルフィではないわ。呪うほど恨んでいた人を知ってるってだけ。はっきり言って、シルフィがあなたに対して思うのは『バカ姉と一緒に潰せて一石二鳥』って所よ。許す許さないもないわね。『もしもアレを次の王にとか言い出したらブチまけてやる』とか言っていたし、破滅は決定してたけど」
「っ……な、なぜ……」
「なぜ?」
「っ……」
ジルナリスは少々殺気立つ。本来ならば、暗部の者が王族の守りに入るタイミングだが、ミィアが再起不能にしたため、そんな助けも入らない。
「はっきり言うわ。あなた……結婚が決まって退職しようとしていたメイドに手を出したことがあるでしょう」
「っ!! メ、イド……っイーサ……っ?」
「あら。覚えてはいたのね。あなたを呪ったのはその人よ。別の男の子どもを孕んだ妻を許す夫がどれだけいると思うの? 婚約が決まっていたのにそういう裏切りをしたっていう娘を許す両親がどれだけいるかしら」
「ま、まさか……っ」
察しはそれなりに良いようだと、ジルナリスは少しばかり感心する。
「そのまさかよ。王子のと関係を持ったなんて、例え一方的な被害者であっても口にできるわけないでしょう。誤解されたままお腹の子と放り出されて、それでも子どもに罪はないからって苦労して、たった一人で育ててたらしいわ。私も会ってみたかったわね……」
「……っ、子っ、どもっ……私を呪ったのは……」
ジルナリスの隣では、夫のベルタがキリルの母親のことだと知り、顔を歪めていた。
「そうよ。自分が病で長くないって知って最期にって踏み切ったのですって。あんたなんて死ねば良かったのに」
「っ!!」
これには、誰も何も言えなくなっていた。本来ならば不敬罪ものだが、内容が酷すぎる。
「まあ、シルフィが呪解薬を取られた腹いせにそっちの保護に回ったから、呪術師になった人特有の悲惨な死にはならなかったのは良かったわね。穏やかな最期だったらしいわ」
「っ……そんな……っ」
死んでしまったと聞いても、第一王子は信じたくなさそうに首を振っていた。
「あの言葉は……イーサの……っ」
受けていた伝言がイーサのものであったと、ようやくここで理解したらしい。
「さてと、そろそろ良いかしら。国を出る準備をしないと。あ、言い忘れていたわ。冒険者ギルドの撤退は決定よ。冒険者達は完全にこの国を見限るわ。特級の冒険者であるシルフィを冤罪で牢に入れて、暴行を加えたのですもの。恩を仇で返すって言うのかしら。もう、誰もついてこないわよ」
「っ、そ、それは本当に……」
「冗談じゃないわよ? 民達や冒険者にはきっちり事情も話して撤退するでしょうから、あなたたちは恨まれるわね~。それこそ、魔獣の集団暴走があって助けてもらえないわ。兆候が見えた時点で冒険者の関係者は速攻で国を出るレベルよ」
「そんなっ……」
絶望しかない。それらの兆候を最も早く察するのが冒険者なのだ。国が気付いた時にはもう遅いという時期になってしまうだろう。
そんな王達の前で、ジルナリスは存分に言ってやったとスッキリしている。温度差がすごい。
空気も重いし、さっさと帰ろうとジルナリスが立ち上がる。それと同時にベルタも立ち上がり告げた。
「貴族章など、明日には届けさせます。発表についてはお任せいたしますので」
「ベルタっ、ま、待ってくれ」
「……失礼いたします」
「っ……」
もう決めてしまったのだ。ベルタには引く気はなかった。結局、シルフィスカどころかジルナリス達にさえ謝罪の言葉がないのだから。歩き出したベルタとジルナリスを止めようとマリエス侯爵が弱った表情で立ちはだかる。
それを一度睨みつけながら、ジルナリスはもう一つ思い出したと言って振り向く。
「そうだわ。今回のことについて、ヘスライルからも抗議が来ると思うわ。戦争も覚悟するのね。あそこの王家は特にシルフィを大事に思っているから」
「っ、ど、どういうっ」
「これ以上は自分達で調べなさいな。それくらいの苦労はするべきよ」
冒険者ギルドの撤退に、更にヘスライルとの戦争と聞いて、マリエス侯爵はこの国を守る騎士団長として危機感を覚えた。ベルタは多くの騎士達に慕われていた。そんな彼らがマリエス侯爵の方に素直に移るとは考え難い。その上、最大の戦力であったビスラとフランが抜けたのだ。戦力がごっそり削られてしまう。
そんなことを考えている間に、ジルナリスとベルタは部屋を出て行ってしまった。
残された王達は、事の重大さに震えながら、これからのことを必死に考える。
「あの……お父様? あのお怪我をされていたお姉様が……黒の聖女様だったのですか?」
王女が恐る恐る口を開く。
「……そのようだな……」
「お母さまとメイルの病気を治してくれたかもしれないという……」
「っ……そうだ……」
シルフィスカと繋がりを持とうと考えていた理由の一つがそれだった。第二王子とリア王女の母である第二王妃と早くに亡くなった第三王妃の息子の第三王子のメイルは長く病床にある。
どの国にも所属しない聖女。それも、聞くところによるとどの国の聖女よりも治癒魔法の力が強い。薬学の知識も持ち、病さえもどうにかできるという唯一の希望だった。
「では、わたくし、お母さまとメイルにお話しして参ります。お母さま達が頷けば、私達を王家から……国から追放してくださいませ」
「っ、なに!? なにを言っている!?」
「リア……っ」
第二王子は驚きながらも察した。王女は先程の、国を出ると決意をしたベルタと同じ顔をしていたのだ。
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よろしくお願いします◎
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