逃げ遅れた令嬢は最強の使徒でした

紫南

文字の大きさ
54 / 54

054 傍に居させてください

しおりを挟む
レイルが剣を抜くのを目の端に捉え、シルフィスカは不思議に思って目を向けた。特に周りに脅威もない。レイルから殺意も感じない。どうしたのだろうと思ったのだ。

そして、唐突にレイルが自身の小指を斬り落とした瞬間、ふっと小指にある誓約の指輪が消えたのを感じた。しかし、それを目で確認する暇はなかった。

「っ、何をしている!」

シルフィスカは慌てて弟子達やジルナリスを追い越し、レイルの元に走った。そして、問答無用で治癒魔法を発動させる。

「出来ることとはいえ、容易く再生できるとは思わないでほしい」
「っ、申し訳ありません……」

レイルとしては、小指の一本くらいないままでも良かった。これはシルフィスカを縛り付けた罰なのだから。

指輪の消えた小指が戻ったのを確認して、シルフィスカはふっと息を吐いた。

「一体、何のつもりですか。破棄するならば、それなりの手続きを踏めば傷付けることもなかったでしょう」

破棄するには、親族や友人を一定数集め、契約を開示して宣誓しなくてはならない。手間はかかるし、破棄する理由も明確にしなくてはならない。それはとても面倒で、更には、誓約内容によっては外聞の悪いものもあり、これにより家の印象が悪くなったりもする。

それらの弊害はあっても、小指を切り飛ばさなくてもいいはずだとシルフィスカは考えていた。

その時、ジルナリスや弟子たちが屋敷の中へ入って行ったのに気付く。振り向こうとした所で、レイルが口を開いた。

「……私自身の手で、貴女を解放したかったのです」
「そんなこと……」
「今更ですが……私はあのようなもので縛り付ける関係が嫌だと思った……貴女と、一から向き合いたいと思ったのです」
「……」

シルフィスカには意味が分からなかった。何かを口にする前に、レイルが再び口を開く。

「私は、貴女をただベリスベリーの血筋の者としてしか見ていなかった。貴女の不利な誓約を結ばせました。今日……あの場に集った貴族達と同じ、貴女のこれまでの人生を軽んじた者たちと同じでした……っ」

決め付ける貴族達に心底腹が立った。けれど、自分もそうだったのだと思う。それがとてもレイルには恥ずかしかったのだ。

小指を再生させるため少し上げたままになっていたシルフィスカの手を、レイルはそっと握った。

「っ……」

触れ方がとても慎重で、シルフィスカは少し動揺する。この触れ方を知っている。それは弟子たちが真っ直ぐに好意を告げる時と同じだと感じた。だから混乱する。

「貴女が両親や姉に虐げられてきたと知って、腹が立ちました。多くの弟子が居ると知って、嫉妬しました。貴女と私との繋がりが誓約だけだということが不安で……とても虚しかった……」
「……どうして……」

シルフィスカには分からない。

答えをレイルから見つけようと見つめれば、そらされる事なく真っ直ぐに視線が向けられていることに気付く。それは、ここへ来て初めてのことだ。自覚し、改めて理由を探そうとしていれば、レイルが口を開いた。

「私が貴女を好きになったからです」
「……え……」

言葉が理解できなかった。途端にシルフィスカの思考が止まる。唐突に止まったため、考えていたことなどが全部消えてしまう。

レイルは続けた。今、この時しかないと思ったからだ。

「強制する関係ではない、本当の夫婦になりたい」
「……今でも、本当? の夫婦のはずですが?」

貴族がする大々的に行う結婚式ではなかったが、きちんと教会で誓いを立てている。夫婦に違いないだろうとシルフィスカは、戻ってきた思考の渦に翻弄されていた。

「確かに、国や教会には認められています。ですが、そこには想いがありません。夫婦とは本来、好いた者同士が生涯を共にすると誓ってなるものでなくてはならない……母上はそう言っていました」
「……」

レイルは戸惑うシルフィスカの様子を見つめるながら、未だにゆるく握っているシルフィスカの手を少し持ち上げる。

「そんなことは綺麗事で、ただの幻想だと思っていた。貴族には、それが叶わないことが多い……それも理解していました。ですが、私は貴女と出会った」

胸元まで持ち上げた手を、レイルは更に上に持っていき、シルフィスカが嫌がらないかを慎重に確認しながら、口元まで持ち上げた。

そして、唇を寄せる。

「っ、旦那さま……?」

そう言われて、レイルはそれを口にしていた。

「好きです。愛していますっ。シルフィ……っ、同じ想いをすぐに返して欲しいなどとは言いませんっ。もっと貴女を知って、私のことを知って欲しい。本当のっ……誓約や立場など関係なく、想いで繋がった夫婦になりたい。この願いをっ……願うことを許してください……っ、傍に居させてください……っ」
「……っ」

シルフィスカは受け止めきれない言葉に戸惑っていた。弟子たちから好意を伝えられても、これほどまで戸惑わなかった。どれだけ言われても、何度言われても実感がなかったのだ。受け止める気がなかったからだ。

弟子たちは無意識に気持ちを抑えている所がある。他に同じようにシルフィスカを慕う弟子が居ると知っていたため、独り占めは出来ないのが当然と思っている。

それは、シルフィスカが選んだ者達だからだ。きちんと他人の痛みが分かる者達。だから、他の弟子達のためにもと無意識に一歩引いていた。

けれど、レイルは違う。

仮とはいえ、夫というのは唯一だと認識している。そのため、真っ直ぐに貪欲に言葉が紡がれたのだ。

だからシルファスカは戸惑った。弟子ではない者にこうして好意を寄せられたなら受け流しただろう。実際、そうしてきた。無自覚にというのが多分にあったが、それが当然だった。

「っ……」
「なんの繋がりも持たなくなった私でも……傍に居ることを許していただけますか……」
「……許すか許さないを……私が決めるものなのか?」
「……」

ここでレイルは気付く。シルフィスカが酷く心細そうにしている様子に。どうすればいいのか分からないという表情。

いつもの自信に満ちた雰囲気はなく、そこには、戸惑う少女がいた。

「貴女は……」

レイルは唐突に理解できてしまった。城での話で、シルフィスカが原初の聖女であることを知った。その聖女は、教会の中で生きた。恋を知ることもなく、ただ助けを求める者達のためだけに生きたのだ。

そして、今世でも親の愛を知らず、強くなろうとした弟子達に手を差し伸べてきた。一方的に与えるだけの人生。

堅物と自負する自分でも、愛や恋を理解している。けれど、シルフィスカは分からないのだ。与えられることに慣れていないから。

それらを理解して、レイルは少し冷静になる。

「貴女は、理由なく嫌いな存在を傍に置くことができますか?」
「いや……今はもう……無理だ」
「私のことはお嫌いですか?」
「……嫌いだと考えたこともない……」
「でしたら、傍に居させてください。そして、一日のほんの数分で構いません。私への想いを考えていただけませんか?」
「想いを?」
「はい」

シルフィスカには、それをなぜと思わずにはいられない。そうして、その理由を考えようとした所で、レイルに手を引かれた。

数歩小さく足が動き、レイルの体にぶつかる。

「っ……?」

気付いたら、レイルに抱きしめられていた。

「旦那さま?」
「レイルと……名で呼んでいただけますか?」

囁くように告げられ、シルフィスカは抵抗することなく口にする。

「レイル殿?」
「ふっ、レイルだけで構いません。貴女のお弟子さん達と同じように。私は先ず、彼らと肩を並べられるようになります。そうしなくては、途中参加で卑怯ですから」
「卑怯って……?」

確かな体温が感じられるようになる頃、レイルはそっと腕を緩めた。

「こちらの話です……シルフィ、私の妻になって欲しい。想い、想いあえることで許される本当の夫婦に」
「……それはっ……っ」

レイルは答えを遮るようにシルフィスカの額へ口付けを落とす。レイルは、目を丸くして言葉を呑み込んだシルフィスカの瞳を真っ直ぐに見下ろして告げた。

今まで浮かべたことのない微笑みを乗せる。

「いつか、私のこの想いを理解できたなら、貴女の答えを聞かせてください。約束……していただけますか?」
「っ……分かった……っ」

シルフィスカは優しく、全てを受け入れると告げるようなその微笑みに、頬を染めた。

トクトクと強く感じられる鼓動に戸惑いながら、シルファスカは頷いていた。



この後数年。

シルフィスカはレイルやジルナリス達、弟子達やユキト達を連れて世界中を回ることになる。

その中で愛を知り、誰をどう愛するようになるかは---また別のお話。


【完】
*********
読んでくださりありがとうございます◎
一応はここまでで一度区切りとさせていただきます。
お付き合いくださりありがとうございました!

番外編・続編も追々考えていきますので
その時はまた覗いてみてください◎
しおりを挟む
感想 154

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(154件)

Molly
2022.08.07 Molly

はじめまして♪
久々に最初から最後まで
ずっと読んでいたいと思う程
面白い作品に出会えました!
とっても充実してます!
ありがとうございました✨
今の連載中作品も展開が楽しみです♪
どうぞがんばってください!!

2022.08.07 紫南

感想・応援ありがとうございます◎

楽しんでいただけて嬉しいです!
頑張ります。

読んでくださりありがとうございます◎

解除
風花 雪月
2021.07.24 風花 雪月

私もs.ykさんと同じ意見です!
集め(?)終わった後どうなったのかだけでも書いて欲しかったです。
最高の作品ありがとうございました。

2021.07.24 紫南

感想ありがとうございます◎

手が空きましたら絶対に番外をと思っています!
その時が来ましたらよろしくお願いします。

読んでくださりありがとうございます◎

解除
セライア(seraia)

一気に読了!
恋愛半分ファンタジー半分って感じだと思いました。

個人的には、レイルは無い、なぁ。。。
(忘れられがちだけど)隣国の王子も退く(諦める)かどうか気になります。
神の子だから血筋を残せないとしたらレイルや王子は厳しいでしょうね。

第3王子は偶々治癒してもらえたけど、第2王妃はどうなったんでしょうね?
王女は結局シルフィに治癒懇願したんでしょうか?

2021.01.05 紫南

感想ありがとうございます◎

ガッツリ恋愛とは言えないかもしれません。
少し浮いている部分はありますが、また続きを考えていますのでそこで。
スッキリ、さっぱり読める感じであればいいのですが。

読んでくださりありがとうございます◎

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました

ほーみ
恋愛
 その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。 「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」  そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。 「……は?」  まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

弟が悪役令嬢に怪我をさせられたのに、こっちが罰金を払うだなんて、そんなおかしな話があるの? このまま泣き寝入りなんてしないから……!

冬吹せいら
恋愛
キリア・モルバレスが、令嬢のセレノー・ブレッザに、顔面をナイフで切り付けられ、傷を負った。 しかし、セレノーは謝るどころか、自分も怪我をしたので、モルバレス家に罰金を科すと言い始める。 話を聞いた、キリアの姉のスズカは、この件を、親友のネイトルに相談した。 スズカとネイトルは、お互いの身分を知らず、会話する仲だったが、この件を聞いたネイトルが、ついに自分の身分を明かすことに。 そこから、話しは急展開を迎える……。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。