女神なんてお断りですっ。

紫南

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3巻

3-2

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 冒険者ギルドの前に着くと、ゲイルが確認のために中に入り、すぐに戻ってきた。

「どうでしたか?」

 渋面じゅうめんを作るゲイルに、ベリアローズは不安に思いながら尋ねた。

「おう。どうやら嬢ちゃんは武器屋に行ったらしい」
「武器屋……ですか?」

 なんだか嫌な予感がして、ベリアローズは顔を強張こわばらせる。
 ティアは六歳にして相当な実力者だ。ゲイルの息子であり、伯爵家の護衛の中でも三本の指に入るルクスを、あっさり倒す事ができる。
 そんなティアが危険な武器を手にしたらと思うと、ベリアローズは気が気でなかった。
 ティアは街の外に出て戻ってきた後、一度ギルドに寄ったらしい。そして武器屋へ行くと言って、上機嫌で出ていったそうた。

「どうしたんだ、ゲイル。どこの武器屋か分かっているんだろう?」

 ゼノスバートは怪訝けげんな顔で尋ねた。ティアの居場所が分かっているはずなのに、はっきり口にしないゲイルを不審に思ったのだろう。
 何やら悩むような素振りを見せていたゲイルは、難しい顔のまま口を開いた。

「ああ。ルクスの奴もその店に向かったようなんだが、あそこはなぁ……妙な魔術のせいで店を見つけにくくなってんだ。客を選ぶし、ちょい面倒なところでなぁ」

 重い足取りで踏み出したゲイルに続き、他の三人も歩き始める。
 そしてクロノスが驚いた顔でゲイルに尋ねた。

「そのような店があるのですか?」
「おう。つーかクロの剣も、そこで調整してもらったんじゃねぇのか?」

 ゲイルはクロノスの剣を見ながら言う。しかし、クロノスは首を横に振った。

「私は存じ上げません。ティア様がどこかに調整を依頼したとは聞いているのですが」
「へぇ。なら、やっぱあの店かもな。嬢ちゃんほどの実力がありゃあ、あの店に客として充分認められる。妙な魔術と店主の気難しささえ抜きにすりゃあ、この街どころか国で一番の武器屋だしな」

 細くて入りくんだ路地を、ゲイルは迷いなく進んでいく。
 一方、街の隅々まで調べたはずのクロノスや、この街をよく知るゼノスバートは首を傾げた。

「そんな店があるとは知らなかったな」
「知らなくて当然だ。店に辿り着けんのは、そこの武器に見合う実力を持った奴だけだ。しかも店に行った事がある誰かに紹介してもらわねぇと、たとえ場所を知ってても辿り着けんらしい」

 ゲイルはAランクに上がった時、顔なじみのギルドの職員に紹介してもらったという。今持っている剣が、その時に作ってもらった剣だった。

「俺と一緒でも店の近くまでしか行けねぇが、嬢ちゃんの方がそろそろ出てくる頃だろうから、会えんじゃねぇかな」

 そうしていくつかの角を曲がった時、前方からにぎやかな会話が聞こえてきた。

「帰ってくるのが早いよ」
「俺がいないからって、一人で出かけるんじゃないっ」

 ねたような少女の声と、それを叱る青年の声。間違いなくティアとルクスだ。

「だって、ルクスはまだお店に行けないもん。私についてきても、手前で待ってなきゃならないんだよ? それに、この辺には人を迷わせる魔術がかかってるから、下手に動いたら方向が分かんなくなっちゃうの。っていうか、実際にそうなったんでしょ? その歳で迷子になった気分はどう?」
「くっ……」
「ね? 屈辱的でしょ? だからマティも連れてこなかったんだもん」

 いつもの調子で話す二人の声を聞いて、ベリアローズ達は安心した。

「ルクスのためを思って秘密にしてたのに……ううっ」
「あ、いや、だ、だからって、一人で歩いてたら危ないだろ?」
「でも、ルクスを迷子にするのは嫌だもん……」
「ティア……」

 未だ姿は見えないが、二人の表情を想像できてしまい、ベリアローズ達は複雑な気持ちになる。
 最初に口を開いたのは、感極かんきわまった様子のクロノスだった。

「ティア様は我々護衛にまで優しいお心遣いをしてくださる……本当に素晴らしい方です」
「クロ……お前はもうちょい現実を見ろ。嬢ちゃんの言葉は少し疑うくらいがちょうどいい」
「はい?」

 護衛の先輩としてクロノスに忠告するゲイル。しかし、そんなものはクロノスには届かない。既にティアの色にすっかり染まってしまっているからだ。
 そして現実が見えていないのは、ゼノスバートも同じだった。

「ティアはルクスをしたっているからな。迷子にするのは忍びないのだろう」
「ゼノ。孫娘が可愛いのは分かる。ティア嬢ちゃんの事は俺も可愛いと思うが、あれはもう子どもじゃなくて女だ。ただの無邪気な子どもだと思うな」

 ゲイルは友人の目を覚まそうと必死だった。
 そのせいで、自分の言葉がベリアローズに与える影響にまで考えが及ばなかったのだろう。

「女……? そうか……やはり女というのは……」

 ベリアローズの顔からどんどん血の気が引いていく。せっかく治った女性嫌いが再発しそうなのを見て、ゲイルは慌てて訂正した。

「ベ、ベル坊っ。ちげぇんだっ。あ、あのなっ、世の中の女がみんな、嬢ちゃんみたいに計算高いわけじゃねぇ。だから安心しろっ」

 必死の弁解を試みるゲイル。
 そこへ、ようやくティアとルクスがやってきた。

「あれ? みんなそろってどうしたの?」
「どうしたんだ親父」

 呑気な二人の声を背中に聞いたゲイルは、勢いよく振り返ってルクスに言う。

「お前はいちいち簡単に転がされてんじゃねぇよっ!!」
「え?」

 ルクスはなんだかんだ言いつつ、ティアにいいように転がされている。ゲイルはそう教えたかったのだろうが、当のルクスにはまるっきり自覚がないらしい。

「もう、心配なんてしてやらんからなっ」

 俺は知らんとばかりに、ゲイルは一人きびすを返して元来た道を戻っていく。

「なんだ? 変な親父だな」
「ゲイルさん……きっとルクスを心配して来てくれたんだね」

 ティアはそう言って笑みを浮かべた。
 この笑顔にも、クロノスとゼノスバートはまんまとだまされていた。二人は微笑みながら、ゲイルが消えた方向へと目を向けている。
 結局、ゲイルの忠告もむなしく、ティアに対する彼らの誤解は解けないままだった。


     ◆ ◆ ◆


 その晩、ティアは前世の夢を見た。
 それは決まって、これから起きる何かを暗示させるものだった。嫌な予感がするが、同時に懐かしくて切ない思いが胸に広がる。
 数日前に隣国との戦争が終結し、バトラール王国の王宮は穏やかな雰囲気に包まれている。そんな王宮の庭から、困惑したような女性の声が聞こえた。

「まったく、どこへ行ったんだ?」

 昼時を過ぎた頃、一人中庭を歩き回っているのは第一王女のマリナだ。そこに駆けてきたのは、第二王女のターナである。

「見つかりまして?」
「いや、中庭にはいないようだ。そっちは?」
「訓練場を見てきたのですが、そちらにもいないみたいで……」
「そうか……」

 困ったな、と悩みながら二人で建物の方へと向かう。その時、視界の端に赤いものが映った。
 反射的にそちらへ目を向けると、五人の王妃達が談笑しながら中庭に面した廊下を歩いている。
 そのうちの一人――第一王妃エルミーナが二人に気付いて話しかけてきた。

「あら、マリナ。今日は珍しくドレスを着ているのね」
「母上……嫌味ですか?」
「ふふっ。いつもの訓練着が王女に相応ふさわしくないという自覚はあるのね?」
「……」

 母エルミーナの言葉に、マリナは頬を引きつらせる。その様子を見て、第三王妃のマティアスが笑った。

「ははは。エル。マリナは、どちらの格好も似合うからいいだろう? それより二人とも、どうかしたのか?」

 王女達が困っているのに気付いたらしく、マティアスが問う。

「あ、その……サティアのドレスをあつらえようと思って、仕立屋を呼んだのですが……逃げられてしまって……」

 もちろん、逃げたのは仕立屋ではなくサティアの方だ。それを察したマティアスは、苦笑した後、溜め息を一つこぼした。

「すまないな。迷惑をかけて」
「いえ、そんな……」

 王女二人は首を横に振る。
 他の四人の王妃達は事情をよく理解していない様子で、呑気に盛り上がっていた。

「サティアちゃんは元気ですものね」
「でも、あの子のドレスアップ姿は是非見てみたいわ。きっとマティアス様のように、赤い髪がドレスに映えて綺麗よ」
「あのくらいの子どものドレス姿は、可愛らしくていいわよね」
「サティアちゃんはダンスもちゃんとできるのよ。絶対にステキだわ」

 そんな会話を聞いて、マティアスは決まり悪そうに笑う。

「私もそうだが、ティアはじっとしているのが苦手だからな」

 マティアス自身、採寸のために拘束されるのは好きではないらしい。彼女と似た性格のマリナは弱った顔で言う。

「気持ちは分からなくもないのですが……採寸する前に逃亡されまして……」
「だがサティアの事だ。自分のサイズを書いた紙でも残していったんじゃないか?」
「……はい、置いていきました……」

 メイドが目を離したすきにどこかへ消えたサティア。彼女が立っていた場所に、一枚の紙がヒラリと舞い落ちた。そこにはドレスを仕立てるのに必要なサイズが全て書かれていたのだ。

「まぁっ、抜かりありませんのね」
「頭のいい子ですもの」
「さすがはマティアス様のお子様です。消えるところを見たかったですわ」
「メイドになんて絶対に捕まりませんわよね」
「……お母様……それを聞いたらメイドが泣きますわ……」

 おっとりしているターナでさえ、母達の会話には呆れてしまった。

「ふむ……メイド達を泣かせるのは問題だな……今の時間帯は見張りの兵もいないし……恐らくあの辺りだろう」

 一人中庭へ出たマティアスは、王宮の建物を見上げてつぶやいた。意味が分からず、マリナ達は首を傾げる。

「マティアス様?」
「少し待っていろ」

 そう言った瞬間、マティアスの姿が消えた。残された六人は驚きの声を上げる。

「「「えっ?」」」
「「「まぁっ」」」

 数秒後、建物の上の方からおかしな声が聞こえてきた。

『あ、母さ……ふぎゃっ!』

 誰もが一瞬で事態を把握する。やがてスタッと着地したマティアスは、片手にサティアをぶら下げていた。首の後ろを掴まれているサティアの姿は、まるで子猫のようだ。

「さぁ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「きゅぅ~……」

 サティアは完全にノビていた。六人の中でいち早く我に返ったターナが、急いでそちらに駆け寄る。

「マ、マティアス様っ。首が絞まっていますっ」
「ん? これくらい大丈夫だ。私の娘だしな」
「そういう問題ではありませんっ」
「っサ、サティア。大丈夫か!?」

 一瞬遅れて我に返ったマリナが、慌ててマティアスからサティアを受け取る。

「うぅ~……」

 表情は苦しげだが一応無事なようだと、ターナと二人でほっと胸を撫で下ろした。

「な、大丈夫だろ? 気絶しているうちに仕立屋のところへ連れていくといい」
「「はい……」」
「さて、ライラを待たせてはいかん。早く行こう」

 そう言って歩き出すマティアスに続いて、他の王妃達も廊下の奥へと消えていった。

「ライラ様のお見舞いですか……」
「みたいだな……」

 五人の王妃達は、体調を崩して寝込んでいる第六王妃ライラを見舞いに行く途中だったらしい。
 それはいいとして、王妃でありながら兵士顔負けの軽業かるわざを見せたマティアス。なんて自由な人なんだと思わずにはいられないマリナとターナだった。
 腕の中で気絶しているサティアを見下ろし、マリナは溜め息をつく。

「ま、まぁ……見つかってよかった」
「はい……私達も参りましょうか……」

 そう言って、二人は仕立屋の待つ部屋へと戻るのだった。


     ◆ ◆ ◆


 眠りから覚めたティアは、いつもよりも緩慢かんまんな動きで起き上がった。

「なんか、イヤ~な予感がする……」

 夢で見たのは、バトラール王国がまだ穏やかであった時代――ティアの前世であるサティアが、八歳の頃の記憶だった。

《なんかきそう》
《てきちゅうしちゃう》
《はずれな~い》
「精霊ちゃん達……やめてよ、フラグが立っちゃうじゃん」

 ティアの前に楽しそうに舞い降りてきたのは、大人の手の平に乗るサイズの小さな精霊達だ。風の精霊は緑、火の精霊はだいだい、水の精霊は青の色をまとっている。
 精霊は『精霊視力』と呼ばれる特殊な力を持つ者にしか、見る事ができない。ティアも、かつてサティアとして生きていた頃には見えなかったのだ。

「はぁ……なんか落ち着かない。あのウザい天使が夢に出てきた後みたい……」

 ウザい天使というのは、サティアに神判を告げたカランタの事だ。
 転生するだけならまだしも、神から『世界を平和に導いてほしい』などと余計な使命を与えられた事は、未だに納得がいかない。
 だが前世の夢を見た以上、何かが起こりそうな予感がする。その予感は残念ながら外れた事がなかった。

《きょうもへいわ》
《もんだいない》
《あらしのまえ~》
「嵐の前の静けさ? ……今のうちに脱走しとくか」

 ティアは勢いよくベッドから抜け出し、昨晩用意しておいた服に着替えようとする。
 だが、令嬢仕様の可愛らしいワンピースは脱走に向かない。だからと言って、動きやすい外出用の服を着るわけにもいかなかった。
 なぜなら脱走する前に、家族と朝食を取らなければならないのだ。一応伯爵令嬢であるティアが、朝食も取らずに屋敷を出ていくのはよろしくないだろう。

「う~ん……前世ではみんなに本性がバレてたから、急に姿を消したところで大した騒ぎにはならなかったんだけどなぁ……やっぱり今回も、早めに本性を見せておくべきかな?」

 父親のフィスタークとほとんどの使用人達は、ティアを普通の少女だと思っている。しかし、ティアは全く普通ではないのだ。
 とはいえ、突然本性を出したらフィスターク達を驚かせてしまう。今はまだ秘密にしておくのが無難だろう。

「とりあえず、ご飯を食べたらすぐに出よう」

 そう決めたティアは、ゆるいウェーブのかかった髪をかして、身支度を整える。そして、日課であるシェリスからの熱いモーニングコールを適当に受け流した。
 すると、ちょうどいいタイミングでドアがノックされる。

「ティア。起きてるか?」
「うん。おはようルクス」

 それを聞いてドアを開けたのは、護衛のルクスだった。

「おはよう。食事の用意ができたぞ」
「はぁ~い」

 ルクスはティアが五歳の時から専属護衛をしてくれている。真面目な性格で実力も申し分ないのだが、少々過保護なところが玉にきずだ。

「ん? マティはどうした?」
「あれ?」

 ベッドの方を振り向いたティアは、その脇にいるはずのマティがいない事に気付いた。
 ティアのよき相棒であるマティは、魔獣ディストレアの子どもだ。ティアはひょんな事から生まれたばかりのマティと出会い、その母親から託されたのだった。
 マティを探すティアのそばに、緑の髪をした美しい女性が姿を現した。彼女は風の精霊王で、ティアは風王と呼んでいる。

《ここにおりますわ》

 風王が指差したのは、ベッドの下。ティアとルクスがそろって覗き込むと、そこにはマティが寝転がっていた。

「いたな……」
「いたねぇ……」

 寝返りを打った拍子に入り込んでしまったのだろうか。腹を上に向けただらしない格好で、幸せそうに寝こけている。その姿はただの子犬にしか見えなかった。

《すぅ……んむ~……》
「これが本当にディストレアなのか?」
「ま、まぁ、平和な証拠だよね」

 ディストレアは伝説の魔獣や最強の神獣などと呼ばれ、人々に恐れられている。その体毛は鮮やかな赤色で、成体になれば体高たいこうは成人男性の身長をゆうに超える。
 だが、マティがディストレアだとバレれば色々と面倒な事になる。だからティアの魔術で体毛を黒に変え、体も小さくしているのだった。

「あぁ、ほこりがついて白くなってるじゃん」

 黒くつややかな体毛は、少しでも埃がつくと非常に目立つ。
 ティアはやや呆れながら、マティを少々強めに揺り起こした。

「マティ、朝だよっ。ご飯はどうするの?」
《んん~……ご飯~》
「ほら、シャキッとして」
《んぁ~い……あれ? まだ暗い》
「それはベッドの下だからだよっ。あぁぁぁ、そっち行っちゃダメ。掃除してくれるのはありがたいけど、埃で真っ白になっちゃうからっ」

 寝ぼけているマティは立ち上がろうとして失敗し、奥へと転がっていく。そして、ティア達のいる方とは反対側から抜け出した。

《お掃除? うわぁ~、マティ白くなってるよ?》

 寝ている間に変身したと思って喜ぶマティ。更に呆れたティアは、後ろにいるルクスに言う。

「……ルクス……悪いんだけど……」
「分かった。ティアは触るな。……マティ、来い。水浴びさせてやる」
《わぁ~い》

 ルクスはマティの首根っこを掴んで持ち上げ、外へ連れていった。

「嫌な予感がしたのは、これのせいじゃないよね?」
《ティア様、何かお困りでしょうか?》

 首を傾げるティアに、風王が不思議そうに尋ねる。

「ううん、いいの。大した事じゃないから」
《そうですか? 必要でしたら、いつでも力をお貸しいたしますよ》
「ありがとう」

 風王だけでなく、水、地、火の精霊王達も、ティアが望めばいつでも力を貸してくれる。それは女神として転生したおかげ――つまりは特典のようなものだった。
 自分が女神だと認めていないティアとしては複雑な気持ちだ。だが、『使えるものは使う』という精神を持つティアは、この特典を遠慮なく利用させてもらっている。

《お食事が冷めてしまいますわ。を呼びましょうか?》
「……いや、さすがにそんな事で火王を呼ぶのはちょっと……」

 精霊王達もルクスと同様、少々過保護なのが玉にきずだった。


 朝食を終えて部屋に戻ったティアは、さっそく外出の準備をする事にした。令嬢らしい可憐なワンピースから、冒険者達が着るような動きやすい服に着替えるのだ。
 今日は何をしようかなと考えながら、着ているワンピースに手をかける。
 ちょうどその時だった。

「何?」

 胸騒ぎを感じたティアは、反射的にドアの方へと目を向ける。
 次の瞬間、そのドアが外側から勢いよく開かれた。

「ティアちゃんっ」
「へ!? お母様っ!?」

 ドアを蹴破る勢いで部屋に飛び込んできたのは、ティアの母シアンだった。長い金髪を編み込んで前に垂らし、翡翠ひすい色の瞳は子どものような好奇心にあふれている。
 幼い頃から病弱だったシアンは、ティアを産んでからも、ベッドから出られない日がほとんどだった。だが、ティアが作った薬を飲んで元気になった彼女は、今までできなかった事をしようと精力的に動き回っている。
 しかし、それには弊害へいがいもあった。失われた時間を取り戻そうとしてか、シアンは少々元気すぎるくらいに動き回り、しばしば突拍子もない行動に出ていた。誰しも子どもの頃に遊びの中で加減というものを覚えていくのだが、シアンはそれができなかったのだ。
 屋敷の者達は、シアンが元気になって喜んでいる半面、困ったなと頭を悩ませている。
 それはティアも同じで、突然部屋に来たシアンに困惑していた。

「さぁ、ティアちゃん。これから忙しくなるわよっ」
「へ?」

 シアンの表情は、なんだかとても楽しそうだ。そして、なぜか手を握ったり開いたりしている。

(やっぱり嫌な予感がする……)

 昨晩見た夢の光景がちらつき、ティアは思わず身構える。
 その時、シアンの後ろから熱い視線を感じた。

「メ、メイドさん?」

 廊下に並んだメイド達が、ソワソワと落ち着かなそうにしている。

(こ、これって……まさか……?)

 これと同じ光景を、ティアは前世で散々さんざん見てきたのだ。

(や、やだ! アレだけは絶対にいやぁぁぁ!!)

 そんな心の叫びは届かず、シアンは最近きたえた筋力を使ってティアを引きずっていく。

「ティアちゃんの晴れ舞台ですもの。ステキなドレスを仕立てなくちゃね」
「……」

 間違いない。これから行われるのは、ティアが唯一苦手としているもの――そう、ドレスの採寸だった。

「え、えっと……お母様。サイズなら自分で分かってます。それを教えるので、あとはお母様の好きな感じに作っちゃってください……」

 ティアは必死に説得を試みる。逃げたくて仕方がなかった。

「あら、測り直さなきゃダメよ。だって、今のティアちゃんに一番合うドレスにしなくちゃならないんだもの。それに、ティアちゃんにとっては初めてのドレスでしょう? 着た時の立ち居振る舞いも、しっかり練習しなくちゃね」
(初めてじゃないですっ。大丈夫ですっ)

 そう言えるはずもなく、ティアはそのままどこかへ連行される。その後ろには、ステキな笑顔のメイドさん達が続いていた。

「新しい服を仕立てるのって楽しいわっ。ティアちゃんに女の子のお友達ができたら、お茶会を開くといいわよ。その度にドレスを作って、もっとおしゃれを楽しまなくっちゃ」
「お、お茶会!?」

 ティアの動揺をよそに、シアンは楽しい妄想をふくらませている。

「そうだわっ。今度、予行練習をしましょうねっ。私もお茶会には参加した事がないから、一緒に練習しましょうっ」
「へ?」

 シアンはティアを振り返って嬉しそうに言う。

「大丈夫よ。参加した事がなくても、お茶会がどういうものかはちゃんと分かっているから。一緒に頑張りましょうねっ」
(何をですか!?)

 恐らく、お茶会でのマナーについて言っているのだろうが、そうと分かっていてもティアは認めたくない。そんな事が始まれば、自由時間が減るのは目に見えている。
 シアンに引きずられるようにして廊下を歩いていたティアは、前方にルクスがいるのに気付いた。

「ルクスっ」

 ティアは目で助けを求めたが、彼はあっさり裏切った。


「ティア。大人しくするんだぞ」
「失礼なっ! ってか、なんで助けてくれないの!?」

 ティアの声を無視して、ルクスはシアンに言う。

「奥様。ティアが脱走しようとしたら、私を呼んでください。お手伝いいたしますので」
「まぁ、ルクス君ったら。ティアちゃんは脱走なんかしないわ」
「いえ、その可能性は充分にあります。どうかお気を付けください」
「そう? 分かったわ」
「ルクス!!」

 ティアがこれだけ嫌そうにしているにもかかわらず、ルクスはシアンの味方をすると宣言した。その事にティアは苛立いらだったが、だからといってシアンの手を振り払う事などできない。

「さぁ、まずはドレスよっ。みんな、張り切っていくわよっ」
「「「はいっ!」」」
(いや!! お外に出してぇぇぇ!! 覚えてなさいよっ、ルクス!!)

 この日から三日間、ティアはシアンの監視の下、採寸や試着を幾度となく繰り返す事になる。ついでとばかりに立ち居振る舞いや礼儀作法なども教えられ、屋敷から出る事すらできなくなるのだった。


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