不眠乙女は抱き枕系男子を誘惑し、失恋乙女は赤い鷹に賞味される

おりの まるる

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失恋乙女は軍人さんと眠らない夜を過ごしたい

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 正月明けに、研究機関に戻ると、ラドフォード室長とマリウスが恋人同士になっていた。

 ミュリエル・ワイルズは、ついにこの日が来てしまったと、新年早々に暗澹たる気持ちになった。マリウス・ガーディナーとは学園の同学年で同じクラスだった。クールな見た目がどんぴしゃの好みだったのが恋に落ちたきっかけであった。
 自分の派手な見た目を嫌いながら、見た目で恋に落ちるなど矛盾していると思うのだが、人間は本能には逆らい難いのもまた事実。
 学生時代、同じクラスと言うアドバンテージを最大限に活かして、日々頑張ってアプローチをしたが、全く相手にされなかった。

 彼には好きな人がいた。二学年上のネル・ラドフォードだ。ゆるふわ系の天使みたいに可愛い人だが、その頭脳は天才で教授陣を殺伐とさせるほどの才能が既に開花しており、凡人には全くついていけない領域に学生時代に達していた。
 ミュリエルは、マリウスの気持ちを一心に受けるネルに嫉妬しつつも、その論文の切り口や奇想天外な行動をとても好ましく思っていた。人に変人と言われても堂々としている強さが、自分に無いものだから魅かれたのかもしれない。

 ミュリエルのブロンドの髪は緩くウェーブし、アクアマリンの瞳は春の海の様だ。派手で華やかな雰囲気、胸も尻も女性らしい丸いラインを描き、ウエストは折れそうなほど細い。
 この見た目のせいでミュリエルは、軽い女に見られることが多かった。だが見た目とは裏腹に内面はとても真面目で、地味だった。見た目の印象で近づき、自分を知り失望していく勝手な人たちに傷つけられることも多かった。
 だから見た目で人を判断しない魔獣が好きだったし、飄々と我が道を行くネルと一途でぶれないマリウスをとても好ましく思っていた。

「はあ」

 ため息をつくと、その原因の一つであるネルが「大丈夫?」と話しかけてきた。

 二十人抜きで室長に抜擢されてから不眠になり、いつもよりも人に気を使うことができない状態が続いていた。そのため天才肌が全面に出てしまい、凡人には理解不能な発言ばかりで空回りしていた。
 しかし最近マリウスと過ごす時間を増えるにつれ、落ち着いてきたように見えた。二人が醸し出す良い雰囲気に、そろそろ二人は付き合いだすかもしれないと密かに危惧していたのだ。

「ラドフォード室長は、何だかつやつやしてますね」

「よく眠れるからかな」

「そうですか。ご馳走様です」

 ミュリエルは、誰かこの咲かずに枯れた恋心を成仏させてくれと願うが、思った以上にショックを受けていない自分に戸惑ってもいた。
 そしてため息のもう一つの原因である、深紅の髪、鷲のような金の鋭い眼を持つ彼のことを思い出していた。

「ミュリエルは、軍のグラディス・ランスフィールド少佐と付き合っているの?」

「はあああ!?」

 ネルが唐突にその名前を口にしたのに驚き、思わず声が大きくなってしまった。
  
「先日、巡回中に会ったんだけど、恋人ができたって喜んでいたよ」

合ってはいますけど、合ってはいません」

 ネルは小首をかしげて、何を言っているのかな?という顔したが、あまり気にしていないように続けた。

「あの人真面目でいい人だし、ミュリエルのこと以前から気に入っていたから、うまくいって良かったあ」

「それ誤解ですよ」

「そうなのかなぁ?ふふ、お疲れ様。良い週末を」

 笑いながらネルはオフィスを出て行った。ミュリエルも帰ろうと思い、資料を片付け始める。ふとリングフォンを見ると、着信があった。
 最近ミュリエルの心をざわつかせているグラディスからだった。


◇◇◇


「ランスフィールド少佐、お待たせしました」

「いや。忙しかったか」

「いえ、そんなことは無いです」


 保護管理機関から一番近くにある町までは、車で十五分の距離の場所にあった。ミュリエルは、週末で混雑している居酒屋につくと、既に飲み始めているグラディスの前に座った。
 黒の軍服の前を軽く緩めて、静かにグラスを傾けているグラディスは女の自分から見てもとてもセクシーだ。仕事中は鋭い金の目もお休み前なので、心なしか優しげだ。

「適当に料理は頼んでおいたから、何か飲み物を頼むと良い」

 ミュリエルがビールを注文すると、グラディスも飲むと言う。ビールが二つ運ばれてくると、「仕事お疲れ様」と二人は乾杯した。

 ミュリエルが男性とデートをする時、大抵気取ったレストランでお腹が満たされない食事をすることが多かった。
 グラディスが居酒屋を指定してきた時は意外だと思った。そして仕事の後はお腹が空いているしビールも飲みたいので、このお料理が美味しい居酒屋を指定された時、とても嬉しかった。

 口数は多くないグラディスだが、会話のテンポを合わせてくれるのでとても話しやすい。あの日もこうやってミュリエルの叶わない恋の話を聞いてくれた。結論を出すのではなく、ただ聞いてくれるだけでどれだけ心が癒されたか。

 お腹も満たされて、酔いも程よく回ったところで、店を出た。
 外の空気はとても冷えている。澄んだ空気で星空がとても綺麗に見える。気兼ねない楽しい時間を過ごしたミュリエルは、何となくグラディスと離れがたい気持ちなったが、「じゃあ、帰ります」と言うと、グラディスに抱きしめられた。

「明日休みだろう?泊りにきてくれないか」

乞う様に低音ボイスで囁かれ、腰が抜けて膝から崩れ落ちそうになる。そして、ミュリエルは一月二日の夜のことを思い出して、身体の奥が熱くなるような気がした。


◇◇◇


 その夜は、町に住んでいる友達に、軍の人たちと新年会をするから一緒に行かないかと誘われて、少し早めに実家から戻ってきていた。マリウスとネルのことを考えて悶々としていたので、気分転換したい気持ちもあったし、誰にもぶつけられない恋心を持て余していた。
 いつもは酔わない酒量であったが、酔いが回るのが早かった。たまたま近くの席に座っていた保護管理機関の地区を担当してくれている顔見知りのグラディスに延々と自分の話をして絡んでいたらしい。
 
 その後、グラディスに抱き着いて眠ってしまい、そのままお持ち帰りされてしまった。
 気が付いた時、ミュリエルはグラディスの上に跨り、騎乗位で喘いでいた。何度も中で出されたのだろう、グラディスのものを自分から抜いた時、だらりと彼の精液が溢れ出た。

 グラディスとのセックスはとても気持ちが良かった。身体の相性がいいのか、彼のテクニックがすごいのかよく分からなかったけれど。その後、年末年始休暇の最終日である一月三日の夕方まで、二人で溶けてしまうほど抱き合ってしまった。



◇◇◇


 部屋に入ると、あの夜の記憶が更に鮮明に蘇る。グラディスは軍服の上着を脱いで、シャツだけになる。先ほどまでの優しげで穏やかなグラディスは、どこへ行ってしまったのだろうか。今、ミュリエルの前にいるのは、どう猛な魔獣の様にギラギラとした金の眼でミュリエルを喰らおうとする一人の男だった。

「ニ週間も会えなかったから、どうにかなりそうだった」

 そう言うと熱を持った身体でミュリエルを抱きしめた。シャツの下に隠されている鍛え上げられた肉体に包まれる。そして既に硬くなっているグラディスのものがミュリエルの腹に当たる。

「大変だったの、お仕事?」

 ミュリエルは、どぎまぎしながら訪ねる。首筋に彼の唇が小刻みに落とされる

「隻眼の巨人、アリマスポイを捜索していたんだ。まだこの町の近くに潜伏しているという報告があってね」

 ミュリエルは、先日マリウスが捕獲してきた雄のグリフィンのことを思い出した。

「保護管理機関にいるグリフィンをまだ狙っているみたいだから、ミュリエルも気を付けるんだよ」

「はい」

 掌で頬を撫でられると、何だかとても大切にされている気がした。ベッドの中では何度も好きだと言われたが、そんな睦言を信じるほど子供ではなかった。
 ただ身体の相性がいいだけで特別な関係ではないのかもしれない。恋人ができたと言っているようだけれど、自分のことなのだろうか。
 そこまで考えると、胸がちくりと痛む。五年以上片想いしていたマリウスに告白もできないまま、失恋したばかりなのに、もう他の人に心許しているのか。欲求不満過ぎて、この快感を好きと勘違いしているのだろうか。

「ミュリエル、今は私のことだけ考えて」

 グラディスは考え事をしているミュリエルの唇を塞ぐと、そのまま舌を入れて口内を堪能した。そして大きな手で服の上からミュリエルの豊満な胸を揉み、ニットのワンピースの裾から片方の手を入れると尻を揉む。キスは深さを増し、飲みきれなかった唾液がミュリエルの口から零れる。

「可愛い、ミュリエル、そんなに頬を上気させて。私を誘っているね」

「や、違っ」

 ショーツに後ろから手を入れると、既に蜜口はぬるぬると濡れていた。グラディスは指を中に入れると「一度いこうか」と緩急をつけて中を擦る。力が入らないミュリエルは、グラディスに身体を預け、そのまま達してしまった。
 グラディスは弛緩しているミュリエルを大事そうに抱き上げると、ベッドに優しく下ろす。ワンピースを脱がし、下着を取り去ると、「すごく綺麗だ」とほほ笑む。そして自分も服を脱ぐ。月明かりが彫像のような美しい筋肉に、陰影をつける。どこからか取り出した避妊薬を一気に煽る。

「ミュリエル、私でいっぱい気持ちよくなってね」

 そう言うと、両手で双丘を揉みしだきながら、深くキスをする。ミュリエルの身体は既に敏感になっていて、それだけで達してしまいそうになる。ゆっくりとグラディスの硬くなったものが侵入してくる。

「ああっ、入ってくる」

 思わずミュリエルは喘ぎ声を上げる。

「私の形を覚えていたのかな。すんなり奥まで入ったよ」

 グラディスは上半身を上げると、腫れてパンパンになっている茂みの中の突起を親指で擦りながら、腰を振る。ミュリエルはグラディスをもっと感じたくて、合わせて腰を揺らす。

「あん、少佐、気持ちいっ。すぐ駄目になっちゃう」

「何度でもいかせてあげるよ。いった顔を見せて」

 グラディスは、ミュリエルの両脚を肩にかけると上から腰を打ち付ける。ミュリエルはあまりの快感に目がちかちかとする。

「やあ、何か来ちゃうぅっ」

「いいよ、私でいって」

 ミュリエルが身体を痙攣させると中が一気に締まり、たまらずグラディスは吐精した。

 グラディスは抜かずにミュリエルの身体を起き上がらせ、抱きしめる。汗だくのまま二人は再び唇を奪い合う。息も整わないうちに、グラディスは対面座位のまま、まだ硬さを失っていない自身で最奥を細かく突く。

「や、動かしちゃ駄目。まだいってるからっ」

「まだまだ終わらないよ。こうするのを待ちわびていたのだから」

 ミュリエルが達するのを見た、いまだ欲を滲ませた金の目はとても嬉しそうに細められる。
 そのままミュラエルの膝の裏に腕を入れて、グラディスがベッドから立ち上がる。ミュリエルの視線が高くなる。

「いやあ、何。深いい」

 ミュリエルは、床に立ったグラディスに膝裏をがっしりとした腕で支えられ抱き上げられ、貫かれている。グラディスの首にしっかりと捕まる。汗に濡れた肌と肌が密着する。

 全体重がグラディスの剛直に預けられ、それはミュリエルの奥を容赦なく突く。動きは大きくないものの、最奥に響く強い刺激だ。
 鍛えられた筋肉は美しくて強い。ミュリエルが全体重をかけてもグラディスはびくともしない。蜜口から溢れた愛液はグラディスの太ももを伝う。

 逃げ場がない快感にどうにかなりそうだ。揺さぶられるまま、嬌声が止まらない。快感が脳を貫いて、気を失いそうになる。腕の力が抜けて、手がグラディスの身体から離れそうになる。
 グラディスはミュリエルを強く抱きしめると、中に吐精した。ビクビクと中のものが痙攣している。

 グラディスはミュリエルにキスをしながら、「好きだよ、ミュリエル」と言う。未だ硬い自身を抜くと、ミュリエルをベッドに下ろした。

 裸のまま、キッチンへ行くと飲み物を取ってきてくれた。ミュリエルは冷たい果実水を飲む。喉を通って胃まで冷たい水が落ちるのを感じた。

「もう少し、いいかな?」

 耳たぶを口に含みながら、躊躇いがちに聞かれる。ミュリエルがこくりと頷くと、再びグラディスの手が怪しげにミュリエルの身体を触りだす。マシュマロのような胸を揉みしだき、うなじを愛撫する。

 ミュリエルは背中を舐められると、「ひゃっ」と何とも色気のない声が出てしまった。

「可愛い」

 グラディスはミュリエルを四つ這いにさせると、自身をトロトロの割れ目に挟みながら、背中を舐める

「思ったんですけどっ、魔獣に食べられたらっ、こんな感じなのかな、ん」

「食べられているのは私の方だろう?ミュリエルは私を締めて離さないし、全てを吸い尽くすでしょ」

 ぷちゅっと言う音がして、熱くて太い杭がミュリエルの最奥まで貫く。

「あああ、少佐のおっきい。もっと激しくしてっ」

「美しい私の魔獣の仰せのままに」

 グラディスは、ミュリエルの丸い尻と腰を掴むと激しく抽送を繰り返す。ぐちゃぐちゃと淫靡な音が響く。

 ミュリエルはこんな気持ちのいいセックスは今まで経験したことが無かった。グラディスにどこを触られても感じすぎてしまう。こんなに快楽を覚えてしまったら、もう離れらなくなってしまうとグラディスに再び激しく揺さぶられながら思った。

「可愛い、エロい。いつもは真面目で静かな子なのに。私に溺れて、離れられないようにしたい。好きだ」

「ああん、あっあっ、少佐いっちゃう。いっちゃうーー」

「いけ。私も一緒に」

 気を失う直前にグラディスが何かを言っていたが、ミュリエルは与えられる強烈な快楽に何も聞こえない。ただ熱いものが自分のお腹にぶちまけられるのを感じた。
 翌朝二人は、のんびりと起きて一緒にお風呂に入った。その後一緒にご飯を作ったり、時折身体を繋げたりして穏やか週末を過ごした。


◇◇◇


 グリフィンを外に放す日がやってきた。

 室長のネル、ミュリエル、マリウスの上司、マリウスの立ち合いの元、檻が開かれた。隻眼の巨人アリマスポイは保護管理機関付近の自然保護区に潜伏していると思われたが岩や崖に擬態をしているようで発見が出来なかった。そのため、不測の事態に備え、軍からグラディスの隊が派遣されていた。

 二頭のグリフィンはしばらくキョロキョロした後、ゆっくりと外へ飛び出した。

 グリフィンは保護管理機関上空で旋回し、高く響く鳴き声をあげた。



きゅううううううーーー



 その瞬間、その鳴き声に呼応するかのように、地響きのような低い咆哮が上がった。



ごおおおおおおおーーー



 音のする方を見れば、魔獣舎の後ろの岩場がごぼりと膨れ上がり、立ち上がろうとする隻眼の巨人がいた。
 威嚇するように再び咆哮が上がる。

 しかしアリマスポイの威嚇を馬鹿にするかの如く鳴き声を上げると、二頭のグリフィンは瞬く間に遠くの空に見えなくなった。

 一瞬の沈黙の後、怒りでアリマスポイの顔が紅潮する。


うごおおおおおおーーー

 完全に立ち上がった、体長三十メートルのアリマスポイは、両手を振りかぶると怒りにまかせて地面を叩いた。地震のように大地が揺れて、アスファルトがバキバキと割れた。
 
 肌は像の様な色と質感、体長十メートルから五十メートル、一つ目は燃えるような赤。特技は擬態。金塊のある場所を守るグリフィンとそれを奪おうとするアリマスポイの戦いは神話にも描かれているほど有名だ。ぼんやりと教科書の内容がミュリエルの頭に流れてくる。
 初めて実物を見たアリマスポイは巨大で、どう猛。動きの一つ一つは早くはないが、力強く、目の前に立てば、ああこれはもう死んだなと諦めてしまうほどの恐怖を与える。ミュリエルは最初の咆哮の際に腰が抜けて動けなくなり、アスファルトが砕け散った時、逃げることができなかった。

 割れたアスファルトに脚を挟まれてしまったのだ。

 状況をいち早く把握したネルは、魔獣舎と保護管理機関を含む広範囲の結界を展開する。ミュリエルがアリマスポイの近くで動かない。

「ミュリエル、こっちに、早く結界の中に来なさい!」

「ラドフォード室長、脚挟まれちゃって、動けないんです!」

 ネルは、結界を張っているため動けない。上司と麻酔銃を撃つマリウスを一瞥し、その後大型魔獣を拘束するための魔具を搭載している車両を配置につかせているグラディスを見る。

「ランスフィールド少佐!七時の方向、ミュリエルの救出お願いします!誰かを行かせて!」

 グラディスはネルの言葉に反応するとすかさずに、自らミュリエルの元に向かう。

「マリウス、麻酔弾打ち終わったら、少佐の援護を!」

 その声を聞いたマリウスは、麻酔弾を打つ速度を上げる。
 アリマスポイを拘束車両が包囲し、車両に搭載されている鎖でつながれた手枷で手足を拘束する。

 しかし先ほど割られたアスファルトで地盤ががたがたに割れ、右足を拘束している車両がぐらぐらと安定を失っていた。

 アリマスポイは、右足を高く上げると踵でアスファルトを粉砕する。

 麻酔弾は、興奮しているアリマスポイには効いていないようだった。

 右足を拘束していた車両が横転する。ミュリエルは必至で脚を抜こうともがくが、割れたアスファルトはピクリとも動かない。出血しているらしく、身体が寒くなってくる。

「ミュリエル、大丈夫か」

 ふっと包み込まれるような安心感を感じるとグラディスがミュリエルの両肩を掴んでいた。グラディスは、恐怖で涙でぐちゃぐちゃになったミュリエルを覗き込む。

「迷惑かけてごめんなさい。脚が抜けなくて」

 ミュリエルは、グラディスの胸に抱きつく。来てくれたことが嬉しくて、更に泣いてしまう。

 ネルの焦ったような声が響く。

「少佐、割れたアスファルトがそちらに倒れてきます!防御魔術プロテクトを!」


 しかしグラディスが魔術式を展開するよりも早く、大きく割れたアスファルトは二人に倒れる。

 グラディスは、ミュリエルを自分の下に守るように抱きしめるとすべての衝撃を背中で受け止めた。

 がはっっ

 グラディスは吐血した。そしてミュリエルを抱きしめたまま、グラディスは動かなくなった。

「ランスフィールド少佐!嫌!しっかりして!」

 ミュリエルは、大声を上げる。抱きしめる腕は依然として力強いのに、ぐったりと反応が無い。

 怒り狂うアリマスポイは、自由になった右足を再び持ち上げると、動けない二人に向かって足を下す。大きな足の裏が、二人に影を落とす。ミュリエルは、「もうダメだ」とグラディスの身体をギュッと抱きしめる。

 その瞬間、麻酔弾を全て打ちきったマリウスが、アリマスポイの右ひざの外側に回り、横から魔術で強化した蹴りを入れる。横からの衝撃にアリマスポイはバランスを崩す。

「拘束車両全て、十時の方向へ移動しろ!」

 マリウスが叫ぶと、拘束車両に引っ張られて、バランスを崩したままアリマスポイは、ずどんという音と衝撃とともに右後ろに倒れた。そしてやっと麻酔が効いてきたのか、そのまま動かなくなった。

 安全を確認すると結界を解き、呆然と事態についていけないミュリエルの元にネルが走ってくる。無言で治癒の魔術をグラディスに展開する。

「一応、主要な部分の処置は大丈夫だと思うけ…」

 そう言いながらネルは、力なく倒れる。

「ラドフォード室長!大丈夫ですか!」

「大丈夫、魔力切れだから」

 マリウスが近づいてきて、二人にのしかかっているアスファルトを押し戻す。そして、ミュリエルの脚を挟んでいるアスファルトを強化した踵で割る。
 ネルは、広範囲に渡る結界を展開したことで大量の魔力を消費し、残ったなけなしの魔力でグラディスに応急処置をしてくれたようだった。マリウスがネルを横抱きにする。腰のポーチから、ポーションを三本取り出す。

「今、救護班呼んでくるから、とりあえず手持ちの全部渡しとく。一本は、ワイルズさんが飲みなよ。後は少佐に」

 ミュリエルは、もらったポーションを飲み、次にグラディスにポーションを飲ませる。先ほどまで苦しそうだった呼吸が少し落ち着いたように思えた。少し安心して、ミュリエルも気を失ってしまった。

◇◇◇

 陽の当たる病室でミュリエルはグラディスのベッドの横の椅子にいつもの様に座っている

 あの事件の後、ミュリエルとグラディスは全治三か月の怪我の為、入院していた。ミュリエルの脚は、骨が外に露出し複雑骨折してしまっていた。ただ脚だけが重傷だったので、少し動けるようになると、背骨の骨折と内臓破損で未だ動けないグラディスの側に毎日付き添っていた。

「ラドフォード室長とマリウスは流石だよね。あの後すぐに仕事にもどったんでしょ?」

「ああ、あの二人は魔獣の扱いに慣れてますしね。もうなんか別次元の人たちなんですよ」

 ミュリエルは自分がへましなければ、ラドフォード室長は魔力切れで倒れることなく、アリマスポイを何の問題もなく捕獲できただろうなと自嘲気味に笑った。

「せっかく、ミュリエルにいい所見せて、惚れさせようと思ったのに、逆にこの有様だよ。マリウス、恰好よすぎるだろ」

 いつも自信に満ち溢れているグラディスが寂し気に笑う。

「そんなこと気にしていたんですか。私、少佐が助けに来てくれた時、すごく嬉しかったですよ」

「そんなこと言われると嬉しいんだけど、泣いている君に見とれて防御魔術の発動が遅れるなんて恥ずかしい」

「泣き顔に興奮するフェチの人だったんですね!」

 照れているのを隠すようにミュリエルが、冗談を言う。グラディスは、少しだけ動く指でミュリエルの指先に触れる。

「ミュリエル、無事で良かった。君がいない世界には生きている意味が私には無いから」

「私もランスフィールド少佐が無事で良かった。あの時すごく血が出て、そのまま動かなくなってしまうし」

「そのまま腹上死っていうのも悪くなかったけど」

「下ネタ!」

 二人でくすくすと笑う。

「―――何だか、私たち恋人同士みたいですね」

「恋人同士でしょ」

「そうですね、あんなことやこんなこともしてしまいましたし」

 ミュリエルは、そんなことはずっと分かっていた。言葉ではっきり言われなくても、触れる指の優しさ、見つめる瞳に浮かぶ愛情、自分を見てほほ笑む嬉しそうな顔、全てがミュリエルを好きだと言っていたし、恋人として扱ってくれていた。

「グラディス、私はとっくにあなたのこと好きになってますよ?」

 ミュリエルは、そう言うとゆっくり立ち上がり、動けないグラディスの唇に自分の唇を重ねた。

「ミュリエルに好きなようにされるのも悪くないね」

 失恋の痛みの処方箋は新しい恋とは誰が言った言葉か。考えながら、ミュリエルはグラディスの赤いごわごわとした髪を愛おしそうに撫でる。

「私はまた夜通し激しくされたいな」

「私の美しくて可愛い魔獣のお願いは聞かないとね」

 くすくす二人で笑うと、唇を重ねた。


――――――――――

病室の外にて

ネル「マリウス、ちょっとこれ持って行ってきてよ」
マリウス「いや、いくら僕でもさすがにあの空間に入るのは無理ですよ」
ネル「じゃあ、お土産看護師さんに預けて帰ろうか」
マリウス「僕の愛おしい魔獣の仰せのままに」
ネル『何で私もミュリエルも魔獣扱いなのか…解せぬ』
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