積もるのは嘘と気持ちと

どんころ

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保健室の先生が帰ってきて、お家へ帰ることになった。
「送っていくよ。」

「ありがとう。」
右手をすっと差し出され、繋いで歩く。
心臓はばくばくいっているが、彼のフェロモンにすごく安心する。
深く息を吸って、たくさん取り込んだら、僕に染み付いてくれないだろうか。
いつ嗅げなくなるか分からないフェロモンを、今のうちに纏っていたくて、深呼吸するように息をしながら歩いた。

あっという間に一人暮らしのアパートに着いた。
「何もないけど、上がっていく?」
気がついたらそう彼を誘っていた。
深入りさせてはダメだと分かっているのに、Ωとしての本能は彼を逃してはいけないと思っているのかもしれない。

小さな机で2人で温かいお茶を飲みながら、彼は色々なことを話してくれた。
今まで話せなかった分を埋めるかのように。

β同士の両親に生まれた突然変異的なαであること
国立学校に通っていたけど、何か違和感を覚えて、無理を言って母方の祖父母の家からここに通い始めたこと
家族は東京の方に住んでいること
年の離れた妹がいること
妹がさみしいとわがままを言うから家族が毎週のように祖父母のお家に来ること

ーーー転校した時から僕のことが気になっていたけど、話しかけられなかったこと…

「そんな…話しかけてくれたら良かったのに…」
ついそう呟いた。
「あまりに綺麗すぎて、みんなが君の事を遠巻きに見守っていたんだよ。来たばっかりの俺が侵してはいけない一線があるように見えて。
でも、今日調子の悪そうな君を見ていたらそんなのどこかへ飛んで行ってしまった。」

「おかげで今はすごく調子がよくなったよ。ありがとう。」
そう言って微笑むと、
「触れてもいい?」と尋ねられた。
小さく頷くと、床に座った状態のままふんわり抱きしめられた。

心臓がばくばく言って、顔がかぁっと熱くなる。
でも不思議と気持ちは落ち着いて、あたたかい。
「君に触れるとすごく落ち着くんだ。」
「僕も。」

「澪って呼んでもいい?俺のことは蓮って呼んで?」
「蓮くん…」
確かめるように小さく声を出すと
「なに?」
と優しくて甘い音が返ってくる。

「澪って昔母がそう呼んでくれていたから、嬉しい。」
「お母さん?」
「うん。他の家族は澪音って呼ぶけど、母だけはそう呼んでくれていたんだ。」

ちょっと嘘をついた。
母だけが澪と呼んでいたのは本当だが、他の家族にはお前とかあんたとかで、名前すら呼ばれていない。
彼がまともなお家で、愛されて育ってきたのが分かるから、あんなお家で愛されることもなく育ってきたなんてすごく恥ずかしくてとても言えなかった。

これから2ヶ月と少しの間にどれだけ嘘を重ねてしまうのだろう。
そう思うと胸の奥に小さな欠片が残った。

「澪は一人暮らし?」
「うん。母はもう僕が小さい時に亡くなっててて、父と兄は……今は、えっと、イギリスに。仕事が大変で、なかなか帰ってこれないんだって。…僕は体が弱くて連れて行けなかったみたい。」
嘘の欠片が増える。
もちろん父も兄もイギリスになんていない。
家族と暮らしていない正当な理由をとっさに作り上げてしまっていた。
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