食べると未来が見えるようになるアポロチョコを長瀬香が手放した理由

シラサキケージロウ

文字の大きさ
16 / 35

十六粒目 逃亡少女

しおりを挟む
 午後二時過ぎの池袋駅は大変混み合っている。人と人との距離は狭く、たらこみたいにぎゅうぎゅうだ。必然、気温と湿度は急上昇する。近頃の日本の夏は亜熱帯のようだと言われるが、山手線周辺の駅に限ればアマゾン川流域並みの暑さとなる。

 少女を追って東口から西口方面へと駅構内を駆けていく。注意深くあたりを見回しながら進んだが、彼女の姿はなかなか見つからない。そもそも、この人混みでは待ち合わせをしていない相手を探すなど不可能に近い。

 しかし、ふたりのカオルは止まらない。香の方は望む未来を実現させるために。馨の方は望まぬ女装を回避するために。

 とにかく闇雲に走り続けたふたりはやがて駅構内から出て、西口公園まで辿り着いた。額の汗を拭いつつ辺りを見渡しても、当然というべきか少女の姿は見えない。

 香は近くにあったベンチに座りながら、「もう。どこ行ったんだろ」と大きく息を吐いた。

「未来を見てもわからないんですか?」と訊ねる馨も彼女の隣に腰を落ち着ける。
「わかってたらこんな風に汗かいてないって」

「そりゃそうですよね」と、先の見えぬ状況に辟易した馨が救いを求めるように天を見上げたその時――。

「ちょっと! そこ失礼します!」

 と、ふたりが座るベンチの陰に飛び込んで、そのままふたりを盾のようにして身を潜める人がいた。誰かと思えば先ほどの少女だ。さりげなく周囲に視線を巡らせれば、駅構内でこの少女を追いかけていた小太りの男が、大量に流れる汗をハンドタオルで拭きつつあちこち見渡しているのが見える。どうやら未だに『鬼ごっこ』は続いているらしいと、ふたりのカオルはなんとなく察した。

 隣に座る馨との距離を密着するように詰めて、背後の少女を隠すようにした香は、前を向いたまま「ねえ」と彼女へ小声で話しかける。

「あなた、どうしたの? さっきからあの人に追いかけられてるでしょ?」

 少女は答えず、硬く口を閉ざしたままだ。突然話しかけられて怯えているのだろうと考えた馨は、「そういう話はあの人がどっか行ってからの方がいいんじゃないですか?」と提案したが、彼の意図を理解していない彼女は「平気でしょ」などとあっけらかんとした様子だ。

「あ。もしかしてあの人、誘拐犯とか? それか、あの人は執事で、お姫様なあなたは自由な生活を求めてお屋敷から逃げ出した、とか?」
「まさかそんなわけないでしょう」
「いやいやぁ、あるかもしれないよ? この子、かわいいし」
「いくらかわいいからって、そんな少女漫画みたいな展開が――」

「望まぬ結婚をさせられそうなんです。それで、お見合いから逃げてここまで来ました。あの人はお見合い相手。お察しの通り、生粋のロリコンです」

 ふたりにぶつけられたのは少女漫画以上の展開。思わぬ答えに驚いてなにも言えなくなる馨と、「やっぱり」としたり顔で頷く香。両者対照的な反応を見せるふたりへ、少女は周辺を警戒しながら続けた。

「なんとかして夜まで逃げたいんです。逃避行のお手伝いをして貰えません?」





「私、西島美緒です。都内の小学校に通っています。六年生です」

 小太りの男が消えたのを見て、西口公園から別の場所へと移動する最中、ふたりのカオルから挟まれるようにして歩く少女は、そんな風にあまりに淡白な自己紹介を唐突に披露した。これを受けたふたりのカオルが自己紹介で返すと、美緒は「ふたりともカオルなんですね」と興味があるのだか無いのだかわからぬ調子で呟いた。

「まあね。結構珍しいでしょ?」
「まあ、そこまででは」

 会話を広げようとした香があっさり斬り捨てられて退散を余儀なくされたのを見つつ、馨は美緒の正体について考えを巡らせる。

 馨とて、もう高校生。これだけ小さな子どもがお見合いだの、その相手が生粋のロリコンだの、そのようなことはありえないことくらいはわかっている。美緒が嘘をついていることは明白だ。ならば、いったい、この子は何者なのか? 嘘をつく目的はなんなのか? そして、あの小太りの男は何者なのか?

 判断材料が少なすぎて、いくら頭を働かせても答えは見えてこない。まあ、そのうちわかるだろうと無理やり頭を切り替えたところで、「止まってください!」と美緒が小声で指示を出した。例の小太りかと思いきや、それらしき影は見当たらない。「どうしたの?」と香が問えば、美緒は「別の追手です」と答え、前方から歩いてくるカーキ色のロングブラウスを着た女性を指した。キョロキョロと辺りを見回しているのは、たしかに誰かを探しているようである。

『追手』までの距離は直線20メートルほど。曲がれるような道はない。このまま進めば見つかることは避けられない――とその時、女がこちらに気付いたのか駆け足になる。

 三人は踵を返して元来た道を戻ろうとしたが、そちらにはなんと先ほどの小太りの男。状況はさらに悪くなるばかりで、男はこちらに気付いた様子で「いた!」と大きな声を上げた。

 まさかの挟み撃ち。動きが止まった馨と美緒を、香が「こっち!」と引っ張って近くのビルに連れ込んだ。途端にひやりとした空気が肌を包んでぴりりとする。蝉の声よりやかましい音があちこちから響いてくる。入ったのはゲームセンターだ。

 狭い通路に漂う煙草臭い空気の中を駆けていけば、反対側の入り口から外へと抜けたが、このままではまた鬼ごっこが始まるだけ。どうする――と考えるふたりのカオルを、今度は美緒が「早く!」と誘導した。
 美緒が向かったのは、ゲームセンターと同じビル内の地下一階にあるシネマロサという小さな映画館だ。外に面した有人券売所で適当なチケットを人数分購入し、急ぎ階段を降りていったところでようやく落ち着いた三人は、追手が来ないことに安堵して長いため息を吐いた。

 時刻はそろそろ二時になろうかというところ。全体的に深い赤が基調となったロビーの壁には、馨が名前も聞いたことがないような映画のポスターが至るところに貼ってある。一際大きく飾られた邦画のポスターには演者のサインらしきものが大量に書かれていたが、やはりというべきか誰一人として地上波で見るような有名どころの名前は無い。館内には全体的に錆びついた空気が漂っているが、それが却って人を呼び寄せるものがあるのか、客はまずまず多いようである。

 ロビーにあるベンチに三人並んで座ったところで、香が話を切り出した。

「美緒ちゃん。さっきの女の人、なんだったの?」
「あの男の姉ですよ」と簡潔に答えた美緒は不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。
「本当、嫌いです」

 その「嫌いです」という言葉には恨みのようなものすら込められている気配があり、香はそこに言い知れぬものを感じたのか「そうなんだ」と返すに留めた。

 一方の馨はといえば、不思議なことに美緒へ妙な感情を抱いていた。親近感というか、既視感というか、あるいはその両方なのか……それは正体不明ゆえに本人でも言い表すことはできなかったが、少なくとも悪い感情ではないことは確かだった。

 シアターの中からブザーが鳴り響いてくるのが聞こえる。間も無くして映画が始まる。「行きましょうか」とベンチを立った美緒は、シアターへと繋がる分厚い扉を開けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ
キャラ文芸
恋愛ファンタジー小説です。 本作品の画像は全て生成AIを使用しております。 信州の雪深い山中で、母とともに小さなロッジを営む青年・一朗。 父を雪崩で亡くし、幼なじみをかばって手に傷を負った過去を抱え、静かに、淡々と日々を生きていた。 そんな彼の前に、ある日“白い蛇”が現れる。 罠にかかっていたその蛇を助けた夜から、運命は静かに動き出した。 吹雪の晩、ロッジに現れた少女――名を「真白」。 彼女は、あの日の白蛇だった。 純粋で無垢、けれどどこか懐かしい。 人の姿を得た彼女は、初めて知る「世界」に心を震わせ、一朗のそばで少しずつ“人間”を学んでいく。 雪に閉ざされた山のロッジで生まれた、人と白蛇の奇跡の絆。 過去の痛みと孤独を包みこむように、真白は優しく一朗の心に灯をともしていく。 けれど、やがて訪れる春が二人に突きつける――「蛇としての運命」と「人としての願い」。 白い雪の中で出会い、心を通わせた一朗と真白の、静かで切ない恋の物語ですが、ラバーフェチ要素やちょっとR15な要素(まへまへらしさ)が中盤以降登場しますので、、、。笑

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

小さなパン屋の恋物語

あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。 毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。 一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。 いつもの日常。 いつものルーチンワーク。 ◆小さなパン屋minamiのオーナー◆ 南部琴葉(ナンブコトハ) 25 早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。 自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。 この先もずっと仕事人間なんだろう。 別にそれで構わない。 そんな風に思っていた。 ◆早瀬設計事務所 副社長◆ 早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27 二人の出会いはたったひとつのパンだった。 ********** 作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

君のために僕は歌う

なめめ
青春
六歳の頃から芸能界で生きてきた麻倉律仁。 子役のころは持てはやされていた彼も成長ともに仕事が激減する。アイドル育成に力を入れた事務所に言われるままにダンスや歌のレッスンをするものの将来に不安を抱いていた律仁は全てに反抗的だった。 そんな夏のある日、公園の路上でギターを手に歌ってる雪城鈴菜と出会う。律仁の二つ上でシンガーソングライター志望。大好きな歌で裕福ではない家族を支えるために上京してきたという。そんな彼女と過ごすうちに歌うことへの楽しさ、魅力を知ると同時に律仁は彼女に惹かれていった……… 恋愛、友情など芸能界にもまれながらも成長していく一人のアイドルの物語です。

【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜

天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。 行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。 けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。 そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。 氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。 「茶をお持ちいたしましょう」 それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。 冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。 遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。 そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、 梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。 香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。 濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

処理中です...