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二十二粒目 不吉な占い
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最寄りの駅から山手線へ乗り込めば池袋駅まではもうすぐだ。電車内には浴衣姿の人が散見されて、馨は「もしや」と思ったが、電車を出て改札を抜け、駅の外へと一歩踏み出せば案の定、彼らを出迎えたのはペンギンみたいな歩き方で一定方向に進んでいく人波と、チンドンと響く祭囃子である。
「お祭りみたいですね」と馨が言うと、「お祭りだねぇ」と香は呑気に答えた。
祭りと、幽霊。夏における〝騒〟の象徴と、〝静〟の象徴。このふたつを線で結ぶには無理があると思った彼は、疑惑の眼差しを香へ向けた。
「……本当にここで合ってます?」
「失敬な。合ってます」と香は唇を尖らせる。「とりあえず、まずは情報収集がてら腹ごしらえだ。行くよ、カオルくん」
人波に漕ぎ出したふたりは、流れに逆らわずに歩いて行く。西口から駅を出て歩いて行けば、間も無くして目の前に東京芸術劇場を見上げるメトロポリタン通りに至る。所狭しと出店が連なり、雑多な匂いと活気と情熱とがせめぎ合うその場所に、馨は軽い目眩すら覚えた。
手始めにふたりが向かったのは、手近にあったりんご飴の屋台である。続けて、焼き肉屋が出しているメンチカツを買ってその場で食べ、それからマヨネーズとかつお節をたっぷりかけたタコ焼きを食した後、虎のしっぽを模した模様の描かれた細長いカステラを食べた。香の食欲はこれでも収まらなかったらしく、「さて次はなにを食べようかな」と獲物を狙うハイエナの如く舌舐めずりしながら周囲の店を伺っている。
幽霊を探すという当初の目的はどこへ消えたのか。このまま食い倒れるつもりか。さすがに心配になった馨は彼女へ声をかけた。
「お姉さん。まさかここまで来た目的、忘れてませんよね?」
「忘れてない忘れてない。大丈夫だって」
「その割には、ずいぶんと楽しんでるように見えますけど?」
「いいでしょ、別に。せっかく来たんだから、ついでだって」
口ではそう言ったもののさすがに反省したのか、香は「でも、ま、そろそろ本格的にやらないとね」と表情を引き締める。
「ちょいと。そこのお二人さん」と、ふたりの背後から声が聞こえたのはその時のことだ。振り返ると、通りの隅にビールケースを逆さにした椅子にしてそこに腰掛ける白髪の老人がいる。この季節にもかかわらず黒いスーツを上下着込んだその姿は、異様といって差し支えないほどだった。
考え込むように白い髪をかき上げた老人は、ふたりのカオルの顔をまじまじと見ながら「ふぅむ」と呟く。なにやら思わせぶりなその態度に、馨は思わず一歩引いた。
「な、なんですか。そんなに人をジロジロと見て」
「いやスマン。こりゃまた珍しいものを見たと思ってな」
「なにを見たんですか」
「お二人さんの関係性だよ。いやぁ、なんとも妙だ」
人差し指と親指で自らの右眼を見開くようにした老人は、ゆったりとした速度で語る。
「姉弟よりも近く、他人よりも遠い。ちょうど背中合わせの関係だ。本来、交わらない運命だったんだろうや。でも、こうしてふたり揃って歩いてる。運命っちゅーもんは奇妙なもんさね」
なんとなく神秘的なことを言っている気がしなくもないが、抽象的でその本質は掴めない。ふたりのカオルが唖然としていると、老人は照れ臭そうに笑った。
「ああ、すまんね。俺はしがない占い師だよ。西大泉のオヤジっていや、なかなか有名だと思うんだが、知らないか?」
ふたりが首をそろって横へ振れば、老人は「俺もまだまだってことだ」と言ってまた笑う。
「それよりどうだい。ひとつ占われてみないか?」
「商売上手ですね。でも、結構ですよ。占いって高いんでしょう?」
「お代なんて取らんよ。珍しいモンを見せて貰った礼だと思ってくれりゃいい」
馨は基本的に占いを信じない。星座占いや血液型占いで『最悪の一日』と一方的に突きつけられても、鼻で笑うタイプである。ゆえに彼は「結構です」と再び断ろうとしたのだが、その前に香が、「タダだっていうなら遠慮なく」とちゃっかりしたところを見せて、占いを受けることとなった。
「よっしゃ」と受けた老人は、おもむろに懐からビー玉をひとつ取り出す。何をやるのかと思えば、それを足元へ勢いよく叩きつけた。ガラスで出来た玉は必然的に砕け散る。ずいぶん乱暴な占いの方法だ。西大泉のオヤジだかなんだか知らないけど、あれじゃ流行らないんじゃないかと馨が心配に思っていると、老人は割れたビー玉をじぃっと眺めつつ「なるほどな」と呟いている。どうやら、なにかわかったらしい。
「ねえ、西大泉のオヤジさん。わたし、探し物してるんだけど、見つかるかな?」
「いや、むしろその逆だ」
老人は香へ鋭い視線を向けた。その視線には、刃物のような冷たい迫力が込められている。
「嬢ちゃん。お前さん、なんか大事なモンを無くすぜ」
「な、なに? 急にそのマジメな感じ」
香の言葉を無視した彼は続いて、その視線で馨を刺す。
「でもって、坊主。お前さんもだ。人の頼みは不用意に聞かない方がいい。無くすものが大きすぎる」
老人の口調は至って静かであったが、祭りの喧騒の中にも重く響く不思議な力があった。鉄球のような彼の言葉を受け止めきれなかったのか、香は普段あまり見せることのない怯えた表情を浮かべると、「行こうよ、カオルくん」と言って早足で歩き出してしまった。
人混みの中を早足で行く彼女を追うより先に、馨は占い師の老人に頭を下げる。
「すいません。せっかく占って頂いたのに」
「なに、いいのさ。妙なことを言った俺が悪い」
先ほどまでの迫力を鞘に収めた老人は、一転してカラカラと笑った。
「坊主。あの怖がりな嬢ちゃんにこう伝えといてくれ。ラッキーアイテムはチョコレート。食べて進めば運命も変わる、ってな」
「お祭りみたいですね」と馨が言うと、「お祭りだねぇ」と香は呑気に答えた。
祭りと、幽霊。夏における〝騒〟の象徴と、〝静〟の象徴。このふたつを線で結ぶには無理があると思った彼は、疑惑の眼差しを香へ向けた。
「……本当にここで合ってます?」
「失敬な。合ってます」と香は唇を尖らせる。「とりあえず、まずは情報収集がてら腹ごしらえだ。行くよ、カオルくん」
人波に漕ぎ出したふたりは、流れに逆らわずに歩いて行く。西口から駅を出て歩いて行けば、間も無くして目の前に東京芸術劇場を見上げるメトロポリタン通りに至る。所狭しと出店が連なり、雑多な匂いと活気と情熱とがせめぎ合うその場所に、馨は軽い目眩すら覚えた。
手始めにふたりが向かったのは、手近にあったりんご飴の屋台である。続けて、焼き肉屋が出しているメンチカツを買ってその場で食べ、それからマヨネーズとかつお節をたっぷりかけたタコ焼きを食した後、虎のしっぽを模した模様の描かれた細長いカステラを食べた。香の食欲はこれでも収まらなかったらしく、「さて次はなにを食べようかな」と獲物を狙うハイエナの如く舌舐めずりしながら周囲の店を伺っている。
幽霊を探すという当初の目的はどこへ消えたのか。このまま食い倒れるつもりか。さすがに心配になった馨は彼女へ声をかけた。
「お姉さん。まさかここまで来た目的、忘れてませんよね?」
「忘れてない忘れてない。大丈夫だって」
「その割には、ずいぶんと楽しんでるように見えますけど?」
「いいでしょ、別に。せっかく来たんだから、ついでだって」
口ではそう言ったもののさすがに反省したのか、香は「でも、ま、そろそろ本格的にやらないとね」と表情を引き締める。
「ちょいと。そこのお二人さん」と、ふたりの背後から声が聞こえたのはその時のことだ。振り返ると、通りの隅にビールケースを逆さにした椅子にしてそこに腰掛ける白髪の老人がいる。この季節にもかかわらず黒いスーツを上下着込んだその姿は、異様といって差し支えないほどだった。
考え込むように白い髪をかき上げた老人は、ふたりのカオルの顔をまじまじと見ながら「ふぅむ」と呟く。なにやら思わせぶりなその態度に、馨は思わず一歩引いた。
「な、なんですか。そんなに人をジロジロと見て」
「いやスマン。こりゃまた珍しいものを見たと思ってな」
「なにを見たんですか」
「お二人さんの関係性だよ。いやぁ、なんとも妙だ」
人差し指と親指で自らの右眼を見開くようにした老人は、ゆったりとした速度で語る。
「姉弟よりも近く、他人よりも遠い。ちょうど背中合わせの関係だ。本来、交わらない運命だったんだろうや。でも、こうしてふたり揃って歩いてる。運命っちゅーもんは奇妙なもんさね」
なんとなく神秘的なことを言っている気がしなくもないが、抽象的でその本質は掴めない。ふたりのカオルが唖然としていると、老人は照れ臭そうに笑った。
「ああ、すまんね。俺はしがない占い師だよ。西大泉のオヤジっていや、なかなか有名だと思うんだが、知らないか?」
ふたりが首をそろって横へ振れば、老人は「俺もまだまだってことだ」と言ってまた笑う。
「それよりどうだい。ひとつ占われてみないか?」
「商売上手ですね。でも、結構ですよ。占いって高いんでしょう?」
「お代なんて取らんよ。珍しいモンを見せて貰った礼だと思ってくれりゃいい」
馨は基本的に占いを信じない。星座占いや血液型占いで『最悪の一日』と一方的に突きつけられても、鼻で笑うタイプである。ゆえに彼は「結構です」と再び断ろうとしたのだが、その前に香が、「タダだっていうなら遠慮なく」とちゃっかりしたところを見せて、占いを受けることとなった。
「よっしゃ」と受けた老人は、おもむろに懐からビー玉をひとつ取り出す。何をやるのかと思えば、それを足元へ勢いよく叩きつけた。ガラスで出来た玉は必然的に砕け散る。ずいぶん乱暴な占いの方法だ。西大泉のオヤジだかなんだか知らないけど、あれじゃ流行らないんじゃないかと馨が心配に思っていると、老人は割れたビー玉をじぃっと眺めつつ「なるほどな」と呟いている。どうやら、なにかわかったらしい。
「ねえ、西大泉のオヤジさん。わたし、探し物してるんだけど、見つかるかな?」
「いや、むしろその逆だ」
老人は香へ鋭い視線を向けた。その視線には、刃物のような冷たい迫力が込められている。
「嬢ちゃん。お前さん、なんか大事なモンを無くすぜ」
「な、なに? 急にそのマジメな感じ」
香の言葉を無視した彼は続いて、その視線で馨を刺す。
「でもって、坊主。お前さんもだ。人の頼みは不用意に聞かない方がいい。無くすものが大きすぎる」
老人の口調は至って静かであったが、祭りの喧騒の中にも重く響く不思議な力があった。鉄球のような彼の言葉を受け止めきれなかったのか、香は普段あまり見せることのない怯えた表情を浮かべると、「行こうよ、カオルくん」と言って早足で歩き出してしまった。
人混みの中を早足で行く彼女を追うより先に、馨は占い師の老人に頭を下げる。
「すいません。せっかく占って頂いたのに」
「なに、いいのさ。妙なことを言った俺が悪い」
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