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【番外編】彦星の受難
6、関門トンネルを超えて
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真っ暗な闇に包まれたみもすそ川公園の前で自転車を止めると同時に虫の音が聞こえ、彼女と出会って二度目の秋がやってきたことを悟った。
近くにいるのに、遠く遠くにいる大切な人。
何かの偶然で姿を現さないかな……なんて、この地に来るたびに考えるようになってしまった自分はなかなか重症に思う。
いつも彼女が座っているベンチを眺め、そこにあるはずのない残像を追う。
木曜日になればまた会えるのに、一週間はとても長い。
ぼんやり考えを巡らせて、また関門トンネルの閉館時間間近であることに気づき、慌てて人道入口へ向かう。
入口付近の箱へ通行料である二十円を入れ、地下へと続くエレベーターに乗り込む。
夏場は何度か時間内に入り損ね、結局下関駅まで向かってそこから電車で帰ることとなったため、油断大敵だ。
その際、門司港から下関へ来るより、下関から門司港へ向かう方が最終電車は遅いのだと意識したのだった。
あのときから、彼女を案内する日を夢見てしまった。
『この人道は、夜十時を持って閉鎖いたします』
ここを通るときはいつも閉門のアナウンスに背中を押され、駆け足で自転車を押す。
閉鎖三十分くらい前から繰り返されるその音声には慣れたものの、そろそろ閉鎖ぎりぎりに現れる要注意人物としてマークされてないだろうなと想像して、ひとりで苦笑した。
今度、マミちゃんに会ったとき、そんな話をしたいなと思ったのだ。
長いトンネルの先に門司という表記を確認して、自分の街へ戻ってきたことを実感する。
誰もいなくなった関門トンネルはただただ静かで、閉鎖を告げるアナウンスだけが永遠と繰り返されていた。
いつものようにエレベーターに乗り、地上に上がる。
関門海峡を隔てて先ほどまでいた下関の明かりが遠くに見えた。それだけ門司港側の人道入口は真っ暗である。
彼女と出会わなければ、こんなにも名残惜しく海の向こうを眺めることなんてなかったのに、としみじみ思いながらも振り返った先にうずくまる人物の姿に気づき、息をのんだ。
「マミ……ちゃん……」
最近彼女のことばかり考えていたからだろうか。マミちゃんの通う高校の制服だったため、つい口にしてしまい、しまった、と思うも力なく顔を上げた彼女が会いたいと願ったマミちゃんその人で、気付いたら足が動いていた。
「マミちゃん!」
倒れた自転車を気遣う余裕すらなかった。
「セイ……」
「マミちゃん、なんで」
なんで、こんなところに。
「セイこそ……どうして……」
都合のいい夢かと思った。
ずっと会いたいと思っていたから幻でも見ているのではないか。
「今日は部員たちと寄り道して……って、時間!」
なぜ彼女がここにいるのかという疑問でいっぱいになりながらももう一方で冷静な自分が関門トンネルの閉鎖時刻を告げてくる。
彼女が渡らねばならない先は十時に閉ざされたら朝まで開かない。
「大丈夫、頼めば渡りきるまで待っててくれるはず……」
「……やっ」
落ち着かせようと試みるも、突然怯えた形相で両手で顔を覆い、首を振るマミちゃんは『戻りたくない』
と繰り返す。
「もう、嫌だ……」
呼吸は乱れていて、息をしているのか声を発しているのかわからないくらいだ。
「自由に、なりたい」
まさに悲痛の叫びだった。
「……出てきたの?」
家から。
答えるかわりに大きな瞳から涙をポロポロこぼしたマミちゃんにこれ以上、何も言えなくなった。
自由になりたい、それがマミちゃんの願いなのだろう。
きっと近いうちにこの街から出て行くであろう、彼女の。
「……大丈夫」
彼女の背をさすりながら、精一杯の笑顔を浮かべる。
「大丈夫」
そんな未来がくることは予測できていたのに、ずっと一緒にいられるようなそんな気がしていた。
わかっていた。わかっていたのに。
「よかったら、俺の街を見てってよ」
関門トンネルは閉鎖を告げる。
それでもこれが最後なら、このひとときだけでも共に過ごしたいと、心から願ってしまった。
近くにいるのに、遠く遠くにいる大切な人。
何かの偶然で姿を現さないかな……なんて、この地に来るたびに考えるようになってしまった自分はなかなか重症に思う。
いつも彼女が座っているベンチを眺め、そこにあるはずのない残像を追う。
木曜日になればまた会えるのに、一週間はとても長い。
ぼんやり考えを巡らせて、また関門トンネルの閉館時間間近であることに気づき、慌てて人道入口へ向かう。
入口付近の箱へ通行料である二十円を入れ、地下へと続くエレベーターに乗り込む。
夏場は何度か時間内に入り損ね、結局下関駅まで向かってそこから電車で帰ることとなったため、油断大敵だ。
その際、門司港から下関へ来るより、下関から門司港へ向かう方が最終電車は遅いのだと意識したのだった。
あのときから、彼女を案内する日を夢見てしまった。
『この人道は、夜十時を持って閉鎖いたします』
ここを通るときはいつも閉門のアナウンスに背中を押され、駆け足で自転車を押す。
閉鎖三十分くらい前から繰り返されるその音声には慣れたものの、そろそろ閉鎖ぎりぎりに現れる要注意人物としてマークされてないだろうなと想像して、ひとりで苦笑した。
今度、マミちゃんに会ったとき、そんな話をしたいなと思ったのだ。
長いトンネルの先に門司という表記を確認して、自分の街へ戻ってきたことを実感する。
誰もいなくなった関門トンネルはただただ静かで、閉鎖を告げるアナウンスだけが永遠と繰り返されていた。
いつものようにエレベーターに乗り、地上に上がる。
関門海峡を隔てて先ほどまでいた下関の明かりが遠くに見えた。それだけ門司港側の人道入口は真っ暗である。
彼女と出会わなければ、こんなにも名残惜しく海の向こうを眺めることなんてなかったのに、としみじみ思いながらも振り返った先にうずくまる人物の姿に気づき、息をのんだ。
「マミ……ちゃん……」
最近彼女のことばかり考えていたからだろうか。マミちゃんの通う高校の制服だったため、つい口にしてしまい、しまった、と思うも力なく顔を上げた彼女が会いたいと願ったマミちゃんその人で、気付いたら足が動いていた。
「マミちゃん!」
倒れた自転車を気遣う余裕すらなかった。
「セイ……」
「マミちゃん、なんで」
なんで、こんなところに。
「セイこそ……どうして……」
都合のいい夢かと思った。
ずっと会いたいと思っていたから幻でも見ているのではないか。
「今日は部員たちと寄り道して……って、時間!」
なぜ彼女がここにいるのかという疑問でいっぱいになりながらももう一方で冷静な自分が関門トンネルの閉鎖時刻を告げてくる。
彼女が渡らねばならない先は十時に閉ざされたら朝まで開かない。
「大丈夫、頼めば渡りきるまで待っててくれるはず……」
「……やっ」
落ち着かせようと試みるも、突然怯えた形相で両手で顔を覆い、首を振るマミちゃんは『戻りたくない』
と繰り返す。
「もう、嫌だ……」
呼吸は乱れていて、息をしているのか声を発しているのかわからないくらいだ。
「自由に、なりたい」
まさに悲痛の叫びだった。
「……出てきたの?」
家から。
答えるかわりに大きな瞳から涙をポロポロこぼしたマミちゃんにこれ以上、何も言えなくなった。
自由になりたい、それがマミちゃんの願いなのだろう。
きっと近いうちにこの街から出て行くであろう、彼女の。
「……大丈夫」
彼女の背をさすりながら、精一杯の笑顔を浮かべる。
「大丈夫」
そんな未来がくることは予測できていたのに、ずっと一緒にいられるようなそんな気がしていた。
わかっていた。わかっていたのに。
「よかったら、俺の街を見てってよ」
関門トンネルは閉鎖を告げる。
それでもこれが最後なら、このひとときだけでも共に過ごしたいと、心から願ってしまった。
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