涙色ミルキーウェイ

保桜さやか

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【番外編】彦星の受難

7、門司港レトロ地区

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「あれが観光列車の線路」

「ここからが浜町アート通り」

 真っ暗な夜道をマミちゃんを背に自転車を走らせる。
 少しずつ暖色の外套の明かりが見えてきたところで彼女がこの地に遊びに来たら伝えたいと思っていた言葉を並べる。
 俺の背にしがみつくマミちゃんがこの景色を見ているかどうかはわからない。それでも今がその絶好のタイミングで、完全に今日この日の出来事は過去の思い出に変わるであろうと本能が悟っていた。

「ここが門司港レトロ地区」

 自転車を止め、振り返ると光をいっぱい瞳に集めたマミちゃんが大きく目を見開いたのがわかった。

「マミちゃん、おいでませ!」

 やっぱり彼女には笑っていてほしいから、この瞬間が最後となっても全力を尽くしたいと精一杯の笑顔を作った。

「ちょっと回ろうか」

 右から左へと眺めては両手で口を覆い、小さな声を出したマミちゃんにこちらも嬉しくなり、再びペダルに足をかける。見慣れた光景なのに彼女がいるだけで別世界に感じられた。

「このあたりはバナナの叩き売りの発祥地なんだよ」

「バナナ?」

「休日はたまに実演もしてる」

「そ、そうなの?」

「あとは、焼きカレーが有名かな」

 観光地とはいえ、十時を過ぎれば店もほとんど締まり、外套の明かりと海の音色が切ない雰囲気を演出してくる。
 この地の名物である焼きカレーを辛い物が好きだというマミちゃんに食べてほしかったのに。
 慣れ親しんだ街を走りながら、いろいろな感情がいっぱいになっていた。
 さりげなく見た腕時計の時刻に焦る気持ちを抑えた。
 もうすぐ、彼女の乗らなければならない電車の最終時間が近づいてきていた。

「ここが門司港駅。小倉や下関駅に行く時に使う駅で、あっちは船。通学の時に使ってる。マミちゃんの通学路にある唐戸市場まで続いてる。乗車時間はだいたい五分くらいかな」

 どうしたらいいのか、ずっと考えていた。

「マミちゃん、何があったか、電車で聞いてもいい?」

 そして、出した答えがこれだった。

「え……」

 これが一番いい結論だと思ったのに、それは違った。
 マミちゃんの表情がみるみるうちに曇っていく。
 嫌なのだろうとすぐにわかった。
 そんな俺だって、このままこの時間が永遠に続いてほしい。でも、それでは何も解決しない。
 まだ家族の協力がないと生きていけない俺たちには選択肢が少ない。何かをしたくても限界がある。だからこそ、この答えを選んだ。彼女がひとりで帰れないならば、自分が送り届け、ともに怒られようと覚悟も決めている。
どちらにせよ、このまま逃げていてもマミちゃんの願いは叶わないのだから。

「十一時半くらいが下関駅に着く最終電車だと思う」

 マミちゃんの家庭環境は軽くだけど聞いたことがある。会話の節々にもたまに出てきていた。
 父親と離れて母親とマミちゃんはふたりで過ごしているのだという。
 癇癪を起しがちで病的に娘を管理したがる母親に対してマミちゃんが不服を漏らすことが幾度となくあった。
 きっとまたうまくいかなかったのだろう。
よく考えたらもっといい案はあったかもしれないのに、このときの俺にはそう判断するのが精一杯で、知らず知らずのうちに彼女をさらに傷つけていたことに気付けずにいた。いかに自分自身が恵まれていて、甘えた環境にいたかを知るのはあとのことになる。

「俺も一緒について行くから」

 第三者も交えて理由を説明し、誠意をもって謝ればなんとかなると本気で思っていた。

「か、帰れない……」

「え?」

 蒼白は表情を浮かべ、マミちゃんは大きく首を振った。

「わ、わたしは悪いことなんてしてない。わ、わたし……」

 胸元で握られた指先は震え、その姿は全身全霊で拒絶体制に入っていた。

「セイ、ごめん……、でも、わたし……」

 怯えるように視線をあげた彼女にこれ以上何も言えない。

「マミちゃん」

 気づいたら、彼女を抱き寄せていた。
 プルプルと肩を震わせる彼女はずいぶん小さく、そしてもろく感じられた。

「落ち着いて。大丈夫だから」

 大丈夫、と心の中で連呼する。
 彼女が少しでも落ち着きますようにと願いながら。

「大丈夫」

 ゆっくり引き寄せると、彼女は黙ったまま胸に頭をよせてくる。
 少しずつ呼吸を整えた彼女が再びこちらを見上げた時、初めて自分の大胆な行動に気づいて飛び上がりかけたけど、全力で平静を装う。それでも、

「本当に大丈夫なの? すっごい大きな音がしているけど」

ぐっと腕を回され、さらに胸に耳を押し当て俺の鼓動に耳を傾けようとした彼女に穴があったら入りたくなったくらいだ。

「ま、マミちゃん!」

「セイもそんな顔することあるんだ」

「え、どんな顔?」

「ふふ、そんな顔はそんな顔よ」

 目と目が合い、力なく笑おうとした彼女に、すべての音がやんだように感じられた。
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