cognition-コグニション-

山本ハイジ

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「私はお前をただのイエイヌとして甘やかすつもりはないよ」
 主人のベッドに上がることを許された夜。サブは寝ている主人の開いた脚の間にちょこんと座って、言葉に小首を傾げた。
「世話してやっているのだから、奉仕してもらわなければ」
 寝間着の下を下着ごと脱ぎ、形良く整えられた銀の陰毛と勃起していなくても大きなペニスを主人は晒す。
「舐めろ」
「はい……」
 性器なんて舐めることがなんの奉仕になるのか……そんな疑問を口にすることは許されないであろうと、サブは背を曲げ主人が指差しているモノに口づける。
 抵抗感と唇に感じる人肌と柔らかさに覚える妙な感動が混ざって変な気持ちになりながら、サブは舌を温(ぬく)みに這わせた。
「手でペニスを支えて、口の中に入れるんだ」
 舐めていると勃ち上がってきたペニスに片手を添えて、サブは亀頭を飲み込んでいく。
「舌を這わせながら口を窄めて、頭を上下させて……そうそう、そうだ」
 言われた通りにし、口内が膨らんでいくペニスでいっぱいになる感覚に苦しげに眉を寄せているサブの後頭部を主人はそっと撫でてやる。
 褒められた、と嬉しくなりサブは血管の浮いた白い幹によだれを垂らしつつ主人を見た。視界に主人の笑顔と、ベッドサイドテーブルの上に広げられたハンカチーフに盛られた宝石が映る。
 突然、主人は撫でていた手でサブの柔らかい茶色い毛を掴み、押し下げた。
「ぐっ、ぇっ……!?」
「絶対に歯を立てるなよ。そんな粗相をしたら、褒美はなしだ」
 喉の奥を突かれて嘔吐きながらも主人の言葉を聞いてサブは必死に注意した。今度は髪を引っ張り、主人はサブの頭を上げさせる。
「んっ、っ、ンンッ……」
 主人にそういう道具のように頭を上下させられ、サブは頭皮の痛みと息苦しさに喘ぎながらも健気に舌で裏の筋を擦り、口を窄めて幹を扱く。そのうち主人は心地よさそうに息を乱し、サブの喉で脈打った。
「――っ!?」
「飲め」
 液体が流し込まれ、鼻まで痛くなって涙ぐみつつサブは喉を動かす。ようやく解放されると、サブは口内に満ちる生臭さを不思議に思い訊いた。
「これはなんですか……? おしっこ?」
「気持ちよくなると出るものだよ。いつかお前にも教えてやろう」
 サブの口の端に垂れる白濁を主人が親指で拭ってやる。それからハンカチーフの上の宝石をひとつ、サブにくわえさせ頭を撫でた。
「よく私を気持ちよくさせてくれたね。good boy」
「っっ……」
 優しく撫でる主人の手と、精液と混ざってしまったが口内に広がる愛の味にサブの背筋が一瞬、電流を流したかのようにゾクつく。立ち上がった尻尾が揺れた。

 ――僕が人間になんて、なっていいのだろうか?
 白いシャツと尻尾が通せるように穴を開けた下着とズボンを着て、全身鏡に映した自分の姿をサブはなんとなく見つめる。
「よく似合っているよ」
 ドムがサブにコートをかけて、ボタンも留めてやる。尻尾が隠せるよう丈が長かった。耳も隠せるように帽子を被せる。
「ありがとう……ドムさん」
「じゃあ、行こうか」
 人間になるための練習の一環でドムとサブはお出かけしようと約束していた。差し出されたドムの手を握り、上達した様子でサブはすっすっと歩く。
 屋敷を出て車に乗り、デパートメントへ行く。到着して使用人を残したまま車を降り、ドムと肩を並べてデパートメントに近寄ったサブは昼下がりの光を受けて輝く銀色の塔を見上げ、すぐにその足元へ視線を下ろした。
 犬が一匹、首輪とリードで繋がれている。サブは帽子を深く被り直し、ドムと手を繋ぎデパートメントの中へ入っていった。
「サブ、何か欲しいものはあるかい? 何でも買ってあげるよ」
「大丈夫……」
 お出かけにデパートメントを選んだが、不足している日用品などなくドムに欲しいものはない。並んでいる様々な商品や通り過ぎていく人々をきょろきょろと見ていたサブは声をかけられ、ドムに視線を向けて何だか曖昧な笑みを浮かべた。
「遠慮しないで」
「……じゃあ、あれ」
 サブがおずおずと指差したのはちょうど通りかかったフードコート内のジューススタンド。喉の渇きを覚えていた。
「よし、行こう」
 ドムがサブの手を引きジューススタンドへ向かって、注文する。店員のアンドロイドが星形やハート形の果物を雑な所作でしぼり種ごとカップに果汁を注いで渡してきて、ドムは顔をやや突き出す。アンドロイドが手の平をかざし、ドムは虹彩による支払いを済ませた。
「はい、このジュース今流行ってるみたいだよ」
「ありがとう……」
 カップをドムがサブに差し出すと虹色のジュースの中で果物の大きめな黒い種がいくつも揺れる。受け取り、差さっていた太めのストローをくわえて吸うとサブの口内に入ってくる種は不思議と柔らかく甘く、食べられるようだった。
「おいしい」
「それはよかった」
 ドムはジュースを飲むサブの姿を瞳に映し、脳のコンピュータを操作して写真を数枚撮った。耳も尻尾も見えず、ちゃんと立ってデパートメント内を背景にした姿。知り合いから「この子は誰だい?」と訊かれるだろうから写真をどこにもアップロードする気はない。自分用だ。
 ドムの優しい眼差しを感じつつ、サブは爽やかな風味のジュースを飲み切りカップの底に残る種をずぞぞぞぞーと吸い取りながらふと、デパートメントの前で繋がれていた犬を思い出していた。
 主人が楽しくショッピングをしている間、犬は寒空の下でおとなしく待つのだ。当たり前のように。

「お前のために首輪を特注してやったぞ。今日はこれをして散歩に連れて行ってやろう。お礼を言え」
 銀の主人が差し出した手の平の上、真っ赤な皮革の首輪があった。
「僕のために……? ありがとうございます、ご主人様」
 床に座っているサブが深々と頭を下げてから、主人が首輪を細い首に着けてやる。
「っっ……」
「お前と同じ非デザインの少年の皮でできているんだ。うん、可愛いぞ。似合っている」
 首を軽く、甘く絞められるような感覚にサブは睫毛を伏せて吐息をかすかに震わせた。誰かから、自分のための特別な物を贈られる。不思議な感じがしたのだ。
「尻尾が立っているぞ」
「あうっ……」
 主人が笑いながら、立ち上がってしまったサブの尻尾を撫で上げる。サブの背筋がゾクゾクと震える。
「とても嬉しそうだな。よし、早く行こう」
 首輪にリードを着け、主人は引っ張って屋敷を出ていく。ぐいっと体勢を崩され、サブは慌てて四つ足になるとついていった。
「ぐぇっ……」
 主人はサブのことなど構わずさっさと大股で歩いていく。ついていけなくなる度、硬い皮革が首を絞める。サブは必死で喘ぎ喘ぎ、俯き気味になりながら四つ足で歩いた。地面と擦れて膝に血が滲む。
 主人とサブのそばを服の裾をひらひらとさせながらデザイン人間たちが通り過ぎていく。リードで繋げた犬を連れたデザイン人間も通りかかり、その犬はサブのように息を乱すことなくちゃんと主人についてきて、顔を上げて堂々としていた。
 その様子が視界に入るとサブは急に気恥ずかしくなり、主人にも悪い気がして苦しさに突き出していた舌をしまい、顔を上げた。両手足を動かす。
「ぜぇー……っ、ぜぇ」
「よし、着いたぞ」
 しかし目的地の公園に着くと、疲労困憊したサブの舌はまた出てしまった。デザイン人間たちとそのペットたちが思い思いに遊んだり、休憩したりしている。
「さっそく遊んでやるぞ。ほら、取ってこい!」
「えっ……」
 主人はサブの首輪からリードを外すとすぐにその辺に落ちていた小枝を拾い投げた。まだ呼吸の整わないサブは一瞬、ぽかんとしてしまう。
 そばで少女の声が響いた。
「とってこーいっ!」
 投げられた銀の円盤が日の光を受けてキラキラとし、メスの犬が輝きを追いかける。よく鍛えられた様子の筋肉の浮く日焼けした肉体で跳躍し、口で見事にキャッチした。
 急いでサブは走り出す。小枝が落ちた辺りを探り、口元を土で汚しつつ見つけた小枝を拾う。主人のもとへ駆け戻り、差し出された手の平にくわえた小枝を置く。
「good boy.もう一回だ」
 主人は片手でサブの頭を撫でて軽く褒めると、振りかぶってまた小枝を投げた。応酬は二、三回つづいた。
「はぁっ、はっ……」
「good boy.褒美……の、前に水でも飲ませてやったほうがよさそうだな」
 喉がカラカラに渇き、舌を出して喘いでいるサブを見て主人は言う。サブは心拍数が上がり、寒空の下だというのに体が熱くて仕方なかった。
「ちょうどいい。来い」
 どこかへ向かおうとしている主人にサブは重い両手足を動かしてついていく。少女が「good girl」と自分の犬を撫で回しているところから離れていった。
 人目のつかない木陰へ入ると主人はサブに木を背にして座らせて、ズボンの前を開ける。
「口を開けろ」
「……っっ!」
 サブの口内にペニスを差し込むなり主人は放尿した。塩味と苦味のある生ぬるい液体をサブは頬返しがつかず、飲み下し渇いた喉を潤す。
「美味いだろう? ミネラルが含まれていて体にいいんだぞ。古では健康法でこれを飲んだりしたらしい」
 ペニスをくわえたままサブは主人を上目に見つつ、小さく頷く。デザイン人間の健康体から排泄される尿は、美味とまではいかないが飲みやすい。アンモニアの臭いがするなか、主人が好んでよく飲んでいた様子の紅茶の香りをうっすらと感じた。
 デザイン人間の体内で生成されたものを非デザイン人間である自分が賜り、栄養とする。――要するに神の一部が畜生の血液や細胞の一部になる。前に白濁した液体を飲んだときサブは愚鈍にも気づかなかったが、これは物凄いことだ。
「ありがとうございます……」
「……褒美はこれでよさそうだな」
 尿道を丁寧に吸わせ口内からペニスを抜きズボンの中にしまってから、主人は褒美をやろうと上着のポケットに突っ込んだ手をサブの尻尾が揺れているのに気がつき抜いた。頭を優しく撫でてやる。
「good boy.成長したな」
 主人はサブをトイレがわりに使った。それだけのつもりだった。
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