保健室に逃げ込んだら天敵の悪役令嬢がいた。

ゆきみ山椒

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 そして次の日会ったパトリシア・エヴァンスは、やはり嫌味令嬢であった。

「あら、マリアさん、ご機嫌よう。今日はいつもの取り巻きたちはいらっしゃらないのですね」
 うわあーー。やっぱり昨日のは別人だったのかな?
「ふふ、考えていることがすぐお顔に出ましてよ。……まだ休憩時間には余裕がありますわね。
 こちらに来て」
 いちいち艶やかな所作につい気を取られているうちに、気付けば手近な空き教室に連れ込まれていた。
「……あんたってなんか、こう、やり手ね」
「ええ?」
 なんのこと? みたいに小首を傾げるパトリシアは、空き教室の扉を閉めてふたりきりになったとたん、昨日のゆるふわな気配に早変わりしていた。
「今日は昨日よりずっとお顔の色がよいようですね。いつもの男性陣もうまく遠ざけられているようですし」
 よかったよかった、と安心したみたいにふわふわ笑うなんて。
 ずるくない?
 あんたがやたらとやさしいままだから、私も「したたかでかわいい私」の仮面を上手くかぶれない。
「……素直にしんどいからちょっとひとりにしてって言ってみた。心配してたけど、案外すんなり引いてくれたわ」
「それがいいです。男性は、はっきり言葉にしてさしあげないと分かってくださらないことがありますから。ましてや異性ですしね」
 昨日あんな毒舌で追い返していた割には、彼らを慮った言い方だ。じゃあ昨日のあれは、ただマリアをかばうためだったということか。
 何とも言えない気持ちになって、もにゅもにゅと口をうごめかしているうち、再び疑問が湧いてくる。
「そもそも、なんで昨日あんたあそこにいたの? なんで公爵令嬢が保健室の留守番なんて任されてるのよ」
「養護教諭とは、実は親戚なのですよ。あのときは、彼、授業に出ていらして。私はちょうど授業のない時間でしたので、休息も兼ねて留守を預かっていました」
「授業?」
「養護の先生は、本分は応用魔法学の教諭なのです。
 医師の免許があるために、養護教諭も兼任していますけれど」
 マリアはまだ基礎魔法学しか取っていないため、応用学の教諭の顔を知らなかった。
「養護専属じゃないの?」
 ええ、とうなずくパトリシア。
「この学園の保健室には、普段まったくと言っていいほど人が来ないので、専属教諭は置かない慣例のようです。みな貴族ですから、家にお抱えの医師や薬師がいますもの。そもそも体調が悪いときはお休みを取られますしね」
 実に優雅なことだ。学力特待生であり、どんなに具合が悪くても授業を休むなどもってのほかのマリアには、羨ましいというよりほかない。
「マリアさんも、どうしてもお辛いときは、休まれた方がいいと思いますわ」
 考えたことを読んだかのようなタイミングで言われて、思わず言い返してしまう。
「簡単に言ってくれるわね。学力で特待生の身分を得た私には、一日休むのだって痛いのよ。……休んだ分のノートを見せてくれるひともいないし」
 いや友達がいないわけじゃないぞ決して。
 でも数少ない友達(というか例の彼ら)は、なんというか……こう……ノートをまとめるのが下手なのだ。とんでもない癖字だったり、座学が苦手で板書の写しが正確でなかったり、逆に天才気質で一度見れば理解できるため、ノート自体取っていなかったり。色んなバリエーションで全滅であった。
「よろしければ、私がお見せしますわよ」
 思いがけない提案に、まじまじとパトリシアを見返してしまう。真剣な表情で見返される。本気みたいだ。あと美しすぎて眩しいから見つめないでほしい。
 いや願ったり叶ったりの話だけども。
 そう、このパトリシアは、学力特待生であるマリアが憧れたお姫さまなのだ。容姿も身分も所作も、勉学だって、完璧なのだ。そういえばうっかり流してしまったが、昨日使っていた癒しの魔法なんて、実践として扱える者は国でも数えられるほどしかいないと聞いたことがある。どこまでチートなんだ。
 しかし。
「……そこまでしてもらう理由がないわ。私、お金も持っていないし……他に返せるものもないし……」
「なにを難しく考えていらっしゃいますの。私たち、級友クラスメートではありませんか」
 なんの気負いもなさそうな朗らかな声に、これまでもやもやと胸に抱えていたものの一部が不意に漏れ出した。
「だって私とあんた、友達ですらないじゃない!」
 うっかり悲鳴のような声が出てしまう。
 だって、入学してからずっと、まともに話したこともなかったのだ。数少ない関わりと言えば、マリアの生活態度や失態を咎める言葉のみ。それがいきなり、なぜそんな、こちらにしか利のない提案をしてくれるというのか?
 ただの善意からの申し出なのか? 何か裏があるのではないか?
 ――またうかうか期待して突き放されて、傷つくのはごめんだ。

 衝動のまま叫んでしまってからしばらく経っても反応が返ってこないため、マリアがそろそろと見上げるとそこには、しょぼん、と効果音がつきそうなくらいうなだれた公爵令嬢がいた。
「そうですわね……昨日の今日で、いきなり気安い態度を取るなんて、さすがに不躾でしたわね……申し訳ございません」
 まって。そんな、雨に濡れそぼった子犬みたいに落ち込まないで。
 ほんと、ほんとずるい。なんなのこのひと。これもすべて計算だったりするの? もしや何かの陰謀――?
 マリアの割と優秀な脳でも処理し切れず、完全なる混乱に陥って実質機能停止していると、パトリシアが顔を上げた。まだ立ち直り切れていない様子で、ちょっと眉尻が下がり気味のままなのがかわい……くない。ときめいたりなんかしていない。もはや誰に向けたものか分からない言い訳を、マリアは胸中で繰り返した。
「では、こういたしましょう。
 マリアさん、将来を嘱望される特待生であるあなたに、公爵家令嬢であるわたくしが協力いたしますわ」
「協力……?」
「ええ。実力十分な学力特待生が、環境の不足で勉学を全うできない、なんてことがありましたら、学園の、ひいては学園を後援している貴族の名折れですわ。
 貴族の一員として、微力ながらマリアさんをサポートさせてください」
 そんなこと、一学生のあんたじゃなくまずは教諭がすべきなんじゃないの、とか思うところは色々あったが、マリアは口をつぐんだ。こちらを見つめてくるパトリシアの瞳に、貴族の矜持なのか、強い意志――ぶっちゃけ圧を感じたのだ。
 実力十分と評価されたことにひそかに喜んでなんかいない決して。
「わかった。……うん、正直ちょっとまだついていけてないけど、分かったことにする……」
 これ以上この話を長引かせたところで、さらに疲労が増す予感しかない。それに結局、着地点は変わらない気がする。
 目の前のこの令嬢に、振り回され、惑わされ、いっそ泣かされそうになった挙句、なんだかんだで言いくるめられる。
 いや別に、こちらに害のある展開に陥るわけじゃない。むしろ益しかない。でもなんだか釈然としないのだ。昨日は泣かされたし――いや泣いてない。ギリ泣いてなかった。ちょっと弱ったところは見せたけど。
 とりあえず、今回はこれ以上足掻かず、差し出された提案を呑もう。
 これは負けじゃない。戦略的撤退である。
 そう内心で独り言ち、体から力を抜いた瞬間、不意にきゅっと下腹部が痛んだ。昨日ほどひどい痛みではなかったから、ちょっと顔をしかめてやり過ごしていると、腰元に覚えのあるぬくもり。穏やかに引いていく痛み。
 驚いて顔を上げると、純粋な労わりの色を浮かべた麗しい微笑み。

 うん、これは、相手が天敵とはいえ、人として言わねばなるまい。
 心にも身体にも多少余裕のある今日なら、言えると思った。

「……ありがと」

 言えた。
 本当は昨日から言いたかった、言うべきだった、感謝の言葉。

 パトリシアはくすぐったそうに「いいえ」と笑った。あまりに眩しくて、下腹部じゃなく胸の辺りがぎゅんっとした。
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