出雲の駄菓子屋日誌

にぎた

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前編

6 違和感の下(前)

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 予定よりも少しだけ早く来た僧侶に、真太郎は寝癖をそのままにして、店の中で今夜の供養式の打ち合わせをしていた。

 切れ長の目がまだ腫れていて、瞼もまた重そうだ。

「今年はどれくらいになりそうですか?」
「昨日も閉店間際に一人持ってこられました。たぶんそれも供養した方が良いかなとは思うんで、八個ですね」

 真太郎はあくびを我慢しながら答えた。そして、ぼりぼりと頭をかき、昨日の掛け軸のことを思い出してみる。
 他にも何かあったような……と、思いつつ。

「今年は一番多いですね」

 小太りなこの僧侶は、熱海の山の近くにある明千寺みょうせんじという古寺の住職で、供養式を毎年仕切ってくれている。真夏日でもしっかり袈裟を着ているためか、もしくは小太りなためか、坊主頭に汗が光っていた。

「昼すぎに櫓やぐらを組みに行きます。完成したら、供養の品をそっちに持っていきますんで、その時にまた連絡します」

 小太り僧侶は「わかりました」と言って、店の中の骨董品に軽く手を合わせた。

「では、また後程」
「はぁい」

 小太り僧侶を見送った真太郎は、いつものように店のカウンターに座ると、今夜の供養式のことを考えてみた。

 今日の出雲の駄菓子屋は忙しい。
 とは言っても、昼食後に小さな櫓を組み立てて、火を焚くためのドラム缶を運ぶだけ。1メートルもない櫓は、さっきの小太り僧侶がお経を読むときに乗る台になっていて、本来はお寺のものなのだけれど、今では供養式でしか使わないため、出雲の駄菓子屋の倉庫に置いているのだ。

 供養式は、糸川遊歩道にある小さなスペースで毎年行われる。
 出雲の駄菓子屋から五十メートルも離れていない。櫓と火を焚くようのドラム缶を置いたらほとんど埋まってしまうくらい狭いスペースため、お経を読む僧侶と、火の中に供養する品を入れる真太郎しか参加せず、見物客たちは、遊歩道にはみ出して供養式の様子を見るだけになる。

 櫓を運んで組み立てるのも、半時間あれば足りるだろう。たった三十分の仕事でも、暇と戦うことの多い出雲の駄菓子屋業務にとっては、立派で重大な仕事であった。

 そして今夜は供養式もある。そのため、真太郎にとっては今日が年に一度の「忙しい」日なのだ。

 真太郎は頬杖を突くと、今年の供養する八点の品を横目で見た。
 毎年、必ずと言っていいくらい供養の対象になる髪が伸びる日本人形。他にも、夜中に人の顔が浮かび上がってくる軟球ボールや、心霊写真に数珠、はたまた藁人形や古い手紙などなど。

 最後に真太郎は昨日の掛け軸を見た。
 いくら捨てても戻ってくる掛け軸。しかも自分自身が無意識のうちに戻してしまっている奇妙な物。

  依頼主の表情や雰囲気を見ればわかる。掛け軸の主であった大西は、確かにそれに苦しめられていた色が顔や表情に出ていた。
 心の芯からの恐怖、非日常の怪現象に対してどうすれば良いのかわからない苦しみ。それが大西に滲み出ていたことを真太郎は気付いていた。

(この掛け軸を一番先に供養してもらおう)

 真太郎はそんなことを漠然と考えつつ、忙しいとは言え、結局は時間との闘いになるであろう店番にため息を一つつくと、出雲の駄菓子屋にようやく一人の客が入ってきた。

「いらっしゃいませ」
「なかなか良い雰囲気があるじゃないか」
「はい?」

 その男は、深いグリーン色の高級そうなボストンバッグを片手に、汗がうっすらと染みたシャツの首元を扇いでいる。
 チラと目が合った。駄菓子ではなく、飾られた骨董品の方をキョロキョロと見ている様は、どこかでこの店のことを聞き付けた冷やかし連中の一人なのだろうか。

「いや、ごめんよ。ちょっと噂を聞いたんだけれど、ここではただの駄菓子屋じゃないんだよね?」

 彼は駄菓子と一緒に並べられてあるブリキのおもちゃを見つけると、昔よく遊んだ懐かしいおもちゃを見るような目で、微笑みながら手にとった。

 丸みを帯びた可愛らしいフォルムのロボット。
 このブリキのおもちゃには、どのような恐ろしい話がついているのかと呑気にも想像しているのかもしれない。
 男は、一通りそのブリキのおもちゃを眺め終えると、そっと元の位置に戻した。

「見ての通り、駄菓子屋以外にも骨董品を扱ったりしています」
「引き取ったりは?」

 真太郎は困惑してしまった。この男はいったい何が目的なのだろうか。いわくつきの物に悩まされている様子もない。ただこの駄菓子屋の珍しさを愉快に楽しんでさえいる。
 困惑が漏れてしまったのか、男の顔に、少しだけ申し訳ない色が見えた。

「冷やかしに来たわけじゃないんだ。たまたま今夜の行事のことを聞いてね。それで立ち寄ってみただけだよ」
「それなら今夜七時に、すぐそこの川岸でやりますから。すぐに分ると思いますよ」

 ありがとう、と言って、男は昔よく食べたポン菓子を一つだけ買ってから店を出た。

「ぜひ、見物させてもらうよ」
「ありがとうございました……」

 真太郎は、店を出て行く彼の持つボストンバッグを見て、「そんな大きな荷物は旅館にでも預けてしまえば良いのに」と心の中で呟いた。

(カッコつけめ)

 その男と入れ替わるようにして、今度は店前に一台のバイクが停まった。小さな荷物を抱えて入ってきたのは、真太郎より一つ年上で同じ高校に通う柳澤和夫やなぎさわかずおだ。

 愛想の良い日焼け顔が、二人の通う高校でも人気なのだ。

「おっす。店はどう?」
「相変わらず」

 和夫が「ほい」と荷物を渡すと、真太郎も「ほい」と受け取る。

「今夜の準備は済んでんの?」
「まだ。昼飯食ってから」
「何か手伝おうか?」

 和夫からは「真太郎」と呼ばれ、真太郎は彼のことを「かずちゃん」と呼ぶ。

 二人は昔から仲が良かった。友人の少ない真太郎にとって、面倒見の良い和夫の性格が性に合っていた。

「すぐ終わるし別にいいよ」
「ほいよ」

 和夫は骨董品が並んである棚で、少しだけずれたブリキのおもちゃを見つけると、正面を向くようにそっと整えてやる。
 その様子を見ていた真太郎は、雄一のことを思い出した。

「そうだ。さっき、変なカッコつけが入ってきたんだ」
「どんなやつ?」

 商品棚に小さなスペースを見つけた和夫は、行儀悪くもそこに軽くもたれかけた。

「ここは面白いことをやってるねとか、ニヤニヤしながら冷やかしてきた」
「今夜の噂でも聞きつけたんだな」
「そうみたい。まあお金も落として行ってくれたから、店としてはありがたいんだけどね」

 真太郎は背もたれに深くもたれかかると、雄一の持っていたグリーンのボストンバッグをどこかで見たことあるような気がして、思い出そうとしてみた。

 すると二階から真太郎の父親である菅野真司かんのしんじが降りてきた。

「おーい。そろそろ飯だぞ。おお、和夫も来てたのか」

 一緒に食っていくか? という問いかけに、和夫は「結構ですよ」と笑って返した。

「まだ配達がありますし、そろそろ行きます」
「ご苦労さん」

 真太郎は二人のやりとりを聞きながら、まだグリーンのバッグをどこで見たか思い出そうと、頭の中の引き出しを片端からひっくり返していった。

 そして、ようやく思い当たる記憶を見つけたのだ。

 
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