出雲の駄菓子屋日誌

にぎた

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中編

13 生首(後)

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 このようなことがあって、出雲の駄菓子屋では身を隠す三人と、標的を探す老婆と生首とが対峙しているのだ。

 店の奥には姿見があり、真太郎と柏木が隠れているカウンターの下から、ちょうど店の入り口が映っている。姿見にはきっちりと老婆の姿が見えるのだ。老婆は首を左右にゆっくりと振って、店内を見回す。後ろにいる生首は満面の笑みをまだ残したまま、プカプカと浮いていた。

 どうしたものか。この状況を打開するためには。

 真太郎は手に掻いた汗をズボンで拭う。そして汗で少しだけ湿ったノートの存在に気が付いたのだ。

(これに賭けるしかない)

 ガラガラガラ。店のドアが勝手に開いた。いよいよ老婆は出雲の駄菓子屋へ侵入してきたのだ。一歩、二歩と、ゆっくりではあるが、老婆は店内を巡回し始めている。見つかるのも時間の問題。真太郎は慌ててノートに何かを書き込み、そして、隣にいる柏木に見せた。

――俺が囮になります。

 こくりと頷くと、驚いた柏木もうなずき返してくれた。そして真太郎はまたしてもノートに何やら書き込み始めた。

――和ちゃん、ブリキ落としていますぐ。

 老婆は駄菓子が並ぶ棚をぐるっと旋回し終えると、二人が隠れているカウンターに向かって歩き始めたのだった。

 雄一の右肩に深い傷を負わせたあの鎌。あれを引きずる音が二人に近づいてくる。真太郎がふと視線を上げると、その先には生首がこちらを見てニヤニヤと笑っているではないか。

 ばれた――先ほど姿見に映っていた例の老婆はきっと自分たちのすぐ後ろに居る。

 真太郎はいつでもカウンターから飛び出せるように姿勢を作った。決して逃げるためのものではない。反撃するためのものだ。柏木も同じように姿勢を変えた。

 生首が笑う。

「なかま……なかま……もうすぐ仲間」

 その時、店内で大きな音が鳴った。

 ガチャンガチャンとリズムに乗った大きな音。生首が視線を逸らす。老婆の嫌な気配も音のする方に向いていると第六感がささやく。

「今だ!」

 真太郎が声をあげ、カウンターから飛び出す。老婆に向かって一目散に体当たりを仕掛けにいったのだ。

「逃げて!」

 入り口は開いている。雄叫びに近い叫び声を上げながら、全力で老婆に突撃をする。本来なら、老婆は床に倒れ、その隙をついて雄一、柏木、そして自分もこの駄菓子屋から逃げ出せるはずだった。

 だが、床に倒れ込んだのは真太郎一人だけだった。すり抜けた。渾身のタックルは、老婆の体を通り抜けてしまった。

 実体の無い霊体には触れることが出来ない。真太郎の反撃は空振りに終わる。
 勢い余って床に激突する。衝撃で体に鈍い痛みを感じ、「起き上がれ」という命令を聞いてくれない。

 脳が揺れている。ぼやける視界から見えるのは、床に転げ落ちたブリキのおもちゃと、鎌を振り上げている老婆の姿だった。

 動け! 動いてくれ! そんな嘆きも無視して、体は言うことを聞いてくれない。

 鎌を振り上げた老婆は、しっかりとこちらを睨みつけていた。しわくちゃのその顔には、「怒り」以外の一切の色はなく、腐敗した憎しみが漏れているようであった。

 ようやく力が入るようになった腕をぎこちなく動かして顔を上げる。振り上げられた、錆びた鎌が見えた。

 そして勢いよく振り下ろされる。スローモーション。体の痛みはもう消えている。今ならどこかに飛んでいけそうな気持ちだ。

 あと少し。あの鎌が自分の眉間に食い込んでしまうまで。

 ドン――! と再び大きな音が店内に響いた。しかしそれは真太郎が鎌で切り裂かれた音ではない。

 すぐ側には、老婆と一緒に倒れ込んでいる柏木がいた。寸でのところで、柏木の体当たりが命中したのだ。倒れ込んだ老婆は「うう……うう……」と唸り声をあげている。

 柏木がゆっくりと立ち上がると、手を貸してくれた。まだ痛みが残っているけれど、動けないほどではない。まだ驚いた顔のままの雄一も二人に近寄ってくる。

 床に倒れ込んでうずくまる老婆。一体どうして?

「さあ、今のうちに!」

 柏木の声に真太郎は我に返った。
 雄一と柏木、そして真太郎の三人は、こうして老婆の襲撃から逃げ出したのだ。



 和夫は出雲の駄菓子屋の店内で起きた突然の出来事に、呆気に取られていた。

 ノートに現れた二つのメッセージ。それはあきらかに真太郎からのものだった。なにしろ自分のことを「和ちゃん」と呼ぶのは真太郎しかいないのだから。

 和夫はすぐに真太郎からの指示を実行した。ブリキのおもちゃを落とす。ゼンマイ式になっているそのおもちゃは、床にぶつかった衝撃で中のからくりが動き、大きな音を立てながら両手を振った。

 正直、こうすることの意味が和夫には分からなかった。床に落ちたブリキのおもちゃが動き終わるまで、ただ眺めているしかなかった。だけれど、ちょうどおもちゃの動きが止まった瞬間、店内で大きな音がしたのだ。

 突然の物音がした方を見てみると、店の端っこにある駄菓子の棚の一つが倒れて、陳列してあったするめや飴玉などが床に散らばってしまっていた。

 一体何があったのだろうか。

「真太郎?」

 和夫は、散らばったお菓子には目もくれず、ただ真太郎がすぐそこに居る気がして仕方がなかった。



 
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