出雲の駄菓子屋日誌

にぎた

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後編

終話 

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 最初に異変に気が付いたのは、真太郎であった。

「柏木さん。どうされたのですか?」

 気が付くと、柏木の指先がからくり人形と同じく、霧になって消えていくではないか。
 彼と目が合う。苦笑いを返してくれた。

「私は、ずっと前に死んでたみたいなんだ」

 からくり人形に潰されたあの時。覚悟を決めた脱出できたのは、柏木の精神だけであったのだ。

「そ、そんな……」

 雄一も言葉を失っていた。そして、今度は美琴へ視線を。

「美琴……ちゃん?」

 少女は耐えていた。
 涙をこらえる顔は、いまにも破裂しそう。誰かがぽんとつつくだけで、簡単にはち切れてしまう。

「美琴、ごめんな」

 柏木が一歩近寄ると、美琴は一歩後ろに下がる。

「お父さん。もっと美琴の側に居たかったけれど……」
「やめて!」

 風船が割れた。途端に美琴の大きな両目からは、これまた大粒の涙が溢れだしてくる。

 ゴゴゴゴ――地鳴りが聞こえてきた。きっと長くはないのだ。この世界の終わり。柏木紳士の最期も。

 彼の足はもう見えない。それはやがて腰へ、それから胸へ。

「美琴。泣かないで、こっちを見てくれないか?」

 少女にこの現実が受け入れられるはずはなく、彼女はただ泣くことしかできなかった。

「父さん。美琴が無事で一番良かった。美琴が帰ってきてくれただけで、本当に良かった」

 霧は柏木の首までやってきた。

「美琴。お願いだから顔を見せておくれ」

 最後は、お前の可愛い顔を見ていたいんだ。

 涙で濡れ、赤く腫れた顔を上げると、父はもう顔しか残っていない。

「お父さん!」

 砂を蹴り、父に向かって走り出す少女。
 行かないで。死なないで!

 最後に見た父の顔は笑っていた。
 飛び込む美琴は柏木を通り抜け地面にそのまま倒れ込む。間に合わなかった。振り向くとそこに柏木はもういなかったのだ。

「お父さん!」

 砂浜に頭をこすりつけ、大声で泣き叫ぶ少女が、夕日に照らされる。真太郎は、何一つかける言葉が見つからないまま、夕映えのその少女を、ただ見守っていた。


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