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『グッ……離れろ!!』

 呻き声を上げながら暴れるジェットが、私を振り払おうとして爪を向けると団長さんの剣が弾く。

「させるか。貴様もこれで終わりだ」

 更に顔を歪めてジェットが唸った時、部屋全体に何かを吸い込む様な異様な音が聞こえ始める。しかし、黒い靄に変化は見られずジェットだけが苦しそうにしていた。

『だから!離せクソがぁぁぁ!!!!』

ジェットが叫びながらもう一度私に攻撃しようとして、団長さんが剣で弾き私の背中を守る様に後ろに回った。

「ハリー!この後はどうなるんだ」

「そのまま終わるまで維持してよ」

「チッ、終わるまでって何時だよ」

 珍しく団長さんが舌打ちして悪態をつく。そんな中、ジェットに押し付けた魔法道具が見えない力に押し返されそうになって、腕に力と魔力を溜めて堪える。バチッと弾ける様な音がした時、私の体に痛みが走った。ッ……何かで切れた?痛いじゃないの。結界はどうしたのよ!

「ルーシー!?」

 団長さんの驚いた声が聞こえたけど、振り返る余裕はない。結界の隙間から靄が入り込んで腕に巻き付き始める。ベトベトして気持ち悪いわねぇ……まるでスライムねぇ……それなら……

「凍える風」

 魔法で腕に巻き付いた靄が凍らせると、音を立てて崩れた。腕から結界の端まで凍りついたその先にはジェットの左腕がある。放出魔力を上げれば一気に凍ってくれないかしらねぇ。

「黒い靄さん達……本気で邪魔するなら潰すわよ?」

 まるで私の言葉を理解したかの様に一度、動きを止めた靄が結界の中に入らず回りに巻き付き始める。外側から結界ごと潰そうとしているのか、目に見えて結界の亀裂が更に増えた。ヘェ~それなら遠慮なく行くわよ。

「私の本気を甘く見ないで頂戴」

『ナニ!?』

 放出する魔力を更に上げると、その力に反応して赤い髪が淡く光り出す。私の魔力に耐えきれなくなった結界が、大きな音と共に砕け散る。遮る物が無くなったせいで私の回りは白く凍りつき、靄が近付けない。その隙に魔法道具を相手の胸にめり込ませる様に押し込んだ。

『ドうナッている!?』

 心臓に押し込んだせいかジェットの体が徐々に凍りつき焦りが見られた。効果が出ているのかしら?

「フフ、お馬鹿さんねぇ。貴方程度の魔力で勝てるわけないでしょう」

 私の返答が気に入らないのか、ジェットが睨み付けると、髪の束で多方向から攻撃する。団長さんが剣と魔法で同時に凪払うと、また靄が邪魔しようとしたけど今度は魔術師さんが阻止した。

「闇よ、我に従え。その動きを停め終焉の時を受け入れろ」

 魔術師さんの言葉に反応した靄全体が動きを停める。その時を待っていたかの様にブローチが輝きが強くなり、一気に靄が吸い込まれていく。徐々に部屋の中が明るくなる中、ジェットが獣の様な雄叫びを上げながら暴れ始めた。
 団長さんがジェットの後ろに回って羽交い締めにしたけど、爪や髪を振り乱すせいで私の体に傷が増えていく。更に魔力を放出すると出血も増して、徐々に服が赤く染まってきた。あー、終わったら院長と兄妹に怒られそうね。

「メイソン、手伝え!」

 団長さんとギルマスの二人がかりでジェットの手足を抑えて、私も魔法道具と一緒にヤツの体ごと床に押し付けるとやっと動かなくなる。ジェットが気を失うと靄が吸い込まれる速さが加速して、黒く塗り潰されていた部屋は何もない広い空間になった。

「……終わった……か?」

 ギルマスの言葉に誰も返事をしなかった。拘束されて動かなくなったジェットの体に変化はなく、伸びた爪も角もそのままだった。何かしら……違和感があるわ。

「メイソン、気を緩めないでよ。これだけの災いだよ?簡単には終わらないよ」

 魔術師さんの言葉に同意するように団長さんも頭を縦に振って、剣を構えて周囲を警戒している。私も魔法道具をジェットの胸から離せずに、ヤツの上から押し付けたままだった。もう押し返す抵抗感も靄の圧迫感も無いのに…………禍々しい気配が消えないわ。


 手元に向けていた視線を上げた時、私はダイとジェットの大きな違いに気付いて血の気が引いた。

「嘘……でしょう」

「ルーシー?」

 自分の体が無意識に震えている。団長さんが私の名前を呼んでいるけど直ぐに返事が出来なかった。……髪も爪も、そして角もそのまま残っているわ……ダイは……取れたわよね?私の考えがあっていれば……

「みんな!ジェットから離れて!!」

「ッ!」

 私の叫びに最初に反応したのは団長さんだった。ギルマスと魔術師さんは訳が分からないって顔をして後ろに下がる。私の手の中で魔法道具が割れる音と感触が伝わり私もヤツから離れると、開いた手の中で魔法道具が砂の様に崩れて何も無くなった。

「魔法道具が壊れた?」

 魔術師さんの呟きの後、ジェットの体が痙攣し何かを引き千切るような音が響く。全員の視線が集まる中、ヤツがゆっくりと目を開き立ち上がった。あぁ……人間が……

「魔物になった」

『ガァァ……グァァァァ!!!!』

 魔術師さんの呟きを肯定するように、獣の様な雄叫びを上げたジェットは牙を剥き出しにして立ち上がると、私に向かって走り出す。


その目に人間の意思は見当たらなかった。


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