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 真っ直ぐ向かって来るジェットの爪を剣で受け止めながら、ブーツに隠していた植物の種を踵を踏み鳴らして床に撒く。その直後、床から大きな棘のついた植物が伸びてきてヤツに巻き付き動きを止めた。

「地下は不利だ!上に行くぞ!!」

 全員が真っ直ぐの階段を駆け上がり地上に出ると、塔の入口から溢れていた靄は完全に消えていた。災いが消えたが魔物になった人間は戻らないのか……

「今のうちに体勢を整えよう。あの拘束は長く持たないぞ」

「はぁ……でも助かったよ~回復の時間が稼げる」

 そう言ったハリーが服の中から回復薬を取り出した。ハリーの薬は特殊過ぎて自分達には使えない。自分の持ち物を確認していると、ルーシーが薬の瓶を渡してきたが、その薬はオレンジ色で初めて見る物だ。

「それは三十分だけ魔力が持続的に少しだけど回復するわ。役にたつわよ」

 それは凄い事じゃないのか?そんな薬は聞いた事無いぞ。ハリーも隣で聞いて目を丸くして固まっているじゃないか。

 驚く俺達を他所に彼女は同じ薬をメイソンにも渡す。聞きたい事がありすぎて戸惑いながらも有り難く薬を飲むと、彼女は自分用に別の薬を取り出していた。次は苺の様な赤色か……

「ルーシーさん、その薬はナニ?」

「これは私専用の魔力増幅薬よ」

「「増幅薬?」」

 疑問の声に彼女は笑いながら薬を一気に飲み干すと、薬の瓶をポーチに戻し双剣を開放する。

「一時的に魔力が二倍になるのよ。ただし……」

 彼女が薬の説明をしていると、塔の地下から大きな物音が聞こえ会話が途切れる。ヤツの拘束が切れたか。

「来るぞ」

 そう言うと全員が攻撃態勢に入り、同時に塔の壁や周辺の地面にヒビが現れる。爆音と共に塔の入口が崩れ落ち、土埃が大きく舞い上がる中からヤツが姿を現した。

『ギギ……ググゥゥゥゥ!!!!』

 魔物となったジェットは怒り狂った様に髪を振り乱し目は真っ赤に充血。手はもはや爪と一体化し獣の様になっている。メキメキと音を響かせてながら、ヤツの体は更に獣へ近付き靴は破け鋭い鉤爪が剥き出しになっていた。ここまで変わるとは憐れだな。

「え?その姿は……」

 ハリーの驚いた様な声を聞いて視線を向けると、真っ赤な宝石の様に輝く瞳と髪の彼女がいた。ジェットの視線も彼女に止まる。一瞬の間の後でジェットとルーシーが同時に地面を蹴った。

「狙いはそっちか!」

 誰かが言った言葉を無視して二人は激しく打ち合う。ジェットが爪だけでは足りないと髪の束でも攻撃するが、全ての攻撃は彼女の剣に弾かれる。何だこの動きは……模擬戦なんてほんのお遊びじゃないか。

「これがルーシーの実力だ。下手に入れば邪魔になるぞマーク」

 俺にそう言ったメイソンは周辺に被害が広がらないように巨大な結界でこの場所を囲い、その隣でハリーはジェットを拘束する為の魔法の鎖を創り始めた。やるべき事をやる二人の姿に俺は手にした剣に魔力を溜め始める。二人の様な後方支援には向かない俺の魔法と武器。剣に魔力を送りながら、自分に何が出来るか自問自答した。土系魔法はルーシーを巻き込むが水はどうだろう……いや、それより植物が役にたつだろう。

 魔力が溜まり緑に光る剣を地面に突き刺し魔力を放出すると、俺の回りの地面が光る。

「植物よ、来い!」

 相変わらず打ち合うルーシー達の足元が盛り上がり植物が芽吹く。異変に最初に気付いたルーシーが、一時的にジェットから離れた瞬間、植物が成長してヤツだけを捕らえた。

「ハリー!ヤツの弱点は普通の魔物と同じか?」

 ジェットが踠けば踠く程、伸びた植物が絡まり動けなくなる。俺の問いにハリーが大きく頷いた事を確認すると、ルーシーの横についた。

「魔物と同じなら心臓と喉だ。あれだけの魔物だ。恐らく同時にヤらないと効果はないだろう」

「そうね。団長さんの意見に賛成だわ」

「俺が上を君が下を」

 全て言うまでもなく頷いた彼女が構えると剣に魔力を溜める。魔力が倍増すると言った通り瞬時に剣が光り準備が整った事を知らせた。本当にとんでもない薬だが、逆に反動が怖いな。

「刺したら同時にヤツに魔力を流す。“神速”」

 俺が、トンと地面を蹴る音が合図だった。神速と変わり無いほどの速さで彼女も続き俺が踏み込みヤツの喉元に剣を突き刺し、彼女の双剣が二本共胸に突き刺した。
 雷が落ちた様な光りを放つジェットの体から肉が焼ける臭いし始める。

『ガッ……グァァァァァ!!!!』

 言葉にならない叫びを上げながら抵抗しようと手足を動かそうとするヤツに、ハリーが魔法で創った鎖を掛け動きを封じる。手足を鎖で地面に繋がれたヤツの体からは、燻る薪の様に煙を出していたが俺も彼女も魔力を流す事を止めなかった。何故かここで徹底的にヤらなければ後が危険だという思いが強かった。


 どれくらいの時間が経っただろうか。ヤツの手足が止まり、うねりながら攻撃していた髪は焦げて力なく地面に垂れて爪は折れた。ルーシーに視線を向けると彼女が頷く。それを合図に同時に魔力を止めて剣を抜きヤツから後ろへ飛び退くと、僅かに残っていたヤツの服も魔力で焼け焦げていた。メイソンが魔物捕獲用の黒い鳥籠の様な檻にヤツの体を入れ、ハリーが念のためと言って更にその上から魔法の鎖を巻いた。やっと終わったと肩の力が抜けた時、ルーシーがその場に座り込んだ。

「どうしたルーシー。疲れたのか?」

「あー、団長さんも他の皆も聞いて。さっき私が飲んだ薬は副作用があるのよ。三日間ほど眠るから後始末お願いするわね」

「「「は?」」」

 俺達三人同時に出た疑問の声を聞いて彼女は無邪気な笑顔で笑っている。三日間ほど眠るって命の危険があるのでは?しかも後始末って一体、彼女は……

「ごめんなさいねぇ……そろそろ限界なの……あぁ、髪が白くなるけど気にしないで頂戴」

 そう言い終わると彼女はその場にゆっくりと倒れ込み、スーと穏やかな寝息をたて始めた。三人で顔を見合せ呆然としている目の前で、髪の輝きが消えて徐々に色が抜けていく。ほんの数分の間に真っ白い髪に変わった彼女は、変わらず気持ち良さげに眠っていた。

「ねぇ、彼女は何者なの?」

「それは俺が知りたい」

 ハリーの問いに俺は心の底からそう思って返事をすると、彼女を抱き上げ深いため息を吐く。メイソンが結界を解いた後、先ずは彼女を休ませる為の部屋をどうするか考えていた。彼女は……取り敢えず城内の私室を使うか。処理が済んだら俺の家で休ませれば良いだろう。後は……

「お前達、報告書手伝え」

「ゲッ!マーク、僕は疲れたから~」

「逃げるなハリー」

「メイソン~見逃してよ~」

「「ダメだ」」 



 後始末が一番、大変だな。
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