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5件目 君にふさわしい人になりたかった
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四月、春の陽射しが校舎の窓を優しく照らしていた。
私立・聖ノ宮学園の二年生に進級した俺、篠崎悠真は、昼休みを中庭で過ごすのが日課になっていた。咲き始めた白い椿が、風に揺れていた。
「悠真。今日も、ここにいたのね」
その声に顔を上げると、陽射しの中から現れたのは、淡い桃色のスカーフを揺らす少女――鴻ノ宮セシリア。生徒会長であり、財閥の令嬢。そして、俺の幼馴染だ。
「セシリア。生徒会、忙しいんじゃなかったのか?」
「逃げてきたのよ。悠真と話したくて」
そう言って彼女は俺の隣に座った。手には紅茶の香りがするポットと二つのカップ。
「まさか、また淹れてきたのか」
「あなたの好み、昔から変わらないもの。ミルクと、ほんの少しの蜂蜜」
カップに注がれた紅茶は、彼女の香りが混じっていて、なんとなく落ち着く。こうして彼女と過ごす時間は、特別だ。
だけど、彼女はもう“隣の女の子”じゃない。
名家の令嬢として、他の誰よりも気品に満ち、近寄りがたい存在になっていた。
セシリアと俺は、幼いころはいつも一緒だった。彼女の父親が海外から日本に移り住んだ頃、偶然同じ町内に住むことになったのがきっかけだった。
だが中学に上がった頃から、少しずつ距離ができた。
「悠真、どうして最近避けるようになったの?」
セシリアが突然そう聞いてきた。俺は一瞬、返す言葉に詰まった。
「……お前が、遠くに行っちまったからだよ。誰よりも綺麗で、頭も良くて、完璧な“セシリア様”になったから」
彼女は紅茶のカップを置き、少しだけうつむいた。
「私は、ずっと悠真の隣にいたかった。けれど、周囲が勝手に私を変えていったの。敬語で話されて、手が届かないって言われて……でも私は、ずっと悠真のことが――」
言葉が詰まる。
俺はその続きを聞かずに、立ち上がった。
「言わせるなよ、そんなの。……俺だって、お前が好きだった。今でも、変わらずに」
彼女が驚いたようにこちらを見る。その瞳の奥に、確かに、迷いが消えていくのが分かった。
「なら……キス、してもいい?」
彼女の声は震えていた。
俺は頷き、静かに彼女に近づく。
そして、そっと唇を重ねた。
それは優しくて、甘くて、けれど、どこか涙の味がした。
「んっ……ちゅっ、スキよ……っ、ふ……っちゅっ……んっ……、ピチュっ、れろっあむ……、ちゅっ……、ちゅ……っ……」
放課後、セシリアは生徒会室へと戻っていった。その背中を見送りながら、俺は決めた。
どれだけ立場が違っても、名家の令嬢でも、俺が彼女の隣にふさわしい人間になればいい。
何年かかっても、どれだけ遠回りしても。
この気持ちだけは、誰にも渡さない。
そして、彼女が俺の手をもう一度握ってくれる日まで、歩き続けようと思った。
——春風が吹き、白椿の花が一輪、ふわりと落ちた。
私立・聖ノ宮学園の二年生に進級した俺、篠崎悠真は、昼休みを中庭で過ごすのが日課になっていた。咲き始めた白い椿が、風に揺れていた。
「悠真。今日も、ここにいたのね」
その声に顔を上げると、陽射しの中から現れたのは、淡い桃色のスカーフを揺らす少女――鴻ノ宮セシリア。生徒会長であり、財閥の令嬢。そして、俺の幼馴染だ。
「セシリア。生徒会、忙しいんじゃなかったのか?」
「逃げてきたのよ。悠真と話したくて」
そう言って彼女は俺の隣に座った。手には紅茶の香りがするポットと二つのカップ。
「まさか、また淹れてきたのか」
「あなたの好み、昔から変わらないもの。ミルクと、ほんの少しの蜂蜜」
カップに注がれた紅茶は、彼女の香りが混じっていて、なんとなく落ち着く。こうして彼女と過ごす時間は、特別だ。
だけど、彼女はもう“隣の女の子”じゃない。
名家の令嬢として、他の誰よりも気品に満ち、近寄りがたい存在になっていた。
セシリアと俺は、幼いころはいつも一緒だった。彼女の父親が海外から日本に移り住んだ頃、偶然同じ町内に住むことになったのがきっかけだった。
だが中学に上がった頃から、少しずつ距離ができた。
「悠真、どうして最近避けるようになったの?」
セシリアが突然そう聞いてきた。俺は一瞬、返す言葉に詰まった。
「……お前が、遠くに行っちまったからだよ。誰よりも綺麗で、頭も良くて、完璧な“セシリア様”になったから」
彼女は紅茶のカップを置き、少しだけうつむいた。
「私は、ずっと悠真の隣にいたかった。けれど、周囲が勝手に私を変えていったの。敬語で話されて、手が届かないって言われて……でも私は、ずっと悠真のことが――」
言葉が詰まる。
俺はその続きを聞かずに、立ち上がった。
「言わせるなよ、そんなの。……俺だって、お前が好きだった。今でも、変わらずに」
彼女が驚いたようにこちらを見る。その瞳の奥に、確かに、迷いが消えていくのが分かった。
「なら……キス、してもいい?」
彼女の声は震えていた。
俺は頷き、静かに彼女に近づく。
そして、そっと唇を重ねた。
それは優しくて、甘くて、けれど、どこか涙の味がした。
「んっ……ちゅっ、スキよ……っ、ふ……っちゅっ……んっ……、ピチュっ、れろっあむ……、ちゅっ……、ちゅ……っ……」
放課後、セシリアは生徒会室へと戻っていった。その背中を見送りながら、俺は決めた。
どれだけ立場が違っても、名家の令嬢でも、俺が彼女の隣にふさわしい人間になればいい。
何年かかっても、どれだけ遠回りしても。
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そして、彼女が俺の手をもう一度握ってくれる日まで、歩き続けようと思った。
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