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第1話 とっさに広げた翼
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※本日2度目の更新です
「……はぁ」
こぼれ出た溜息とともにロナルド・マティアス・フェアクロフは、肩を落とした。
騎士団の執務室の上に置かれた私的な手紙を入れる書類箱の中に、見飽きたフェアクロフ侯爵家の家紋の蝋封がされた手紙が入っていたからだ。
王都近郊で魔獣のフレアモスが大量発生し、討伐に行き、戻って来たところだ。
フレアモスは燃え盛る翅を持つ蛾の魔獣だ。大きさは成人女性に翅をつけたほどなのだが、たいがいが二十匹から五十匹ほどの群れをつくる。フレアモス自体、寿命は短いのだが、奴らが森に卵を産み付けると、森林火災が発生し、森が焼け落ちた灰の中で卵が孵り、幼虫は燃え尽き炭となった木々を食べ、さなぎになって羽化し、次の森へと旅発つ。このサイクルはなんと一週間という短い期間で繰り返されるのだ。
しかも、一匹のフレアモスが産む卵は五個から七個。交尾後、すぐに死ぬ雄の数を含めても、ネズミ算式に増えていく寸法だ。
早期発見、早期対処しなければ、国が焦土と化す可能性だって否めない。
ゆえにこのエアフォルク王国のファルベ騎士団第二師団師団長であるロナルドは、部下たちを率いて討伐に向かったのだ。
魔獣というのは、動植物の上位種、魔物や魔虫、魔鳥、魔木などの変異体だ。
魔物たちは、そこら辺の森などに当たり前に存在している。なかなかに凶暴で討伐依頼が出ることもあるが、基本的には冒険者や狩人と呼ばれる職業の者たちで対処できる。
だが、瘴気だまりに触れて魔獣と化した魔物を討伐できるのは、このファルベ騎士団の第二師団やクラング魔導士団の仕事になってくる。
強大な力を持つ魔獣を討つには、強大な魔力と技量が必要になって来るからだ。
「し、師団長!? すみません、すぐに出ます……!」
青年が書類の束を抱えて執務室に入ってきたのに、ロナルドを見つけて青い顔で引き返そうとする。
「今は、安全だ。明日の朝までは平和だと思う」
「そうですか」
青年――コーディがほっと息を吐き、足を止め、とロナルドの隣にやってきてデスクの上に書類を置き、いくつかおかれた箱の中に割り振っていく。
犬系獣人族でロナルドより三つ年下の二十五歳のコーディは、ロナルドの事務官だ。わけあってロナルドは、人を傍に置けないので彼は隣の事務官室にいることが多いが、安全な時は普通に仕事のやり取りができる。
「……コーディ」
ロナルドは、先ほどの手紙を手に取り、ひらひらさせた。
「一介の事務官が、侯爵夫人が直接お持ちになった手紙を受け取り拒否はできませんよ……」
コーディが困ったように眉を下げた。コーディの頭に生えている垂れた犬耳もふさふさの尻尾も心なしかしょんぼりしている。
「それもそうか、すまない」
コーディ自身は子爵家の長男だが子爵家と侯爵家の力関係は言葉にするまでもない。
それにどうやらロナルドの母は、相変わらずロナルドがいない隙を狙ってわざわざこれを自ら届けに来たと聞いて、再び溜息がこぼれた。
こんこんとノックの音がして、ロナルドが頷くとコーディが答えた。
中に入ってきたのは、白地に金糸のローブを身にまとった有鱗族の青年だ。彼の頬には茶と黒の蛇の鱗が浮いている。
「やあ、ロナルド。追加の薬を持ってきたよ」
そう告げる彼の手には、小さなガラスの小瓶があった。
「ありがとう」
お礼を言って受け取り、その場で飲み干す。氷のような冷たさが喉を胃のほうへと転がっていくのは、何度飲んでも慣れない。
「お前と、この薬のおかげで俺はなんとかまだ生活していられる」
ロナルドの言葉にヴィムは「僕は魔導治癒医士だからね」と小さく笑った。
「お疲れ様です、ヴィム先生」
「お疲れ様。コーディくんも、これから後処理で色々と大変だろうけど、ほどほどにね」
穏やかに答える彼は、第二師団専属医務局に籍を置く魔法治癒医士だ。
ロナルドとは寄宿学校時代からの幼馴染で少々厄介な体質であるロナルドを、その魔法薬と治癒魔法の腕前で日々助けてくれている。
彼がくれたこの魔法薬は、「魔力生成抑制薬」という調合がとても難しい魔法薬だ。
ロナルドは生まれつき魔力量が多かった。生まれてすぐ十歳ぐらいの子どもと同じぐらいだと言われ、五歳で成人と同量だと言われ、十歳で一級魔導士と同量と言われた。
そしてそれからも魔力は増え続け、寄宿学校を卒業し、騎士養成学校に入学、二年後の卒業とともに騎士団に入団した二十歳の時。ついに魔力の生成にロナルドの魔力の器が飽和状態となり、存在しているだけで周囲へ影響を与えてしまうようになった。
ロナルドに近づくとあふれている魔力に充てられて、相手が魔力酔いを起こしてしまうようになったのだ。
魔力酔いとはひどい頭痛と吐き気、めまいなどが起こる現象だ。あまりに強い魔力に自分の魔力が揺さぶられて起こると言われている。
エアフォルク王国の国民は、皆、多かれ少なかれ魔力を持っている。その中でも貴族は優秀な血統同士の婚姻を繰り返したためか、平民の何倍も魔力量に恵まれている。だが、魔力が漏れ出すほどの人間をロナルドは、自分以外は知らなかった。
ロナルドに下された診断は「過剰生成型魔力過多症」だった。この国でただ一人の患者である。普通、魔力が満タンの場合、魔力は生成されなくなるのに対して、ロナルドの場合は壊れた蛇口のように延々と魔力が生成され続け、器からこぼれた分が周囲に被害を及ぼしてしまうのだ。
「また侯爵夫人が来たのかい?」
ヴィムがロナルドの手の中の手紙に気づいて首を傾げた。
「そのようだ」
そう返して、ロナルドはペーパーナイフを取り出して封を開け、義理立てで中身を確認する。
案の定、今度紹介したい令嬢がいる。一度、家に帰って来なさい、という、もう何十回と受け取ったものと同じ内容だった。
最後には令嬢の名前やら家やら、簡単な釣書きが書いてあった。
はぁ、と三度目の溜息を零して、ロナルドはその手紙をヴィムに見せる。横からコーディものぞき込んだ。
「うーん、このご令嬢は確かに魔力量が豊富であるって噂で聞いたけどねぇ……ロナルドの規格外の魔力に耐えられるか保証はできないな」
「コーディ、断りの返事を頼む」
「はい」
ここ二年は、もはや定形文でしか返事をしていないので、コーディに代筆を頼んでいる。
「また魔力が溜まるまでには時間がある。それまでにいくつか直接話をしたい案件があるから、まずは先月の演習の件とビルケ森の討伐の件で確認したいことがあるので、優先的に頼む」
「分かりました。では、一旦失礼して、準備を整えてきます。団長、先生、失礼します」
コーディが一礼し、隣の事務官室へ行く。
ロナルドの部屋には魔力が漏れないように特別な魔術紋が施されている。今回のような大掛かりな討伐遠征でもないと、魔力が底を尽きることはないので、基本的にやり取りはドア越しになる。
「コーディ、明日の朝、まだ大丈夫なようであれば一度、家に帰る」
「あ、はい、分かりましたー!」
ドアの向こうから了承の返事が来た。
「じゃあ、僕も戻るね。また何かあったらすぐに連絡してくれ」
そう言ってヴィムも執務室を出て行った。
ロナルドはその背に「ありがとう」と声をかけて、手の中にあった手紙をゴミ箱に入れた。
椅子に座り、息を吐く。
きっと両親はまた性懲りもなく手紙を寄越すだろう。
魔力過多症と診断されて、何度も説明したが全く理解しようとしないのだ。
ロナルドの魔力が、最悪、人を殺しうることも説明したのに「貴族令嬢は魔力量が平民より多いから大丈夫」と根拠のないことを言い続けている。そのくせ、母はロナルドに直接会うことはなく、もう二十年近くロナルドは母の姿を見たことがない。
ロナルドは、黒い革手袋を嵌めた手をじっと見つめる。
魔力過多症と診断がつく前から、いや、ロナルドが生まれた時から、ロナルドが直接触れると相手は、針で刺されたような激痛を感じるのだという。
騎士養成学校を卒業し魔力が漏れ出るようになった時、ついにはロナルドの素肌に触れると相手は熱した鉄を触ったかのように皮膚が焼けただれてしまうほどに、魔力は攻撃性を増した。
そして、ついた名前が魔獣騎士だった。
魔獣を討伐する側の第二師団の騎士であることも含め、そう陰で呼ばれているのだ。
というのも魔力酔いを起こさせる魔力を有するものは、人間にはいない。本来、魔物の変異種である魔獣と相対することで魔力酔いは起こるのだ。
だが、その呼び名はこの先、もっと現実味を帯びて行くだろう。年々増強していくロナルドの魔力は、ロナルド自身をも侵し始めている。
魔力が漏れ出すまで溜まると、酷い倦怠感と頭痛がするようになってきたのだ。自分自身の魔力で魔力酔いを起こしてしまっているかのような症状だ。
それはまるで自分の魔力が魔獣となって暴れくるっているかのように感じる。そのため無茶苦茶な日程で魔獣や大型魔物の討伐をこなし、なんとか魔力を減らす日々だ。
それでも魔力はすぐにあふれる。魔獣や大型の魔物だって早々毎日出現するわけではない。ロナルドが相手の顔を見て話せる日数は日に日に減っている。
ヴィムが必死に手を尽くしてくれているが、この国一番の魔導治癒医士である彼の薬さえ効果が薄れてきた。
主治医であるヴィムを始めとした寄宿学校時代からの友人たちや部下が治療法はないかと探してくれているのは知っている。様々なことを試したが、何一つ回復の兆しは見られなかった。
その内、この革手袋があったって、誰かを傷つけて、触れただけで殺してしまうかもしれない。その前に、ロナルド自身が自分の魔力に飲み込まれて、死ぬかもしれない。
だが、それなられそでいい。魔獣騎士という呼び名のように、もしも本当に魔獣になってしまったら、なんの罪もない誰かを傷つけてしまうほうが何倍も何十倍も恐ろしかった。
自分は何もかもを傷つけ破壊する魔獣ではなく誰かを守る、騎士であるはずなのに。
「…………どこかに、救いがあれば」
ロナルドは、誰かを救う騎士なのに、本当は自分が一番救いの手を求めている。
その事実に乾いた笑いを零して、内なる不安を打ち消すように書類へと手を伸ばしたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
明日以降は1日1話更新予定です。
時折、1日2話になるかもしれませんが、その際はあとがきスペースでお知らせいたします!
「……はぁ」
こぼれ出た溜息とともにロナルド・マティアス・フェアクロフは、肩を落とした。
騎士団の執務室の上に置かれた私的な手紙を入れる書類箱の中に、見飽きたフェアクロフ侯爵家の家紋の蝋封がされた手紙が入っていたからだ。
王都近郊で魔獣のフレアモスが大量発生し、討伐に行き、戻って来たところだ。
フレアモスは燃え盛る翅を持つ蛾の魔獣だ。大きさは成人女性に翅をつけたほどなのだが、たいがいが二十匹から五十匹ほどの群れをつくる。フレアモス自体、寿命は短いのだが、奴らが森に卵を産み付けると、森林火災が発生し、森が焼け落ちた灰の中で卵が孵り、幼虫は燃え尽き炭となった木々を食べ、さなぎになって羽化し、次の森へと旅発つ。このサイクルはなんと一週間という短い期間で繰り返されるのだ。
しかも、一匹のフレアモスが産む卵は五個から七個。交尾後、すぐに死ぬ雄の数を含めても、ネズミ算式に増えていく寸法だ。
早期発見、早期対処しなければ、国が焦土と化す可能性だって否めない。
ゆえにこのエアフォルク王国のファルベ騎士団第二師団師団長であるロナルドは、部下たちを率いて討伐に向かったのだ。
魔獣というのは、動植物の上位種、魔物や魔虫、魔鳥、魔木などの変異体だ。
魔物たちは、そこら辺の森などに当たり前に存在している。なかなかに凶暴で討伐依頼が出ることもあるが、基本的には冒険者や狩人と呼ばれる職業の者たちで対処できる。
だが、瘴気だまりに触れて魔獣と化した魔物を討伐できるのは、このファルベ騎士団の第二師団やクラング魔導士団の仕事になってくる。
強大な力を持つ魔獣を討つには、強大な魔力と技量が必要になって来るからだ。
「し、師団長!? すみません、すぐに出ます……!」
青年が書類の束を抱えて執務室に入ってきたのに、ロナルドを見つけて青い顔で引き返そうとする。
「今は、安全だ。明日の朝までは平和だと思う」
「そうですか」
青年――コーディがほっと息を吐き、足を止め、とロナルドの隣にやってきてデスクの上に書類を置き、いくつかおかれた箱の中に割り振っていく。
犬系獣人族でロナルドより三つ年下の二十五歳のコーディは、ロナルドの事務官だ。わけあってロナルドは、人を傍に置けないので彼は隣の事務官室にいることが多いが、安全な時は普通に仕事のやり取りができる。
「……コーディ」
ロナルドは、先ほどの手紙を手に取り、ひらひらさせた。
「一介の事務官が、侯爵夫人が直接お持ちになった手紙を受け取り拒否はできませんよ……」
コーディが困ったように眉を下げた。コーディの頭に生えている垂れた犬耳もふさふさの尻尾も心なしかしょんぼりしている。
「それもそうか、すまない」
コーディ自身は子爵家の長男だが子爵家と侯爵家の力関係は言葉にするまでもない。
それにどうやらロナルドの母は、相変わらずロナルドがいない隙を狙ってわざわざこれを自ら届けに来たと聞いて、再び溜息がこぼれた。
こんこんとノックの音がして、ロナルドが頷くとコーディが答えた。
中に入ってきたのは、白地に金糸のローブを身にまとった有鱗族の青年だ。彼の頬には茶と黒の蛇の鱗が浮いている。
「やあ、ロナルド。追加の薬を持ってきたよ」
そう告げる彼の手には、小さなガラスの小瓶があった。
「ありがとう」
お礼を言って受け取り、その場で飲み干す。氷のような冷たさが喉を胃のほうへと転がっていくのは、何度飲んでも慣れない。
「お前と、この薬のおかげで俺はなんとかまだ生活していられる」
ロナルドの言葉にヴィムは「僕は魔導治癒医士だからね」と小さく笑った。
「お疲れ様です、ヴィム先生」
「お疲れ様。コーディくんも、これから後処理で色々と大変だろうけど、ほどほどにね」
穏やかに答える彼は、第二師団専属医務局に籍を置く魔法治癒医士だ。
ロナルドとは寄宿学校時代からの幼馴染で少々厄介な体質であるロナルドを、その魔法薬と治癒魔法の腕前で日々助けてくれている。
彼がくれたこの魔法薬は、「魔力生成抑制薬」という調合がとても難しい魔法薬だ。
ロナルドは生まれつき魔力量が多かった。生まれてすぐ十歳ぐらいの子どもと同じぐらいだと言われ、五歳で成人と同量だと言われ、十歳で一級魔導士と同量と言われた。
そしてそれからも魔力は増え続け、寄宿学校を卒業し、騎士養成学校に入学、二年後の卒業とともに騎士団に入団した二十歳の時。ついに魔力の生成にロナルドの魔力の器が飽和状態となり、存在しているだけで周囲へ影響を与えてしまうようになった。
ロナルドに近づくとあふれている魔力に充てられて、相手が魔力酔いを起こしてしまうようになったのだ。
魔力酔いとはひどい頭痛と吐き気、めまいなどが起こる現象だ。あまりに強い魔力に自分の魔力が揺さぶられて起こると言われている。
エアフォルク王国の国民は、皆、多かれ少なかれ魔力を持っている。その中でも貴族は優秀な血統同士の婚姻を繰り返したためか、平民の何倍も魔力量に恵まれている。だが、魔力が漏れ出すほどの人間をロナルドは、自分以外は知らなかった。
ロナルドに下された診断は「過剰生成型魔力過多症」だった。この国でただ一人の患者である。普通、魔力が満タンの場合、魔力は生成されなくなるのに対して、ロナルドの場合は壊れた蛇口のように延々と魔力が生成され続け、器からこぼれた分が周囲に被害を及ぼしてしまうのだ。
「また侯爵夫人が来たのかい?」
ヴィムがロナルドの手の中の手紙に気づいて首を傾げた。
「そのようだ」
そう返して、ロナルドはペーパーナイフを取り出して封を開け、義理立てで中身を確認する。
案の定、今度紹介したい令嬢がいる。一度、家に帰って来なさい、という、もう何十回と受け取ったものと同じ内容だった。
最後には令嬢の名前やら家やら、簡単な釣書きが書いてあった。
はぁ、と三度目の溜息を零して、ロナルドはその手紙をヴィムに見せる。横からコーディものぞき込んだ。
「うーん、このご令嬢は確かに魔力量が豊富であるって噂で聞いたけどねぇ……ロナルドの規格外の魔力に耐えられるか保証はできないな」
「コーディ、断りの返事を頼む」
「はい」
ここ二年は、もはや定形文でしか返事をしていないので、コーディに代筆を頼んでいる。
「また魔力が溜まるまでには時間がある。それまでにいくつか直接話をしたい案件があるから、まずは先月の演習の件とビルケ森の討伐の件で確認したいことがあるので、優先的に頼む」
「分かりました。では、一旦失礼して、準備を整えてきます。団長、先生、失礼します」
コーディが一礼し、隣の事務官室へ行く。
ロナルドの部屋には魔力が漏れないように特別な魔術紋が施されている。今回のような大掛かりな討伐遠征でもないと、魔力が底を尽きることはないので、基本的にやり取りはドア越しになる。
「コーディ、明日の朝、まだ大丈夫なようであれば一度、家に帰る」
「あ、はい、分かりましたー!」
ドアの向こうから了承の返事が来た。
「じゃあ、僕も戻るね。また何かあったらすぐに連絡してくれ」
そう言ってヴィムも執務室を出て行った。
ロナルドはその背に「ありがとう」と声をかけて、手の中にあった手紙をゴミ箱に入れた。
椅子に座り、息を吐く。
きっと両親はまた性懲りもなく手紙を寄越すだろう。
魔力過多症と診断されて、何度も説明したが全く理解しようとしないのだ。
ロナルドの魔力が、最悪、人を殺しうることも説明したのに「貴族令嬢は魔力量が平民より多いから大丈夫」と根拠のないことを言い続けている。そのくせ、母はロナルドに直接会うことはなく、もう二十年近くロナルドは母の姿を見たことがない。
ロナルドは、黒い革手袋を嵌めた手をじっと見つめる。
魔力過多症と診断がつく前から、いや、ロナルドが生まれた時から、ロナルドが直接触れると相手は、針で刺されたような激痛を感じるのだという。
騎士養成学校を卒業し魔力が漏れ出るようになった時、ついにはロナルドの素肌に触れると相手は熱した鉄を触ったかのように皮膚が焼けただれてしまうほどに、魔力は攻撃性を増した。
そして、ついた名前が魔獣騎士だった。
魔獣を討伐する側の第二師団の騎士であることも含め、そう陰で呼ばれているのだ。
というのも魔力酔いを起こさせる魔力を有するものは、人間にはいない。本来、魔物の変異種である魔獣と相対することで魔力酔いは起こるのだ。
だが、その呼び名はこの先、もっと現実味を帯びて行くだろう。年々増強していくロナルドの魔力は、ロナルド自身をも侵し始めている。
魔力が漏れ出すまで溜まると、酷い倦怠感と頭痛がするようになってきたのだ。自分自身の魔力で魔力酔いを起こしてしまっているかのような症状だ。
それはまるで自分の魔力が魔獣となって暴れくるっているかのように感じる。そのため無茶苦茶な日程で魔獣や大型魔物の討伐をこなし、なんとか魔力を減らす日々だ。
それでも魔力はすぐにあふれる。魔獣や大型の魔物だって早々毎日出現するわけではない。ロナルドが相手の顔を見て話せる日数は日に日に減っている。
ヴィムが必死に手を尽くしてくれているが、この国一番の魔導治癒医士である彼の薬さえ効果が薄れてきた。
主治医であるヴィムを始めとした寄宿学校時代からの友人たちや部下が治療法はないかと探してくれているのは知っている。様々なことを試したが、何一つ回復の兆しは見られなかった。
その内、この革手袋があったって、誰かを傷つけて、触れただけで殺してしまうかもしれない。その前に、ロナルド自身が自分の魔力に飲み込まれて、死ぬかもしれない。
だが、それなられそでいい。魔獣騎士という呼び名のように、もしも本当に魔獣になってしまったら、なんの罪もない誰かを傷つけてしまうほうが何倍も何十倍も恐ろしかった。
自分は何もかもを傷つけ破壊する魔獣ではなく誰かを守る、騎士であるはずなのに。
「…………どこかに、救いがあれば」
ロナルドは、誰かを救う騎士なのに、本当は自分が一番救いの手を求めている。
その事実に乾いた笑いを零して、内なる不安を打ち消すように書類へと手を伸ばしたのだった。
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時折、1日2話になるかもしれませんが、その際はあとがきスペースでお知らせいたします!
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