見えない明日に揺れる僕たちは

多田莉都

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第3章

夏休みの前に 5

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 七月の終わり、連日30度を軽く超える気温の中で、県大会は行われた。
 僕は、100mと4×100mリレーに出場する。
 
 富山市のはずれにある競技場は何度も大会に出場したことのある場所だった。
 去年、二年のときもここで県大会があり、僕は100mで2位、200mで4位となった。相性も悪くない。

 サブトラックで、同じ中学の文哉とアップをして、芝生の上で柔軟を終えた頃だった。

「佑」

 名前を呼ばれて後ろを向くと、美咲がいた。

「おう」
「観にきたよ」
「あれ? 彩夏も来るんじゃなかったん?」
「なんかバタバタしてるって。あとでくるみたいだよ」
「そっか、ありがとな」

 僕は芝生から立ち上がり、ジャージについた短い芝を手で払った。

「調子は?」
「うーん……可もなく不可もなく」
「何それ。やる気あるん?」
「やる気はもちろんある。予選は通過したし」

 そう、やる気はちゃんとある。
 午前中にあった3年100m走予選では、2着までに入ると決勝に進めるレースで、僕は第3組で1位だった。中盤で1位になることを確信できた僕は後半はスピードを緩めてもリードを保ったままゴールすることができた。
 ただ、予選を突破できたからと喜んでいるわけにもいかない。僕が目指すべきは八月の全国大会なのだから。もっと高いレベルで戦わなければ、予選の1位にはほとんど意味がない。
 
「部活がまだ続けられる人はいいなー」

 美咲のいた女子バスケ部は、地区大会の準決勝で敗れている。

「惜しい試合だったよな。あと2ゴール差だったんだし」

 地区大会を優勝したチームと4点差でウチの中学は敗れた。僕も試合を観に行ったが優勝候補を相手に接戦を演じ、美咲はチームの半分近くの得点を挙げる活躍を見せていたがわずかに及ばなかった。
 
「負けは負けだよ」

 地区大会から一ヶ月近く経っているので、美咲の中では整理できていることなのかもしれない。

「高校でもバスケやるのか? 小学校からやってんだし」
「うん、やるつもり」

 美咲は小学校の頃からミニバスをやっており、所属していたクラブチームは強豪だったが、美咲はレギュラーだった。中学も一年からレギュラーで個人としては県でも十分通用するらしい。

「まずは高校に受かるとこからだけど」
「そんなに成績やばいのかよ」
「間違っても佑と同じ高校には入れんわ」
「いや、別にオレと同じじゃなくていいだろ。レベルの合うとこに行けばいい」

 僕がそう言うと、美咲は少しむくれた表情をした。バカにされたと思ったのかもしれない。

「別に嫌味とかじゃないよ?」
「ふーん、どうせ私は佑みたく成績よくないですよ」
「成績……オレもいまは微妙なんだけどな」

 声にしてしまってから、こんなことを美咲に言ってどうするんだ、と思ってしまった。
 美咲もどう反応すればいいのかわからないのか、少し困ったような顔をしていた。

「佑先輩、そろそろ招集の時間ですよ」

 文哉に呼ばれた。

「あ、美咲先輩、久しぶりっす」
「あれ? 文哉あんたも県大に出とったん?」

 文哉がいることに美咲は少し驚いた様子だった。同じ小学校なので、美咲も幼い頃から文哉を知っている。

「出ますよ! 出るだけじゃなくて通過する予定っすから。2年100mの決勝に出ますから」

 僕は3年100m走の決勝、文哉も2年100m走の決勝に出場する。
 
「マジでー? 佑はともかく、あんたが出れるんなら、私でも出れた気がするわ、高校から陸上部にしよっかな」
「オレの走りも見てないくせに!」
「せいぜいフライング2回で失格にならないよーに」
「2回? いまはフライング1回で失格だし!」 
 
 文哉と美咲のじゃれ合いのような言い合いに僕は苦笑するしかなかった。ただ、文哉が変な空気を消してくれたのはよかったかなと思う。

「文哉、招集行くんだろ」
「あ、はい。行きましょう」
「頑張って」

 僕は美咲の声に頷き、僕はスパイクの入ったカバンを持って文哉とサブトラックを出た。
 競技場まで歩く間、アスファルトの上を陽炎が揺れていた。やけに喉が渇くような気がした。僕はスポーツドリンクを一口飲み、招集場所に向かった。
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