見えない明日に揺れる僕たちは

多田莉都

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第6章

ダンスイベント 4

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 校舎を出てからグラウンドを見ると陸上部が部活をしている姿が見えた。
 短距離チームがスタート練習をしているようだった。僕も何度もやっていた練習だった。いまの2年生の中では文哉が一番速い。100m走でも200m走でもだ。
 この間会ったとき、文哉は新人戦がもうすぐだと言っていた。いまの文哉なら2年100mで県大会入賞は間違いないだろう。
 
 最後の大会をフライングで失格という結果で終わった僕にとって、まだ走る大会があることは本当に羨ましいことだった。
 その羨ましさを隠しながら、僕は自転車置き場のほうに向かった。
 自転車置き場に着くと、ちょうど女子生徒が自転車を引きながら出てくるところだった。僕はその女子生徒が美咲であるとわかった。

「美咲」

 僕が名前を呼ぶと、美咲はハッとしたように肩を震わせて顔を挙げた。僕に気づいていなかったんだろうか。

「こんな時間まで学校にいたのか」

 特に用のない3年生たちはほとんど帰ってしまっている。僕のように学級委員会でもあれば別だが。美咲はなんでこんな時間にまだ学校にいるのだろう。

「別に。バスケ部でちょっと後輩と一緒に練習してただけ」
「へぇー、そうなん……」
「邪魔なんですけど」

 僕の言葉を遮り、目の前に立つ僕を避けるように自転車を引きながら、美咲は自転車置き場を出ていった。
 僕と話したくないと美咲の背中が語っていた。

「あのさ、みさ……」

 もう一度、声をかけようとしたが、美咲は既に自転車に乗って漕ぎ始めていた。僕の声は届くことはなかった。


 横浜から戻ってきた後、富山駅近くで美咲に会ったときのことを僕は考えていた。
 あのときは正直よくわからなかったけれど、美咲は何かイライラしていたような気がする。でも、いつものことだと思っていた。
 ただ、あれ以来、そういえば美咲と連絡を取っていない。一週間、連絡をしないということは別に珍しいわけでもないので気にも留めていなかったが、実は深刻なことだったんだろうか。

 夜の地区センター前に僕はまた向かった。彩夏はいつものように踊っていた。
 僕に気づいた彩夏に、美咲のことを話そうと思ったときだった。

「美咲のことなんだけど」

 驚いたことに彩夏から美咲のことを話してきた。

「美咲?」
「うん。ダンスイベントをやるって決まったときに、学校で美咲にも伝えたんだ。やっぱ友達だしね、話も聞いてもらいたかったし」

 僕は頷く。

「でもね、すごく素っ気なかったんだよね……」
「素っ気ない?」
「うん。『ふーん、まぁ頑張れば。私はクラスの出し物と勉強で忙しいから』ってちょっと冷たいぐらい……あ、美咲に『冷たい』とか言わないでよ?」

 言うわけもないので僕は頷いた。
 ただ、そんな風に言う美咲の姿を僕は想像できず、「うーん」と唸ることしかできなかった。

「え、なんか怒ってる? って聞いたらさ、『別に怒ってなんかないよ。私のことは気にしないで』って……」

 だんだんと声が小さくなっていった。
 美咲との会話を思い出しているのか、まるで体のどこかが痛いかのように表情を歪めていた。その表情を見ていると僕も胸が痛んだ。

「なんか……良くない感じだな」

 僕が言うと「良くないっていうか……、メチャクチャ悪い状態だよ」と彩夏が言った。

「オレが話してみるかなぁ」

 と言うと、彩夏は首をブンブンと横に振った。

「それはダメだよ。絶対、ダメ。もっと怒らせたり、こじれることはあっても、イイ方向には絶対ならない」

 随分な言われ方で僕もムッとした。一言ぐらい言い返そうと思ったが僕は留まった。いま彩夏と喧嘩している場合ではない。
 それに、彩夏の言うとおりだと思うところもあった。


「私、美咲とは友達でいたいんだよ。本当に。美咲がいてくれてよかったって思うことたくさんあったから……話してみるよ、私だけで」

 少し寂しげな目で俯き気味のまま彩夏は言った。

「同盟決裂……とまではいかないけど、休止かな」
「うん……。目立つとこでは私たち二人で動かないほうがいいかもだね」
「なんか……思うようにはいかないもんだな」
「それは……佑がいままで周りをあまり見てこなかったせいもあるんじゃないかなぁ……」
「ひどい言われようだな」

  僕は苦笑するしかなかった。彩夏も少し笑った。

「とにかく、美咲とは私が話してみるからさ、佑は変に口出ししないで。これはマジで」
「わかったよ」
「でも」
「ん?」
「佑から美咲を見捨てたりは絶対にしないで。これは絶対」

 その言葉がどういう意味を持つのか僕にはわからなかった。もちろん、僕は美咲を見捨てたりなんかしない。ただ今は美咲から僕を拒否している状態なのだ。

 僕をキッと睨んだときの美咲の表情を僕は思い出していた。

 幼稚園から知っている美咲だがあんな風に僕を睨んだことはあっただろうか。
 美咲が図工の時間に描いた水彩画にバケツの水をぶちまけてしまったときよりも厳しい目だった。

 あのときみたいに平謝りすればいいというわけではないことは今の僕でもわかっていた。


「私も、佑も、また前みたいに美咲と話せるようになること。これが同盟維持の最低条件だね」

 彩夏の言葉に頷いた。

 
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