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見える人の事情
しおりを挟む急ぎの用事を言いつけられたとはいえ、普段の仕事を放り出すわけにはいかない。
途中で放置してしまった洗濯物の山を、洗い場から裏庭へと運び出す。私が任されているのは女性神官の分だけで、男性に比べて人数は少ないものの、水を吸った衣服はとても重く、これが結構重労働だ。
この後の予定を思うとゆっくりもしていられず、いつもよりも急いで洗濯物を干す。それでも手を抜くと後で文句を言われてしまうので、気は抜けない。
最後の一枚のしわをピシッと伸ばしていると、ふいにシーツに影が差した。
「あ」
『あー』
裏を覗くと、手のひらほどの小さな体に生えた四つの羽をパタパタと懸命に動かし、人形のような生き物が宙に浮かんでいた。
それはまるで見つかってしまった、と言わんばかりに声を上げ、その愛らしい顔についた小さな目を瞬かせる。
――妖精だ。
高い塀に四方を囲まれたこの教会には眷属さまが住んでいることもあり、妖精を見かけることは珍しいことではない。妖精に愛される眷属の周りには、彼らが集まる習性があるからだ。
だから私にとっても決して珍しいものではないのだが、ここまで間近で見るのは初めてだ。
いや、似たようなモノたちなら毎日見てるんだけど。
淡い色の服を着た妖精はその場に静止すると、まるでうろたえるように周囲を見回して、バッチリ私と目が合うやいなや『きゃーっ』と叫ぶようにして空へ逃げていってしまった。
「え……えええー」
――私って、妖精にまで嫌われてるんだろうか。
一目散に逃げてくその姿に、思わぬショックを受ける。
妖精とは、女神が治めるこの世界で、女神によって創造された人間や動物とは異なる生き物のことをさす。
非力な人間に「魔法」という加護を与えてくれたのも彼らで、女神の次に崇め奉られる神聖な存在だ。
彼らは決して人間一人に執着も特別扱いもせず、あくまでも公平さを保つ。
誰か一人の味方にはならず、助けにもならない。
そんな妖精たちの唯一の例外が『妖精の眷属』。妖精は眷属を特別視し、愛して、味方になり、助けになる。だから彼らは人々から敬意を持って眷属さま、と呼ばれるのだ。
つまり、滅多なことでは妖精は人間を一個人として認識しないのだが……。
「そんな存在にも嫌われる私って……」
ガックリと肩を落としながら後片付けをし、用具室へ掃除道具を取りに向かう途中、頭上から『ローリアー』と名前を呼ばれた。
声の方を見やると、そこにいたのは、ふよふよと宙に浮かぶ、さっきの妖精と同じ姿形をしたモノたち。
彼らはふわふわと私に近寄ってくると、『ローリア見つけた』と甘い声で擦り寄ってくる。
その愛らしさに沈んでいた気持ちも吹っ飛び、思わず笑みが溢れた。
「おはようみんな。今日は朝からどこに行ってたの?見かけなくて心配したんだよ?」
『ごめんねー』
『内緒ー』
『ローリアいじめられてないー?』
テンポ良く順繰りに喋りだすその可愛らしさに、朝から散々な目にあったせいでささくれだっていた心がたちまち癒されていく。
姿形も喋り方も、何もかもが妖精と瓜二つ。
けれど彼らは――。
「見て、疫病神よ。何してるのかしら」
「また一人で喋ってるわよ。何かしらね、気味が悪いわ」
「やだぁー、朝から不吉なもの見ちゃった」
ヒソヒソと、通りかかった神官たちが私を見てそう言いながら、足早に通り過ぎて行く。
――ああ、やってしまった。いつもはもっと気をつけてるのに……
彼女たちが去っていった方を向き、思わずため息が漏れる。
そう、彼女たちの目に映らないように、この妖精と似た彼ら(私はモドキと呼んでいる)、実は私にしか見えないモノなのだ。
だからこうして迂闊に喋ってしまえば、周りの目には一人で「何か」に喋りかけてる頭のおかしな子として映ってしまう。
――こんなにそっくりなのに、いまだに私にしか見えてないことが不思議でならないわ。
妖精と、私にしか見えないモドキたちの違いといえば、周りに見えるか見えないか、そして私に近づいてくるか否か、くらいしかない。
あ、あとは服の色も微妙に違う……かも?妖精は淡い色だけど、モドキたちは少し暗い色の服を着てるような……?
手慰みにふわふわムニムニの小さな体をこねくり回すと、モドキはきゃー、と楽しそうに声を上げた。
昔――ここに来たばかりの頃。
幼い私には、いつも側にいてくれる彼らが私以外には見えていないなんて、理解できていなかった。だから隠す頭なんてなくて、いつもこの調子で普通にモドキたちと会話していたら当然の如く私は「頭の変な子」扱いされ、果てには『ローリアには悪いモノが見える』『ローリアはこの教会に厄災をもたらす疫病神だ』なんて噂が流れ出し。
気付いたら、私は教会の疫病神として隅に追いやられるようになっていた。
「ま、疫病神とは名ばかりで、要は都合のいい鬱憤晴しの対象ってわけなのよね」
教会は閉鎖的な空間だ。愚痴を吐き出す場所もなく、不満や鬱憤をため込む日々――そんな中、ちょうどよく悪評のつきまとう、非力な子供が現れればどうなるか。
答えはわかり切っている。
ただただ皆、生贄が欲しかったのだ。都合よく鬱憤を晴らせる対象が。
とはいえ、選ばれた方はたまったものではないが。
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