朝のひだまりの中、君の隣で

有森崎あたる

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25時のバレンタイン・キス ③-2 〜バレンタイン当日〜

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小さなキッチンのコンロの上のお鍋。
グツグツと細かな泡が湧き上がっては弾けて消える。
揺らめく湯気と匂いに、僕は鼻をクンクンさせた。

「いい匂い~!初めてにしては、上出来上出来!」

僕は、白いお鍋の中で煮込んでいるカレーが焦げ付かないように、おたまでかき回す。
キッチンカウンターに置いたタブレットPCのカレーのレシピをパッと見て、

「あっ!仕上げのスパイス入れるの!忘れてたぁー!」

慌てて、スーパーのビニール袋の中をゴソゴソして、小さな小瓶を出した。

「これこれ!」

と、真新しいガラムマサラの封を開けて、パッパッパッと鍋の中に振りかけた。
僕は、2~3回おたまでかき混ぜると、コンロの火を止め、おたまについたルーを指に取り、ペロッと味見した。

「うん!おいしい~~~!!!」

思いのほか、上手くできた初めてのカレーに満足し、僕の口元が自信げに緩む。

「よし!あとは、彼が帰ったら、軽く温め直そう」

僕は、後ろを振り返り、キッチン棚にある炊飯器を見る。

「何時ごろ?帰ってくるかな…?」

と、呟きながら、炊飯器の予約スイッチをピッと入れた途端、僕のスマホが急に振動した。
スマホの画面に浮かび上がる彼の名前。

「新幹線乗ったのかな?」

僕は急いで電話に出た。

「もしもしー!お疲れ様!仕事終わった?」

「あ…もしもし…」

(え?)

彼の声は、いつも聞いているからよくわかる。
今は、重くトーンの低い声。

(何があった?)

無言の電話の向こうから、ガヤガヤとうるさいぐらいに聞こえてくる外野の声。

「何?どうしたの?なんかあった?」

恐る恐る尋ねる僕。

「実は…」

困ったように言葉につまる彼。

「まだトラブってるの???」

不吉な予感がして、僕の心に暗雲が立ちこもる。

「仕事は片付いたんだけど…それが…まだ大阪で…」

「え?…っ…」

大阪と出た言葉に、その次に襲ってきそうな嫌などす黒い感情を遮りたくて、その次に出てくる彼の言葉を聞きたくて、耳を塞ぎたいのに、僕は無力な子供のように動けず、そのまま言葉を飲み込んでしまう。

「どうやら、架線トラブルがあったみたいで…新大阪で足止めくらってて…」

「あ、足止め???何…それ…」

僕は、漆黒の深い穴に落ちていくような、体の力が抜けていく感覚に襲われた。

「うん…新幹線止まってて…ちょっと参ってる…」

彼の声もだんだんと小さくなる。

「……」

お互い無言のまま、そして、僕は、やっと思いで小さな声で尋ねた。

「帰れる?」

しばらくの沈黙。
その間、ずっと外野の雑音が耳に入ってくる。
そして、彼が呟く。

「動き出したら、すぐに帰るけど…復旧が何時になるか、わからない」

いつも頼りになる彼の声は、不安げで弱々しく、初めて聞く声だった。

(仕事でトラブって、今度は車両トラブルに巻き込まれて、一番大変なのは、彼だ…)

そう思うと、僕はグッと気を引き締めた。

「僕は大丈夫だよ、だから、気を付けて帰ってきて」

「うん、ありがと…新幹線動き出したら、連絡するよ」

「無理しないで、こっちの終電の時間大丈夫?電車なくなりそうだったら、帰るの、もう明日にしなよ」

僕は、キュッと締め付けられそうになる心臓に手を当てて、彼に言った。

「お願いだから、気を付けて帰ってきてね」

「うん」

そう言って、お互い電話を切った。
会いたい気持ちと裏腹に、気丈に振舞った自分から、一気に弱気な自分に戻って、僕は足の力が抜け、そのままフラッとソファに倒れ込む。

「今日も、会えないのか…」

(何でこんなにすれ違うんだ?神様が僕たちにいじわるしてる?僕たちを試してるの?愛を確かめ合うこんな日に!)

うつろげに宙を見上げる僕の瞳は、ジワッと涙が潤んできて泣きそうになる。
キッチンカウンターの上のバレンタインチョコの箱が、涙で滲んで霞んで見えた。

「はは…渡せない…のかな…今日なのに」

(生まれて初めて、チョコ作ったのに…料理だって、あんなに一生懸命作ったのに…)

落ちていく気分に、僕は、ソファの上で体を横たえる。
ダラァ~とだらしなく足を投げ出して。

(もう、バレンタインなんて、どうでもいいやぁ…)

少し投げやりになってしまった僕は、その場で身動きひとつせず、そのまま目を閉じた。

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