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6巻
6-1
しおりを挟む第一話 聖騎士の事情
夏も盛り。宮殿の広大な敷地の方々で、花々と雑草の攻防が繰り広げられている。
雑草は庭師達にむしられるのだが、夏から秋にかけては、少し目を離すとすぐに姿を見せる。人目につきにくい場所は、特にそうだ。放置すれば花々が駆逐されるのは目に見えている。
だが、それも同じ敷地内にある神殿に近づくと一変する。まるで春のように花が咲き乱れ、草むしりなどほとんどしていないにもかかわらず、雑草は一本もない。
花々に囲まれる神殿。これこそが、実りの聖女、エリネ様がお住まいになるリザント神殿だ。
育てたい植物は美しく伸び、育てたくない植物は芽吹くことすら許されない。それが実りの聖女の力の一端である。
この神殿は三階建てで、一階は拝殿、二階はエリネ様のためのお部屋と聖騎士の控え室。三階は神殿に勤める女達の部屋だ。離れには聖騎士達の宿舎がある。
私、ルゼ・デュサ・オブゼークは、この神殿でエリネ様をお守りする『花冠の騎士団』の女聖騎士である。
かつての私は、ただの孤児だった。だが、領主様の次男、ルーフェス・デュサ・オブゼーク様に成り代わって騎士をしていたら、あれよあれよという間に、ルーフェス様の双子の妹、つまり貴族の娘ということにされてしまった。
それからの私は、オブゼーク家の娘として宮殿に出入りし、このランネル王国の第四王子であるギル様――ギルネスト殿下と一緒に、七年前に癒やしの聖女を誘拐した犯人一味を探す日々。だがその間に、連中が実りの聖女エリネ様にも手を出そうとしていたため、こうして女聖騎士になってエリネ様をお守りしているのだ。
この春エリネ様は、お披露目の花祭りで命を狙われた。だから本当は色々な場所に赴いて人々と接してほしいところを、やむなく神殿内に籠もりきりにさせている。
現在エリネ様は、二階の自室に画家を呼び、肖像画を描いてもらっていた。周りには、エリネ様の顔を知らない人でも一目で実りの聖女と分かるよう、植物の鉢がいくつも置かれている。エリネ様はその中でポーズをとるかたわら、力を制御する練習として、特定の植物だけ大きく成長させているところだ。だが疲れて集中力が切れてきたのか、ふと小さくあくびを漏らした。
「そろそろ休憩にいたしませんか?」
私が提案すると、画家――エリネ様のお父様のアエンスさんは顔を上げた。
巨大なウサギのぬいぐるみのような、ウサギ獣族のラントちゃんも、植物の中から期待に満ちた目を私に向ける。
肖像画の中の彼は鉢植えに交じって床に座り、つぶらな瞳でエリネ様を見上げていた。
彼は魔物が悪い子ばかりではないと世間に宣伝するために、エリネ様のペット――お友達をしている。このようにして一緒に描かれるのも、宣伝の一環である。けっして、ここに交じってたら何となく可愛いからとか、そんな単純な理由ではない。
「そうですね。エリネもそろそろ飽きてきたようですし。昔からじっとしていられない子で」
エリネ様のお母様、ルイカさんがころころと笑う。助手として、アエンスさんと一緒に来ているのだ。変な勘ぐりをされることなく安全に親子を会わせようという、私の友人で神官医を勤めるセルジアスの計らいである。もちろん、アエンスさんの画家としての実力もあってのことだ。
父親が愛情たっぷりに描くのだから、絵の中のエリネ様は温かく穏やかな美しさをたたえており、初々しくも気品あるお姿だ。周りの鉢には植物がまばらに成長している様子が生き生きと描かれ、ラントちゃんも可愛い。絵画に疎い私も欲しくなるほど素晴らしい絵だ。
「お母ちゃんだってじっとしていられなくて、部屋の中をちょろちょろしてるじゃない」
エリネ様はぼそりと愚痴をこぼした。聖女としての自覚が出てきて、それらしく振る舞えるようになった今でも、両親の目の前では素に戻ってしまうようだ。だが、たまにはそれもいいだろう。彼女が唯一、心から甘えられる相手なのだから。
こんな平穏な日々が続いてくれればいいのだが、花祭りでエリネ様の命を狙った犯人はまだ捕まっておらず、黒幕の見当も付いていない。だから夏の陽差しが日に日に厳しくなろうとも、聖騎士達には引き続き、エリネ様のために切磋琢磨してもらっている。最近は特に真面目に訓練しているので、比較的安心して見ていられるようになった。まあ、それには少々理由があったりするが。
侍女達がお茶の準備をしている間、エリネ様が立ち上がって窓辺に寄った。
「皆さん、こんなに暑いのに大変ですね……」
外で訓練している聖騎士達を見て、エリネ様は呟いた。
「それが仕事ですから。強くなるのは、彼らの本望でしょう」
今は、実力の近い者が組んで徒手格闘の訓練をしているところだ。人を投げたり殴ったりするのにも技術はいるから、毎日練習しないと、もしもの時に動けない。
「以前に比べて一層訓練に身が入るようになりましたし、動きも格段によくなっていますよ。もっと早くボーテン様にお願いすればよかったですねぇ」
と、私は近くにいたボーテン様に笑みを向けた。ボーテン様は幹部組織である紫杯の騎士団に所属する方で、実は現在聖騎士達を指導して下さっているのは、そのボーテン様が回してくれた従騎士である。
お忙しい方のはずだが、聖騎士達を鍛えていたニース様とティタンが色々あって隣国に出張することになったので、その間の代理を快く引き受けてくれたのだ。
ボーテン様は、上機嫌で出されたばかりのお菓子に手を伸ばした。
「あれは元々騎士団の指導教官をしていてね。面倒見もいいし、何でも出来る」
ボーテン様は自慢げに言う。若い侍女や巫女達とお茶会の席に着き、美味しい物を食べて、それはそれは幸せそうだった。彼は甘い物が好きなようで、指導には直接関係ないのに、必ずお茶の時間を狙って様子を見にやって来る。
「ニース様の推薦でしたので心配はしていませんでしたが、期待以上でした」
「彼はエディアニースくんの兄弟子にあたるからね。しかし、若手の中でも最高の逸材であるエディアニースくんを、カテロアに派遣してしまった殿下の大胆さには舌を巻くよ」
ニース様ことエディアニース様はギル様の友人で、騎士団最強の名をほしいままにする剣士である。
そんな彼は先日、二度目の訪問をされた隣国カテロアのフェリセナ姫が帰国する際、護衛として同行していった。現在紫杯に所属するギル様の従騎士――私の兄弟子ティタン、そしてギル様が出張先で拾ってきたレイド――の二人も一緒である。そしてそのまま、少しばかり滞在している。
表向きはどんな名目なのかは知らないが、本来の目的は、ランネル、カテロア両国の北で出回っている商品の調査のためだ。
エリネ様を狙う連中は聖女誘拐以外にも色々活動しているようで、ギル様は両国の物流を突き合わせて、怪しい動きのある場所を手当たり次第に調査しているのである。国内であれば、聖女を守る非公式団体、火矢の会の人々を動かせるが、国境を越えたら隣国と連携しなければ動きにくい。
なお今回、ティタン達が隣国に行ったのは、フェリセナ姫の提案であった。
ティタンには、ただ歩いているだけで他人の秘密を暴露してしまう奇妙な癖があり、一部では悪魔と呼ばれている。しかしお姫様がそんな胡散臭い話を信じるなんて思わなかった。どうやらティタンは私の見ていないところで何かしでかしていたようである。
誰かが何かを隠して悪巧みしているこの件においては、ティタンは最適の人材と言えるだろう。
ニース様とレイドがついていったのは、いつものように秘密を暴いたティタンが、その後誰かに狙われかねないからである。レイドは気配に敏いし、ニース様は身分があって強い。この三人なら最小限の人数の派遣で済む。
「ああ、そうそう。そういえば、あの二人は向こうでモテてるみたいですよ」
私はふとゼクセンの話を思い出して言った。
あの二人とは、もちろんティタンとレイドのことだ。今朝ほど私の長兄からの手紙を見たゼクセンが、笑いながら教えてくれたのだ。私の長兄はちょうどカテロアに留学していて、そこから情報が素早く流れてくるらしい。しかも長兄とゼクセンは昔からの付き合いだから、手紙には彼らの現況が面白おかしく書かれていたようだ。
しかし長兄も大変だ。ちょっと留学してたら、私のような妹が出来て、しかもその妹のせいで実家の近くに魔物達と貿易するための拠点が作られ、さらにはそれ繋がりで魔物も紹介されたらしい。そんな状況をさっくり受け入れるあたり、さすがオブゼーク家の長男。
「あの二人みたいな平民のエリートなら、手が届きそうだものね」
「条件の良い伴侶選びに必死なのは、貴賤を問わないのね」
エリネ様付きの侍女であるカリンとウィシュニアが、クッキーを手で割りながらくすりと笑い合う。
「二人とも真面目だから、ドアのすぐ外まで夜這いに来た人に気付かないふりして、布団被って寝たらしいですよ。別々の部屋にいて打ち合わせもしていないのに同じことをしていると、ニース様が大受けしていたそうです」
エリネ様もその現場を想像したのか、くすくすと笑った。
「それ、真面目すぎやしませんか」
お茶会に参加していた聖騎士のスルヤが言う。その言葉を耳にした途端、女達は一斉に彼に対して冷たい目を向ける。寒々とした沈黙の中、聖女付きの巫女、モラセアが代表するかのように口を開いた。
「――そのように聖騎士の品位を落とすようなことは、くれぐれも、くれぐれも他所では言わないで下さいませ。聖騎士より、聖騎士ではないお二人の方が真面目だなんて、冗談にもなりません!」
モラセアは顔を強張らせ、瞬きもせずにスルヤを見つめて言った。
「……ご、ごめんなさい」
スルヤは、普段元気で可愛らしいモラセアの剣幕に堪らず謝罪した。
「恋人同士のことならとやかく言いません。ですが不誠実な、聖騎士として恥ずべき交際をしていらっしゃるのであれば、聖女様の騎士には相応しくありません。聖女はお一人しかいらっしゃいませんが、聖騎士候補なら掃いて捨てるほどいるのをお忘れにならないよう、ご忠告申し上げます!」
「すみませんすみません。浮気しませんから許して」
「え、恋人がいらっしゃったんですか!?」
モラセアが目をひん剥いて驚く。私も驚いた。
「いや、いません。募集中です」
「でしたら、誠意を持って女性に接して下さい。もし何かあれば、すぐに殿下に報告しちゃいますからね!」
モラセアの念押しに私も頷く。すると、エリネ様をはじめ皆が苦笑した。
聖騎士は清廉であることを要求される。だから女性関係での揉め事など以ての外だ。そんな問題のある男がお仕えしていれば、エリネ様のお名前に傷がつく。人というのはゴシップが好きで、清らかな存在に対してもあれこれ勝手に想像し、汚してしまうものだ。
「そういえば、聖騎士の皆ってどれぐらいの割合で特定の相手がいるんだろう」
私はティーカップを片手に首を傾げる。
「さぁ……幸せな奴のことは興味ないんで」
女性達は発言したスルヤを見た。彼は良くも悪くも並の男である。
「えっと、青盾出身だったっけ?」
「そうだけど……なんで?」
「いや、青盾っぽいなぁって。ノリが軽い感じが」
今は制服が統一されて、自分が所属していた白鎧以外の人はどこの騎士団だったか曖昧になっているが、やはりたまに思い出す時がある。
私達の会話を聞いて、元白鎧のバルロードがくすりと笑う。彼は後ろ姿がギル様とちょっと似ていて、ギル様が白鎧に所属した時は紛らわしいと有名だったそうだ。
「特定の相手がいる奴なんて、おそらく半分もいないと思います。ここにいるのは実力は買われていますが、恋人を作っている余裕がないというか……真面目で不器用な奴が多いんです」
バルロードは妬みも僻みもない、穏やかな口調で言う。その態度から考えるに、彼は特定の相手がいる組なのだろう。
「自分が見たところ、酒や女性で問題を起こしそうなのは三人だけですね」
「三人もいるのか」
話を聞いていたボーテン様が危惧して身を乗り出した。
「今の生活に慣れてきたのか、気が緩みがちですし。他の連中にもそろそろクギを刺さないと、危ないかもしれませんね」
「誰が言う?」
「ボーテン様にお任せするのがいいのでは? 異性のルゼさんや、年が近いのに恵まれすぎのギルネスト殿下が言うよりは、反感を買わないかと」
ギルネスト殿下、ギル様。
私はその名を聞いて、心中複雑になった。必死に忘れようと自己暗示をかけ実際に忘れていたのに、他人の口から「ギルネスト」と出ただけで簡単にあの時のことを思い出してしまった。
私は花祭りの直後、そのギルネスト殿下からプロポーズの予告をされたのだ。意味が分からないが、予告だ。そして私の左手には今、仮の婚約指輪がついている。
本番はまだだ。たぶんもっと先になる。それはいいのだが、私はその予告を受けてから、ギル様とあまり顔を合わせていない。ギル様は今忙しいらしく、神殿になかなか来ないのだ。
その忙しい理由は、早くエリネ様を襲った実行犯の首を取って、それを土産に本番をするつもりだから、らしい。なんというか……
つい、そんな日は来なければいいのにと思ってしまう。犯人は早く捕まるに越したことはないというのに。
私は自分で思っていたよりも、ヘタレらしい。たかが結婚でこんなに身構えてしまうとは。
私自身の能力や家族、親戚関係といった条件だけ見れば、私はギル様にとって都合がいいだろう。だから「どうして?」とは言わない。だが、現実味がないのは如何ともし難い。相手が美形王子様でなければ、もう少し現実のものとして見られるんだが……
私は本来、ただの孤児である。貴族の娘になったのは、父となっている人の政治的な判断だ。王子様の花嫁に夢を見て目を曇らすことが出来ない現実的な女に、どうしろというのだ。
ギル様のことは、どちらかといえば好きだから、本当にどうすればいいのか分からない。だから放っとかれているのは気楽でいいのだが、その反動で怒濤の展開にならないかと……。ギル様は、たまに予想も出来ないほど思い切ったことをするから。
私が頭の中で七転八倒していると、
「殿下は、ほら、職場で幸せを掴もうとしている方ですから」
「なるほどな。確かに、その通りだ。引き受けよう。バルロード君は気が利くな」
とボーテン様が聖騎士達への指導を引き受けてくれていた。
「下手な噂が出回ったら、他人事ではありませんから」
「やはり、家族から期待されているのかね」
「いえ、彼女に首を絞められます。とても信心深い女性なんですよ」
どこの男も、女には頭が上がらないようだ。
今日もエリネ様は、神官騎士を目指す聖騎士のマディさんと一緒に、自室で勉強をしている。神学も魔術もずいぶん理解が深まったということで、教師はより高度な知識を持つ神官医のセルジアスに代わった。
この時間のエリネ様の護衛当番というのは聖騎士達の間でも人気が高い。そもそも心優しい麗しの聖女様を護衛するのに、やる気を出さない男はそういないだろう。それに加えて、この時間の当番は同じ時間に行われる地獄の訓練をしなくてもいいのだ。
他に人気なのは、終わった後でたっぷり休みをもらえる夜警だ。気を抜きすぎないように、たまに私が奇襲をかけていたが、最近は皆気配に敏感になって、襲う前に気付くようになったのだ。そうなれば挨拶だけして終わるので、恐れられなくなってしまった。
聖騎士達の実力と意識は格段に向上したし、他に何か問題があるだろうかと考えていた時だ。
ギル様が神殿にやって来た。
私はセルがエリネ様にいきなり難しいことを言い出さないか見張るため、ドアの近くに控えていたのだが、ギル様の姿を見て咄嗟に二歩、後退した。そんな私の態度に、ギル様は片眉を跳ね上げる。
「お前、僕が来る度に嫌そうな反応を見せるな」
「い、嫌がっているわけではありません。滅多にお見えにならないから慣れてないし、覚悟も出来ていないだけです」
「そうか。慣れるまでは距離を置いた方がいいかと思ったが、逆効果だったか。ではこれからは、どんどん接触していこう」
私は、墓穴を掘ったのか?
ギル様は接近して私の手を取り、甲に口づけた。この程度のことでも、生まれながらの貴人ではない私は大いに戸惑う。体温が上昇して、やたらと胸が騒ぐのだ。私の弱点を突くことに成功したギル様は、実に楽しそうである。
「それよりもお前、聖騎士達に夜遊び禁止を言い渡したのか? 厳しすぎるって泣きつかれたんだが」
「え? 知らないです。私じゃないです」
私はふるふると首を横に振る。
「お前じゃないのか。なんでも、いきなり夜遊びを禁止されたらしい」
「この前ボーテン様に、聖騎士達に節度ある行動を取るように注意していただきたいとお願いしました。男性なので、加減は心得ていらっしゃると思ったのですが……」
「ボーテンが? あいつら一体何をやらかしたんだ?」
その場にいた聖騎士達も驚いた様子でひそひそ話を始めた。どうやら彼らは知らないようだから、締め付けは一部の騎士達だけらしい。
「ギル兄さん。どこまでが禁止されているの? まさか、夜は外出禁止?」
ギル様の従弟であるセルは、勝手に授業を中断して、好奇心のままに口を挟んだ。
「門限を設けられ、その時間に帰ってこられない場合は事前に届け出するよう言われたと、ハワーズが」
ハワーズの名を聞いて、皆は沈黙した。この花冠の騎士団一のお調子者。ギル様が切れる原因になることも多く、ギル様が神殿に鞭を置くことになった元凶でもある。
「それで、ギル様に苦情を言いに?」
「そうだ。聖騎士としての自覚はないのか俗物め、と追い返そうとしたら、それとこれは別だと言われたんだ。その上若くて美しい女性の多い職場だから、逆に辛いと言われればな」
確かに神殿にいる侍女や巫女達は、遊び半分で手を出せない身分の女の子達だし、夏になって皆涼しげな格好をしている。恋人がいない男達には、少々刺激的かもしれない。
「動いて発散すればいいんじゃないですかね」
「そんなことで発散できるなら、性犯罪を犯す肉体労働者なんていないと言われた」
「恋人を作ればいいんじゃないですか?」
「それが出来るなら、悩んでいないだろう。思わず文鎮を投げつけてしまうぐらい鬱陶しかったが、ハワーズだけの問題ではないようだから無視もできない」
その時、こんこんとドアがノックされた。
「あの、そのことなんですが」
と、顔を見せたのはハワーズの友人であるシフノスだ。彼は廊下の警備をしていたはずだが、話を漏れ聞いてしまったようだ。
「何か知っているのか?」
「ボーテン様を怒らせた理由なのですが」
「中に入れ」
シフノスは焦げ茶色の頭を掻きながら、へらへらと笑って中に入る。
「ボーテン様に注意されて、どんな流れだったか『それならとっとと結婚しろ、協力してやる』って話になったんですよ」
まっとうな解決方法だ。ああいう男はしっかりした女性と結婚し、尻に敷いてもらえば大人しくなるものだ。
「それで好みのタイプの話になったんです。そうしたらあいつ、好き勝手言い始めて。『知人で言えば、エノーラさんみたいにゴージャスで知的な美人で、カリンさんみたいに巨乳でスタイルがよくて、実はエリネ様みたいにほわほわーっとしてて』と言ったあたりでボーテン様がぶち切れました」
まあ、気持ちは分からなくもない。私ならゴージャスあたりで殴ってる。
「そんな女がいたら、とっくに売り切れている」
「ですよねぇ。いたら俺も紹介してほしいですよ」
ちなみに引き合いに出された内の二人は、ここにいる。特にカリンは自分の胸を押さえて、ふるふると震えていた。
ああ、カリンが怒っている! ついでにウィシュニアも冷たい目をしている!
「殿下、俺からもいいでしょうか」
と、ダロスが手を挙げた。彼は花冠の騎士団でニース様と肩を並べるほどの美男子だ。加えて実力は五本の指に入り、元赤剣の例に漏れず性格も真面目、と女の子の理想が詰まった男である。
「何か問題が?」
「俺、ハワーズから変に絡まれるんですよ。女がいる男はいいなとか、女の子を紹介しろとか」
「自分より顔のいい男を妬み出したか」
「俺は生まれてこの方、女の子と付き合ったことなんてないのにっ!」
沈黙が落ちた。どういう意味だろうか。まるで分からない。
「え、郷土に結婚できないような身分の愛人がいるとか?」
「そんな人がいたら、こんな言い方するはずないだろ! ハワーズといいお前といい、どうして信じないんだ」
シフノスの問いに、ダロスは憤慨して答えた。
えっと、えっと……紛れもない好物件でも、新品のまま売れ残ってることがある、と。
ギル様は額に手を当てて、目を見開いて固まっていた。そんなギル様を余所にダロスは続ける。
「あまり厳しくされると、本当に出会いすらなくなるのは事実だと思います。聖騎士団に所属してから、ある意味俗世と切り離されていますし」
「心配していなかったダロスですら……」
「まあ、条件が良くなった分、見合いの話は増えるでしょうが、うちの両親はそういうのに慣れていないから、聖騎士の妻として相応しい女性を選んでこられるか心配です。よく知らない相手からの縁談は調査とか大変ですし、信頼できる伝手もないと調査の段階で騙されそうで」
ダロスは、ギル様の気苦労を増やしてしまったとでも思ったのか、申し訳なさそうに言う。
そこにシフノスが口を挟んだ。
「ああ、分かる。友達の兄も、とんでもない女を掴まされて離婚してるんですよ。既に妊娠してて、父親を作るために急いで見合いして結婚して。でも生まれてきた子がまったく似てないから結局発覚したそうなんですけど」
その話を聞いて、女性陣が驚いた顔をした。
「そ、そんなことが……」
「お見合い結婚で失敗したら傷つくのは女性の方だと思っていましたけど、そんなことがあるんですね」
巫女のモラセアが、同情するように言った。
これは、本気でちゃんと考えてあげる必要がありそうだ。
時は流れて、夏の盛りが過ぎた頃。
私は、愉快……いや、妙なことになったと思いつつ、この場に集められた給仕達を見回した。
ここは郊外に位置する、とある大きな屋敷のホールだ。
あれからギル様が出した対策は、一人一人面倒見るのは大変だから、とりあえず皆まとめてお見合いさせてみる、というものだった。聖騎士と女の子を集めた交流会、俗に言うお見合いパーティーの開催だ。
一見モテそうな男が、自分に自信を持てないでいるという例は、ダロス以外にもあった。いい機会だから、そんな奴らもまとめて観察することにした。そうすれば問題点が見えてくるはずだ。もしその中で今回誰かといい雰囲気になった奴がいたら、パーティの後も面倒を見てやればいい。ギル様が協力すれば、たとえ奥手な男だとしても上手くまとまるだろう。もともと条件はいい奴らだ。
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