詐騎士

かいとーこ

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8巻

8-2

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「じゃあ、せ、責任を取って下さるっ!?」

 ウィシュニアの声が聞こえた。私達は再び目を丸くする。
 自分でどうにかしようとしたようだが……責任って何の責任? どうやって?
 私がティタンならますます混乱しちゃうよ。そこからどうすんの?

「ええ、えっと、そそそ、そのっ、出来るだけのことはするけど……せせせ、責任っ!?」

 案の定、錯乱さくらんするティタン。

「せ、責任は、責任よっ!」

 ウィシュニアも混乱している。

「ルゼ、確か君、頭の中に直接呼びかけられるんだったよね」

 どうしていいのか分からないでいる私に、セルが声をかけてきた。

「まあ、この距離なら」

 ギル様となら、魔導具の指輪で繋がっているから、どんなに離れてても大丈夫だけど。

「買い物の荷物持ちを頼むとか、ウィシュニアをもう少し分かりやすい方向に誘導し……」

 セルは二人を見ながら言ったが、途中でまたウィシュニアが口を開いた。

「け、結婚を前提にお付き合いして下さいっ!」

 うあ…………言っちゃった!
 少しずつ仲良くなって、距離を縮めてから言おうとしたことを、目茶苦茶断りにくいこの状況でっ! 言っちゃった!

「えええええっ!?」

 ティタンどころか、たまたま近くを通りかかった他の人達も声を上げる。ウィシュニアは見られていたとは思っていなかったのか、驚いたようにきょろきょろしてから顔を手で隠す。そして、

「お、覚えておいて下さいっ!」

 と叫んで、そのままどこかに走っていった。
 ええっと、私達はどうすればいいんだ。


「だ、誰か、ティタンのフォローを」
「具体的にどうやって?」

 セルに冷静に問われて、私は黙った。こんな奇妙な場面に遭遇した経験など、私にはない。もちろんセルや他の皆もないだろう。難しい。難しすぎてどうすればいいのか分からない。
 ティタンの隣にいたレイドは、あまりにも予想外な展開に巻き込まれておろおろした後、ぶちまけられた肥料を集め出した。混乱しすぎて、気を紛らわせようとしている。そして当のティタンは、茫然自失ぼうぜんじしつていであった。思考が停止している。復活するには、だいぶ時間がかかるだろう。

「よし、ギル様に丸投げしよう」
「それでいいんですか?」

 エリネ様に問われて、私は精一杯の笑顔で頷くしかなかった。
 ギル様に助けを求めても頭を抱える人が一人増えるだけだろうけど、夫婦になるのだから悩みは共有すべきである。自分の直属の配下のことだしね。相談しない方が不自然なのだ。


 その夜、私はギル様に呼び出された。
 彼の部屋の長椅子に並んで座る。最近、騎士団の報告ついでに、たまにこうやって二人で過ごす。その間、ギル様は私の肩に手を回してきたり、髪をでたりしてくる。
 おまけにどういうわけか、たまに酒類を飲ませてくれるようにもなった。前は酒乱だの何だのと言って私からグラスを取り上げていたのに、謎である。まあ、別にお酒が好きなわけではないけど。

「さっきティタンから話を聞いた。お前が報告したようなことがあったと言っていた」

 ギル様は頭が痛むかのように額を押さえて言う。どうやら丸投げしたのを怒っているわけではないらしい。

「ティタンはまさかウィシュニアがあそこまで貞淑ていしゅくだとは考えてなかったから、どうすればいいのか分からないと相談してきた」

 貞淑って言うのかな、あれ。

「難しいとこですね」

 たかが胸。されど胸。嫌いな相手にわざと触れられたら殺してやりたいほどむかつくし、役人に突き出せば投獄することも出来るだろう。だが知人がうっかり触れたぐらいならちょっと怒って許してやれることだし、今回のように好きな相手なら恥ずかしいだけだ。
 何にせよ結婚を迫るほどの行為ではない気がするけど、女の子のことが分からず泣きそうになっているティタンの顔が想像できる。身分違いすぎて結婚なんて無理だと思ってるだろうし、でも罪悪感があるから無下むげにも出来ない。まさか最初から好かれていようとは考えもしないはずだ。

「ウィシュニアも混乱していたんです。ラントちゃんを抱えて薬草園の茂みの中で反省している最中なので、責めないでやって下さい」
「ラントが相談役か。恋愛関係だと、あいつも困るだろうな……」

 ラントちゃん、彼女いないしね。でも慰めるのは上手いから、彼に任せておけばそのうちウィシュニアも出てくるだろう。

「で、そのティタンはどうしたんですか?」
「ゼクセンに任せた」
「まあ、適任ですね」

 真面目だけど真面目すぎず、その上結婚も控えている彼は、脳天気を装って良いように慰めてくれるだろう。少なくともこういうことに関しては、セルやレイドより向いている。

「しかし、まさかこんな形で話が進むとは……」
「しかも状況が状況なだけに断りにくいですよ。ウィシュニアは可愛いですし」

 私と違って、そこそこ胸はあるし。モロに掴んでたようだから、ティタンも忘れるに忘れられないだろう。一緒に見ていた他の聖騎士達がねたんで毒を吐いていた。

「セルが明日、ウィシュニアの弟に相談しに行くそうです」
「…………それには、僕が付き添わなくてもいいだろうか?」
「彼女の弟とは友人だそうですから、まずは二人で話をさせた方が」

 彼女の弟も、こんなことに巻き込まれて可哀想に。女の人なら男女を引っつけるのが好きな人も多いから乗り気になるかもしれないが、男の子が姉の身分違いの恋を知ったらどう思うか。
 もしもの場合は、ギル様が全力で手回ししてくれると聞いたら、きっと余計に困惑するだろう。

「なるようになれって感じですね」
「言い方は悪いが、それしかないな……」

 私達は顔を見合わせて、ため息をついた。二人の関係が動くとすれば、もっとずっと先のことだと思っていた。まさかこんなに早く動くとは……

「私は、ああはなれそうもありません。恋する乙女の行動力というのは、すごいものですね」

 私なら、叶わぬ恋だと思った時点で行動などせず諦めてしまうだろう。心を殺すのが一番簡単だし、ほとんどの人はそうしているはずだ。
 それに私は、好きな人が幸せでいることが一番大切だ。だから私が愛して止まない天族てんぞくのノイリと、竜族のニアス様との仲も泣く泣く認めたのだ。
 もし私が結婚した後、ギル様に他に好きな人が出来たとしても、快く応援しようと思う。何ならその人と重婚してくれてもいい。この国では、複数の妻を養えるならという条件付きで重婚が認められている。まあ、恋愛は一対一でするものというのが世間の常識だし、重婚する場合は重婚税というとても高い税金を払ったり、妻を平等に扱わなきゃいけなかったりするからかなり面倒なようだけどね。だから普通の人は火遊びで済ませたり、外で愛人を囲うだけにとどまるらしい。
 私にはお金持ちの家庭の事情なんてよく分かんないけど、どちらにしても子供が可哀想だと思うようになった。父親の女好きと、彼を巡る女達の対立に翻弄ほんろうされて育った可哀想な子供が、他ならぬギル様だったりするしね。だからギル様もよほどのことがなければ重婚などしないだろうが。
 そんなことを考えていたら、ギル様が足を組み替えながら言った。

「お前の行動力は、恋する乙女どころか、他の追随ついずいを許さないと思うが」
「え、そうですか?」
「ああ。地下でお前にされた仕打ち、忘れたわけではないぞ」

 そういえば、行動力がなければ不可能なことを色々やったなぁ。ギル様が誘拐された挙げ句に別の傀儡術師かいらいじゅつしに操られて攻撃してくるから、下剤効果のある解呪薬かいじゅやくを口移しで飲ませてポイ捨てとか。
 ちょっと反省しているけど、今考えてもあの時はあれしか方法が思い付かなかった。

「しかし、本当にどうするか……」

 ギル様はうんうんとうなる。

「エリネ様のことは私に任せて下さい。他の世俗的なことはお任せします。頑張って下さい」
「あのなぁ……」

 ギル様は何度目かのため息をついてから、ふと顔を上げる。

「そうだ。お前の父に相談するか。ティタンの親候補もアーレルに見繕みつくろってもらっているからな。そっちも何とかなるらしいから大丈夫だろう」

 それなら確かにお父様に相談するのが一番だ。
 頑張れギル様。そして巻き込まれるお父様。
 きっとお父様なら何とかしてくれるに違いない!



   第二話 素直になれない憂鬱ゆううつな彼


 僕――ギルネストはお気に入りの茶の味を楽しみながら、すっかり秋めいていた窓の外を眺めた。
 落ち葉が降りしきり、庭の掃き掃除も大変な時期だ。果物が美味い季節でもある。注文していた新しいジャムが楽しみだ。
 ルゼは果実そのままの方が好きだから、それも取り寄せている。彼女は林檎りんごや梨が好きだ。食の細い彼女が物を食べている姿を見ていると、何とも言えない幸福感を覚える。
 ふと、ため息の音が聞こえた。ため息の主は、先ほどから椅子に掛けてじっとしている、友人のニースだ。彼は僕の執務室に来たかと思えばため息をつくばかりで、理由は話そうとしない。まあだいたい、こいつがこんな態度をとる理由は一つしかないんだが。

「グラと何かあったのか?」

 自分から切り出すのを待っていたのでは日が暮れると判断して声をかけた。
 ニースを知っていれば誰だって思いつく質問を口にすると、彼は驚いた顔をして顔を上げた。
 グランディナは僕の双子の妹で、ニースの婚約者だ。親同士が決めた婚約とはいえ、ニースはグラを幼い頃から一途に想い続けている。だが、それが全く通じていない。むしろ嫌われている。


「何故分かった?」
「誰だって分かりますよ」

 突っ込んだのは書類とにらめっこしていたゼクセンだった。彼も僕らとの合同結婚式が近いので、休みの日は準備で忙しい。そのためか少し気が立っているのだ。
 親友の僕ならともかく、いつものほほんとしているゼクセンにここまで言われたせいか、ニースは目に見えて落ち込んだ。

「言っておきますけど、僕はえっちゃんに嫌われるような真似はしたことありませんよ。だから愛されてるんです」

 あ、ますます落ち込んだ。
 ゼクセンは、いつも婚約者を怒らせるニースなどとは一緒にしてほしくなかったようだ。

「あの、それでニース様はどうしてそんなに落ち込んでいらっしゃるんですか?」

 ティタンが気を利かせて話を進めた。こいつのこういう性格が一部の女性に人気なのだろう。自分自身もウィシュニアのことで大変なのに。
 ちなみに、こいつは週末にデートをする約束をしているそうだ。お互いをよく知る必要があるからと言われて。有無を言わせぬ迫力に、気が付けば約束させられていたらしい。
 もうウィシュニアは開き直ってしまったようだ。行動的になった時の女というのは、本当に恐ろしい。基本的に気の小さなティタンはたじたじだ。
 ニースもそれぐらい押せばいいのに、それが出来ないでいるから思いも伝わっていない。

「ついさっきのことなんだが……」

 ニースはうつむきながら語り出した。


 ニースは身分違いを乗り越えるべく努力するウィシュニアの姿を見て、自分もグラとの関係を改善するため、本格的な行動に出ようと思ったらしい。
 しかしまずどうするべきかが分かるなら、とっくに行動していただろう。それが出来ないニースは身近な、それも同じ神殿に詰める女達……具体的に言うとルゼとカリンとウィシュニアに相談した。
 ニースは女達に、差し入れの菓子という名の賄賂わいろを渡して、こう聞いたそうだ。

「お前達に聞くのは自分でもどうかと思うんだが、どうしたらグラの誤解を解くことが出来るだろう」

 この単刀直入な悩み相談に、ウィシュニアは首をかしげた。

「普通に好きだと言えばよろしいのでは? 何の障害もない、婚約者なのですから」

 障害ばかりの女が言うと、重みが違う。何せ彼女の相手は責任を感じてデートを承諾してくれただけで、それがなければたぶん避けられていただろうから。

「べ、別に嫌いだと言ったわけではないのに」
「一つご忠告申し上げますが、嫌いではないと言うのは、好きだと言ってることにはなりませんよ」

 ルゼは的確に事実を見抜いてそう言ったそうだ。

「エディアニース様は親が決めた婚約者同士という関係に甘えていらっしゃいますわ」

 これまた辛辣しんらつなウィシュニアの言葉。

「ええ、そうですわね。そういえば姫様は、地下でルーフェスといい雰囲気で話をしていました。彼が騎士をしていた時は、姫様と噂があったほど仲がよろしいようですが」

 これはカリンだ。さすがはリザンド神殿の辛辣な女代表である。
 確かにグラは、ルゼの双子の兄ということになっているルーフェスと仲がいい。しかしその親しかった騎士は、男装して入れ替わっていたルゼだ。だから実際にルーフェスとグラが会ったのは二回だけ。なのに、子供の頃から顔を合わせていたニースよりもグラに好かれている。ルーフェスが女性に親切だというのはあるが、それ以上にニースが嫌われすぎているのだ。

「では……好きだと言って、納得すると思うか?」

 すると女達は首をひねった。もちろん近くにいたエリネ様や巫女みこ達も。

「冗談だと思われるかもしれません」

 と、エリネ様が言った。すると、

「それならいい方ではありませんか? たちの悪い悪戯いたずら……もしくは姫様をダシに何か賭け事をしていると思われるかもしれません」

 と、カリンが言ったそうだ。
 本当にどうしてそんなに辛辣になってしまったのだろうか。三割ぐらいは僕のせいかもしれないが、それだけではないはずだ。

「私がそんなことをする卑劣ひれつな男に見えると言うのか!?」
「ええ、見えます」

 ニースはカリンのその言葉に衝撃を受けて、ふらふらとこの執務室までやってきたらしい。


「カリンさん……」

 ルゼと親しくなったばかりの頃の、大人しかったカリンを知っているティタンは額を押さえる。
 ……本当に、あの頃は大人しかった。あれがああなるとは、女は恐いな。でもウィシュニアがああなったのは、僕は全く関係ないぞ。ティタンのせいだ。
 弱り切ったニースを見て、ゼクセンがペンを置き、口を開いた。

「意地悪そうな見た目はともかく」
「意地悪そう!? ゼクセン、お前までそんなことをっ!?」

 ニースはゼクセンにたたみかけられて、さらに動揺する。

「あのですねぇニース様。そう見えなかったらサドだの何だのとは言われませんよ」
「それはギルがサドっぽい顔をして、むちを振り回したりしているからだろう!? 私はどちらかと言えば正統派じゃないのかっ!?」

 おい。

「まあ、ギル様と並んでいたからというのはあると思いますけど」

 おい。

「でも子供の頃からの積み重ねは大きいですよ。今さら切り離して見るのは難しいかと」

 ゼクセンは肩をすくめて言う。

「子供の頃の印象は、引きずるんです。特に悪い印象の場合なかなか挽回ばんかいが難しいですよ」

 それは言えている。
 これはティタンにも当てはまる。悪い印象というわけではないが、彼は女として慕っていたルゼから、兄としてしか見られていなかった。僕とルゼが結婚しなくても、彼の恋が実ることはなかっただろう。
 だから他の女に惚れてくれればと思っていたのだが、何故積極的に動いたのがあのウィシュニアだったのか。色恋沙汰というのは難しいものだ。

「ニース様の悪いところは、姫様の前では必要なことしかしゃべらなくなってしまうところですよ。ギル様とは普通に話すので、嫌々話しかけられていると勘違いされるのも無理ありません」
「うっ……」
「見た目はこんなに美男子なのに、どうしてこんなに残念なんでしょうねぇ」

 ゼクセンはニースが持ってきた菓子を食べながらつぶやいた。
 ニースと言えば、金髪碧眼きんぱつへきがんで、ルゼが王子様みたいと言うほどの美男子だ。しかもでたらめに強くて、国内一の剣士と言われており、上辺だけなら完璧だとも言っていた。
 馬鹿ではないはずなのだ。だが、ルゼが言うには『脳筋のうきん』なのだそうだ。困ったら僕に任せるか、殴り倒せばいい的な発想をするのだ。だから相手が女で、それも一対一だと何も出来なくなる。

「ルゼとは言わないが、ルーフェスの要領の良さぐらいは見習ってほしいものだ」
「ニース様がルーフェスぐらい出来たら、大抵の女性は一日もあれば陥落しますよ」
「確かに」

 ニースは動揺しながら僕とゼクセンの顔を見比べる。
 ルーフェスはほとんど家の中で過ごしていたのに、ニースよりもよほど上手く人間関係を築いている。反対にニースは人から誤解を受けやすい。

「ウィシュニアじゃないが、誤解しようがないほどはっきりと自分の気持ちを伝えるしかないだろう」
「う……」
「何が難しい? 好きだ、結婚しろと信じるまで言うだけだ」
「う……そ……その」
「僕は言ったぞ。あのルゼ相手に」

 物理的にも精神的にも逃げられないようにするのは大変だったが、なんとか捕まえられた。
 今では二人きりになると、そこそこ可愛い反応もするようになった。間違えてブランデーの入った菓子を食べて酔っ払った時など、暴言を吐きながらも妙に甘えてきたりして可愛かった。
 もちろん酔っていなくても、昔に比べれば素直なものだ。皆の前だと相変わらず可愛げがないから、その差がけっこう可愛い。そんな様子を見ると幸せだと思える。結婚するのが、家庭を作るのが楽しみだと思える。
 この幸せを友人にも分けてやりたいが、頑張るのは不器用なこの男なのだ。

「そんなんじゃ、そのうち本当にルーフェスに取られますよ」

 ゼクセンは一番可能性の高い未来を口にする。

「レイドも、見守ってるだけじゃ進展しないからね」

 部外者の顔をしていたレイドは、突然話を振られてむせた。菓子をのどに詰まらせたようだ。

「確かモラセアに気があるんだったか?」
「げほげほげほっ」

 ティタンがレイドの背をさすり、ゼクセンが水を差し出した。

「休みが欲しければ言うといい。モラセアは誰か他の男に惚れている様子もないし、ティタンと違って何の障害もないから心から応援してやる」
「そ、その……」

 肩で息をしながら、レイドは上目遣いで僕を見た。ティタンは名前を出されたせいか、視線を泳がせている。

「モラセアさんのように高位の巫女みこ様を、どこに誘えばいいんでしょうか?」
「植物関係の場所、美術館、図書館、それに神殿なり何なりに献花しに行くとか、色々あるだろう。彼女は末娘で、父君は教師をしているそうだ。社会的に尊敬される職業だから、お前との釣り合いも取れている。いつか父親に紹介してもらえるよう頑張ってみろ」

 こういった情報は知らなかったのか、レイドは驚いた顔をしていた。

「エリネ様の身の回りの人間に関することを、僕が知らないはずないだろう」
「そ、そうですね」

 レイドは自分を納得させるように頷いた。

「断る理由はないから、デートぐらいはしてくれるだろう。切っ掛けが欲しいなら、何かの入場券でもゼルバ商会に手配してもらえ。ゼクセンにもらったからと言えば、誘いやすいだろう。後はお前次第だ」
「わ、分かりました」

 レイドは真剣な顔をして頷いた。

「自分も頑張ってみます。だからニース様も頑張って下さい!」

 ニースの頬が引きつった。僕はレイドのこういうところが結構気に入っているのだ。生真面目で前向きだ。

「し、しかし、用があって外に連れ出そうとしても、忙しいと断る女だぞ」
「今ちょうど、城下で魔術関係の美術展をやっている。古い本や魔導具が展示されているんだ。お前にはそのチケットを手配してやる。俗世にうといグラはそういうのがあるとは知らないだろうから、たぶん食いつくぞ」

 それを聞くと、ニースは一瞬希望を見出したような顔をしたが、すぐに不安げに胸を押さえた。そして自信がなさそうに言う。

「だ、大丈夫だろうか?」

 何と言うか、こればかりは大丈夫とは言いがたい。我が妹ながらあいつは変わり者である。ニースが誘ったのに、何故かルゼを誘いに行く可能性がある。

「お前からチケットを奪って他人を連れていかないよう、周りにはあいつの誘いは断れと念押ししておく」

 そうなると同じ職場のホーン達にも手を回さなければいけない。もし二人のことが上手くいったら国からの予算を増やす交渉を手伝うと言えば、喜んで協力してくれるだろう。

「いいか。ルゼじゃないが、お前は一度ぐらい当たって砕けろ。砕けても諦めずにぶつかれ。ねばり勝ちしか道はない。なのに砕けるのを恐れていてどうするんだ」

 僕は親友を真っ直ぐ見つめて言った。彼はごくりと唾を呑み、僕を見つめ返す。

「そうですよ。今はもう砕けてるに等しいのに、事実から目を背けてるだけです。だからちゃんと意思表示をして砂になるまで砕けてみましょうよ。いつかきっと根負けしてくれますよ」

 僕に続き、ゼクセンも追い打ちをかけた。

「砂になるって……」
「大丈夫です。今が底辺。これ以上嫌われることはありません。女の子は、何だかんだ言って自分を好きだと言う人を嫌えませんから。常に付きまとったり、ゴミをあさったり、部屋に忍び込んだりとか非常識なことをしない限り」

 まあ、どんなに顔が良くても、それをしたら嫌われるな。付きまといまでは顔が良ければ許されることもままあるが。

「つまりセレイン様のようにしなければいいんだな」
「うちの兄は付きまといしかしていないだろう。ゴミまでは漁っていない……はず」

 そのはずだ!

「手紙を書くというのも一つの手なんですが、ニース様に気の利いた文章なんて期待できませんし」

 確かに愛をふみつづるニースなど想像も出来ない。要求を淡々と書くのが精一杯だろう。淡々と要求するなら、面と向かってやった方がまだマシだ。
 ニースは僕が母のせいで失恋し、ヤケで青盾せいじゅんの騎士団に異動した時も、一緒に異動して付いてきてくれた男だ。
 その恩に報いるためにも何とかしてやりたいのだが、こいつのグラ限定のヘタレぶりは、はっきり言って僕でもさじを投げたいほどである。


 数日後、美術館にて。
 僕はこの国ではありがちな茶髪のカツラを被って眼鏡をかけ、さらに赤毛のカツラを被って女装したルゼと腕を組んで展示品を鑑賞していた。近くではセルとカリンが他人を装って鑑賞している。二人ともやはり茶髪のカツラで変装済みだ。
 言うまでもないがここは、ニース達がデートに来ている美術館だ。
 どうしてこうなった? もちろん女達が心配したからだ。主にニースがまた暴言を吐かないかとか、緊張のあまり奇行に走らないかとか、気付いたら二人がバラバラにならないかとか。
 そもそも手を繋ぐ勇気すらないから、はぐれる可能性は高いと聖騎士達も言い切った。
 僕もそれを否定できなかった。だからセルが、そうならないよう見張るため彼らに内緒で尾行しようと言い出したのだ。何せ相談を受けたのだから、最後まで見守らないといけないだろう、とも。
 そしてこうなった。僕以外は楽しそうだ。
 僕も婚約者との純粋なデートなら楽しいのだが、妹と親友のデートをこそこそけるのは、何と言うか心が痛い。
 しかし皆の指摘は、今までの行動を見るにもっともなのだ。僕がもっと早くに口も手も出して助けるべきだったのか、誰かお節介な奴の介入を許すべきだったのか。


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