2 / 9
【全年齢】深夜の願い事
2、乱れ狂うフンドシと大合唱のオーケストラ
しおりを挟む「……なんか……この映画館……臭くない? イカ臭いというか……栗の花というか……すごい嗅ぎ慣れてる匂いな気がするけど……なんの匂いだ?」
「そ、そうか? 気のせいじゃない? ほら、お前けっこう酔っ払ってるだろ?」
「ああ、そうか……?」
「それより早く座ろうぜ。空いてるし、せっかくだから最前列に座ろう」
「そうだな」
……ふう。なんとか誤魔化せたか……。
さほど酒に強くない隼人に、「たまにはどんどん飲めよ」とぐいぐい勧めたのは正解だったかもしれない。
口調からは酔ってる感じはあまりしないけど、明らかに判断能力が鈍ってる。
気のせいなんかじゃねーよ。明らかにイカ臭いよこの映画館。
さすがは有名なハッテンバだ。もはや匂いを隠すつもりもないのかもしれない。それよりも、フェロモントラップみたいに、この匂いでハッテンボーイズを呼び寄せているのかもしれない。
「客は男ばかりなんだな」
ぐるりと館内を見回して隼人が言った。
「あ、ああ。そうだな。多分、男向けの映画なんじゃないかな?」
「なるほどな」
うん。大丈夫。嘘は言ってない。というか、こんなガチハッテンバに女がいたら怖いぞ。
館内には客がちらほら居る。基本は男の二人組み。中には一人の客もいるけど、多分彼らはナンパ目当てかハッテンへの便乗目当てだろう。
ハゲたおっさんがこっちに色目を使ってきたけど、精一杯の目力で威嚇して追い払ってやった。きっと俺は鬼の形相をしていたに違いない。
しかし、そんな男は後を絶たない。いい歳のおっさんから俺たちと同じ大学生風なヤツまで、こちらをチラチラと値踏みするように見ていくのだ。
気持ちは分かる。非常によく分かる。隼人は背も低く線も細い。ふわふわの髪の毛は柔らかそうだし、顔もハッキリ言ってイケメンだ。ハッテンしたい飢えたオスどもには極上の獲物に見えるだろう。
だがしかし、こんなヤツらに隼人を渡してなるものか!
というか、今日は大事な日なんだ。頼むから邪魔するな!
「さっきから落ち着かないみたいだけどどうかした?」
「へ? あ、ああ、なんでもない。ちょっと酒が回ったかな? ははは……」
「修司もけっこう飲んでたもんな」
うん。ごめん。本当は全然酔ってないんだ。
だって、途中からこっそりジュース飲んでたから!
隼人を落とせるかどうかの瀬戸際で、へべれけになってくるくるぱーじゃ話にならない。酔ったふりはするけど、心は常にシラフでいないと。
館内アナウンスが流れて、照明が落ちる。館内はしばし静寂に包まれた。
多分後ろの席じゃ気の早いカップルがイチャつき始めているだろう。それを隼人に見せないために最前列を陣取ったのだ。
静寂は少しの間だけ。すぐにスクリーンから映像が流れ始め、隼人は呆然とした様子で、スクリーンを見つめていた。
スクリーンに映っているのはふたりの男。
ひとりは、角刈りけむくじゃらのガチムチダンディー。もうひとりは、抱きしめれば折れてしまいそうな美少年。
この二人に共通して言えるのは、ふたりともフンドシ一丁だということだ。
ガチムチが赤フン。美少年が白フンだ。
そしてタイトル【うほっ。ガチムチ】。
そのまま映画は、本編へと進んでいった。
映画の中身は……序盤からディープなシーンの連続だ。赤フン白フン入り乱れての絡み合い。例えるなら、ぬるぬるフンドシパーティーとでも言えばいいのか。
さすがはゲイ映画の傑作とまで言われる作品。ガチムチと美少年の生み出すハーモニーは、まさしく美女と野獣ならぬ、美少年と野獣だ。
さて、肝心の隼人の様子は……。
ぅわぁ……。完全にドン引きしてる……。この表情は間違いない。
この映画が隼人の誘いだった可能性はなくなったか……。
映画に触発されたように、後ろの席からハッテンの声が次々に上がり始めた。男女のように甲高い声じゃなく、うほっ。とした声が。
この中に何組のカップルがいるか知らないけど、そこらかしこから響く声は、まるでうほっ。のオーケストラだ。
隼人は何事かときょろきょろして、すぐに察して俯いた。
そんな隼人をあざ笑うように、オーケストラはどんどんテンションを上げていく。
ぶっちゃけ羨ましい。
上手くいけば、俺も今ごろ隼人とうほっ。となってたはずなのに……。
……ん?
あれ?
隼人の様子が……ちょっと、おかしい……?
妙にもじもじしてる……?
あれ? もしかして……。
隼人のエベレストが……盛り上がってる!?
これはまさか噴火の前兆か!?
もしかして、フンドシパーティーとオーケストラが、隼人の眠れる獅子を呼び起こしたのか!?
いくらその気がなくても、これだけ淫靡な空気が充満してるんだ。酒で思考能力が下がった頭が触発されてもおかしくない……!
そっと手を伸ばして隼人の手に重ねると、隼人は少しだけ、ビクッとした。そして、ゆっくりと顔を上げて俺を見る。暗がりでも分かるほど瞳は潤み、興奮が伝わってきた。
そのまま俺たちは……。
うほっ。
END
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ダメリーマンにダメにされちゃう高校生の話
タタミ
BL
高校3年生の古賀栄智は、同じシェアハウスに住む会社員・宮城旭に恋している。
ギャンブル好きで特定の恋人を作らないダメ男の旭に、栄智は実らない想いを募らせていくが──
ダメリーマンにダメにされる男子高校生の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる