うほっ。ガチムチ ~BL短編集~

赤沼

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【全年齢】深夜の願い事

2、乱れ狂うフンドシと大合唱のオーケストラ

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「……なんか……この映画館……臭くない? イカ臭いというか……栗の花というか……すごい嗅ぎ慣れてる匂いな気がするけど……なんの匂いだ?」
「そ、そうか? 気のせいじゃない? ほら、お前けっこう酔っ払ってるだろ?」
「ああ、そうか……?」
「それより早く座ろうぜ。空いてるし、せっかくだから最前列に座ろう」
「そうだな」

 ……ふう。なんとか誤魔化せたか……。

 さほど酒に強くない隼人に、「たまにはどんどん飲めよ」とぐいぐい勧めたのは正解だったかもしれない。
 口調からは酔ってる感じはあまりしないけど、明らかに判断能力が鈍ってる。

 気のせいなんかじゃねーよ。明らかにイカ臭いよこの映画館。

 さすがは有名なハッテンバだ。もはや匂いを隠すつもりもないのかもしれない。それよりも、フェロモントラップみたいに、この匂いでハッテンボーイズを呼び寄せているのかもしれない。

「客は男ばかりなんだな」

 ぐるりと館内を見回して隼人が言った。

「あ、ああ。そうだな。多分、男向けの映画なんじゃないかな?」
「なるほどな」

 うん。大丈夫。嘘は言ってない。というか、こんなガチハッテンバに女がいたら怖いぞ。

 館内には客がちらほら居る。基本は男の二人組み。中には一人の客もいるけど、多分彼らはナンパ目当てかハッテンへの便乗目当てだろう。

 ハゲたおっさんがこっちに色目を使ってきたけど、精一杯の目力で威嚇して追い払ってやった。きっと俺は鬼の形相をしていたに違いない。

 しかし、そんな男は後を絶たない。いい歳のおっさんから俺たちと同じ大学生風なヤツまで、こちらをチラチラと値踏みするように見ていくのだ。

 気持ちは分かる。非常によく分かる。隼人は背も低く線も細い。ふわふわの髪の毛は柔らかそうだし、顔もハッキリ言ってイケメンだ。ハッテンしたい飢えたオスどもには極上の獲物に見えるだろう。

 だがしかし、こんなヤツらに隼人を渡してなるものか!
 というか、今日は大事な日なんだ。頼むから邪魔するな!

「さっきから落ち着かないみたいだけどどうかした?」
「へ? あ、ああ、なんでもない。ちょっと酒が回ったかな? ははは……」
「修司もけっこう飲んでたもんな」

 うん。ごめん。本当は全然酔ってないんだ。
 だって、途中からこっそりジュース飲んでたから!

 隼人を落とせるかどうかの瀬戸際で、へべれけになってくるくるぱーじゃ話にならない。酔ったふりはするけど、心は常にシラフでいないと。



 館内アナウンスが流れて、照明が落ちる。館内はしばし静寂に包まれた。
 多分後ろの席じゃ気の早いカップルがイチャつき始めているだろう。それを隼人に見せないために最前列を陣取ったのだ。

 静寂は少しの間だけ。すぐにスクリーンから映像が流れ始め、隼人は呆然とした様子で、スクリーンを見つめていた。

 スクリーンに映っているのはふたりの男。
 ひとりは、角刈りけむくじゃらのガチムチダンディー。もうひとりは、抱きしめれば折れてしまいそうな美少年。

 この二人に共通して言えるのは、ふたりともだということだ。

 ガチムチが赤フン。美少年が白フンだ。
 そしてタイトル【うほっ。ガチムチ】。


 そのまま映画は、本編へと進んでいった。

 映画の中身は……序盤からディープなシーンの連続だ。赤フン白フン入り乱れての絡み合い。例えるなら、ぬるぬるフンドシパーティーとでも言えばいいのか。

 さすがはゲイ映画の傑作とまで言われる作品。ガチムチと美少年の生み出すハーモニーは、まさしく美女と野獣ならぬ、美少年と野獣だ。

 さて、肝心の隼人の様子は……。


 ぅわぁ……。完全にドン引きしてる……。この表情は間違いない。
 この映画が隼人の誘いだった可能性はなくなったか……。

 映画に触発されたように、後ろの席からハッテンの声が次々に上がり始めた。男女のように甲高い声じゃなく、うほっ。とした声が。

 この中に何組のカップルがいるか知らないけど、そこらかしこから響く声は、まるでうほっ。のオーケストラだ。

 隼人は何事かときょろきょろして、すぐに察して俯いた。
 そんな隼人をあざ笑うように、オーケストラはどんどんテンションを上げていく。

 ぶっちゃけ羨ましい。
 上手くいけば、俺も今ごろ隼人とうほっ。となってたはずなのに……。


 ……ん?


 あれ?


 隼人の様子が……ちょっと、おかしい……?
 妙にもじもじしてる……?

 あれ? もしかして……。
 隼人のエベレストが……盛り上がってる!?

 これはまさか噴火の前兆か!?
 もしかして、フンドシパーティーとオーケストラが、隼人の眠れる獅子を呼び起こしたのか!?

 いくらその気がなくても、これだけ淫靡な空気が充満してるんだ。酒で思考能力が下がった頭が触発されてもおかしくない……!

 そっと手を伸ばして隼人の手に重ねると、隼人は少しだけ、ビクッとした。そして、ゆっくりと顔を上げて俺を見る。暗がりでも分かるほど瞳は潤み、興奮が伝わってきた。

 そのまま俺たちは……。




 うほっ。



END

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