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【番外編】執着的で盲目的な(夕紀side)

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「お久しぶりです、遠野夕紀とおのゆうきさん」

 9月下旬の金曜日。
 いつものように朝香ちゃんを19時半に帰らせたら、彼女と入れ替わるかのように上原俊哉が私の目の前に現れた。

「もう閉店時間になってしまったんですけど……」

 180㎝はあろうかという高身長。
 肩まで伸ばした黒髪のワンレンストレートヘア。
 品の良さそうな丸眼鏡に上質な生地の服装。
 それから……爬虫類はちゅうるいみたいな目付き。

「一杯のコーヒーも叶いませんか? ご無理を申し上げているのを承知ではあるのですが」
「……」

 出立ちや口調は4年7ヶ月前とほとんど変わっていなかった。

(ヘアスタイルは以前と違うか……あの頃はこんなに髪を伸ばしていなかったから)

 私は警戒を強めながら口を開き

「まだシャッターを閉めておりませんでしたので……良かったら、どうぞ」

 と、上原俊哉を店内に招き入れた。

(くうっ……いつもなら閉店時間ピッタリに店のシャッター閉めちゃうのに今日はしくじった)

 閉店時間ピッタリにお客様が来店された際、シャッターを閉めているか否かでこの商店街の人達は判断する事が多い。
 だから今日この瞬間程、シャッターの閉め忘れを後悔した事がなかった。

 上原俊哉は入店するなり店内をグルリと見渡し、ニコッと微笑む。

「カウンター席、座っても良ろしいですか?」

 そして、私がいつも作業する立ち位置のちょうど向かいとなる席を指差しながら私にそう訊いてきた。

「……どうぞ」

 朝香ちゃんから私の普段の立ち位置を聞いたとはちょっと思えない。
「初めてここに来たけれどその位置を以前より把握している」……という意味なんだと察した。

「上原さんはどんなコーヒーがお好みなんですか?」

 仕方なく私は彼の席の向かい側に立ち、いつも通りの接客を始める。

「普段はインスタントしか飲まないんで、銘柄は全く分からないんですよ。
 ですが先日朝香さんの部屋で飲んだコーヒーはとても美味しかった……確か……」

 上原俊哉は記憶を手繰たぐり寄せるような表情や仕草を取り、メニュー表に視線を向ける。

「……あっ、これです♪グアテマラ産のコーヒーでした♪」

 そしてすぐに明るいトーンの声で「グアテマラ」の文字を指差して私にその銘柄を伝える。

「……かしこまりました」

 私は、かろうじて2杯分残っていたグアテマラアンティグアの焙煎豆を取り出してネルを煮沸し、準備に取り掛かる。

「あれっ? 『抽出は3種類から選べます』とメニューに明記されてますけど?」

 すると、わざとらしく背後から上原俊哉の声が攻撃してきた。

「当店の従業員がグアテマラアンティグアを淹れる時は必ずネルドリップを使うんです。それがこだわりの一つですから」

 なので私がそう言い返すと、上原俊哉はすぐに

「なるほど」

 と小声で言い返す。

(何よ、わざとらしい……あなた、4年半前にわざわざ広島に来て同じ珈琲豆を同じ抽出で飲んだでしょう?)

 私は知っている。彼の舌の記憶が生半可ではなく、皐月の死後1ヶ月程して彼が村川家を訪れた際に裕美ひろみさんが淹れたこの珈琲豆の味と「朝香ちゃんの部屋で飲んだ」と言っていた珈琲豆の味が限りなく近い事を認識していると。

 ……今でも朝香ちゃんのご両親が営む喫茶店は一杯ずつ丁寧にネルでハンドドリップしており、私も幼少期からこの抽出法が大好きなのだ。
 そしてこの男はすらも何らかの手段で情報を得ている。
 そういう男なのだ、上原俊哉という名の男は。



 
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