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彼の仮面

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 次の日の朝。
 日曜日なんだけど、私はいつも以上に早起きをして、洗濯や掃除、朝ご飯作りと体を動かしていた。

 りょーくんは昨晩も自分の部屋で寝てしまい、寝室には一度も入ってこなかった。

 ……そして私は、あまり眠れていない。

(もうっ!! りょーくんったら!! ……もぉおおおおおおお!!)

 寝不足のあまり、いつもより余計にイライラした朝を過ごしている。




「はああぁぁ……」

 そんな中1人で朝ご飯を食べ終えた私は、ゆっくりとコーヒーを飲みながらりゅーさんから貰った名刺の裏側を見つめていた。

「昨夜の事を謝りたいなぁ……」

 ダーツバーの会計はりょーくんが全部持ってくれたとはいえ、彼があの場の空気を乱してしまったのだからりゅーさんは今頃嫌な気持ちになっているんじゃないかって私は想像する。

「私がこんなにイライラムカムカしてるんだもん。りゅーさんだって『なんなんだあの失礼な男は』って絶対に思ってるよぉ」

(やっぱり、この名刺に書かれている番号に今から電話をかけて謝った方が良いんじゃないかなぁ?)

 私は11桁の数字の羅列を見つめながらそんな事ばかり考えている。

「しちゃおうっかなぁ……りゅーさんに電話」

 この名刺をりゅーさんが渡してきた時、「間違えてお客様向けに渡す分の名刺に個人の携帯番号を書いてしまった」と言っていて、何もやましい気持ちはないという事を示してくれた。
 確かにりゅーさんは「この番号を時々気に掛けてくれると嬉しい」みたいな言葉も使っていたものの、「絶対に電話して!!」と私に強制はしていない。
 名刺を貰って1週間以上経っているけれど、名刺に関しての会話はそれ以後一切していないんだから。

「でも、彼氏持ちの私が他の男性の携帯番号に直接電話をかけるっていうのも良くないんだろうなぁ」

 ましてジェラ男のりょーくんの事だ。
 私がりゅーさんとスマホで連絡取り合っているなんて知ったら余計に機嫌を悪くするかもしれない。

「うーん……」

 コーヒーを飲んでも頭がスッキリする事なく、1人で唸っていると

「おはよう朝香ちゃん。昨日のダーツバーはどうだった?]

 まだ7時台だというのに夕紀さんからメッセージが届いた。

「えっ?なんで???!」
 
 ビックリしてスマホ画面を覗き込む。

[おはようございます夕紀さん。
 昨日のダーツバーはとっても楽しくて、私にダーツのセンスがあるってりゅーさんに褒められました]

 それから文字を打ち込んで送信すると

[良かったね。朝香ちゃんの新しい経験の扉が開いたって感じかな?]

 と、少し間があいての返信があり、私の心は和む。

(早朝からのメッセージはビックリだけど、今朝ばかりは夕紀さんからの文字に助けられそうだなぁ……)

[ですが、りょーくんにはダーツが合わなかったみたいで、上手く投げられなかったんです。私ばっかりが上達しちゃって、りょーくん不貞腐れてしまって]
ん?亮輔くんったら大人気ないなぁ]

 夕紀さんの「」という、「不貞腐れる」の意味合いを持つ広島弁に私はクスッとなり

[そうなんよ、はぶててまだ部屋からでてこんのよ]

 と、私も広島弁で返事を打った。

(りゅーさんと会話した時にもちょこっと出てきたけど、広島弁っていいなぁ。生まれ育った言葉が自然と出ちゃうような雰囲気って癒されるし、こっちの言葉で会話するよりも本音を出せる気がする……)

[まだ朝早いけん、ほっときんさい。そんな男に甲斐甲斐しく世話しちゃいけんよ。朝ご飯とか!]
[そうします。私今、ちょっとイライラしとったけん、もう余計な手仕事したくない気分じゃし]
[こんな時間からメールやり取りするの良くないかなーって思っとったんじゃけど、朝香ちゃんのイライラを少なくしてあげられて良かった]

 夕紀さんからの朝のメールに和んだのは確かなんだけれど、改めて夕紀さんから温かな文字としてメッセージが届くと涙が出そうになるくらい嬉しくなった。

「夕紀さん……」

(きっと、夕紀さんもこの時間帯に私にメッセージを送る事を悩んだんだ……でもその心遣いが嬉しいなぁ)

[実はね、りゅーさんから昨夜、私にダーツバーの様子をメールしてくれたの。それでちょっと朝香ちゃんの事が気になっちゃって]

「えっ?」

 感涙していたのに、そのビックリさで完全に引っ込む。

[夕紀さんってりゅーさんと連絡先交換してたんですか?!]

 私が送信したメッセージから、私がどれだけビックリしているのかを夕紀さんは察したようで

[そうだよ]

 という短い返信がすぐに届き

[だってりゅーさんとは珈琲友達だもの]

 というメッセージも続いて届いた。

「珈琲……友達……」

 私は親指で画面に触れ、その言葉を復唱する。

[っていうか、朝香ちゃんがりゅーさんと連絡先交換してない事に私はビックリよ!! 朝香ちゃんには亮輔くんっていう大事な彼氏が居るし、亮輔くんがジェラなのも知っているけど、そもそもりゅーさんは朝香ちゃんに好意がある云々うんぬんの話すらしてないじゃない]

「そっか……」

 確かにりゅーさんは私と珈琲の話を沢山したいと言っていた。私に彼が居るのを知っている上でダーツバーに私とりょーくんを誘ったのだから、私達の仲を引き裂こう等とりゅーさんはそもそも思ってないんだ。

「そっか」

 私は途端に恥ずかしくなった。

[私、昨夜りゅーさんに悪い事してしまったんです。りゅーさんに感謝も何も言えないまま、不機嫌な彼を連れて帰らないといけなかったから]

 夕紀さんへのメッセージを打ち込みながら、りょーくんに対して怒りがフツフツと沸いてくる。

[そういう事なんだろうね。りゅーさん、朝香ちゃんと亮輔くんに申し訳ない事した。謝りたい。ってメッセージを私に送ってきたんだよ]
[それでこの時間帯に私にメッセージ下さったんですね。夕紀さんすみません]
[一応私からは、朝香ちゃんの彼氏がジェラで朝香ちゃんへの愛が強い旨は伝えたよ。それから、朝香ちゃんも同じくりゅーさんに対して申し訳ないって思ってる筈だって]
[夕紀さんありがとうございます]

 私は夕紀さんのその配慮に有り難く感じつつ、りょーくんの幼さに呆れまくっている。

[取り敢えずさ、今日は亮輔くんと会話してりゅーさんとの関係の誤解を解きなよ。りゅーさんとは珈琲友達で、私含め3人で楽しく珈琲の話をしていきたいんだって示せば、亮輔くんだって理解してくれるよ]
[そうですね……]
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