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「リョウ」に、サヨナラの口付けを。

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 コウくんとの電話で僕がアパートに戻れるのも店に復帰するのもかなり日数がかかるんじゃないかという予想はついていたけれど、想像以上に僕の軟禁状態は続き……花ちゃんの誕生日である7月22日も過ぎてしまった。

 14時半から日が落ちるまでこのリビングで花ちゃんとささやかな時間を過ごすのと……
 23時20分に帰宅する樹くんのナイトルーティンを邪魔しないよう彼がローズティーを飲む間は玄関に座って待機しておくのが、僕の習慣になりつつあった。


「不自由な生活をさせてすまないね、太地くん」

 ローズティーを飲み終えた半裸の樹くんが、玄関に居る僕に今夜も呼び掛ける。

「ううん、樹くんの自由を奪っているのは僕の方だから」

 いつものようにティーセットの後片付けを始めようとすると、少し機嫌が良いのか樹くんが僕のお尻を触ってきた。

「!!」

 久しぶりのセクハラに面食らっていると、樹くんはニヤリと笑ってみせ僕に語り始めた。

「俺個人としてはさ、この状況は最高なんだ。可愛くて大好きな太地くんがこの部屋に3週間以上居て、俺の不在時にこの部屋の空気を吸い太地くんのフェロモンを所構わず撒き散らしてくれる。
 俺はメシが作れないけど、太地くんはデリバリーや花さんの手料理によって生きながらえてくれて太地くんの指紋や汗やちょっとした汚れがこの部屋じゅうにベタベタと付着する……つくづく思うよ『ルームシェアって素敵な愛の営みだなぁ』って」
「……」
「ルームシェアとは言葉選びが良すぎるよね、これじゃ一方的な監禁だ。俺は満足してても太地くんは望んでいないんだから」

 樹くんは声のトーンを落とし、眉を下げる。
 その直後僕のお尻に置かれていた彼の指もスルリと離れていった。

「監禁なんて思ってないよ」

 つい20秒前までは「せめて軟禁でしょ」と冗談めいた台詞を言いたくなっていたけど

「樹くんもご主人様も、僕を守る為に行動してくれてるんだって、理解しているから」
「花さんにも悪い事をさせてるし……ね」
「ユリさんのお宅にお世話になってるからね。ちょうどユリさんの旦那さんが長期出張に出ていたからかくまえているのもあるんだよね?」

 僕がユリさんの名前を出すと樹くんは眉下げだけでなく目も細めた。

「常連とはいえ、お客様に負担をかけさせたくはなかったんだけどね……に感謝した方が良いのかもねこの場合は」
「偶然の重なり……そうだよね、やっぱり。ユリさんの旦那さんが在宅だったらと思うと花ちゃんの身をどう守って良いのか分からない」

 花ちゃんは「今回の事は仕方ないし、恵里子さんが逆に常連客でラッキーだった」と言っていた。
 花ちゃんも花ちゃんで不自由な生活を強いられてはいるものの、ある意味僕以上にこの状況を感謝しているようでいた。

(花ちゃんはポジティブ思考な部分あるからなぁ……ユリさんにお料理教わって楽しんでるって今日も楽しげに話してくれたし)


「そういえば大学は? 俺は授業日数や単位を理解してないんだけど……あんまり長く休むのもよくなかったんだっけ? えっと、試験とか」
「それはまぁ、いいよ。学生課には電話連絡しておいたから」
「そっか……」

 そこからしばし、沈黙が流れる。

(こういう時、立場的に僕から樹くんに「カスミさんは今どんな状況?」とか訊き辛いな……店の状況含め立場的に待つ事しか出来ないから)


「明日、土曜日だろ? 花さんはバイト休みだよね?」

 再び口を開いた樹くんの声に、僕の身体はピクッと反応した。

「うん……」
「明日の朝7時に3人で話をしよう。花さんには既に連絡入れてて、時間通りここへ来てもらう事になっているから」

 そして次に出てきた樹くんの言葉に僕は黙って唾を飲み込む。

(状況がようやく動くんだ……)

 当然、僕はそう確信した。



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