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捜索
しおりを挟む――姑が事故にあった。
電話を切った私はすぐに姑の部屋へ向かう。
頭は妙に冷えていて、胸の鼓動だけが騒々しい。
……もし、事故にあった姑が介護を必要とする状態になっていたら?
舅の時のように、無理やりその担当を押し付けられてしまったら?
そうなる前にスマホと財布を取り返して、今度こそ逃げなくてはならない。
年季の入ったドアノブをくるりと回せば、その先はフローリングの洋室になっていた。
このお屋敷は畳を敷いた和室が多い。舅の部屋も和室で、介護用ベッドが畳の上に置いてあった。だから私は勝手にここもそうだと思い込んでいたのだが、こんなに雰囲気の違う部屋だったとは。
猫足の家具、豪華なシャンデリア、ペルシャ絨毯。調度品も西洋風に統一されている。
この部屋で隠し物をするとしたら……。
ベッドの奥にある本棚が気になる。
並んでいる辞書の外箱の中、というのは定番すぎるだろうか。
辞書の部分をまとめて引き出したところ、外箱のひとつにサイズの合わない小さめの本が入っていた。
古い日記帳のようだ。
適当に開いたページには『今日はあの議員のパーティーが』『お父様がまた町長になった』などのどうでもいい内容が並んでいる。しかも飽きたらしく、日記帳の中ほどから先は白紙のままだった。
しかし、パラリと捲れた最後のページには不気味な文字が躍っていた。
『本当に腹が立つ あの男 偉そうにしやがって こんな腐った村 全員死ねばいい』
驚くほど乱れた字で書きなぐってある。
あの高慢な姑も私と似たような思いをしていたのかもしれない。そう考えるとほんの少しだけ胸のモヤモヤが晴れたような気がした。
日記帳を元に戻した時、棚にうっすらとホコリが付いているのが見えた。でも一番下の段の一部にだけホコリがない。
これは……最近ここで何かを動かしたのではないか。
下の段には客用の茶菓子として購入している銘菓の空き箱が置いてあった。開けると大きく「すてる」と書かれた紙の包みが入っている。
その包みの中から、私の薄汚れた財布とスマホが出てきた。
モヤモヤした気分が一気に大きく膨れ上がる。
どういうつもりで他人の物に「すてる」などと書いているのか。
「でも……見つかって良かった」
怒りと喜びが入り混じる中、涙が自然にこぼれ落ちていった。
◇〇△
意外にも財布の中身は無事だった。
タクシーを呼んで町の病院へ向かったが、事故のあった道が通れなかったこともあって、着いた頃にはすでに日が暮れかけていた。
「すみません、遅くなりました」
受付へ駆け込むと、姑は病室ではなく霊安室にいると案内を受けた。私はちゃんと驚いた表情ができていただろうか。
地下の霊安室には若い男性がひとり待機していて、挨拶の後、事故の簡単な説明をしてくれた。
電話では伏せられていたが、姑はタクシーの運転手と共に即死状態だったらしい。見通しの悪い峠のカーブで車ごと転落したということだった。運転手の操作ミスか車の不具合かはまだ特定されていない。詳しく調べてから遺体を返すので葬儀等はその後になるそうだ。
姑は白い布で顔を覆われ、霊安室には線香のにおいが立ち込めていた。布を取って姑の顔を見る気にはなれなかった。
舅の時は動転していたけれど、今はゆっくりと姑のことを考えることができる。
彼女が純和風のお屋敷に洋室を作ったのは、本当はあの家が嫌いだったからではないのか。忙しいと言って舅の介護をしなかったのは、舅に対するわだかまりがあったからではないのか。
そのしわ寄せで夫の前妻は死んで、私もひどい目に遭わされたのだけど――
バタバタと忙しない足音が廊下に響き、霊安室のドアが乱暴に開かれる。
「おふくろ……!」
現れたのは一週間前に会ったばかりの夫だった。
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