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「とりあえず」
しおりを挟む舅も姑も死んだ。
私があの村へ戻る必要はもうないのだけれど、今日のところは戻ることにした。
このまま夫のマンションへ行くには遅い時間だし、そもそも夫のあの態度では一緒に生活などできるわけがない。他人よりも遠くに感じる人と夫婦でいる意味がどこにあるというのか。
霊安室での夫の態度でだいたいわかった。
通夜の時に姑が言いふらした、『嫁が舅に変なものを食べさせた』という濡れ衣。夫はあれが嘘だと気付いていたのだ。それなのに私を平手打ちした。
本当に私のせいで舅が死んだのなら、葬儀は死因を調べてからになっていたのではないか。今回の姑のように。
疑問を持たなかった私もどうかしていたけれど。
夫の行動に理由があるとすれば、夫にとって姑の嘘は都合が良かったのだと思う。引き続き私が姑に逆らえないようにするため、そして私が邪魔になったら離婚するために。
私も条件だけで夫を選んでしまっているので、偉そうなことはあまり言えない。でも縁あって結婚した以上、少しは相手を好きになるものだと思っていた。
実際、田舎へ行くまで私にはあの夫がまともな人間に見えていたのだから。
それがこんな形で裏切られて、悔しくてたまらない。
結婚する前に住んでいたアパート、もう一度借りられないか聞いてみようかな……。
◇〇△
紹介を受けて会った時、彼は「2LDKのマンションを所有しているので、新居は必要ない」といきなり私に告げた。
それから「とりあえず僕の部屋で一緒に暮らそう」とプロポーズされたことを思い出す。
ところがいざ行ってみると、私のものを置く場所がどこにもなかった。今考えるとこの時点でおかしいと思わなくてはいけなかったのだ。
キッチン、リビング、ダイニング、そして夫の部屋……と、もうひとつ部屋があったが、そのドアには鍵がかかっていた。
「あ、そこは、その……そ、倉庫なんだ。もう生産していないオーディオとかあって、防犯のために鍵をかけてる」
夫は妙に慌てていた。
キョロキョロしながら「とりあえずリビングに荷物を置いて」とぞんざいに言われ、私はかなり困惑した。
持ってきた荷物はそんなに多くなかったが、季節の服などのかさばるものは段ボールに入れたままレンタル倉庫に預けることになった。
思い返せば、彼との結婚は「とりあえず」ばかりだった。
とりあえず籍を入れておいて、
とりあえず僕の部屋で暮らして。
とりあえずリビングに荷物を――
それはつまり、彼は私との結婚が目的ではなかった、ということなのではないか。本命である写真の女性を大切にするあまり、私に嫌な役目だけを押し付けようとした。
おそらく前妻は彼を愛していた。だからこんな扱いに耐えられなかったのだ。
条件で夫を選んだ私でさえかなりのショックを受けたのに、本気で好きだったのなら死にたくもなる。
夫は今でも不倫関係を継続しているのだろうか。
籍を入れてすぐに私をここへ連れてきたのが彼の予定通りの行動だったのなら、まだ関係は切れていない……もしかしたらあのマンションの鍵のかかっていた部屋は、不倫相手のための部屋だったのかもしれない。
夫は今頃、私と別れて不倫相手と結婚するための準備をしているに違いない。家政婦が必要な舅と姑はもうこの世にいないのだから。
離婚は望むところだが、こんなスピード離婚では慰謝料など小銭にもならないだろう。
それでは私の気がおさまらない。
少しでも慰謝料を多く支払わせるためには――あの写真が必要になるはずだ。
◇〇△
タクシーで村のお屋敷まで戻ると、すっかり夜になっていた。
人気のない部屋で柱時計がカタカタ鳴っている。
家の中が妙にがらんとしていた。気が付いていないだけで、もしかして私は寂しいと思っているのだろうか。
心も体もへとへとに疲れていたが、朝から何も食べていなかったので軽く焼きおにぎりを作って食べた。
誰にも気を使わずに食べるご飯は格別の味がした。
今日一日だけでいろんなことがありすぎて、疲れていたのだと思う。私はほとんど気絶するように眠りに落ちていた。
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