悪役令嬢だけど愛されたい

nionea

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第三章:そんなの聞いてないっ!

1.お忍び

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 ミネルヴァは飾り気のないシャツとスカートにケープを羽織って、簡単に髪を一纏めにした。
「どう?」
 拭い切れないお嬢様感というか、貴族感が漂っていたが、リーネアッラは励ますように拳を握る。
「お似合いですお嬢様」
 嘘ではない。とてもよく似合っている。お忍びの貴族だと一目で解る仕上がりは、ミネルヴァの目指したところとは違うのだろうが。
 ミネルヴァは自分でも紛れきれていない自覚はあったが、リーネアッラの太鼓判に乗せられたふりで頷いた。工房を出たギリットの元に通うにあたって、あまり貴族令嬢が頻繁に出入りするのは外聞が良くないとの指摘を受け、それらしくない風体を装ってみたのだ。
 行かない、という選択肢は無い。
(はしたないとは思うけど…社交シーズンが終わったらまた会えないし)
 婚約を発表はしたものの、今後どうしていくのかという話し合いはまだあまりできずにいる。
 ミネルヴァはギリットに仕事をやめて欲しいとは思っていないし、サフ=ジーノに恩を感じている彼をグリッツ領に連れて行こうとも思えない。
 馬車に揺られてギリットの家の近くまできたミネルヴァは、ぐるぐるとした思考を馬車の停止と同時に止めた。
「では、我々はこちらで」
 キールに声を掛けられ、こくりと頷くと、通り一つ向こうのギリットの家に向かって歩き出す。
(そういえば今日行くって事は伝えてあるし良いって返事ももらってるけど、まだ引越ししたばかりで押しかけて迷惑じゃなかったかしら…あ、引越し祝いも持ってきてないわ………そうよ、せっかく今日行くのだから、必要そうで足りないものを確認してそれを贈れば良いんだわ)
 ミネルヴァは少し離れた所からキールとビンスに見守られ、更にグリッツ家の人間が周囲に潜んで護衛にあたっているとは気付いていない。一人お忍びで街歩き中だと思っている。そうした非日常感もあるため、どきどきと胸を高鳴らせてギリットの家の扉をノックした。
「………?」
 返事がない。ただの空家のようだ。
(あ、あれ…えっと、もう一回)
 返事がない。ただの空家のようだ。
「私、間違えたかしら…?」
 住所と手紙で聞いていた外観の特徴は間違いなく目の前の家に一致する。困惑しつつも、ミネルヴァの常識である家の玄関をノックしたら取次人が出てくるもの、という事は否定した。前世の記憶に従って、家の裏手もしくは庭に出ている、あるいは風呂トイレに入っている、等の一人暮らしでとっさに出られない状況を思案する。
(とりあえず、裏…かな)
 まず家の右横を覗いてみるが、途中がとても狭くて猫くらいしか通れそうにない。左を覗いてみると、道幅は有るのだが、何やら木箱が積み上がっていて、通れる雰囲気ではない。
(んー…段々になってるし、木箱なら登れない事もないのかもしれないけど。木箱を上って裏に入ってリットが居たら、恥ずかしいわ…うん。無理)
「ミーナ?」
「えっ?」
 木箱を見つめて思案していると背後から声がかかった。
「あ、リット…あ、あのこれは、その、違うのよ、ノックをしたんだけど反応が無かったからお家の裏にでも居るのかもしれないと思って、それでね」
「ああ、悪い。ノックは奥に居て気付かなかった。そろそろ来るかもしれないと思って出てきたとこだ」
「そう………あ、その…変、かしら?」
 あたふたと言い訳をする自分に不思議そうな視線が向けられている事に気付いて、ミネルヴァはスカートのついていない埃を払いながら問いかけた。
 ギリットはふっと笑ってそんな態度も含めて声をかける。
「いや、似合ってる。可愛いな」
「そ、そう?」
 真っ赤に照れるミネルヴァを促して、二人は家の中へ入っていった。
 向かいの家と隣家の路地からその様子を見ていた、キールが頭を壁に当てながら唸る。
「なんだあれ羨ましい。俺もリーネといちゃつきたい」
 羨ましいというよりは微笑ましい思いでいたビンスが、キールの言葉に首を捻った。
「…お前付き合ってたか?」
「いや、この間通算五回目の負け戦に終わった」
「………」
「止めろ。俺を憐れむのは止めろ。くそっ、これだから許嫁とかいる奴は…滅すれば良い」
「それ、お嬢様も入るぞ」
「ああそうだったよくそっ!」
 普段は真面目な態度しか見せない護衛達が愉快な会話をしている事など知らないミネルヴァは、招き入れられたギリットと家の中で困惑していた。
(えっと…)
 前世でワンルーム住まいをしたこともある彼女だ、狭さには驚いたりしない。ただ、あまりに何もない事に驚いていた。
「あー…椅子と机は、あるんだが、そのお茶を淹れるとかいうのはまだできなくてな」
 酒ならあるんだが、と呟く声は小さくてミネルヴァには聞こえない。だが、頬を掻くギリットを見て、もてなしのできない状況に気まずさを感じている事は解った。
(それでも、来て良いと言ってくれたのね…)
 頬が熱くなるのを自分でも感じながら、ミネルヴァはギリットに向かって気にしないでと笑った。
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