5 / 84
悪役令嬢、婚約者辞めるってよ
5.断罪の果
しおりを挟む
黙々と、ファランが書き付けた紙と証拠の束とを見て、更に何事か書き付けているウォルターの作業は、半ばを超えないあたりだ。
(ちゃんと見てくれるのね。まぁ、ポーズじゃなければ、だけど)
時間はかかりそうだが、勝手にこの場を離れるのもまずいと解るので、ファランは大人しく対面に座っていた。その耳に、騒がしいかな、と思う声が聞こえたのは、ウォルターの作業が残り四分の一ほどになった頃だ。
ウォルターが手を止め、廊下に出て行く。
(何かしら?)
出て行く際に、何故か扉が閉められたので、ファランには廊下での出来事はよく解らない。だが、男性が怒鳴っているらしい事は解る。
(よく聞こえないけど、何回か『あの女』って言ったような気はするから。私に怒鳴り込みかけに来た人でも居たのかな…ホントにさ、ファランってばどんだけ嫌われてんだよ。もしかして私じゃ思い出せてない記憶でもあんのかな? もう本当にお前として生きてく私の身にもなってくれよ。あー…しんどいわぁ)
げんなりして待っていると、やがて廊下の騒ぎか聞こえなくなり、ノックの音と入室を求める声が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼いたします。申し訳ありませんでした。少々悶着がありまして」
「構いませんわ。どうせ、今日急いでやらなくてはならない事もありませんので」
「恐れ入ります」
再び扉は開け放たれ、廊下は騒動前の静けさを取り戻している。
作業を再開したウォルターをちらりと見て、ファランは内心で溜息を吐いた。
(扉が閉まってる時に伸びとかしておけば良かった。ちょっと体が固まってきたわ)
肥満体型のファランは、人前では絶対に伸びなどできない。ちょっとした動きでシャツがスカートから出てしまうのだ。人前でシャツをスカートの中に入れる訳にいかないが、だらしなくそのままにもできない。つまり、彼女には人前で伸びをする自由はないのだ。
ちなみに、元ファランは侍女に体を隠せるよう布で壁を作らせて伸びをし、出たシャツを戻させる、という具合にやっていた。
(彼女達の精神衛生上一緒に居ない方が良いかと思って、付いてこなくて良いって言っちゃったもんね、今回は…ああ、いや、トイレにでも行けば良いのか)
思いついて許可を得ようとしたファランだが、そろそろ終わりそうになっている手元が見えてしまった。
(タイミング悪いな、私)
自分で自分に呆れていると、最後の紙を見ていたウォルターの手が止まる。すっと視線が上がり、目が合った。
「これから質問をしたいのですが」
「どうぞ?」
面談という単語も聞いていたし、いくら少々頭がアレなファランでも、査察官という職業くらいは知っている。彼らは、言わば取調のための人員だ。
(私は真っ黒な被疑者って事よね、いや、もう疑いの段階じゃないから、容疑者、か?)
状況を前世知識で認識カバーしつつ、ファランは真剣にウォルターと向き合う。ここでヘマをしたら奴隷落ちかも知れないのだ、一言一句聞き逃す訳にはいかない。
「まず。今回の事をどう思われましたか?」
(ん? 予想外な方向から質問きたな…雑談から入って口を柔らかくしよう作戦か? 別に身に覚えの有る件は認めるつもりなんだけど)
「どう、か、思わなくてはいけません?」
「いえ、そういう事では…では、どうとも思ってらっしゃらないのですか?」
「回りくどいなとは思いましたけど、さほど、何とも」
(断罪劇場は要するにヒロインと結ばれるための回り道だもんね。大分さっさと進んだ気はするけど…それでも回り道は回り道だよ。婚約破棄自体は家の人間に言えば済む話だし。その後でヒロインと王子付き合おうと、私は、なんにも言わないし)
「回りくどい?」
「婚約破棄くらい家に申し入れて頂ければ受諾いたしますから。あのような場をわざわざ設けていただかなくても、仲良くされている事くらい解っていますし」
「では貴方は、婚約破棄に同意なさるのですか?」
「勿論」
ファランが肩を竦めると、ウォルターは傍らに置いていた鞄から書類を取り出す。
「では、こちらに、署名を」
それは、婚約破棄の同意書だった。
(手回し良いのねー…)
ファランは、念のためしっかりと目を通しはしたが、躊躇いは無く署名を終えた。
「これでよろしいかしら?」
「はい。それから、もう一つ、こちらに」
「は?」
ウォルターが取り出した書類は、爵位継承と財産相続に関するものだった。
元々卒業と同時に成人となるのだから、グローリア侯爵を継ぐ予定ではあったが、その書類を査察官から提示されるとは意外だった。
(何これ、どういう事? いや、まぁ、でもここで侯爵を継いでおくと、奴隷落ちの芽は完全に潰せるか)
先程よりもしっかりと読み込み、記載におかしな点が無い事を確認する。
「目録を確認したいところなのですが」
相続する財産については、別途目録を参照と記載されているので、一応声をかけた。だが、どうぞ、と見せられたのは、広辞苑か、という分厚さの紙束だった。広辞苑ほどの紙の薄さではないのでページ数はそこまでではないが、それでもぱっと確認できる量ではない。
(もうここは公的機関を信じるしかないか…)
目録の作成には、公文書作成のプロである公儀書記官の認印があった。つまり、正当な手順で書かれた正式なものであるはずだ、と仮定する。
(日付も、数日前だし。たぶん最新版だろうし…もしかしたら叔父様が用意してくださったのかしら)
「解りました」
ファランは目録の表紙と次頁を見て、書類に署名をした。
こうして、婚約破棄はされたものの、無事にグローリア侯爵を継いだファランは、世間様からはあれこれ言われるだろうが特に法的には何事もなく、ひとまずマーヴェラス家の屋敷に戻る事が出来たのだ。
(意外と、なんとかなるものだった!)
(ちゃんと見てくれるのね。まぁ、ポーズじゃなければ、だけど)
時間はかかりそうだが、勝手にこの場を離れるのもまずいと解るので、ファランは大人しく対面に座っていた。その耳に、騒がしいかな、と思う声が聞こえたのは、ウォルターの作業が残り四分の一ほどになった頃だ。
ウォルターが手を止め、廊下に出て行く。
(何かしら?)
出て行く際に、何故か扉が閉められたので、ファランには廊下での出来事はよく解らない。だが、男性が怒鳴っているらしい事は解る。
(よく聞こえないけど、何回か『あの女』って言ったような気はするから。私に怒鳴り込みかけに来た人でも居たのかな…ホントにさ、ファランってばどんだけ嫌われてんだよ。もしかして私じゃ思い出せてない記憶でもあんのかな? もう本当にお前として生きてく私の身にもなってくれよ。あー…しんどいわぁ)
げんなりして待っていると、やがて廊下の騒ぎか聞こえなくなり、ノックの音と入室を求める声が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼いたします。申し訳ありませんでした。少々悶着がありまして」
「構いませんわ。どうせ、今日急いでやらなくてはならない事もありませんので」
「恐れ入ります」
再び扉は開け放たれ、廊下は騒動前の静けさを取り戻している。
作業を再開したウォルターをちらりと見て、ファランは内心で溜息を吐いた。
(扉が閉まってる時に伸びとかしておけば良かった。ちょっと体が固まってきたわ)
肥満体型のファランは、人前では絶対に伸びなどできない。ちょっとした動きでシャツがスカートから出てしまうのだ。人前でシャツをスカートの中に入れる訳にいかないが、だらしなくそのままにもできない。つまり、彼女には人前で伸びをする自由はないのだ。
ちなみに、元ファランは侍女に体を隠せるよう布で壁を作らせて伸びをし、出たシャツを戻させる、という具合にやっていた。
(彼女達の精神衛生上一緒に居ない方が良いかと思って、付いてこなくて良いって言っちゃったもんね、今回は…ああ、いや、トイレにでも行けば良いのか)
思いついて許可を得ようとしたファランだが、そろそろ終わりそうになっている手元が見えてしまった。
(タイミング悪いな、私)
自分で自分に呆れていると、最後の紙を見ていたウォルターの手が止まる。すっと視線が上がり、目が合った。
「これから質問をしたいのですが」
「どうぞ?」
面談という単語も聞いていたし、いくら少々頭がアレなファランでも、査察官という職業くらいは知っている。彼らは、言わば取調のための人員だ。
(私は真っ黒な被疑者って事よね、いや、もう疑いの段階じゃないから、容疑者、か?)
状況を前世知識で認識カバーしつつ、ファランは真剣にウォルターと向き合う。ここでヘマをしたら奴隷落ちかも知れないのだ、一言一句聞き逃す訳にはいかない。
「まず。今回の事をどう思われましたか?」
(ん? 予想外な方向から質問きたな…雑談から入って口を柔らかくしよう作戦か? 別に身に覚えの有る件は認めるつもりなんだけど)
「どう、か、思わなくてはいけません?」
「いえ、そういう事では…では、どうとも思ってらっしゃらないのですか?」
「回りくどいなとは思いましたけど、さほど、何とも」
(断罪劇場は要するにヒロインと結ばれるための回り道だもんね。大分さっさと進んだ気はするけど…それでも回り道は回り道だよ。婚約破棄自体は家の人間に言えば済む話だし。その後でヒロインと王子付き合おうと、私は、なんにも言わないし)
「回りくどい?」
「婚約破棄くらい家に申し入れて頂ければ受諾いたしますから。あのような場をわざわざ設けていただかなくても、仲良くされている事くらい解っていますし」
「では貴方は、婚約破棄に同意なさるのですか?」
「勿論」
ファランが肩を竦めると、ウォルターは傍らに置いていた鞄から書類を取り出す。
「では、こちらに、署名を」
それは、婚約破棄の同意書だった。
(手回し良いのねー…)
ファランは、念のためしっかりと目を通しはしたが、躊躇いは無く署名を終えた。
「これでよろしいかしら?」
「はい。それから、もう一つ、こちらに」
「は?」
ウォルターが取り出した書類は、爵位継承と財産相続に関するものだった。
元々卒業と同時に成人となるのだから、グローリア侯爵を継ぐ予定ではあったが、その書類を査察官から提示されるとは意外だった。
(何これ、どういう事? いや、まぁ、でもここで侯爵を継いでおくと、奴隷落ちの芽は完全に潰せるか)
先程よりもしっかりと読み込み、記載におかしな点が無い事を確認する。
「目録を確認したいところなのですが」
相続する財産については、別途目録を参照と記載されているので、一応声をかけた。だが、どうぞ、と見せられたのは、広辞苑か、という分厚さの紙束だった。広辞苑ほどの紙の薄さではないのでページ数はそこまでではないが、それでもぱっと確認できる量ではない。
(もうここは公的機関を信じるしかないか…)
目録の作成には、公文書作成のプロである公儀書記官の認印があった。つまり、正当な手順で書かれた正式なものであるはずだ、と仮定する。
(日付も、数日前だし。たぶん最新版だろうし…もしかしたら叔父様が用意してくださったのかしら)
「解りました」
ファランは目録の表紙と次頁を見て、書類に署名をした。
こうして、婚約破棄はされたものの、無事にグローリア侯爵を継いだファランは、世間様からはあれこれ言われるだろうが特に法的には何事もなく、ひとまずマーヴェラス家の屋敷に戻る事が出来たのだ。
(意外と、なんとかなるものだった!)
64
あなたにおすすめの小説
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
社畜の私は異世界でも社畜精神が残ったままだった
木嶋うめ香
恋愛
貴族学園の小さな部屋で、私は一人書類仕事に追われていた。
今日も寮には帰れそうにない、机の上には大量の未処理の書類。
せめて空腹を紛らわそうと、ビスケットを鞄から取り出し水を汲んでこようとして立ち上がった途端、視界が暗くなり倒れた。
床に倒れた反動で、頭を床にぶつける。
その衝撃で思い出した、私は前世ブラック企業に勤めていた社畜で、二十三連勤サービス残業付きの末、体調を崩し亡くなったアラサー営業職だった。
他サイトでもアップしています。
悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。
倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。
でも、ヒロイン(転生者)がひどい!
彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉
シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり!
私は私の望むままに生きます!!
本編+番外編3作で、40000文字くらいです。
⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。
【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします
紫
恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。
王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい?
つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!?
そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。
報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。
王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。
2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……)
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?
幼馴染みが描いた悪役令嬢ものの世界に「メイド」として転生したので、6年後の断罪イベントをどうにか回避したい
ゆずまめ鯉
恋愛
通勤途中、猫好きではないのに轢かれそうな黒猫をうっかり助けてしまい、死んでしまった主人公──水縞あいり(26)
鳥の囀りで目を覚ますとそこは天国……ではなく知らない天井だった。
狭い個室にはメイド服がかかっている。
とりあえず着替えて備えつけの鏡を見ると、そこには十代前半くらいの子どもの姿があった。
「この顔……どこか見覚えが……」
幼馴染みで漫画家、ミツルギサイチ(御剣才知)が描く、人気漫画「悪役令嬢が断罪されるまで」の登場人物だということに気がつく。
名前はミレア・ホルダー(本名はミレア・ウィン・ティルベリー)
没落貴族の令嬢で、現在、仕えているフランドル侯爵によって領地と洋館を奪われ、復讐のために、フランドル侯爵の長女イザベラが悪役令嬢になるのを止めず、むしろ後押しして見事断罪されてしまうキャラだった。
原作は未完だが、相談を受けていたのでどういう結末を迎えるのか知っている。
「二期アニメもまだ見てないし、どうせ転生するなら村人Aとかヒロインの母親がよかった……!!」
幼馴染みの描く世界に転生してしまった水縞あいり=ミレアが、フランドル侯爵家で断罪回避するべく、イザベラをどうにかお淑やかな女性になるように導いている途中。
病弱で原作だと生死不明になる、イザベラの腹違いの兄エミールに、協力してもらっているうちに求愛されていることに気づいてしまい──。
エミール・ディ・フランドル(20)×ミレア・ウィン・ティルベリー(18)
全30話の予定で現在、執筆中です。2月下旬に完結予定です。
タイトルや内容が変更になる場合もあります。ご了承ください。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる