悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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悪役令嬢、ワガママ止めるってよ

19.だから誰?

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 マインスへ手紙を書き、これで全てに最善策を取った、と思っていたファランだったが、約一ヶ月後に後悔する。
「…会ってたなんて」
 王都在住時に参加したパーティのどこかで会っていた上、その時にいつかパーティにお誘いしたいとお約束したので、ときた。
(会ってた事も約束すらもすっぽり忘れていたなんて…これ、やっぱりファランの記憶全部は思い出せてないんだ。きっとそう。そのせい)
 何はともあれ、事情が判明したので早々に諾の返事を出す。
 切り替えだ、と拳を握り、もう一通の手紙を開いた。
「あ」
「お嬢様?」
「アルハルト・ヴォルフェンさんが、今日来るって」
「え?」
「何か、近くに行く用事があるからついでに顔を出すって。忙しければ追い返してくれればいいからってなってるんだけど。日付が今日だわ」
「そんな急な…」
 ここから王都までの間が悪天候だったという話は聞いていない。おそらく郵便の配達が遅れたということはないだろう。グローリア領との間は河川を利用した配達網が整備されており、日数計算は正確にできるはずだ。
 カトレアは今日の手紙で今日訪れると告げるなど、と憤っているが、ファランは、少し楽しみだった。
「そうね、でも、会ってみたいわ」
「お会いになるのですか?」
「お父様と懇意にされていたのでしょうから、お父様の話を聞きたいわ。午前の用事を済ませて午後にってなってるの、応接間は何時だって人が訪ねて来れるようになっているから大丈夫でしょう? 連絡も無しに訪ねられるよりはましだし、急な訪問が不躾だとは理解されてるのだから、常識外れな方では無いわよきっと」
「まぁ、それは…畏まりました。お茶の用意を整えておきますね」
「ありがとうカトレア」
 父の話を聞ける。
(記憶の中のお父様はよく笑う優しい人。記録の中のお父様は誠実で優しい人。誰かの中に居るお父様は、どんな人かしら)
 そう思って胸躍らせていたファランは、午後になってすぐにやってきたアルハルトが案内されている応接間の扉の前で深呼吸をした。
 カトレアが声をかけ、扉を開けてくれるのを待ち、姿勢を正して出入り口から足を踏み入れる。
「ん?」
 はずだった。
「ファリィ!」
 踏み入れるまでもなく真正面に礼服に包まれてなお解る分厚い胸板が見え、その上から重低音が響いた。
(いい感じの低音だ)
 反射的にそんな事を考えつつ相手の顔を見上げると、彫の深い緑の目をした髭のおじ様がいた。髪と同色のかなり明るい赤毛の髭は、もみあげから顎までしっかり顔を回っている。口髭もあるため、顔半分がほぼ髭なのだが、鼻梁と目元だけでも整った顔だとよく解った。
(しかもイケメンだ、イケオジだ!)
 ファランと目が合うと、アルハルトは職人らしいその無骨な手のひらで、頭を撫でた。
 その瞬間。
 ファランの脳内で、一つの記憶が蘇る。
(あ、この人…)
 幼いファランを、ファリィ、と呼んだ声。小さな体を軽々と抱き上げた、大きな手。頬を寄せた顔に髭は無かったが、間違いない。
「お嬢様から離れなさい!」
 突然蘇った思い出に対応が遅れたファランの脇から、アルハルトの手を払い落としてカトレアが間に入った。
「どういうつもりなの、この無礼者!」
 目の前でその背に庇ってくれながら叫ぶカトレアの声にはっとして、ファランは慌ててその肩に手をかける。
「違うのよカトレア。大丈夫なの…」
 この方は、と言いかけてファランは言葉を飲み込んだ。
「お嬢様…?」
「…この度のご訪問は、蹄鉄職人アルハルト・ヴォルフェン様、でしたね?」
 カトレアに目で頷いてから、アルハルトへ視線を向けた。
 視線を受けたアルハルトは、腕を組んで、鷹揚に頷いて見せる。
「無論だ」
「つまり、私の侍女は当然の事をしただけですね?」
 ファランがアルハルトに丁寧な話し方をしている事に気付いたカトレアは、細かくは解らないが大筋を察してはっと息を詰め、唇を引き結んだ。
「いや」
 腕を組んだアルハルトが、睨むように目元へ力を籠め、皮肉気な笑みを浮かべる。
 カトレアの肩にあるファランの手に力がこもり、眉間に皺が寄った。
「主人の危機に身を挺せる侍女は当然というより優秀だろう」
 腕組みを解くと同時に雰囲気を和らげ、先ほどファランを呼んだ時の様に笑った。
「はぁ…」
「褒めるべきだろうな、むしろ」
「…脅かさないでください」
「すまんすまん。気を悪くさせたのなら、早々に立ち去ろう。元気な顔が見れれば、それで良かったのだ」
 肩を竦め、気遣わし気な表情を浮かべるアルハルトを引き留めて、ファランはカトレアにお茶を頼む。
「お父様のお話が聞きたいのです。どうぞ、お時間の許す限りお話していってください」
「そうか」
 心得た、と笑う顔は、どこか記憶の中の父の笑顔に重なった。
(それにしても…とんでもないお客様が来たもんだ…)
 三十年以上の蹄鉄職人歴を誇るアルハルト・ヴォルフェンという人物は、もう一つの顔を持っていた。ファランが産まれた時に父が贈ってくれた蹄鉄の製作者でもある彼は、実は、四年ほど前に息子へ王位を譲った先王だ。
(しっかし…なんだって元王様が蹄鉄職人なのよ。っていうか確認したら私の蹄鉄もアルハルトって署名だったし、現役時から蹄鉄作ってたってことよね)
 ファランの記憶が思い出せていなかったわけではなく。単純に古い記憶なのでキッカケが無いと思い出せなかったのだ。両親に連れられて行った婚約の場で出会い、その後少しの間膝に乗せられてお菓子を食べた懐かしく心温まる思い出。あの頃は、ファランも純真な少女だった。
 ファランが覚えていない父、あるいは、知らぬ父の話がこれでもかと飛び出した楽しい席は二時間に僅かに足らぬほどでお開きとなる。帰り際についでのように聞いた話で、ユグルシアの家名を捨て、職人になったという理由が語られた。
「蹄鉄作りが俺の生涯を捧げるべき仕事だと思ったからな」
 語られた、というほど長くも重くも無かったが、ファランにとってはアルハルトという人物に良く合う理由だと感じられた。
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