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侯爵閣下はそろそろアップを始めるようです
48.少しずつ行う方が
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一瞬惚けてしまったファランは、はっとして挨拶を始めた。身分を問わない集まりなのだから、最も遅く来た自分が挨拶をするべきだろうと気付いたのだ。
「ファラン・マーヴェラスです。蹄鉄については浅学でございますが、どうぞ、よろしくご教授くださいますようお願い申し上げます」
相手の年齢層が高かったので、反射的に前世での仕事時の挨拶に近い言い回しをしてしまった。
(なんか…違う気がする)
もう言ってしまったものを引っ込める事はできないが、少し後悔しつつ、反省する。
「まぁ! まぁまぁまぁ!」
例の姿勢から体を戻しても、沈黙が落ちている事にどうしたものか考え始めると、不意にその声が沈黙を破った。
窓辺に置かれた、トーリシア風の長椅子に腰掛けていた妙齢の女性だ。白髪まじりの金髪を、スッキリとまとめ、ファランと同じようにすっきりとしたドレス姿をしている。
手を組んで微笑んでいたかと思うと、立ち上がってファランへ歩み寄った。
「こうして会うのはもう十数年ぶりだけれども、あの小さな女の子がこんなに素敵な女性になるなんて、私も歳を取るはずね」
自分に近付いて来る左側の女性へ意識が向いていると、右側からも声が上がった。
水盆に浮かんだ花びらを見ていた老齢の女性だ。真っ白な髪をして、だが大きな皺はありつつも張りのある肌を持ち、矍鑠としている。不思議とおかしいとは思わないが、何故か、喪服めいた黒いドレス姿をしていた。
「はじめまして。わたくし、アルティナ・モリアートよ」
右側に意識を持って行かれている間に、傍らまで来ていた女性がそう挨拶をして、手をぎゅっと握った。
「はじめまして」
ニコニコと笑う顔の、目尻にくしゃっと皺が寄り、丸みのある頬がふっくらと持ち上がる。
アルティナの、何とも可愛らしい笑顔と握られた手の温かさに、思わずファランは微笑み返していた。
「貴方のお父様とは夫が親友だったのよ。はじめはね」
ファランの手を取ったままくすくすと笑ったアルティナの視線が後に向かうと、ちょうど椅子から立ち上がった老齢の男性と目が合う。
「フィリックス・モリアートだ。学園で一緒だったのがシクロンとの縁でね。彼とはとても親しくなったのだが、気が付くと妻の方が私よりも彼の事をよく知るようになっていて…貴方の誕生を知ったのも何故か妻からだったよ」
どうしてなかなか、という夫に、貴方は筆不精だからよ、と笑う妻。
歳がそれなりに離れていそうな仲の良い夫婦の姿に、ファランはぎゅっと胸が締め付けられるような気がした。
「お二人が仲が良いのは結構ですけれど、彼女の前を開けて下さるかしら? ご挨拶ができないわ」
「やだ、ごめんなさい」
「今退くよ」
二人の後から現れたのは、先ほど水盆の前で声を上げていた女性だ。
「私もシクロンとは学園で一緒だったのよ。貴方とは、二度目なのだけれど、憶えているかしら?」
そう声をかけられて、ファランは真剣に記憶を掘り起こした。
美しい弧を描く口元。青い瞳。今は白いが、おそらく元は銀髪だったと思われる髪。幼い頃、父の側にいて出会った人。
「………」
全く思い出せなかった。
「ほほほ」
女性が失笑するのを、ファランは少し驚いて見つめてしまう。クールな見た目をしているが、明るい人柄であるらしい。
「ごめんなさいね。まだ二つになる前の事だから、憶えている訳がないわ。マリアーナ・クロッシェよ」
「マリナ様は人をからかうのが好きなんだよ。昔からずっとね」
そう言っていつの間にか近くに来ていたのは、この部屋で見知らぬ最後の男性。おそらくアルハルトと同じ程のこの中では一番若そうに見える壮年だ。
「ケイス・グレッグだよ。シクロン殿とは仕事でお世話になったのが縁でね」
「まっ、要するに全員シクロンの事をよく知ってる奴らって訳だ」
背後に立っていたアルハルトがそう言って、ファランの肩を叩きながら結論付けた。
「蹄鉄はこの家の中に適当に飾ってある。好きに見て回ってくれ」
つまり、好きに父の思い出を聞くと良い、という事だろう。
「はい。ありがとうございます」
アルハルトの蹄鉄を持参した事を告げ、披露して、家を回って蹄鉄を見ながら、参加者から父の話を聞いて回る。
四時間という時間は、思いがけず短く感じるほどの速さで過ぎていった。
主催であるアルハルトと、途中で帰ったケイスを除く三人を見送って、ファランは改めて頭を下げる。
「今日は、お招きいただき、本当にありがとうございました」
「いや、こっちこそありがとな。お前の縁を広げるというより、こっち側が会いたがったってのが大きいからな。来てくれて良かったよ」
こちらこそ来れて良かったですと、返して、首を傾けながら見上げる。実は話したい事があると言われたからこうして最後に留まっているのだが、言い難い事なのか、アルハルトからは用件が出てこない。
「あー…そういや、誰も誘わなかったんだな」
これも、おそらくは本題ではないだろう。そうは思うが、普通に返す。
「いちおう、補佐人の方に声をかけたのですけれど。あまりに直前だったのでご都合がつかなくて」
「補佐人? どんなやつだ?」
「アルフレッドの口利きで入った、優秀な方ですよ」
「男か?」
「え? はい」
「若い?」
「はぁ、二十歳くらいの方ですけど」
本題を切り出さない上に何故補佐人にこんなにも食いつくのか。ファランが眉を寄せつつも返答を重ねれば、アルハルトの眉も寄った。
「ファラン・マーヴェラスです。蹄鉄については浅学でございますが、どうぞ、よろしくご教授くださいますようお願い申し上げます」
相手の年齢層が高かったので、反射的に前世での仕事時の挨拶に近い言い回しをしてしまった。
(なんか…違う気がする)
もう言ってしまったものを引っ込める事はできないが、少し後悔しつつ、反省する。
「まぁ! まぁまぁまぁ!」
例の姿勢から体を戻しても、沈黙が落ちている事にどうしたものか考え始めると、不意にその声が沈黙を破った。
窓辺に置かれた、トーリシア風の長椅子に腰掛けていた妙齢の女性だ。白髪まじりの金髪を、スッキリとまとめ、ファランと同じようにすっきりとしたドレス姿をしている。
手を組んで微笑んでいたかと思うと、立ち上がってファランへ歩み寄った。
「こうして会うのはもう十数年ぶりだけれども、あの小さな女の子がこんなに素敵な女性になるなんて、私も歳を取るはずね」
自分に近付いて来る左側の女性へ意識が向いていると、右側からも声が上がった。
水盆に浮かんだ花びらを見ていた老齢の女性だ。真っ白な髪をして、だが大きな皺はありつつも張りのある肌を持ち、矍鑠としている。不思議とおかしいとは思わないが、何故か、喪服めいた黒いドレス姿をしていた。
「はじめまして。わたくし、アルティナ・モリアートよ」
右側に意識を持って行かれている間に、傍らまで来ていた女性がそう挨拶をして、手をぎゅっと握った。
「はじめまして」
ニコニコと笑う顔の、目尻にくしゃっと皺が寄り、丸みのある頬がふっくらと持ち上がる。
アルティナの、何とも可愛らしい笑顔と握られた手の温かさに、思わずファランは微笑み返していた。
「貴方のお父様とは夫が親友だったのよ。はじめはね」
ファランの手を取ったままくすくすと笑ったアルティナの視線が後に向かうと、ちょうど椅子から立ち上がった老齢の男性と目が合う。
「フィリックス・モリアートだ。学園で一緒だったのがシクロンとの縁でね。彼とはとても親しくなったのだが、気が付くと妻の方が私よりも彼の事をよく知るようになっていて…貴方の誕生を知ったのも何故か妻からだったよ」
どうしてなかなか、という夫に、貴方は筆不精だからよ、と笑う妻。
歳がそれなりに離れていそうな仲の良い夫婦の姿に、ファランはぎゅっと胸が締め付けられるような気がした。
「お二人が仲が良いのは結構ですけれど、彼女の前を開けて下さるかしら? ご挨拶ができないわ」
「やだ、ごめんなさい」
「今退くよ」
二人の後から現れたのは、先ほど水盆の前で声を上げていた女性だ。
「私もシクロンとは学園で一緒だったのよ。貴方とは、二度目なのだけれど、憶えているかしら?」
そう声をかけられて、ファランは真剣に記憶を掘り起こした。
美しい弧を描く口元。青い瞳。今は白いが、おそらく元は銀髪だったと思われる髪。幼い頃、父の側にいて出会った人。
「………」
全く思い出せなかった。
「ほほほ」
女性が失笑するのを、ファランは少し驚いて見つめてしまう。クールな見た目をしているが、明るい人柄であるらしい。
「ごめんなさいね。まだ二つになる前の事だから、憶えている訳がないわ。マリアーナ・クロッシェよ」
「マリナ様は人をからかうのが好きなんだよ。昔からずっとね」
そう言っていつの間にか近くに来ていたのは、この部屋で見知らぬ最後の男性。おそらくアルハルトと同じ程のこの中では一番若そうに見える壮年だ。
「ケイス・グレッグだよ。シクロン殿とは仕事でお世話になったのが縁でね」
「まっ、要するに全員シクロンの事をよく知ってる奴らって訳だ」
背後に立っていたアルハルトがそう言って、ファランの肩を叩きながら結論付けた。
「蹄鉄はこの家の中に適当に飾ってある。好きに見て回ってくれ」
つまり、好きに父の思い出を聞くと良い、という事だろう。
「はい。ありがとうございます」
アルハルトの蹄鉄を持参した事を告げ、披露して、家を回って蹄鉄を見ながら、参加者から父の話を聞いて回る。
四時間という時間は、思いがけず短く感じるほどの速さで過ぎていった。
主催であるアルハルトと、途中で帰ったケイスを除く三人を見送って、ファランは改めて頭を下げる。
「今日は、お招きいただき、本当にありがとうございました」
「いや、こっちこそありがとな。お前の縁を広げるというより、こっち側が会いたがったってのが大きいからな。来てくれて良かったよ」
こちらこそ来れて良かったですと、返して、首を傾けながら見上げる。実は話したい事があると言われたからこうして最後に留まっているのだが、言い難い事なのか、アルハルトからは用件が出てこない。
「あー…そういや、誰も誘わなかったんだな」
これも、おそらくは本題ではないだろう。そうは思うが、普通に返す。
「いちおう、補佐人の方に声をかけたのですけれど。あまりに直前だったのでご都合がつかなくて」
「補佐人? どんなやつだ?」
「アルフレッドの口利きで入った、優秀な方ですよ」
「男か?」
「え? はい」
「若い?」
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