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侯爵閣下はそろそろアップを始めるようです
47.地道な草の根運動によって
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出がけもきゃっきゃっ、と楽しく過ごしたファランは、馬車を下りた建物の前で、その楽しさが吹き飛んだ。
「え………」
呪いの館。
そう言われればきっと信じた。そういう薄暗さというか虚しさのようなものが、その建物には、漂っている。他の家々が建ち並んでいる場所から僅かに外れている立地。明らかに手入れをしなくなってしばらく経っていると解る木が鬱蒼とした庭。罅が入っているのにそのままの石畳。
門扉は開いていたので、馬車で入ってきたのはいいが、人の姿が見つからず、玄関前で呆然と立ち尽くす。
「住所…合ってるよね?」
「はい。こちらで、間違いございません。住所は…」
傍らでカトレアも、半分呆然としたように呟いた。
住所通りに主人を運んできた御者も、困惑している。
それどころか、心持ち車を引いている馬さえ、なんだか居心地悪そうにしている気がした。
住所を書き間違えていたのではないか、とファランが疑い出した時。意外にも静かに目の前の建物の扉が開く。
「おお、来たな、ファリィ!」
出てきたのは幽霊でも化物でもなく、アルハルトだった。
(ここで合ってたぁ)
おかしな場所に迷い込んでしまったのではない事に安堵していると。アルハルトの後から複数人の男女が出てきて、御者を誘導したり、ファラン達を案内するため先導してくれたりし始めた。
「悪いな、当初とは場所が変わって。解り辛かったろ?」
「いえ」
(解り辛いというより、入り辛かったです)
否定しつつも苦笑を隠せないファランの表情をどう読み取ったのか、アルハルトはもう一度謝ってから続ける。
「まぁ、心配すんな。この建物は見た目ほど手を入れてないわけじゃない。崩れたりはしない」
「なるほど」
アルハルトの言葉に、外観はともかく中はちゃんと掃除も行き届いているな、という感想が間違っていないかったと納得した。
「それに、此処はただの目隠しだからな」
「目隠し?」
「本命は中庭だ」
玄関扉を入って、左右の廊下でも正面左右の階段でもなくまっすぐ突き進むので不思議に思っていたが、建物を突っ切って中庭に出ようとしていたらしい。
「ようこそ『隠された箱庭』へ」
アルハルトがそう言いながら扉を開けた先の光景に、ファランは思わず息を飲んだ。
「綺麗…」
蔦の絡まる薄汚れた石壁に四方を囲まれた空間には、これでもかと陽光が降り注ぎ、先ほどの鬱蒼とした雑木の庭を霞ませた。きちんとした庭ではないが、様々な花が咲き乱れる中庭には、素朴な白壁の平屋の建物がある。
「この屋敷は四方から入れるが、全面がさっきのように廃館じみた見た目にしてあってな。実際は見張りも置いてるし、定期的に手も入れてあるんだが、ぱっと見ただけではそうとは解らないようにしてある。全ては余人にあの家での事が漏れないための配慮だ」
「あの家?」
「家といっても誰も居住はしてないがな」
「トーリシア様式ですね」
白い漆喰と思われる壁。赤から橙の間の色で焼かれた瓦屋根。もうそれだけでこの国では見かけないレベルにトーリシアを意識していると解るのだが、ご丁寧に屋根の先に風鐸まで揺れている。
ファランの記憶している範囲での話だが、彼女は自宅以外で風鐸を初めて見た。
「俺の祖父が建てさせたものだ。家具の類も全てトーリシア風だ」
「マーヴェラス家の実家も、一室だけトーリシア調にしてありますけど…全て、ですか。流石ですね」
「あくまで、風、だがな。マーヴェラス家のは生粋だろう?」
「はい」
頷いてから、少し首を傾げた。
(なるほど)
しかしながら、風、が強調された意味は、中に入ってすぐに解った。祖母の遺品であるトーリシア製の家具とは、確かに違う。おそらくは、木の種類などの素材から。きっと全て国内で製造したのだろう。だから風なのだ。
「ファリィは本物を知ってるからな、違和感が酷いかもしれないが、これでも一流の職人の作だ」
「いえ、これはこれで良いものだと。この国にはこの国に合った木材や布がありますから、デザインだけがトーリシアでも、素敵だと思いますよ」
「そうか!」
自分が褒められたかのように笑った後で、アルハルトが口元を覆った。
それが、照れているとかではなく、笑い続けているのだと気付いて、ファランは首を捻る。
「あの…?」
「ああ、すまん。シクロンも同じ事を言ってくれたのを思い出していた」
「父が」
「ファリィは見た目は先夫人に似ているが、シクロン似だな」
「そう、ですか?」
「ああ」
「そうですか…」
今となっては元のファランとも言い難い状況なのだが、父に似ているという言葉は、すとんと胸に落ちてきて、嬉しさが込み上げる。
「ふふ、そうですか」
はにかむように微笑むファランを目を細めて見つめてから、アルハルトは一室の扉を開けた。
「おい! ファリィが来たぞ!」
「あの…その呼び方は」
「心配するな、此処に居るのは皆シクロンと旧知の仲だ」
「え…!」
言葉に視線を室内で巡らせる。
窓からも光が大きく取り込まれている室内には、四人の男女が居た。全員が同じ歳には見えないが、おそらく、アルハルトよりも歳上なのは確かだろう。シクロンと同じ歳くらいの者も居るように見える。
(お父様の知り合いの方々)
「え………」
呪いの館。
そう言われればきっと信じた。そういう薄暗さというか虚しさのようなものが、その建物には、漂っている。他の家々が建ち並んでいる場所から僅かに外れている立地。明らかに手入れをしなくなってしばらく経っていると解る木が鬱蒼とした庭。罅が入っているのにそのままの石畳。
門扉は開いていたので、馬車で入ってきたのはいいが、人の姿が見つからず、玄関前で呆然と立ち尽くす。
「住所…合ってるよね?」
「はい。こちらで、間違いございません。住所は…」
傍らでカトレアも、半分呆然としたように呟いた。
住所通りに主人を運んできた御者も、困惑している。
それどころか、心持ち車を引いている馬さえ、なんだか居心地悪そうにしている気がした。
住所を書き間違えていたのではないか、とファランが疑い出した時。意外にも静かに目の前の建物の扉が開く。
「おお、来たな、ファリィ!」
出てきたのは幽霊でも化物でもなく、アルハルトだった。
(ここで合ってたぁ)
おかしな場所に迷い込んでしまったのではない事に安堵していると。アルハルトの後から複数人の男女が出てきて、御者を誘導したり、ファラン達を案内するため先導してくれたりし始めた。
「悪いな、当初とは場所が変わって。解り辛かったろ?」
「いえ」
(解り辛いというより、入り辛かったです)
否定しつつも苦笑を隠せないファランの表情をどう読み取ったのか、アルハルトはもう一度謝ってから続ける。
「まぁ、心配すんな。この建物は見た目ほど手を入れてないわけじゃない。崩れたりはしない」
「なるほど」
アルハルトの言葉に、外観はともかく中はちゃんと掃除も行き届いているな、という感想が間違っていないかったと納得した。
「それに、此処はただの目隠しだからな」
「目隠し?」
「本命は中庭だ」
玄関扉を入って、左右の廊下でも正面左右の階段でもなくまっすぐ突き進むので不思議に思っていたが、建物を突っ切って中庭に出ようとしていたらしい。
「ようこそ『隠された箱庭』へ」
アルハルトがそう言いながら扉を開けた先の光景に、ファランは思わず息を飲んだ。
「綺麗…」
蔦の絡まる薄汚れた石壁に四方を囲まれた空間には、これでもかと陽光が降り注ぎ、先ほどの鬱蒼とした雑木の庭を霞ませた。きちんとした庭ではないが、様々な花が咲き乱れる中庭には、素朴な白壁の平屋の建物がある。
「この屋敷は四方から入れるが、全面がさっきのように廃館じみた見た目にしてあってな。実際は見張りも置いてるし、定期的に手も入れてあるんだが、ぱっと見ただけではそうとは解らないようにしてある。全ては余人にあの家での事が漏れないための配慮だ」
「あの家?」
「家といっても誰も居住はしてないがな」
「トーリシア様式ですね」
白い漆喰と思われる壁。赤から橙の間の色で焼かれた瓦屋根。もうそれだけでこの国では見かけないレベルにトーリシアを意識していると解るのだが、ご丁寧に屋根の先に風鐸まで揺れている。
ファランの記憶している範囲での話だが、彼女は自宅以外で風鐸を初めて見た。
「俺の祖父が建てさせたものだ。家具の類も全てトーリシア風だ」
「マーヴェラス家の実家も、一室だけトーリシア調にしてありますけど…全て、ですか。流石ですね」
「あくまで、風、だがな。マーヴェラス家のは生粋だろう?」
「はい」
頷いてから、少し首を傾げた。
(なるほど)
しかしながら、風、が強調された意味は、中に入ってすぐに解った。祖母の遺品であるトーリシア製の家具とは、確かに違う。おそらくは、木の種類などの素材から。きっと全て国内で製造したのだろう。だから風なのだ。
「ファリィは本物を知ってるからな、違和感が酷いかもしれないが、これでも一流の職人の作だ」
「いえ、これはこれで良いものだと。この国にはこの国に合った木材や布がありますから、デザインだけがトーリシアでも、素敵だと思いますよ」
「そうか!」
自分が褒められたかのように笑った後で、アルハルトが口元を覆った。
それが、照れているとかではなく、笑い続けているのだと気付いて、ファランは首を捻る。
「あの…?」
「ああ、すまん。シクロンも同じ事を言ってくれたのを思い出していた」
「父が」
「ファリィは見た目は先夫人に似ているが、シクロン似だな」
「そう、ですか?」
「ああ」
「そうですか…」
今となっては元のファランとも言い難い状況なのだが、父に似ているという言葉は、すとんと胸に落ちてきて、嬉しさが込み上げる。
「ふふ、そうですか」
はにかむように微笑むファランを目を細めて見つめてから、アルハルトは一室の扉を開けた。
「おい! ファリィが来たぞ!」
「あの…その呼び方は」
「心配するな、此処に居るのは皆シクロンと旧知の仲だ」
「え…!」
言葉に視線を室内で巡らせる。
窓からも光が大きく取り込まれている室内には、四人の男女が居た。全員が同じ歳には見えないが、おそらく、アルハルトよりも歳上なのは確かだろう。シクロンと同じ歳くらいの者も居るように見える。
(お父様の知り合いの方々)
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