悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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侯爵閣下、婚約者辞めるってよ

75.結婚

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 イカスを見送ってから、席を立つ。ファランは、わずかに俯いて廊下へ足を踏み出した。
「いつも、面倒な事ばかり巻き込んでしまうようで、すみません」
「いえ。手が必要な時に思い出してもらえるのなら、これほど嬉しい事はありません」
 先導する局員の後を歩きながら、ファランは傍らのクライフの腕に触れる。腕を組むのでも取るのでもなく、ただ触れただけだ。
 気付いたクライフがその手を握ると、少し指先が冷えていた。
 体温に肩の力が抜けたファランは、出入口付近の少し遠くが役所の窓口であるため賑わっている事に気付く。入る時も通ったはずだが、緊張していたせいか、気が付いていなかった。
(そういえば、婚姻届けってここに出すのよね…)
 確信はないが、腕を組んだ若い男女が楽しそうに役所の窓口に立っているのを見て、ファランはふと考えた。
「どうされました?」
「え、あ、いえ、なんでもありません」
 ファランは慌てて手と首を振って否定する。確かアイラックとテスティアも婚姻届提出を楽しそうにしていたな、と思い出して、自分も今なら出来るのではないか、と考えぽーっとしていたとは言い難かった。
 そもそも求婚を受けはしたが、まだ家族への挨拶だとか式の日取りだとか、具体的な話は何もしていないのだ。婚姻届についても、アルフレッドが取りに行ってくれているはずで、まだ書いてもいない。
「せっかくですから、届け出てしまいますか?」
 ファランの視線の先に気付いたクライフが楽しそうに笑う。
「そうですね、良いかもしれません」
 揶揄われていると思ったので、ファランも笑って、答えた。
「どうぞ!」
 そして、真面目で気配りのできる局員が、本当に婚姻届を持って来てくれたので、有り難く持ち帰ることにした。
 最後にほっと息を吐いて馬車に乗れたからだろう。ファランは、行きよりも軽い気持ちで、馬車に揺られながら、斜め対面に座るクライフを横目で見つめた。
 司法局で預かった、婚姻届ではない、書類を見ていたクライフは、馬車が少し揺れたので念のためファランへ視線を向ける。そして、視線が合ったので微笑んだ。
「あの…そちらに行っても良いですか?」
 ファランの視線が隣の座面を見ている事に気付いたクライフは、書類を仕舞った。
「私がそちらに参ります」
 進行方向に向かって背を向けている席よりも、ファランがそのまま座っている席の方が良いと判断したのと、動いている馬車の中で移動するなら自分の方だと思ったからだ。
 クライフが書類を仕舞う間に、ファランは慌てて座面の右端に寄った。元々やや右寄りに座っていたのに更に寄ったので、ほぼ中央が空いたような状況だ。
「あの。今日は、ありがとうございました」
「いえ」
「それと、その、婚姻届なのですが」
「はい」
 この国で成人が結婚する際には両名の同意と署名で事足りるのだが、今回はクライフにマーヴェラス家へ入って貰う事になるため、クライフの家であるヴォルフェン家から籍を抜く移籍への同意が必要なのだ。
「今更なのですが、クライフさんのご両親は」
「ヴォルフェン家の移籍の件でしたら、私しかいない家ですので、ご心配には及びません」
「え?」
 頬を赤らめていたファランの顔から少し血の気が引く。
「言葉足らずでご心配をおかけして申し訳ありません。両親は健在です。今のヴォルフェン家という籍は理官となった際に得た貴族籍なので、移籍に際して誰かの同意や相談は必要無いという意味です」
「あ…なるほど。良かった…」
 ファランはほっと息を吐く。
「本当に、あの場で書いて提出してしまっても良かったくらいです」
「また、そんな。書類は不要でも、ご両親へのご挨拶はさせてください」
「都合を訊いておきます」
 クライフの返答に、微笑んでから、至近距離で顔を見返す事に耐えられなくなって視線を逸らす。
「?」
「か、く、クライフさんは、その、容姿など、ご両親のどちらに似ていらっしゃるのかしら?」
 格好良過ぎると口を滑らせかけて、慌てて言葉を逸らしたが、あまり大きく離れる事はできず結局容姿の話をふってしまった。
「あまり自覚はないのですが、母に似ていると言われますね」
「然様で」
(それはとんでもない美人がお母様という事なのでは…)
 クライフの金髪碧眼状態を女性として想像しながら、ファランはぽかんとしてしまう。
(産まれた時からそんな美女を見てきて、鏡を覗けばこの顔…クライフさんが何で私なんか好きなのかとずっと思ってたけど…もしかして派手顔は見飽きてたから? 私、淡白な顔で良かったって初めて感じてるかもしれない)
 妙な事で納得をしながら、もう一度ちらりとクライフの顔を見て、ファランはぎゅっと口を引き結ぶ。
(待って、私、ネガティブが過ぎる)
 顔の良い婚約者を見て、婚約破棄を思い出す自分に、自身で驚きながら頭を振って否定する。そもそもクライフとの婚約は口約束でしかない。
「どうされました?」
「あ、いえ、気になさらないでください…ちょっと」
「何かあるなら、仰ってください」
「本当に大した事では…婚約という言葉にいい思い出がないだけですので」
 自分に呆れて俯いていたファランは、幸いな事にクライフが浮かべた冷笑を見ずに済んだ。
「ではやはり、さっさと進めてしまいましょうか」
「え?」
「幸い両親には昔から好きにしろと言われているのです」
「はぁ…?」
 事態が飲み込めずに首を傾げるファランは、翌日再び司法局に赴く事になった。
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