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侯爵閣下、婚約者辞めるってよ
74.懺悔
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ファランの腰が抜けてへたり込んでしまったタイミングで、ちょうどニーアが部屋へやって来てしまった。
「っ!」
かっと目を見開いたニーアは無言で二人に駆け寄りながら、手近にあった花瓶を引っ掴んで振りかぶる。
「待ってニーア!」
ファランが辛うじてそう叫ぶと、ぴたりとその動きが止まった。花瓶はクライフに狙いを定めた状態で、ニーアの真上だ。
「大丈夫だから」
他ならぬファランからの言葉で、ニーアはそっと花瓶を下ろすと、元々置かれていた棚に戻した。その後でクライフをファランから引き剥がし、間に立ってきっと睨みつける。
「ニーア、ニーア違うの。あのね、今…今ね………」
結婚を承諾したのだと言いかけて、その事実に再びファランの顔が真っ赤に染まった。
結局。
騒ぎに気付いたカトレアが事態を治めるまで、慌てるファランとクライフを威嚇し続けるニーアという謎の構図が続いた。
「まぁ、なんておめでたい事でしょう」
状況を聞いたカトレアの横で、ニーアがめでたくないと歯を見せながら腹を立てている。が、カトレアに笑顔で、おめでたい事です、と言われ続け最終的には渋々頷いていた。
ちなみに、そんなニーアが執務室に来た理由は、ファラン宛の手紙を届けるためだ。
「司法局から…」
店舗関連で司法局から今更連絡が来る事はなかったはずだ。それならば、この手紙は別の事である可能性が高い。それが理解できて、ファランは覚悟を決めてその手紙を開いた。
「………」
正直に言えば、母親と叔父の判決が出たのだと思って、それを読む覚悟で手紙を開いたのだ。だが、手紙には、叔父が面会を求めていると書かれていた。
「ご主人様?」
「…叔父様が面会を求めてるって」
ファランを心配そうに見つめる事で緩んでいたニーアの眉間が再び寄る。
「お渡しくださいご主人様。そんな手紙燃やしてしまいましょう!」
「落ち着いて、ニーア」
ニーアを宥め、カトレアに明後日には会いに行くと返事をすると告げた。
「ご一緒させてください」
クライフの言葉に安堵を覚えて、自分でも気付かぬ内に頷く。そうして首を戻してから、ひと呼吸おき、自然に心強く思って頼っている事実にまた赤面してしまった。
(たぶん二人の事よ…)
今更、恨み言が待っているとは思わない。きっと、メイラとシエラに関わる事だろう。それならば、会いに行っても良いと今のファランならば考えられる。それに、どうせなら開店前にゴタゴタした物事を決着してしまいたい思いもあった。
クライフからの求婚を掘り下げるのが照れ臭くて現実逃避をはかった訳では決してない。
明後日。
クライフと共に司法局へ向かったファランは、奥まった部屋へと案内された。
扉の前までは一緒に入れたが、室内はファランと局員しか入室できないため、クライフは廊下で待つ事になる。もっとも、時節柄とファランの希望もあって扉は開け放したままだ。
質素な室内は飾り気が無い。季節柄開けられた窓から入る風は雑木林を抜けてくるからか、涼しく爽やかだが、あまり人が出入りする室内でないせいか、僅かに埃臭さがあるようだった。
(懺悔室のよう)
扉から真っ直ぐに奥の壁に向かって、机と椅子が置かれている。机の先には木製の格子があり、その先は暗く窓の無い小部屋のようだった。
局員の案内で机へ向かい、椅子にかければ、少しして格子の向こうにイカスが現れる。
暗い室内にいるせいか、その窶れの目立つ頬のせいか、生気が薄いようなイカスは、明るい室内から自分を真っ直ぐに見つめるファランを見て、悲しげに微笑んだ。
わずかに掘り下がっているらしい格子の向こう側には椅子は無い。
ファランは立ち尽くしながらも視線が同じ高さにあるイカスを真っ直ぐに見つめながら、初めて会った時よりも、親しさのようなものを感じる自分に驚いていた。
「会ってくれて良かった…直接、どうしても、お礼が言いたかったんだ。メイラとシエラの事、二人から聞いた。本当にありがとう」
頭を下げたイカスの、丸まった背中に、背骨が目立つのを見て、ファランは用意していた言葉を失った。
「いえ………私にとって、シエラは従姉妹です。それは、誰がなんと言おうと事実です。私は、私の力が及ぶ限りシエラを助けていきたいと思っています。どうぞ…安心してください」
シエラはトレッツォ家を継ぐ事はできなかった。つまり、彼女と母のメイラは今後も平民として生きていく。それでも、ファランにとってシエラは血縁関係を持つ従妹だ。
震えるイカスの肩を見つめながら、ファランは、何処かでこの結末を変える事はできなかったのだろうかと考えてしまう。
メイラがマーヴェラス家へ乗り込んで来た時。イカスの罪に死刑が適用される予定はなかった。だが、その後、イレーヌの自白により、先代グローリア侯爵の毒殺を行った共犯として、殺人罪が加わり、死刑判決が下される事が決定的になっていた。何故、イレーヌが突然そんな告白をしたのか、ファランには解らないが、その事が、イカスと、メイラとシエラを引き裂く事となったのは解った。
顔を上げたイカスとファランは、無言で見つめ合う。しばらくそうしても、何か話すべき事は思い付かず、ファランは局員にもう終了するかと訊かれて頷いた。
イカスのいる小部屋側の扉が開く中、イカスは小さく搾り出すように呟く。
「信じてもらえないかもしれない、だが、本当に…慕わしく思っていた。義兄さんを、愛していたんだ」
「………信じます」
俯き、背を向けたイカスにファランは少し声を張って答えた。きちんと、届くように。
小部屋を出て行くは背は振り返りはしなかったが、その肩は震えていた。
「っ!」
かっと目を見開いたニーアは無言で二人に駆け寄りながら、手近にあった花瓶を引っ掴んで振りかぶる。
「待ってニーア!」
ファランが辛うじてそう叫ぶと、ぴたりとその動きが止まった。花瓶はクライフに狙いを定めた状態で、ニーアの真上だ。
「大丈夫だから」
他ならぬファランからの言葉で、ニーアはそっと花瓶を下ろすと、元々置かれていた棚に戻した。その後でクライフをファランから引き剥がし、間に立ってきっと睨みつける。
「ニーア、ニーア違うの。あのね、今…今ね………」
結婚を承諾したのだと言いかけて、その事実に再びファランの顔が真っ赤に染まった。
結局。
騒ぎに気付いたカトレアが事態を治めるまで、慌てるファランとクライフを威嚇し続けるニーアという謎の構図が続いた。
「まぁ、なんておめでたい事でしょう」
状況を聞いたカトレアの横で、ニーアがめでたくないと歯を見せながら腹を立てている。が、カトレアに笑顔で、おめでたい事です、と言われ続け最終的には渋々頷いていた。
ちなみに、そんなニーアが執務室に来た理由は、ファラン宛の手紙を届けるためだ。
「司法局から…」
店舗関連で司法局から今更連絡が来る事はなかったはずだ。それならば、この手紙は別の事である可能性が高い。それが理解できて、ファランは覚悟を決めてその手紙を開いた。
「………」
正直に言えば、母親と叔父の判決が出たのだと思って、それを読む覚悟で手紙を開いたのだ。だが、手紙には、叔父が面会を求めていると書かれていた。
「ご主人様?」
「…叔父様が面会を求めてるって」
ファランを心配そうに見つめる事で緩んでいたニーアの眉間が再び寄る。
「お渡しくださいご主人様。そんな手紙燃やしてしまいましょう!」
「落ち着いて、ニーア」
ニーアを宥め、カトレアに明後日には会いに行くと返事をすると告げた。
「ご一緒させてください」
クライフの言葉に安堵を覚えて、自分でも気付かぬ内に頷く。そうして首を戻してから、ひと呼吸おき、自然に心強く思って頼っている事実にまた赤面してしまった。
(たぶん二人の事よ…)
今更、恨み言が待っているとは思わない。きっと、メイラとシエラに関わる事だろう。それならば、会いに行っても良いと今のファランならば考えられる。それに、どうせなら開店前にゴタゴタした物事を決着してしまいたい思いもあった。
クライフからの求婚を掘り下げるのが照れ臭くて現実逃避をはかった訳では決してない。
明後日。
クライフと共に司法局へ向かったファランは、奥まった部屋へと案内された。
扉の前までは一緒に入れたが、室内はファランと局員しか入室できないため、クライフは廊下で待つ事になる。もっとも、時節柄とファランの希望もあって扉は開け放したままだ。
質素な室内は飾り気が無い。季節柄開けられた窓から入る風は雑木林を抜けてくるからか、涼しく爽やかだが、あまり人が出入りする室内でないせいか、僅かに埃臭さがあるようだった。
(懺悔室のよう)
扉から真っ直ぐに奥の壁に向かって、机と椅子が置かれている。机の先には木製の格子があり、その先は暗く窓の無い小部屋のようだった。
局員の案内で机へ向かい、椅子にかければ、少しして格子の向こうにイカスが現れる。
暗い室内にいるせいか、その窶れの目立つ頬のせいか、生気が薄いようなイカスは、明るい室内から自分を真っ直ぐに見つめるファランを見て、悲しげに微笑んだ。
わずかに掘り下がっているらしい格子の向こう側には椅子は無い。
ファランは立ち尽くしながらも視線が同じ高さにあるイカスを真っ直ぐに見つめながら、初めて会った時よりも、親しさのようなものを感じる自分に驚いていた。
「会ってくれて良かった…直接、どうしても、お礼が言いたかったんだ。メイラとシエラの事、二人から聞いた。本当にありがとう」
頭を下げたイカスの、丸まった背中に、背骨が目立つのを見て、ファランは用意していた言葉を失った。
「いえ………私にとって、シエラは従姉妹です。それは、誰がなんと言おうと事実です。私は、私の力が及ぶ限りシエラを助けていきたいと思っています。どうぞ…安心してください」
シエラはトレッツォ家を継ぐ事はできなかった。つまり、彼女と母のメイラは今後も平民として生きていく。それでも、ファランにとってシエラは血縁関係を持つ従妹だ。
震えるイカスの肩を見つめながら、ファランは、何処かでこの結末を変える事はできなかったのだろうかと考えてしまう。
メイラがマーヴェラス家へ乗り込んで来た時。イカスの罪に死刑が適用される予定はなかった。だが、その後、イレーヌの自白により、先代グローリア侯爵の毒殺を行った共犯として、殺人罪が加わり、死刑判決が下される事が決定的になっていた。何故、イレーヌが突然そんな告白をしたのか、ファランには解らないが、その事が、イカスと、メイラとシエラを引き裂く事となったのは解った。
顔を上げたイカスとファランは、無言で見つめ合う。しばらくそうしても、何か話すべき事は思い付かず、ファランは局員にもう終了するかと訊かれて頷いた。
イカスのいる小部屋側の扉が開く中、イカスは小さく搾り出すように呟く。
「信じてもらえないかもしれない、だが、本当に…慕わしく思っていた。義兄さんを、愛していたんだ」
「………信じます」
俯き、背を向けたイカスにファランは少し声を張って答えた。きちんと、届くように。
小部屋を出て行くは背は振り返りはしなかったが、その肩は震えていた。
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