悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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侯爵閣下、婚約者辞めるってよ

73.告白

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 ファランは、六日後のプレオープンに向けて料理長が持ってきたお菓子を眺めながら、出席者の確認をしていた。
(この…アルハルトさんの『代理を出席させる』っていうのが…気になるのよね)
 近隣店舗との連携も、マリアーナという後ろ盾のおかげか、クライフのアドバイスによって計画が洗練されたおかげか、開店準備は問題なく進んだ。ここまできて大問題はもう起こらないとは思うのだが、用心には用心を重ねるべきだろうと考える。
(事前に知らなかった私もどうかとは思うけど…フィリックスさんは副大臣だったし、もしこの代理の人が王族だったら………警備とかそういう観点はあんまり考えてなかったんだけど…必要かしら)
 今日来るクライフに相談してみよう、と結論付けて、近頃終始頼りきりだと反省もする。
 前は大概の事はアルフレッドに相談を持ちかけていたが。クライフが補佐人になってからというもの、何を相談しても彼を頼ると良いという返事で、気付けばアルフレッドではなく一次相談からクライフに向かう事が増えた。
 しかも給金の相談は頑ななまでに固辞される。
(歪だわ…ファラン的初恋相手で、被雇用者で、なのに知識的には優位にあって、恩人なのに、向こうからすれば私が恩人………あー関係性に思い悩みすぎていっそリセットしたいとまで思っちゃったし。でも、それはそれで嫌なのも事実。結局ずっと結論出ないまま…もう疲れたよー…)
 行儀は悪いが、誰もいないので、執務室の机に突っ伏して盛大な溜息を吐く。しばらくそうしていたが、ふと顔を上げて気付いた。
「あれ…?」
 いつぞや結婚相手の条件を書き出した紙が見当たらなかった。書くだけ書いたが、どうとも思えず。折り畳んで机の端にある時計の下に隠すように置いたはずだったのだが。今、その紙が見当たらない。
(もしかして掃除の時に捨てられちゃったかな?)
 変なところに置いてしまったのが悪かったな、と苦笑しつつ、もう一度書き出す気にはなれず身を起こす。
 クライフが来る時間が近付いていた。
 ニーアはきっちりと髪をまとめたきりっとした侍女姿で、愛想良く微笑を浮かべながらクライフを案内している。
「昨日の今日ですけどぉ、どなたかいらっしゃいましたぁ?」
「そうですね、一人、全ての項目に当て嵌るという訳ではありませんが、最後の項目にはしっかりと当てはまる人物が」
 少し驚いたような顔でぱっとクライフを振り向いたニーアは、にんまりと笑みを浮かべる。少し足取りを軽くして、数度頷いて歩みを進めた。
 全く貴方の意に沿うてはいないと思いますが、という言葉は飲み込んで、クライフはその後を大人しく付いて行く。
「どうぞ」
 迎夏祭後に初めて会ったファランは、心持ち少し疲れているように見えた。
 ニーアにもそう見えたらしく、
「クライフさんが来ましたから、お仕事はこちらに押し付けて、ご主人様はご休憩を取ってくださいね!」
と、言ってファランを苦笑させた。
 ニーアが退室して、勿論クライフに押し付ける訳もないファランは、開店に向けた最終的な確認の話をして、先ほど思いついた事の相談もする。できる限り自分で考え動く事を前提に、今日話題にするべき事は全て話し終えた。
(うん。いつも通り、出来てる。イイ感じ)
 そろそろクライフが退室をするだろうから上手く乗り切ったぞ、とファランは内心で胸を撫で下ろす。
「聞いていただきたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
 だが、クライフは真剣な顔で新しい話題を切り出した。
「ええ。何でも、どうぞ?」
 珍しい事だと驚いたが、普段頼りきりな分、何か言われるのなら嬉しい、という思いで、ファランは笑みを浮かべて返事をした。
「私に、貴方の人生を傍らで支え、共に歩む権利を与えてくださいませんか?」
「………」
 ファランは、沈黙を返してしまった。その少し遠回りな言い回しが、理解できなかった訳ではない。なぜなら、そのプロポーズの文言はこの国では一般的であるし、なにより、アイラックがテスティアに向けて使っているので、すぐに解った。
(どうしよう…私、思い悩みすぎてついに幻聴まで聞こえるようになってしまった)
 ただ、言葉ではなく、言われたという事実そのものが理解できなかったのだ。
「あの、ごめんなさい」
 その言葉にクライフの顔が傷付いたように歪んだが、自分を冷静にしようと視線を逸らしていたファランは気付かない。
「私、どうも、ぼうっとしてしまっていて、よく聞こえなくて。もう一度良いかしら?」
「私に、貴方の人生を共に歩む権利を与えてくださいませんか?」
「………」
(あれ? 聞き直したのにまた聞こえた?)
 ようやく、ファランはクライフの顔を見返した。
 いつもの真剣に話を聞いてくれる表情が、僅かに歪んでいる。
(悲しそう?)
 目が合って初めて、ファランは自分が本当に今クライフから求婚されたのだと気が付いた。
「え?」
 ポカンと口を開けた間抜けな顔が、みるみる内に真っ赤に染まっていく。自分でも何がしたいのか解らないが、とにかくじっとしていられず、席を立った。だが、そこから何かが出来る訳でもなく。再び座った。
「わ、私はっ!」
 妙に上ずった大声が出て、自分で驚いて黙る。顔を上げれば、クライフの驚いたような表情を見て、少しだけ冷静になれた。
「私は、褒められた人間ではありませんでした。全然。全く。だから、その、今後は惜しむ事なく努力をしたくて。ただ、それに見合うだけの人物かというと、そんな事はなくて、すぐにいっぱいいっぱいに成って、目の前の事にしか目が行かなくなって、あまり、気遣いのできる性格でもないし、いつだって、きっと領の事を優先して、そのつまり、何が言いたいかというと、えっと、私で良いんですか?!」
 ぐだぐだと言い訳めいたものを言い募ったファランに、クライフは安心したような微笑みを浮かべた。
「貴方に選んでいただきたいのは私の方です」
「そ…そう、です、よね」
 視線を泳がせたファランは、おずおずと席を立ち上がると、無駄にキョロキョロと首を動かしながら、クライフへ近付いた。
 あと一歩の距離で立ち止まって、クライフの顔を見つめる。
 答えるべき慣例の言葉はちゃんと解っていた。ただ、スムーズには口から出ていかず、声の出ないまま唇が動いてパクパクと魚の真似になってしまう。一度口を閉じて唾を飲み込み、胸の前で指を組んで固まっていた右手を、そっと前に出した。
「許します」
 ファランの差し出した右手の甲に、跪いたクライフが唇を落とす。
「ありがとうございます」
 これは夢なのだ、とふと思って、ファランは膝から崩れ落ちた。
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