悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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侯爵閣下、婚約者辞めるってよ

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「どうもぉ」
 じとっとした視線に迎えられて、クライフは微苦笑しながらニーアへ挨拶をする。
「お待たせしてしまいましたか」
 いつもはまとめている髪を下ろし、私服姿のニーアは、年齢よりも幼く見える。不機嫌そうに僅かに頬が膨らんでいるのも、そう思わせる手助けをしていた。
 今日は、月に六度ある休日の一日である。いつもは何かと理由をつけてマーヴェラス家内に残って、ファランの目を盗んでこそこそ仕事をするのだが。今回は重要な任務が有るため、こうして外でクライフに会っている。
「いぃえ。こちらが早かっただけですからぁ」
 クライフは、あと一週間で開店するファランの店の前へ、ニーアからの呼び出しでやってきた。
「改めて確認しますけどぉ。人脈はそれなりに広いと仰っていましたよねぇ?」
「ええ、それなりには」
「では。この条件に当てはまる人物を紹介してください。中でも最も重要なのは最後の項目ですからぁ」
 ニーアは折り畳んだ紙をクライフに渡した。
 受け取ったクライフが紙を開くと、見覚えのある筆跡が複数の項目を並べている。
 そして最後に、
『ご主人様を第一に 誠心誠意で忠義を尽くし 奉仕する人物』
と、見覚えの無い筆跡で書かれていた。
 最も重要な項目と、その前の項目を見比べ、視線を再びニーアに向ける。
 腕を組んでどこか満足気にしていた。
「新しく使用人を雇い入れるのですか?」
 ニーアの眉が寄った。猫のような印象の緑の目も、心持ち瞳孔が開いたようだ。
「何故そうなるのですかぁ? 違います。ご主人様のお見合い相手ですぅ」
「………然様で」
 つんとそっぽを向いてニーアは不機嫌そうな顔に戻った。
 クライフは紙面を見て再び苦笑を浮かべる。
「該当する方が居たら、すぐに連絡してくださいねぇ。良いですかぁ? 最後の項目が最も重要ですからぁ!」
「ああ…はい」
 まぁ、別に期待はしていませんけど、と言い残してニーアは去っていった。
 取り残されたクライフは踵を返し、先の通りに止めてある馬車へ向かう。
(最後はニーアが書き足したのか…?)
 最後の一文がなければ、クライフも予想を外しはしなかった。だが、それを最重要だと強調されたので、使用人募集かと考えのだ。レイモンドという家令を常に自領に置いているが、家族の少ないマーヴェラス家の王都屋敷をファランだけでは支え難いだろうから、能力と出自のしっかりとした執事でも雇うのかと。
 質素な造りの馬車にさっと乗り込めば、御者も慣れた様子ですぐに移動を開始した。車内で眼鏡とカツラを取り、再び紙に目を落とす。
(開店に伴う忙しさに目処がつきしだい、見合いをするという事だろうか)
 今は自分がすぐ側に居ると思って気を抜いていた。ここまで具体的に条件がまとまっていたのか、と溜息が漏れる。
(だが、これは良い機会だ)
 マーヴェラス家の事を憂いつつも、ファランは結婚というものには前向きに動いていたようには思えなかった。クライフとして、傍らにいる時。それはひしひしと感じていた。
(迎夏祭は上手くいったが…彼女自身が動くのなら時間は無いな)
 ユールティアとしての姿でファランと踊った事で、王太子である自分の容色を知る人間、ひいては侯爵家という高い身分にあるファランに結婚を力で持ち込めるような人間は、牽制した。そのために自分の容姿を晒す事に同意したのは事実だ。だが、王太子という立場を持ったままでファランに近付く道はもう諦めている。
 クライフという人間になるための準備ももう終えていた。
(どのみち、選ぶのは彼女だ。俺が思い悩んだところで意味も無い)
 明日、マーヴェラス家へ行く予定になっている。
 玉砕するならそれで、しかたがない。
(嫌われてはいないのだろうが…)
 本当は、迎夏祭の場で言ってしまおうかという考えでいたが、仕事中だという気配を察して止めたのだ。
(難しいものだな、女性に好かれるというのは)
 昔から、立場もあったが、なにせ初恋をこじらせていたので、異性へのアプローチなどした事がなかった。ファランに対しても、何でもしたい、とは思うが、相手の好意を得る方法として適切なのかは解らない。
(こんな事なら妹が夢見勝ちに語る恋物語の感想でも真面目に聞いてやれば良かったな)
 紙を傍らの鞄に仕舞い、代わりにカツラを被るのに邪魔になったので切った髪で作った髢と書類を取り出す。
 イレーヌとイカスに関する書類だ。
(順当に行けば開店直前には連絡が行くだろうが)
 開店後と開店前とどちらに知らせるべきか。開店直前が忙しい事は疑いようがない。だが、開店直後に知らせが入っても、吉事に水を注されるようで嫌なのではないか。
 どこまでもファランの邪魔をするような連中だな、と思ってしまう。
 ファランは、メイラとシエラという母子がイカスの嘆願を出す事を手助けした。それどころか、自身を殺そうとした母親に対しても、嘆願を出している。トレッツォ家の悲運はその姉弟が悪いのではない、と。
 そういう心の広さのようなものが、自分にはないのだと、解っているが直す事もできない彼は、微笑みながらも溜息を吐いてしまった。
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