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侯爵閣下の人生はまだ始まったばかり
80.御披露目のような
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開店から滑り出しの一週間が順調な推移を見せている事に、ファランはニコニコしていた。
そんな主人を見て、カトレアは小さく頷く。そろそろ良い頃合だろうと判断したのだ。
「無事に開店しましたし、次はご主人様と旦那様の挙式ですね」
「え?」
「…『え?』とは?」
心底不思議そうなファランに、カトレアの眉が寄る。
「この前の事前会でお祝いしていただいたから…必要ないかなって」
「侯爵閣下と王子殿下のご縁ですし、国内外の要人をご招待して大々的に行ってもおかしくありませんが」
国内外の要人、という部分に反応したファランは、顔色を青くして首を小刻みに横に振った。迎夏祭を終え、今年はもう送秋祭分の気力すら使い果たしているのだ。外交関連の役職に就いていない事を理由に、送秋祭でさえそっと欠席しようと考えていたくらいである。大々的な挙式など考えるのも無理だった。
主人の一杯一杯ぶりは理解しているカトレアも、そこはあまりうるさく言わない。
「…当人同士がご判断なさる事ですのでご主人様がそう仰るのでしたら問題は無いと思いますが。まだ、旦那様のお身内とのご挨拶はなさるのですよね?」
「………」
(そうだった…!)
アルハルトならば良い、遠慮のいらない親戚のおじさんといったノリで問題無いのだから、緊張する事もない。先日顔を合わせて、シルベールも、気楽ではないが普通に話ができると解った。だが、記憶の奥底では会話をした事もあるが、はっきりとは思い出せない国王や、笑みを浮かべるだけで心臓を抉ってくる夫にそっくりという美貌の第三后妃。両親だけでもこの存在感である。
(うちの身内はマイエンジェルシエラとその保護者であるメイラでしょ。いや、メイラ卒倒するかもしれないわ…呼ばない方が良いかしら…でもそうなると私一人…カトレアとかアルフレッドは裏方で参加しますのでって言いそうだし)
天使が側に居るのと居ないのとでは精神不安が違う気がする。肝心の夫にしたって、頼りにはなるが、ファランにとっては精神衛生上攻撃を加える側である事が多い。
(ご両親への挨拶………息子さんをいただきました、って…ちらっと言って帰ってくるって訳には………いかないよね、たぶん)
そもそも何故、クライフの中では王太子であったという事が、伝える必要性を感じない些事に分類されていたのだろうか。この国の王族は王族を辞める事に躊躇いが無さ過ぎる。
(というか、私、身内に挨拶するってなると、もしかしてアイラック様にも挨拶するの? 何か、最近王子辞めたって聞いたけど…そうなると、テスティアと結婚したって事だよね…んー…ユグルシア家を出たなら挨拶はしなくて良いのかな? でも近況も気にはなるな。二人って今頃何してるんだろ。っていうか、そうか)
「ここも王子辞めてるのか…」
ファランは思わず声に出して呟いた。カトレアが不思議そうに見てくるので、何でもない、と誤魔化しつつ内心で何度も溜息を吐く。
(王族はとても大変だと思う。でも、そもそも、ほいほい辞められないから大変なのではないの?)
何はともあれ、挙式は行わず、親族もといクライフ側の両親への挨拶だけはする、という事で、ファランの心は決まった。
明日の部会について話し合うため、そろそろクライフが来る頃である。
いつ同居するのか、というワクワクする楽しい話し合いをするつもりだったが、しかたがない。元々両親に挨拶をしたいと言ったのはファランだ。しっかり、顔合わせの打ち合わせをしよう。
「――では、明日の部会はこの通りに」
「解りました」
「ところで、話は変わるのですが…」
「はい」
「く、クライフさんの、ご両親へのご挨拶の件で」
「ああ。ちょうど、月末であれば比較的時間に余裕が有ると返事が来たところです」
「………月末」
(そういえば、都合を訊いてくれるって、言ってたっけ…)
「ご都合が悪ければ先の日取りを確認しますが」
「いえ! ご挨拶に伺います! こういう事は先延ばしにしてはいけないわ!」
月末とは今日を含めて十日ほどの期間を意味するが、ここで事前準備をと考え始めたら嫌になりそうな気がする。そんな事になるくらいならば勢いで乗り切ってしまいたかった。
勢いで決めた挨拶の日取りは、六日後。
夏が始まったにしては涼しい、晴れた好日であった。
立場ではなく親族としての挨拶なのだから、と王城内の庭園に併設された東屋で短時間会うだけで良くなった挨拶の場に案内されて、ファランは思わず呆然としてしまう。
(こ、言葉も失う美女を私は初めて見ている………凄い…この方が第三后妃様)
なるほど、クライフに似ていはいた。だが、ファランにも負けぬ白い肌が輝くようで、どこか人間離れした雰囲気を纏っている。彫像に恋をした神が命を吹き込んだのだと言われたら、信じてしまうような、綺麗さである。
「まぁ!」
その、作り物のような完璧な美貌が、破顔と言えるほどに笑み崩れた。先ほどの人から外れていたかのような妖しさが、一瞬にして少女のような愛くるしさに変わる。
「グローリア侯! お会いしたかったわ!」
落ち着いた、というよりは、黄色い声、に近い高めの声と温かく柔らかな手がファランを歓迎した。
そんな主人を見て、カトレアは小さく頷く。そろそろ良い頃合だろうと判断したのだ。
「無事に開店しましたし、次はご主人様と旦那様の挙式ですね」
「え?」
「…『え?』とは?」
心底不思議そうなファランに、カトレアの眉が寄る。
「この前の事前会でお祝いしていただいたから…必要ないかなって」
「侯爵閣下と王子殿下のご縁ですし、国内外の要人をご招待して大々的に行ってもおかしくありませんが」
国内外の要人、という部分に反応したファランは、顔色を青くして首を小刻みに横に振った。迎夏祭を終え、今年はもう送秋祭分の気力すら使い果たしているのだ。外交関連の役職に就いていない事を理由に、送秋祭でさえそっと欠席しようと考えていたくらいである。大々的な挙式など考えるのも無理だった。
主人の一杯一杯ぶりは理解しているカトレアも、そこはあまりうるさく言わない。
「…当人同士がご判断なさる事ですのでご主人様がそう仰るのでしたら問題は無いと思いますが。まだ、旦那様のお身内とのご挨拶はなさるのですよね?」
「………」
(そうだった…!)
アルハルトならば良い、遠慮のいらない親戚のおじさんといったノリで問題無いのだから、緊張する事もない。先日顔を合わせて、シルベールも、気楽ではないが普通に話ができると解った。だが、記憶の奥底では会話をした事もあるが、はっきりとは思い出せない国王や、笑みを浮かべるだけで心臓を抉ってくる夫にそっくりという美貌の第三后妃。両親だけでもこの存在感である。
(うちの身内はマイエンジェルシエラとその保護者であるメイラでしょ。いや、メイラ卒倒するかもしれないわ…呼ばない方が良いかしら…でもそうなると私一人…カトレアとかアルフレッドは裏方で参加しますのでって言いそうだし)
天使が側に居るのと居ないのとでは精神不安が違う気がする。肝心の夫にしたって、頼りにはなるが、ファランにとっては精神衛生上攻撃を加える側である事が多い。
(ご両親への挨拶………息子さんをいただきました、って…ちらっと言って帰ってくるって訳には………いかないよね、たぶん)
そもそも何故、クライフの中では王太子であったという事が、伝える必要性を感じない些事に分類されていたのだろうか。この国の王族は王族を辞める事に躊躇いが無さ過ぎる。
(というか、私、身内に挨拶するってなると、もしかしてアイラック様にも挨拶するの? 何か、最近王子辞めたって聞いたけど…そうなると、テスティアと結婚したって事だよね…んー…ユグルシア家を出たなら挨拶はしなくて良いのかな? でも近況も気にはなるな。二人って今頃何してるんだろ。っていうか、そうか)
「ここも王子辞めてるのか…」
ファランは思わず声に出して呟いた。カトレアが不思議そうに見てくるので、何でもない、と誤魔化しつつ内心で何度も溜息を吐く。
(王族はとても大変だと思う。でも、そもそも、ほいほい辞められないから大変なのではないの?)
何はともあれ、挙式は行わず、親族もといクライフ側の両親への挨拶だけはする、という事で、ファランの心は決まった。
明日の部会について話し合うため、そろそろクライフが来る頃である。
いつ同居するのか、というワクワクする楽しい話し合いをするつもりだったが、しかたがない。元々両親に挨拶をしたいと言ったのはファランだ。しっかり、顔合わせの打ち合わせをしよう。
「――では、明日の部会はこの通りに」
「解りました」
「ところで、話は変わるのですが…」
「はい」
「く、クライフさんの、ご両親へのご挨拶の件で」
「ああ。ちょうど、月末であれば比較的時間に余裕が有ると返事が来たところです」
「………月末」
(そういえば、都合を訊いてくれるって、言ってたっけ…)
「ご都合が悪ければ先の日取りを確認しますが」
「いえ! ご挨拶に伺います! こういう事は先延ばしにしてはいけないわ!」
月末とは今日を含めて十日ほどの期間を意味するが、ここで事前準備をと考え始めたら嫌になりそうな気がする。そんな事になるくらいならば勢いで乗り切ってしまいたかった。
勢いで決めた挨拶の日取りは、六日後。
夏が始まったにしては涼しい、晴れた好日であった。
立場ではなく親族としての挨拶なのだから、と王城内の庭園に併設された東屋で短時間会うだけで良くなった挨拶の場に案内されて、ファランは思わず呆然としてしまう。
(こ、言葉も失う美女を私は初めて見ている………凄い…この方が第三后妃様)
なるほど、クライフに似ていはいた。だが、ファランにも負けぬ白い肌が輝くようで、どこか人間離れした雰囲気を纏っている。彫像に恋をした神が命を吹き込んだのだと言われたら、信じてしまうような、綺麗さである。
「まぁ!」
その、作り物のような完璧な美貌が、破顔と言えるほどに笑み崩れた。先ほどの人から外れていたかのような妖しさが、一瞬にして少女のような愛くるしさに変わる。
「グローリア侯! お会いしたかったわ!」
落ち着いた、というよりは、黄色い声、に近い高めの声と温かく柔らかな手がファランを歓迎した。
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