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エピローグ
ファレスピナリィの前で
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「さ、さ、こっちに座ってちょうだい。貴方のお店からお菓子を取り寄せたの。とても美味しいのねぇ、お豆って。私大好きになっちゃったわ。あ、ねぇ、急いで? グローリア侯のお茶はまだ? あらやだ、ユールティア…じゃなくて、なんだっけ? ああ、クライフね。まぁいいから、貴方もさっさとお座りなさいな。あら、陛下、どうなさいましたの? ご挨拶なんて手紙で出来るのだから、良いわよ別に。それより、顔を合わせてないとできないお話をしましょう? あ、お茶、こちらよ。それとお菓子をもっと持ってきて。あと、せっかくだから、用意していたあれも」
ファランが、結婚の挨拶どころか、今日会った事に対して挨拶をする間もないほど第三后妃、セラフィナは喋り続けた。穏やかな微笑を浮かべた国王陛下が口を挟む隙すらない。クライフは端から口を開く気すらないように思う。
(なるほど…これが第三后妃様の通常運行なのね)
顔立ちはクライフに似ていた美女の予想外の中身にファランがようやく対応し始めた頃。
先程から何度かベルを鳴らして時間を伝えていた侍従が、ついに待てなくなったのだろう、声をかけてきた。
「ええー?! もう時間なの? 嘘でしょうまだ大してお話してないわ」
「それだけ喋っていてまだ足りないのですか?」
クライフの呆れたような言葉にセラフィナは頬を膨らませたが、息子の視線は冷たいままだった。
「貴方は毎日会えるのでしょうけど。私は折々にしか会えないのよ。せっかくこんなに可愛い義娘が出来たっていうのに、もっとお話したいわ…」
「ありがとうございます、第三后妃。そのように仰っていただけて、光栄です」
ですが、お時間でしたら我々はもう帰りますので、という気持ちは伝わらなかった。
「そんな他人行儀にしないで。陛下は父親でも国王だけど、私は第三よ第三。おまけみたいな后妃で、まして息子は廃嫡されたんだもの、気楽に母様って呼んでちょうだいな」
「それは…流石に」
「いいのよ別に。私が良いって言うんだから。それに私この性格だから、何かというと表に出れないのよね。外交でも全然役に立たなくて。その上、息子が廃嫡でしょう? もうここじゃ肩身が狭くて…もしできれば今後はグローリア侯の領地でお世話になりたいわ、なんて、思ってるんだけど。どうかしら?」
「え、あ「陛下。先程からレドバ大臣がお時間を気にされておいでです。我々には構わず早々に御公務へお戻りください」
勢いに押し切られて頷きそうになったファランの前に手を差し出して遮ってから、クライフは、よろしく、以外にこの場で言葉を発していなかった国王へ声をかけた。
「そうだね」
「え、ちょっと、まだ良いでしょ? え、駄目なの? えぇ…」
侍女や国王に押されたり引かれたりして遠ざかっていくセラフィナを、ファランは少し気の抜けた笑顔で見送った。
「…確かにお顔立ちは、似てましたね」
「ああ。顔だけは、似ているとよく言われる」
疲れたような、嫌そうな、初めて見るクライフの表情に、ファランは思わず笑ってしまう。
つられたようにクライフも少し声を上げて笑ってから、そっとファランの手を取った。
「陛下から許可を得ていますので、ファレスピナリィを見に行きませんか?」
「見たいわ。嬉しいです」
自身の名前でもある幼い頃に見た遠い記憶の花をもう一度見れると聞いて、ファランは素直に頷いた。
温室などでの温度管理によって年中咲くように調整されているが、ファレスピナリィの最盛期はあくまで夏の終わりから秋にかけてだ。それでも、庭園の花々は、甘い香りを十分に放っていた。
「綺麗…」
姿が見える前から、風に乗って香っていた花の、その白い姿が見えて、ファランは呟いた。
白い花よりは緑の茎と葉が大範だが、だからこそ一輪一輪が目に留まる。まさに、翼を広げた白鷹だ。
「幼い頃、ここでファランを見た」
補佐人としての立場でない時。互いに名前で呼び合うようにしていた。そして、今名前を呼ばれて、ファランは数度瞬きをする。
「祖父に抱き上げられて笑う姿はまるでファレスピナリィの精のようで、俺は、その時に恋を知った」
「………え」
ここに来たのは幼い頃の一度だけだ。その時に、クライフに会った覚えはない。まして、恋をされるような事をしたとは思えず、ファランは呆然と驚きの声を漏らした。
「叶わないと知って、諦めようとして、それでも忘れられずに引きずっていたんだ…情けないけれど、婚約破棄の話を聞いた時、俺は嬉しかった」
まるで罪を告白するようなクライフの言葉に、ファランは頬に添えられた手に触れて笑う。
「私も嬉しかったわ。婚約破棄できて」
「本当に?」
心配そうな顔に、そっと顔を近付けて、ファランは同じように告白する。
「私ね、初恋はクライフよ。私を助けてくれたのはいつも貴方だもの」
爽やかな風が甘い香りを広げる中。キラキラと金色に輝く頭はゆっくりと近付いた。一つになった影を見る者は白い可憐な花達だけである。
□fin
ファランが、結婚の挨拶どころか、今日会った事に対して挨拶をする間もないほど第三后妃、セラフィナは喋り続けた。穏やかな微笑を浮かべた国王陛下が口を挟む隙すらない。クライフは端から口を開く気すらないように思う。
(なるほど…これが第三后妃様の通常運行なのね)
顔立ちはクライフに似ていた美女の予想外の中身にファランがようやく対応し始めた頃。
先程から何度かベルを鳴らして時間を伝えていた侍従が、ついに待てなくなったのだろう、声をかけてきた。
「ええー?! もう時間なの? 嘘でしょうまだ大してお話してないわ」
「それだけ喋っていてまだ足りないのですか?」
クライフの呆れたような言葉にセラフィナは頬を膨らませたが、息子の視線は冷たいままだった。
「貴方は毎日会えるのでしょうけど。私は折々にしか会えないのよ。せっかくこんなに可愛い義娘が出来たっていうのに、もっとお話したいわ…」
「ありがとうございます、第三后妃。そのように仰っていただけて、光栄です」
ですが、お時間でしたら我々はもう帰りますので、という気持ちは伝わらなかった。
「そんな他人行儀にしないで。陛下は父親でも国王だけど、私は第三よ第三。おまけみたいな后妃で、まして息子は廃嫡されたんだもの、気楽に母様って呼んでちょうだいな」
「それは…流石に」
「いいのよ別に。私が良いって言うんだから。それに私この性格だから、何かというと表に出れないのよね。外交でも全然役に立たなくて。その上、息子が廃嫡でしょう? もうここじゃ肩身が狭くて…もしできれば今後はグローリア侯の領地でお世話になりたいわ、なんて、思ってるんだけど。どうかしら?」
「え、あ「陛下。先程からレドバ大臣がお時間を気にされておいでです。我々には構わず早々に御公務へお戻りください」
勢いに押し切られて頷きそうになったファランの前に手を差し出して遮ってから、クライフは、よろしく、以外にこの場で言葉を発していなかった国王へ声をかけた。
「そうだね」
「え、ちょっと、まだ良いでしょ? え、駄目なの? えぇ…」
侍女や国王に押されたり引かれたりして遠ざかっていくセラフィナを、ファランは少し気の抜けた笑顔で見送った。
「…確かにお顔立ちは、似てましたね」
「ああ。顔だけは、似ているとよく言われる」
疲れたような、嫌そうな、初めて見るクライフの表情に、ファランは思わず笑ってしまう。
つられたようにクライフも少し声を上げて笑ってから、そっとファランの手を取った。
「陛下から許可を得ていますので、ファレスピナリィを見に行きませんか?」
「見たいわ。嬉しいです」
自身の名前でもある幼い頃に見た遠い記憶の花をもう一度見れると聞いて、ファランは素直に頷いた。
温室などでの温度管理によって年中咲くように調整されているが、ファレスピナリィの最盛期はあくまで夏の終わりから秋にかけてだ。それでも、庭園の花々は、甘い香りを十分に放っていた。
「綺麗…」
姿が見える前から、風に乗って香っていた花の、その白い姿が見えて、ファランは呟いた。
白い花よりは緑の茎と葉が大範だが、だからこそ一輪一輪が目に留まる。まさに、翼を広げた白鷹だ。
「幼い頃、ここでファランを見た」
補佐人としての立場でない時。互いに名前で呼び合うようにしていた。そして、今名前を呼ばれて、ファランは数度瞬きをする。
「祖父に抱き上げられて笑う姿はまるでファレスピナリィの精のようで、俺は、その時に恋を知った」
「………え」
ここに来たのは幼い頃の一度だけだ。その時に、クライフに会った覚えはない。まして、恋をされるような事をしたとは思えず、ファランは呆然と驚きの声を漏らした。
「叶わないと知って、諦めようとして、それでも忘れられずに引きずっていたんだ…情けないけれど、婚約破棄の話を聞いた時、俺は嬉しかった」
まるで罪を告白するようなクライフの言葉に、ファランは頬に添えられた手に触れて笑う。
「私も嬉しかったわ。婚約破棄できて」
「本当に?」
心配そうな顔に、そっと顔を近付けて、ファランは同じように告白する。
「私ね、初恋はクライフよ。私を助けてくれたのはいつも貴方だもの」
爽やかな風が甘い香りを広げる中。キラキラと金色に輝く頭はゆっくりと近付いた。一つになった影を見る者は白い可憐な花達だけである。
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本当に面白かったので、もっと多くの人が読んだら良いなと思い、差し出口ですが…。
感想ありがとうございます。
ダグ付けはいつも悩んで結局ぼんやりと広範囲なタグになりがちなので、ご指摘嬉しいです。婚約破棄は確かに、何で入ってないんだ? と思いました。入れます。ありがとうございました。
骨太で面白い作品でした!
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あとやっぱり主人公の性格が共感もてました。前半の冷静でふてぶてしい感じも好きでした。
感想ありがとうございます。