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第1章 影太くんスゥちゃんと出会う

スゥちゃんの存在

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 家に帰ればあたり前のようにスゥがいると思ってたけど、自室に一人だった。コタツの上に狸の置物を乗せて眺めている。何でこの狸、こんなに金玉が大きいのかな……
「はぁ……」
 大きなため息が漏れる。なぜマレさんとスゥの家が消えたのかが本当に謎だった。急に引っ越した、という感じではなかった。元からあそこは廃墟だったとしか思えないボロボロの状態……
「霊園のそばの廃墟かぁ……」
 狸の置物を眺めてスゥのことを考える。

 霊園付近の森の中で出会って、目が金色だったり茶色だったり、髪もファンタジーな色だったり茶色だったり、神出鬼没で怪力で、大型トラックを素手で止めて、鉄骨が頭に降ってきてもケロっとしてて、朝起きたら大人になってて……
「人間じゃないな~……」
 あまり他人と関わらないで生きてきた俺でも、さすがに普通じゃないなって思います。スゥもマレさんも幽霊とか妖精とか、そういうスピリチュアルな存在だったとか……? 霊園付近の森という、それっぽい雰囲気の場所で出会ったし……
 十年間毎日会っていたスゥなんて、俺のイマジナリーフレンドだったりして。気付けば突然いるし。毎日いるし。近所に住んでるわけじゃないのに毎日あきもせず通って来るなんて、変だよね……
 スゥの存在が俺の妄想なら、毎日会ってても辻褄が合う。あんな妖麗な美男美女がこの世にいるのもおかしい。地味で人見知りでパッとしない、こんな俺の知り合いなのはもっとおかしい……

「影太、夕飯できたわよ。あとこれ洗濯物ね。スゥちゃんのやつも」
 部屋に入って来た母親が、たたんだ衣類を俺に手渡した。昨日のスゥのワイシャツと下着と靴下も一緒になっている。制服は朝マレさんがスゥと一緒に持って帰っていた。
 たたまれたスゥのぱんつを見つめる。可愛い猫柄プリントのボクサーブリーフだった。これは存在の痕跡……いやしかし……
「ねぇお母さん、真面目に答えてほしいんだけど……」
 一階へ戻ろうとしていた母親を呼び止めた。何? と振り向く母親。
「スゥって存在してる?」
 母親の目が点になっているけど俺は真剣に問いただす。
「えぇと……だからその、スゥは実は存在してなくて、俺の想像の中の人物で、俺の妄想に合わせてスゥがこの世にいる……みたいにお母さんは振る舞ってない?」
 固まっていた母親は俺の目を覗き込んで、それから額に手をあてた。
「熱は……ないみたいね。ねぇ、大丈夫?」
 かなり引いている。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「あ、お父さんお帰りなさい」
 食卓に着くと先に夕飯を食べていた父親が黙って頷いた。会社から帰宅した父親は、背広を脱いでラフな格好をしている。ニュース番組を見ながらかれいの煮付けをつついていた。
「あのさお父さん、スゥとマレさんってちゃんと存在してる?」
 静かに父親がこちらを見る。父親は俺と同じで目が悪くて、黒縁の四角い眼鏡をかけている。眼鏡の奥の目は開いているのかわからない細さだった。

「もうやめなさいよ影太。存在してるに決まってるでしょう?」
 父親の代わりに母親が答えてくれた。父親は俺の質問がイマイチわからないようで、適当に頷いてテレビに向き直ってしまった。
「昨日なんてスゥちゃん、影太を抱えて帰って来たじゃない。ホントお母さん悲しいわ。あんな小さい子に抱っこされて……」
 母親はスゥが怪力だとは思ってないようで、家のいたる所にある破壊の痕跡はすべて俺がやったと思っている。それを思い出して俺は少しホッとした。そうだ、あの破壊の数々。お風呂場のタイルにヒビを入れるなんて、俺にはできない。スゥはちゃんと存在してるんだ。

「それに影太、スゥちゃんとは結婚するんでしょう?」
 俺と父親が同時に味噌汁を吹き出す。
「存在しないとか急にやめてよ。ケンカでもしたの? 昨日だってあんなに仲良く一緒に寝てたじゃない。スゥちゃんなんて影太の下着でいいって……あんなに可愛い子が影太のだっさい水玉模様のぱんつがいいって……」
 ゴホゴホと父親がむせている。母親は涙ぐみながら続ける。もういいです……わかったからやめてよ。そのぱんつを買って来たの、お母さんだよ?
「影太はすっかり忘れてるみたいだけど、あなたスゥちゃんにプロポーズしたのよ? スゥちゃんはそれを疑わずにずっと一途に慕ってくれて。なのに存在しないとか……ひどいわよ影太!」
 『存在しない』とは言ってないです。ちゃんと存在してる? っていう確認なんですが……

 母親は箸の先で俺を指して睨んだ。お行儀……
「影太はホントぜんぜん自覚してないけどね、あなたスゥちゃんのこと相当好きだと思うわよ。あの子逃したらほかに同じくらい好きになれる子なんてそうそう見つからないんだからね! ねぇお父さん!」
 父親は適当に頷いて、カップ酒に手を伸ばす。
「そうだな。頑張れよ、影太」
 やっと口を開いてそれだった。俺の肩を叩くと父親はリビングへ逃げて行きました。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 プロポーズについてはあれです。幼い日のちょっとした勘違いで、それが何で親にまで知れているのかと言えば、マレさんがうちの母親に話したからで………そういえば母親とマレさんは仲がよかったのかな。
 母親にぐちぐち言われてとりあえずスゥとマレさんがきちんと現実に存在していることは確かだと思えました。当然とも言えるけど。だって、スゥが存在しなければ俺、昨日死んでたし。

 お風呂から上がって自室のベッドで狸を見つめる。今朝スゥが眠っていた辺りに狸を横にして置いた。
 急に成長したあの姿で学校とか、スゥは大丈夫だったのかな……。あれで中学生はちょっと無理があるし。完全に大人だったし。いきなり生徒が大人になってたら、先生もびっくりだろうな。あの体格にあの美顔だし、いじめとかはないだろうけど………むしろこれまで友達を半殺しにしてたりとかないの? 俺は何度か殺されかけたけど……

 頭の中でスゥを思い出して、目を合わせようとしない上の空の狸を指で転がした。
「スゥ……今どこにいるの……?」
 おんぼろアパートの急な変貌がショックで泣きそうだった。二人の無事を早く確かめたい。
 もう一度明日、行くしかないかぁ……
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