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第2章 影太くん前世を知る

ファンタスマゴリア(7)

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「結局シッポじゃないですか……」
「影太君、本当にちゃんと見ていたんですか? そうやって両手で顔を覆っているせいでしっかり見てないですよね? 私は先ほどのプレイ中に乳頭だけでも八つの技を確認しましたよ? 流石はプロです。感心しちゃいますねぇ~」
 試しにしてあげましょうか、と言ってミョウが両手をわきわきさせながら近寄って来たのでその手を払いのけた。やめて。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 場面が変わり、森の中に双子を連れたアチェの姿があった。三人は耳をそば立てて周囲の安全を確認しながらどこかへ進んでいた。双子はマレさんの与えた服を着ているけど、アチェは以前のような布面積の少ない動きやすい格好をしている。
「この木の下だよ」
 そう言ってアチェが木の根もとを掘りかえす。緑色の砂を掻き分けると小さな木箱が出てきた。
「もし俺や魔女の屋敷に何かあったら、これを持って逃げるんだ。いいね?」
 アチェは腰に下げた小さな革袋から黄色い種のような物を取り出して箱の中に入れる。中には同じ種や石が幾つか入っていた。そして箱を閉じるとまた木の根もとに埋めた。


「あれはマレの屋敷の庭に植えてある《黄珠おうじゅの木》と呼ばれるこの《星》ではそこそこ珍しい木の種です。食事に出された果実の種をこっそり集めていたのでしょう。ヒトクチマダラの胆石までありました。どちらも薬の材料として売れば結構なお金になるのだと思います」
「双子を逃がす準備なの? アチェは、マレさんやスゥを信じてないってこと……?」
「いいえ、この《星》は影太君の住む国とは違いますからね。常に生き延びる知恵を働かせていなくてはアチェもここまで生きては来られなかったのでしょう。大事な娘たちへの保険くらい用意してもおかしくありません」


 双子を抱きかかえたアチェは木の枝に飛び乗ってキョロキョロと周囲を見回した。
「アチェ、もう帰るの?」
「ん? 何で?」
「あっちにアチェの好きな実がなってる」
 イーラの指差す方向へアチェは双子を抱えたまま猿のように枝から枝へと移動した。そして実を取ると双子に持たせてまた木々の枝を移動して行く。すごい身体能力だ。双子もこうした移動に慣れてるみたいで、両肩にがっちりとしがみついている。
 不気味な色の湖のほとりまで来たアチェは、茂みの中から織物の服を取り出して着る。アチェにはマレさんの領域がわかっているみたいだった。何事もない素振りで二人を連れてお屋敷に戻って行く。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 場面が変わり、俺とミョウはうさぎの双子の部屋にいた。婚前にひもパン一丁でアチェがゴロゴロしていたあの部屋です。
 室内は以前より物が増えていて、机の上には植物や虫の死骸や魚の骨の入った瓶が並べられている。何かの材料なのか、習性なのか、女の子の部屋にしてはちょっと変わった趣味だ。双子の一人はベッドの上で以前アチェが持っていたマンドリンに似た弦楽器を奏でていた。奏でると言っても弦を撫でたりはじく程度のつたないメロディだ。演奏しているのは銀髪の白兎、オルクだった。よく見るとそれは十一弦の楽器で、音は細く柔らかく、ハープのような不思議な音色だった。


「あの楽器、《マーレ》って前に双子が呼んでましたよね。マレさんって十一体《器》があったって言ってた気がするんですが、弦の数とか……偶然ですよね。音色も何だかマレさんの声みたいに聴こえて……気のせいですよね」
「ムフフ、お気付きになられましたか? あらかじめ設定された神話にちなんだ楽器だと思われます。実はこの《星》、私が昔設計した物だったんですよねぇ~」
 興奮した様子でミョウが嬉しそうに寄って来た。一歩離れる。
「ミョウが設計……?」
「私若い頃は《星》を作る設計班にもいまして、後に《器》が減ったせいで研究班に残ったんですが、開発方面をずっと担当していたんですよ。若気の至りといいますか、マレに捧げる《星》を何万と作ったものです。愛をつづったポエムのような物だと思ってください」
 ポエム感覚で《星》が作られているとはドン引きだった。何万って……。アチェも知らないだろう《砂の星》の裏設定を無駄に説明してくれたのはそのせいなの? こんな悪趣味の《星》をマレさんに? もっと優しい世界は作れなかったの……?

「この《星》はサンドアートが美しい砂の視点で作りましたからねぇ。他にも十一人の女神信仰とか、十一の国からなるとか、十一の《星》を繋ぐと美しいマレの星座になるとか、十一の玉を集めると神話的生物が現れて願いがかなうとか……そういう《星》もありますねぇ。しかし兎の双子が十一人兄弟だったらしいというのは偶然でしょう。マレが彼女たち双子を気に入ったのは境遇が若干似ているせいかもしれません」
 《星》の設計に私情を挟みすぎてる気がするけども……それにしても惑星規模の《星》を作っていたということ? それってやっぱり創造主ってことなのかな。ミョウやマレさんの種族って神的な存在? 瓶底眼鏡に学ラン姿でふざけているこの人が……?
 ともあれアチェが双子に語り聞かせた物語では十一個の卵から二つの卵が……という内容だった。残り九個の卵の行方はわからないけど、九つの体を失ったマレさんにとっては何か通じるものがあったのかもしれない。


 窓の外ではアチェとスゥが木陰でキスをしたり果物を食べさせ合ったりとイチャイチャしている。唇に果実を挟んでチュッチュしながら食べている。何あれ羨ましい……俺も今度やってみようかな。黒髪の黒兎イーラは部屋の中から外の二人を眺めて歌を口ずさんでいた。少し寂しげな歌だ。
 《双子の欠片》を所持するコロモが俺に好意を寄せたのは、双子がアチェに向けていた気持ちが影響したからだと思う。双子はアチェに恋愛感情を持っている。でも娘という立場だ。そのアチェは二人のために結婚をしたつもりだし、彼女たちは複雑な気持ちだと思う。見た目は幼いけど精神年齢はずっと大人に見えるし、彼女たちの恋心を思うと切ない……

 窓の外の二人を眺めて俺も歯ぎしりをする。ガイド本をギュッと握り潰した。アチェは俺の前世だって言うけど、見た目も身体能力も付属パーツもぜんぜん違ってて、完全に他人としか思えない。幸いなのはスゥが成長したイケメン王子の姿だったことだ。この幻灯のスゥが俺が見て育ったあの可愛い天使《スゥちゃん》の姿だったら、精神が耐えられなかった。それでも結婚のあたりからそこそこな打撃を受けているけど………とにかく、あのスゥは過去のスゥで今のスゥではないんだ。それに、人格は違うけどスゥは今も昔も俺の《魂》を愛してくれてるんだし……うん。スゥと結婚したのは俺の《魂》……スゥとイチャイチャしてるあの猫耳男は俺の《魂》…………そう自分に何度も言い聞かせる。

「この幻灯、まだ続くんですよね」
「これでも短くまとめているんですけどもねぇ。我々は《双子の欠片》に触れることでそのすべてを理解できますが、そうした能力を持たない影太君にはこうしてお見せするほかありません。そしてこれを影太君、貴方に見せてほしいと願ったのはほかでもない、オルクとイーラ、彼女たちなんです」
 俺は改めて部屋の双子を眺める。彼女たちが……俺に?
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